第45話 四者面談3
ウルサが頬杖をついて言った。
「そもそもよー、レベル5未満で引退を望む魔法少女がイレギュラーなんだよ。お前、ちょっとは楽しんでみようとか気概の1つも見せないワケ? アプリの開発者に申し訳ないとか思わんの?」
うさぎはティラミスで口を汚しながら言った。
「アプリは楽しいですけど……あ、でもショップの参照性は最悪でした。あれは☆1ですけど……」
「は? 検索フィルター機能ついてんだろ。使えよカス。しっかり説明書読んでからクレーム入れろよ」
「え、何でウルサくんが怒るんですか……?」
「うるせー。ばーか、あほ、デブ、ブース」
ゴッ! うさぎの足が出た。
うさぎはテーブル下でウルサの片足を何度も蹴った。
ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ!
「あがぁッ!!! おまッ! ちょッ! やめッ……!」
うさぎは涙を目に浮かべて、声高に訴えた。
「デブは、デブはいいですよ事実だから! でもブスは……ブスを言ったら戦争でしょう!?」
ウルサは身悶えして、涙目になり身体を埋めている。
「おッ……ぐッ……てめえッ……!」
「うさぎ、私はデブもけっこう駄目だと思うけど……」
「ムーニーバニー。君の体重は、同年代女性の平均体重をいくらかオーバーしている程度だ。一概にデブとは言い切れない」
「マーキュリーはちょっと黙ってて」
「……」
「このッ……パトロンに何しやがるッ……」
「ウルサくんが、人の心を傷つけるから、そうなるんだよッ……!」
ひなたが二人をなだめるように間に入った。
「落ち着いて。二人とも! 私はコヴェナントのアプリ、すごく良いゲームだと思うよ。ちゃんと現代ナイズしようと努力してる感じがして、古臭いのをどうにか脱臭しようとする努力が見受けられるし……(って兄やが言ってたし)。あ、あとタイトルコールの声も可愛いし!」
「……」
マーキュリーが何かもの言いたげな顔になった。小惑星同士がぶつかって、軌道上に破片がばら撒かれた時のような苦々しい顔だ。
対して、ウルサは「お」と言った。痛がっていた足を撫で擦りながら、顔を上げた。
「分かるガキには分かるんだわ。見ろよ、水星。これが一般的な消費者層の意見だ。やっぱおれの考えは間違っちゃいなかった」
ひなたが指でスマホを突いた。
「でも要望を言うとしたら、せっかく内装をいじれるんだから人を招待したり、人の部屋に行ってみたいかも」
「は? トレーニングで行けるだろ。ルーム作って遊ぶモードで他の魔法少女を部屋に呼べんぞ」
「えっ、マジで!?」
ウルサは同じ質問に疲れたデジタルアドバイザーのような表情で言った。
「頼むからよぉ、人が作ったモンは説明書を読めよ……本当にこの国のガキどもはよ……」
「じゃあ、やってみよ! うさぎ、私のルーム来てよ!」
「う、うん」
さっそくトレーニングモードを使おうとしたひなたを、マーキュリーが押しとどめた。
「公共の場では、止めた方がいい」
「え? どうして?」
「……ウルサ」
マーキュリーは助けを求めるように隣の小学生を見た。黒い小学生は眉毛を嫌そうに捻じ曲げ、渋々と口を開いた。
「トレモの部屋は、クリフォトみてーに仮想的な空間に魔法少女を送り込んでんだ。だから入る時は人目のない場所でこっそりやれ。お前らが急にいなくなったら、周りが困惑すんだろ」
「仮想的な空間? 送り込む……?」
ひなたは急に出てきたものすごいワードに目をぐるぐると回した。薄々感じてはいたし、今更だったが明らかに人類の科学力を越えるような現象が引き起こされている。
この黒髪の小学生と、銀髪の青年は本当に人智を越えた存在なのだ。
「そ、それってもしもトレーニングモードの中で死んだら……」
うさぎが悲壮的な顔で呟いた。ウルサはイライラしながら言った。
「知るか! 現実に戻るだけだボケ!」
「は、はいぃ……」
「ひなた」
そこで、マーキュリーが思い出したようにひなたに呼びかけた。ここに集まった最初の目的を、彼はまだ果たしていなかった。
「俺は公式戦の話をしなければならない」
「あ、うん。レベル5になったらって話だったよね」
「そうだ。公式戦は毎月月末に行われる。日程の候補は数日ある。君の好きな日付を選ぶことが可能だ」
1日だけかと思っていたが、数日間行われるらしい。ひなたは気になっていたことを尋ねた。
「公式戦の会場とかも、日付で変わるの? ていうか何処でやるの? あんまり遠いと行けないよ」
マーキュリーの目が深宇宙に浮かぶ探査機のように、小さく輝いた。
「いや。会場はこちらで用意している。君は家に居てくれれば良い」
疑問符を浮かべるひなたに対して、ウルサが面倒くさそうに付けたした。
「公式戦用のクリフォトは特殊なんだよ。開始時間になりゃ、コヴェナントから侵入できる。つまりお前がどこにいようが、公式戦に参加する意思と、意識さえあればどこに居ても参加できる」
「ああ、それは助かるかも。うち門限あるから」
マーキュリーはひなたの敬虔さに思い入るかのように、目を閉じた。
「ひなた。参加する意思があるのならば、早めに参加事前登録をしておいた方がいい。公式戦への参加は魔法少女の唯一の義務だ。もし参加を三度怠れば、その咎は荒野への追放によって贖われる」
うさぎがガタガタと震え出したのを見て、ウルサがつまらなそうに補足した。
「3回さぼると、ペナルティで引退な」
ひなたはパトロン二人に目を向けた。
「その、さぼると引退ルールなんだけどさ。怪我とか体調不良とか、親戚の結婚式とかでどうしても公式戦に出られない子だっているんでしょ? ちょっと不公平じゃない?」
二人の契約の主は、お互いに目を合わせた。マーキュリーが瞳に穏やかな光を湛えて言った。
「親族の婚姻を寿ぐことは、人生における重大な慶事だ。君が新たな善き人々の門出に立ち合いたいというのであれば、その場合はむべなるかな、三度のうち一度の咎を一族のために捧げ尽くすべきだろう」
マーキュリーが言い終える前に、ウルサが口を開いた。
「他人の結婚式なんざ好きにしろよ。それで何が犠牲になるか、ちゃんと自分の頭で考えた上でな。だが、怪我や体調不良は公式戦じゃあ言い訳にならねーぞ。その日、どれだけ体調が悪かろうが死にかけていよーが、お前が魔法少女になっている間、肉体の不調は全て快復する。だから、体調不良を理由に公式戦を休むようなヤツはうちにはいねーんだわ。こいつみてーにビビってるだとか、そういうメンタル面やらお脳の問題はどーにもならねーけどな」
ウルサが縮こまっているうさぎを指さした。
最初から公式戦をサボる予定のうさぎはずっと俯いていた。自分が病欠する予定の体育祭の話をされているようで、本当に気持ちが落ち着かない。
「うさぎも公式戦に出た方がいいんだよね」
ひなたが言った。二人のパトロンは頷いた。うさぎは震えあがった。
「まぁ、コイツの言ってることを本気で実行するつもりなら、お前の協力が必要不可欠だろうな」ウルサはひなたに言った。
ひなたは「へ? 私?」と驚いた。マーキュリーは少しばかり不服そうに水を飲んだ。
「別に悪い話じゃねーよ。お前らがソロで出るってんなら話は別だが、協力してペアで挑むなら、うちのビビり女にも生き残る芽があるってだけだ」
ひなたは目を輝かせて言った。
「うん、うさぎが出るつもりならだけど協力するよ」
ウルサは勢いづいてにやにやと笑った。
「だってよ。別におれ達はどっちでもいーんだぜ。お前がこのまま全部サボってどうなろうが、どーでもいい」
「あう……」
ひなたは両腕を振り上げて言った。
「今すぐ決めなくても大丈夫だよ、うさぎ。じゃあ、とにかくまずは、レベル5に上がらないとね!」
*******
「ドリンクバーとってこよ。あ、そーだ。ねぇ、ウルサくん。『係争クリフォト』の検索のやり方教えてよ」
「はぁ? さっき言っただろ。それくらい自分でやれよ」
「変な所押したら怖いじゃん。それにウルサくんがコヴェナントのアプリに一番詳しいんでしょ?」
「ったく、仕方ねーな。今時のガキはよ……」とウルサは立ち上がり、手渡されたスマホを操作した。小さい背の後ろからひなたが覗き込む姿は仲の良い姉弟のようだった。
一方で、テーブルに残されたマーキュリーとうさぎは恐ろしく気まずい沈黙に包まれていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ムーニーバニー」
「えっあっ、あっ、はいぃ!」
「……」
「えっ……? 何、ですか……なに……?」
謎の無表情な美青年に、名前を呼ばれ沈黙される、という恐ろしい状況に、うさぎの心臓は嫌な方向に荒ぶっていた。
マーキュリーは星空の見えない夜のような瞳でうさぎをじっと見つめている。
怖い、怖すぎる。うさぎは心からひなたの助けを求めた。
「……君は、なぜ魔法少女をやっている」
マーキュリーの低く問うような声が、二人きりのテーブルに落ちた。
「す、すいません私なんかが魔法少女をやっていて。本当にそうですよね。こんなやる気のない魔法少女なんていない方がいいですよね。へっ、へへへ……」
「いや」
「ひぃッ……! 分かってますすぐ辞めるつもりなんですだからどうかそんなに怒らないでくださいッ……ひなたちゃんの邪魔も絶対にしないようにしますから……へへ、えへへ……」
「……」
マーキュリーは、テーブルに蹲りだんだんと縮こまっていくうさぎを見て、川辺の鳥のように首を上げた。
そして、ウルサとひなたがいつ帰ってくるのか知るために、ゆっくりとファミレスの店内を見回した。ドリンクバーの機械の前で、喧嘩のように喚き合っている二人の姿が見えた。
マーキュリーはメニューにある間違い探しのページを開いて、それを蹲るうさぎに向けて差し出した。
「これを」
「えっ……え、え……?」
「解くといい」
「ええ……?」
*******
しばらくすると、喚き合いながらひなたとウルサが戻って来た。
拷問のように間違い探しを行ううさぎと、まるで刑務官のようにそれを眺めるマーキュリーは同時に顔を上げた。
ひなたはスマホをうさぎに見せた。
「うさぎ、係争クリフォト1つ空いてたよ! しかも近場!」
「え? 何処?」
「なんと、あの廃ビル!」




