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魔法少女コヴェナント  作者: さんどまん
第四章:PvP
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第48話 神奈川の魔法少女3

「練習? トレーニングのこと?」


 ひなたが尋ねると、さつきが操作画面を見せた。


 さつきのスマホは、くすんだ白い大理石のようなスマホケースだった。美しく荘厳なケースにはギリシャ文字が刻まれている。


 クリフォトのメニューにある3番目の項目、『対戦』が光っていた。


「トレモなんか、いくらやっても経験値になりませんって。こっちのクリフォト使った対戦ッスよ」


 さつきが対戦をタップする。画面が暗転し、対戦用の設定画面に移った。


 画面には、対戦相手を募集しています、という文字列が出ている。


 どうやらクリフォトを使用して、他の魔法少女と『対戦』をすることができるようだ。


 『強襲』とは異なり、対戦コードなるものが記されていて、これを知らなければ他からの乱入ができない仕様になっている。


「へえ~、このモードはいつ使うんだろって思ってたよ。二人はよく対戦するの?」


「してま~す♡ トレモよりもぉ~♡ 気合が入るっていうかぁ~?♡」


 さつきが頷いて言った。


「本場のクリフォトの方が危機感高いッスからね。せっかくだし今からやってみます? 2対2で」


 目を細め、挑戦的にこちらを見るさつきに、ひなたは意気揚々と笑いかけた。


「いいね! うさぎ、どうする?」


「えっ、えっと、えっ……」


 うさぎは水位がまだまだせり上がってくるのを感じた。


 何だろう。今すぐここから逃げ出したくてたまらない。うさぎは思わずひなたの袖を掴んだ。ひなたは対戦に乗り気だったが、うさぎの様子を見て言った。


「ん、やめとく?」


「嫌だったら無理にとは言わないッスよ。年下に負けるのが怖いんかなって思いますけど」とさつきが言った。


「ちょっとぉ~♡ 先輩煽んな~♡ あ、でもでもぉ♡ うさうさ先輩ってぇ、いま経験値900点とかですよねぇ~♡ 対戦1回したらすぐレベル5に上がるかも~♡」


「えっ? 対戦でも経験値入るの?」


「入りますよ。100くらいなら一瞬で溜まるッスね」


 レベル5までに必要な経験値は1000で、現在のうさぎの経験値は937点だった。


 彼女たちの言い分を信じるなら、この対戦で最低でも100は稼げることになる。


 うさぎのクリフォトでの獲得経験値の最頻値は65。多い時に100を超えるくらいだ。


 これからも遠征したり、空いているクリフォトを探しにいくのを考えたら、ここでレベル5になっておくのはかなり有益かもしれない。


 だが、なぜだろうか。


 なんだか、すごく嫌なのだ。


 うさぎはこの二人の言っていることが全く信用できなかった。最初に見せていた態度と今の態度、そして話す言葉と突き刺さってくる感情がすべてちぐはぐだった。


 うさぎはもごもごと口ごもった後、小さく言い訳を呟いた。


「あ、うん……。えと、レベル上がるのは嬉しいけど、私、人と戦うのはまだ怖いから……」


 二人の中学生は顔を見合わせて、吹き出した。


「はっ。魔法少女(コヴェナント)やってて、そりゃないでしょ。向いてないんじゃないですか?」


「うさうさ先輩♡ かわい~♡ 繊細なんだぁ~♡」


 ひなたはうさぎをかばうように二人の前に立った。その姿には静かな怒りが滲んでいた。


「止めて。さっきから何? わざとやってるの?」


「何がスか?」


「あなたたちは、うさぎを煽ったり私を怒らせて、対戦したがってるように見える。どうして?」


 ひなたは二人を見据えた。アキラは目を逸らしたが、さつきは目を逸らさなかった。さつきは腕を組んで、壁によりかかった。


「まぁ、ここは係争地ッスからね。クリフォト食いに来た魔法少女がいたら、警戒するのは当たり前でしょ。うちらはここを後で攻略しようとしてたのに、それをこっそり『強襲』されんのが一番ダルいんすよ」


 ひなたが間髪入れずに言った。


「なら、私たちはこのクリフォトを諦めるよ」


 さつきは目を細めて笑った。


「信じられっかよ。ははっ。色々くっちゃべりましたけど、『強襲』がクソだるいのは全魔法少女の共通の悩みなんスよ。だからこうやって、先に『対戦』して『強襲』を封じんのがお互いに最善なんだよ」


 アキラがうんうんと頷く。


「そ、そーそー♡ 『強襲』するときってぇ攻めも守りもマジで大変なんですよぉ~♡ 最悪同士討ちで誰も得しねぇ~みたいな?♡ だからぁ『対戦』で白黒決めてぇ~♡ 勝った方がこのクリフォトを独占できるようにするんですぅ~♡」


「そういうことッス。まぁうちらが勝つと思いますけど。そっちのやる気ねえセンパイもレベル上がっし、ウィンウィンじゃないスか? 万が一そっちが勝ったら、ここのクリフォトの権利はセンパイたちに譲りますよ」


 ひなたは、二人の話をじっと聞いていた。


 言っていることはおかしくない。もし対戦も強襲とメカニズムが同じなら、敗北した魔法少女は一定時間クリフォトに入れない。


 だからクリフォト内で三つ巴になるよりも、先に魔法少女同士で雌雄を決しておこう、という話は理解できる。


 だが、なにか大きな違和感があった。二人には別の狙いがあるように思えて仕方ない。


「分かったよ。相談させて」


 さつきが鼻で笑い、アキラはひらひらと手を振った。ひなたはうさぎを二人から声の届かない場所まで連れて行った。


 うさぎは過呼吸気味になり、引きつった声になっていた。


「うさぎ、大丈夫?」


 うさぎは首を振った。嗚咽のような声が漏れた。


「や、止めとこうよ、ひなたちゃん! あの、あの子たち、絶対嫌な子だよッ! こ、こここ、こんな怖い所いたくないッ……!」


「嫌な子……? ああ、そう見えるんだ。うさぎ、まずは深呼吸しよ」


 ひなたに手を握ってもらい、うさぎはゆっくりと深呼吸した。全てが敵に見え、汚いものばかりの建物の中で、ここだけは唯一の安全地帯のように思えてきた。


「落ち着いた?」


「う、うん……ひなたちゃん、対戦したいの?」


「うん。うさぎは、あの子たちが怖い?」


「怖いよ! 同じ中学だったら絶対虐められてたよッ!」


「……もしかしたら、虐められてた側の子たちかもね」


 ひなたは静かに言った。


 本当に心の強い子は、あんな雑な威圧はしてこない。ひなたから見たあの少女たちは、後がなく後ろ盾がなく、心の拠り所が少ない者のような荒れ方をしていた。


 そして、そういう強がり方をする子たちの弱点をひなたはよく知っている。


 強がったり、大きく見せたがるのは、本当は自信がないからだ。


「うさぎ、ごめん。私は戦ってみたい。自分がコヴェナントでどこまで通用するのか試してみたいの。もしかしたら、すぐ負けちゃうかもしれないけれど、魔法少女同士の戦いがどういうものか、自分で味わってみたい」


 ひなたはそこまで言ってから、うさぎの手を握った。そして、緩く持ち上げた。


「と言うのが、私たちの意見の50%。じゃあ、うさぎの意見を聞かせて。意見が引き分けだったら現状維持ってことで、どこかに寄って一緒に帰ろう! 別にここにこだわらなくても……」


「だ、だったら、私も戦う」


 涙を浮かべ、目を赤くしながら、うさぎはひなたの手を高く掲げた。その揺らいだ瞳には、驚いた顔のひなたが映っている。


「うさぎ、無理しないで。私に合わせる必要はないよ」


「ま、前に言ったよね。わ、私、ひなたちゃんといる時は対等でありたいの。ひなたちゃんが戦う時は、私も一緒に戦いたい」


 うさぎはまるで怯えてなどいないかのように胸を張った。実際、うさぎの足はガクガク震え、呼吸はまた荒くなり始めていた。ひなたはうさぎの手を強く強く握りしめた。


「……分かった、私たちがどこまでやれるか、試そう。ううん、それだけじゃない」


 さっきまで、さつきとアキラに馬鹿にされていた怒りがひなたを静かな闘争状態へと駆り立てていた。


「私たち二人で、勝とう」



 ********



 階段の付近に戻ると、彼女たちの仲間が集まってきていた。


 それぞれがジャージを着ていたり、制服を着崩していたりと様々な格好だ。


 この場所は、つまりそういった居場所のない子たちの溜まり場になっていたのだろう。アキラは他の子たちと大きな声で笑い合い、さつきは真剣な表情で何かを話し合っていた。


 うさぎとひなたが姿を見せると、さつきが口を開いた。


「決まったスか?」


「うん、戦うよ」


 アキラが甲高い笑い声をあげ、手を叩いた。周りの子たちもそれに釣られて笑い出す。明らかにうさぎとひなたのことを馬鹿にした笑い方だ。


「やった~♡ みんな応援よろしくね~♡ マジで瞬殺してくっから♡」


 ギャラリーから野蛮な声援が飛び、うさぎがすくみ上った。ひなたはうさぎをかばうように一歩前に出た。


「それで、あなた達が対戦を開いてくれるの?」


 さつきは黒髪をくるくると指で遊びながら、スマホを操作した。


「実はちょいと設定が難しいんスよね。とりまクリフォト開いて待っといてもらえますか?」


 先ほどまでの態度と異なり、本当に困っているような言い方だった。


 近くまでやってくると、スマホの画面を見せて実演した。さつきがコードを発行し、それをそれぞれのスマホで入力する。アプリに疎いひなたは「設定するんで、貸してください」というさつきに任せた。


 震えっぱなしのうさぎは三回もコード入力を間違えた。


「うさうさ先輩のはぁ~♡ アキラがやってあげるぅ~♡」


 アキラが颯爽とうさぎのスマホを奪った。奪われた。うさぎはそれで何も言えなくなってしまった。どんくさいうさぎのためにやってくれているのだ。そこで待ったをかけたり、拒絶してはいけない。うさぎの潜在的な対人不安がここに来て、彼女を麻痺させていた。


 どうにか対戦画面に四人の魔法少女が出そろった。


 あとは準備完了をタップするだけ、という所でさつきが言った。


「始まったらすぐクリフォトに入るんで、1分以内に変身してくださいよ」


「分かったよ」


「こ、ここで変身するの……?」


「うさうさ先輩、恥ずかしいの~?♡ じゃあ、アキラが先に変身してあげるね~♡」


「いいから。押すよ」


 四人の魔法少女が同時に、準備完了をタップした。同時に赤色の文字列がスマホに浮かび上がる。空間が溶けだし、視界全てがクリフォトへと落ちていく。


 そして、四人の少女はスマホを掲げ、変身のフレーズを口にした。


「えこ・えこ・あざらく♡ えこ・えこ・ぞめらく♡ ルシフェリカ・アラーーーイズッ!♡」


「――変身ッ!」


「う、うさぎ、うさぎ、何見て跳ねるッ!」


我が矢よ(メーアサジータ)貫け(ペネトラ)


 眩い光が放たれ、四色の光が少女たちを包んだ。魔法少女たちはそれぞれの姿に変身すると、クリフォトの深い闇の中へと引きずり込まれた。

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