第44話 四者面談2
メロンソーダを飲んでいたウルサが目線を上げて、うさぎに言った。
「つーかお前ポイント使っただろ。終わったな」
「え、え、えっ?」
「言っただろーがよ。引退するつもりならポイント使うなって」
バレていた。
レベル4までに獲得したポイントのうち、100ポイントを現金に変換したことがバレていた。
うさぎはどう言い訳しようかと口いっぱいに含んだドリアをウーロン茶で流し込んだ。
「ウルサ」マーキュリーが急に強い口調で言った。少年を咎めようとしている様子だった。ひなたはマーキュリーが僅かでも怒りを滲ませていることに驚いた。
「チッ、大したことは喋ってねーよ」
「……エリヤの真似事か?」
銀髪の青年は、隣に座る黒髪の少年を睨みつけた。
「あ˝? 言葉に気を付けろよ。ぶっ殺すぞ、マーキュリー。この女はおれの玩具だ。玩具をどう扱おうが、おれの勝手だろーがよ」
マーキュリーは首を振った。爆発を起こす寸前の恒星のように、目から赤い輝きが漏れている。
「契約の主は聖餐管理委員会の誓約を守らなくてはならない」
淡々と紡がれるマーキュリーの言葉に、ウルサは苛々とテーブルを指で叩いた。
「黙れよ。別におかしな事してねーだろ。おれが玩具に何を吹き込もうが、どーせこいつは引退して辞める」
「だが、聖餐であることに代わりはない。お前の言動はコヴェナントを大きく脅かしている。パトロンとして、お前は誓約を守るべきなのだ」
「おれが? おい、ふざけんなよ、水星。これっぽっちの事で誓約破りを疑われんのか?」
「そうだ。疑われるようなことはすべきではない。あの女に、付け入る隙を与えるな。お前が彼女らに施しや助力を与えるならば、他の者はより多くの力を授ける。それは、俺とて例外ではない」
「てめえッ……!」
「誓約を守れ、ウルサ。それだけがかの者らに対抗しうる術だ」
「お、落ち着いて……」
「て、店内では、お静かに……」
淡々と語るマーキュリーに対し、ウルサは吠えた。
「守ってやってんだろーがよッ……バチクソ懇切丁寧に、守ってやってんじゃねーかッ! おれほどしっかり守ってる契約の主もいねーだろッ! ふざけんじゃねーぞッ! 何が誓約だ、クソッタレ! あんなもんなァッ! あんなもんさえなけりゃなぁッ!! とっくに……」
「とっくに、魔女が勝利している」
マーキュリーが疲れた様子で言った。
言い返そうとしたウルサは、口を開けたまま虚を突かれたみたいに黙った。
そして不機嫌な顔で、席に座り直した。マーキュリーは瞑想するみたいに瞼を閉じ、ため息をついた。
二人のパトロンはそれぞれのやり方で落胆していた。ウルサは首を後ろに曲げ、だだをこねる無気力な子供のように上を向いた。
「あーそうだよ。そうだろうよ。けっ……萎えたわ。死ね、ばーか、あほ、カス」
「フン……」
「まぬけ、雑魚、無能、面汚し」
ところが、今度はそれを聞いていたひなたが立ち上がった。
「待って……無能は言いすぎだよ。マーキュリーは無能なんかじゃないよッ!」
ウルサは疲れた顔でひなたを見上げた。
「あ? 他所の魔法少女が、パトロンの争いに口を出すんじゃねーよ」
「そりゃ出るよ! だって、マーキュリーは私のパトロンだもの! それって親を馬鹿にされて、黙ってるようなものでしょ? マーキュリーは決して、無能なんかじゃない! 私がそれを証明してみせるよ」
「お、言ったな? じゃあお前、次の公式戦で他のパトロンの魔法少女、全員ぶっ倒してみせろよ。そしたら、このポンコツが無能じゃねぇって訂正してやるよ」
「いや、ひなた……俺は大丈夫だ。俺は、無能ではない」
「安心して、マーキュリー。私、あなたが無能じゃないって証明するから」
「……」
うさぎがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……ウルサくん、それより……私のポイントなんですけど」
「? お前まだいたの?」
「ひどすぎる……。私の引退に関してなんですけど……」
ウルサは「あー、それなぁ」と親戚の無責任なおじさんのように、頬を掻いた。
「ま、今回は諦めろ。レベル6まで待ってみりゃあどうだ。な」
いつものウルサらしくない物言いに、うさぎは違和感を覚えた。そこで、ある視線に気づいた。
マーキュリーだ。
「……」
マーキュリーの白い星雲のような瞳が、ウルサの行動を見張っている。
まるで、ウルサが余計なことを言わないか逐一監視しているかのようだった。ウルサはその視線を鬱陶しそうに手で追い払った。
「ほっといても、こいつは引退する。それなら、別に教えてやってもいいじゃねーか」
「駄目だ」
マーキュリーは小さく首を振った。ひなたも身を乗り出して訴えた。
「私からもお願い、マーキュリー。うさぎは戦いそのものを嫌がってるの。コヴェナントをやりたくないんだよ。望んでいないのに、魔法少女の争いに巻き込むのは善い行いじゃないでしょう? 具体的に教えることが難しいなら、せめて疑問に答えてあげてよ」
ウルサはそれを聞くと、肩をすくめてマーキュリーを見た。
銀髪の文系大学生、あるいは哲学者のような、美しい顔付きの青年は、思案するかのようにうさぎを見つめた。その瞳が金星のように僅かに輝く。
マーキュリーはため息を漏らすと、ウルサに言った。
「……分かった。だが、直接のパトロンであるお前がそれに答えることは誓約に反する。代わりに、俺が答えよう」
ひなたの顔が見る間に明るくなる。うさぎと手を取り合って喜んだ。
うさぎは居住まいを正した。深呼吸してから、銀髪の青年に向けて問いを放った。
「こ……このまま引退したら、私どうなるんですか?」
「交通事故に遭う」
「そ、それは……比喩的な?」
マーキュリーは自分の顎に手を当てた。
「違う。だが、君はいつか交通事故か、大きな病で死ぬ」
ウルサがへっと鼻で笑った。
「まぁ、間違ってねーな。交通事故か。よく言ったもんだぜ」
口を出したウルサをマーキュリーが睨みつける。うさぎはまだ怯えながらも聞いた。
「それを回避するには、どうすれば……?」
「ウルサの言う通りだ。レベル6を待て。ただし、今月の公式戦には出るべきだ」
「え、えっと……なぜ……?」
マーキュリーはうさぎを見つめながら、顎に手を当てて考え始めた。ひなたが、うさぎの裾をちょいちょいと突いてきた。「こうなると長いから、質問変えた方がいいよ」
実際にマーキュリーはそれから3分近く黙り込んでいた。
やがて、銀髪の青年は瞳を美しく輝かせ、顔をあげた。
「……交通事故に遭うからだ」
「???」
ウルサとひなたが同時に頭を抱えた。
混乱しているうさぎに、ひなたが耳打ちする。うさぎはふんふんと頷いた後に、再度訊ねた。
「交通事故を避けるためにレベル6より前に引退したいんですけど、どうしたらいいですか?」
「いまの君のポイントでは、それは難しい。せめてレベル5昇格時点までのポイントを回収すべきだ」
ポイント。
結局その話に戻ってくるのだった。
これには、ひなたも頭に疑問符を浮かべている。
レベルアップ時に手に入る謎の課金ダイヤ。100ptで10万円になるもの。新たなスキルを購入できる特殊な貨幣。
それがなぜ、個人の引退に関わってくるのかよく分からなかった。
「……ポイントって、何なんですか?」
うさぎは聞いた。
店内の照明は明るく銀髪の青年を照らしている。
後光が差しているかのように、青年の表情が伺えなくなった。
うさぎは全く信心などないのに、自分が今、心の奥底から敬うべき何かと遭遇していることを感じ取った。とても古く、優しい祈りの力を感じた。それは教会で聴いた讃美歌のように、美しい音色を伴ってうさぎの恐怖だらけの心臓を跳ねさせた。
感動、させられている。
そう気づいた途端、うさぎは起きている出来事そのものに恐怖を抱いた。
無神論者が、他者の狂った信仰心に感じるような悍ましさを感じていた。
うさぎの心には、迷いが生じた。はたして目の前の青年を、信じて良いのだろうか。彼に心を委ねることは、何か大きな陰謀に巻き込まれているような気がしてならなかった。
「君は、知るべきではない」
その言葉は真なる愛から生まれているようにも、綿密に張られた悪徳を覆い隠しているようにも思えた。
うさぎが生唾を呑み込むと、周囲の喧噪が帰ってきた。うさぎの掌は手汗で湿っていた。
ウルサとひなたは特に何も感じていないのか、ただ成り行きを見守っていた。
「ま」
うさぎの口が開いた。
「マーキュリーさんは、良い人、ですか……?」
ひなたが吹き出した。
ウルサは爆笑しながら、マーキュリーの背中を叩いた。
マーキュリーはしばらく俯き、本当に困ったように考え込んだ後、ぽつりと答えた。
「……部分的には、そうだ」




