第49話 PvP 1
『変身承認。禁じられた聖域展開中……コヴェナントの聖約に則り、密儀を開始します……』
『使用クリフォト……係争クリフォト コード"灰塵、肉腫の世に降らん" アッシュスノー・ネヴァーシーズ"ID:xh29iuxh8zmr2c82A 位置座標:中華街横浜九龍城跡地』
『聖餐者……ムーニーバニー、ルシフェリカ、デュナテルミス、サンライズハート、以上四名』
『鍵は閉ざされた。聖約密儀、開廷!』
光は収束し、景色が視界に入ってくる。
空にはあの亀裂の入った月が浮かんでいて、灰が舞っている。
いきなり戦いが始まると思っていたムーニーバニーは、じっと身構えていた。
そこは以前に見たことのあるような、四車線の大きな道路だった。
道路には亀裂が走り、周囲は瓦礫や崩落したビルの残骸が疎らに佇んでいる。長く伸びた道路の上には、筋肉と爪の怪物がよたよたと歩きまわっていた。
廃ビルのクリフォト。
うさぎとひなたが初めて出会い、戦いに巻き込まれたあのクリフォトだった。
あの時の死にかけた記憶が胃の奥から吐き気となってせり上がってくる。うさぎはそれをすぐに飲みこんだ。今までムーニーバニーとして、もっと恐ろしい思いを何度も味わってきたのだ。
足の遅い怪物がいようが、病気の灰が蔓延していようが今さら気にかけている場合ではない。それよりも、このコヴェナントを戦って生き残らなくてはならない。
「ひ、ひとり……? あの子たちもいないけれど、ひなたちゃんもいない……」
うさぎはスマホを取り出して、マップを開いた。
今までの自由に歩き回れるクリフォトと違って、今回のマップは正方形に切り取られていた。
ゲーム的に言えば、この範囲内が許可された戦場なのだろう。
マップには簡単に地形と建物の様子が3Dモデルで描かれていて、うさぎのいる場所はマップ南部にある『旧国道16号』というエリアだった。
うさぎはマップを広げたり、狭めたりして周囲を確認した。
まず、マップの中央には巨大なタワーマンションのような建築物がある。指を添えると『横浜九龍城跡地』と名前が出た。
そこを一番大きなランドマークエリアとすると、そこから円を描くようにビル群の廃墟が広がっている。まるで真ん中のマンションを守るかのように高層ビルの墓場のような廃墟が点在していた。
北西の方には、倉庫のようなのっぺりした建築群があり、北東には港があった。
「広い……」
うさぎは思わず呟いた。
今まで攻略してきたクリフォトは、どんなに長引いたとしても3つのエリアを踏破する頃にはボスを倒し終わっていた。しかし、いまこの戦場にはだいたい9つもエリアがある。
さらに言うと今までのクリフォトでは、マップ内エネミーには赤いマーカーが付いていた。
いま、うさぎのマップに表示されているのは道路上の数体の怪物たちだけだ。それらは取るに足らない相手であるせいか、薄い灰色のマーカーに変わっている。
「あれ……?」
うさぎはそこで気付いた。
他エリアのエネミーの情報が、見えない。
いわゆる戦場の霧が、マップのほとんどを覆い隠していた。
地形は分かるものの、そのエリアに何がいるのかも定かではなくなっている。これでは敵がどこから来るのかも分からない。
恐れおののいていると、青色のピンがマップの西側に出現した。同時に、そのエリアの視界が明るくなった。
「ひなたちゃん?」
青色のピン。クリフォト内の味方だ。どうやら仲間同士の視界は共有されるらしい。
向こうもこちらに気付いたのか、スマホに電話がかかってきた。
『ムーニーバニー? この通話機能使うの初めてなんだけど、いまどこ?』
「ひなたちゃん! え、えっとね。南の方の国道にいるよ!」
『南……? うわ、マップ広ッ! とりあえずそっち行くよ、すぐ合流しよ!』
「うん!」
通話が切れた。うさぎは急に襲われても大丈夫なように、両刃斧を手元に取り出した。ずっと警戒していたが、何かが襲ってくることはなかった。
やがて、サンライズハートが合流した。
「良かった。安全に合流できたね」
「うん、ひなたちゃん、今日もこれ使うよね」
ずい、とムーニーバニーが斧を差し出す。サンライズハートは少し考えてから言った。
「ありがとう。でも、今日はそれを自分を守るために使って。私も、いつまでも借りっぱなしだと良くないから」
「え、でも……」
サンライズハートは両手のガントレットを打ち鳴らし、笑顔を見せた。
「大丈夫、大丈夫! 私にはこのガントレットがあるからね。相手が何をしてくるかも分からないし……敵の気配みたいなのはあった?」
ムーニーバニーは言われて、耳を聳たせた。吹いてくる風以外は何も聞こえてこない。周囲には、道端を歩く怪物以外の気配がなかった。
「何もいない、と思う……」
「どこかに隠れてるのかな? どうする?」
ムーニーバニーは方針を振られて、黙り込んだ。
うさぎはそもそも、こういう対人戦のようなものが全く得意ではない。
何が定石なのか知らないし、動いた方がいいのか隠れた方がいいのかも分からなかった。サンライズハートは頬をかいた。ひなたも、こういったタクティカルなことは詳しくないようだ。
やがて、サンライズハートが困ったようにマップを見ていった。
「じゃあ、じっとしててもしょうがないから、他のエリアに行ってみよっか」




