第43話 四者面談1
行けるクリフォトがなくなった。
正確に言えば、二人は近郊の利用可能なクリフォトをすべて使い果たしてしまった。
東京まで遠征しにいったものを除いて、二人の住んでいる場所から電車で行ける範囲のものはほとんど攻略済みになっていた。
さらに月曜日になると、不可解なことが起こった。
先週どうにか攻略した東京駅のクリフォト『闇下り大穢戸比良坂』が、なぜかまた攻略可能になっていたのだ。
ひなたは驚き、今週末にまた攻略しにいこうとうさぎに提案した。
ところが、同日の夕方。『クリフォトが他の魔法少女に侵入されています!』という警告文と共に、あっという間に攻略済にされてしまった。
――どうやらあの東京駅のクリフォトは今までのものと違い、複数回攻略できるらしい。
今すぐ様子を確認したがったが、東京まで遠征することは今の二人には難しかった。
他の魔法少女という言葉にも警戒しなくてはいけない。
ひなたはレベル5になったばかりで、うさぎはまだレベル4。二人は魔法少女とクリフォトについて、全く知らなかったのだ。
そこで、ひなたは以前から「レベル5になったら連絡してほしい」とパトロンのマーキュリーから言われていたことを思い出した。
せっかくだから、クリフォトやポイントについても詳しく聞いておきたい。
ひなたはマーキュリーにうさぎも連れていってよいか尋ねた。
無口な契約の主は「それならば、ムーニーバニーのパトロンも呼んだ方がいい」とメッセージを返してきた。
というわけで。
ひなたの行きつけのファミレスには、ひなた、うさぎ、そして二人のパトロンが集まることとなった。
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うさぎの黒い悪ガキの契約の主は、待ち合わせ時間のぎりぎりになってやってきた。マーキュリーは1時間前から店にいた。
以前のような騒がしい挨拶もなしに、ウルサは四人がけのテーブルに近づいてくる。そして銀髪の大学生のような青年を一瞥すると、舌打ちした。
「……」
「チッ……」
うさぎは戦々恐々としていた。パトロン同士はどうやら仲が悪いらしい。それどころか敵対関係ではないのだろうか? この狭い喫茶店で殴り合いが始まってもおかしくないのでは……。
いま隣同士で座っているのはうさぎとひなたで、空いている座席はマーキュリーの隣だけだった。
明らかに敵対している二人を、仲良しさんみたいに肘がくっつくほど隣同士に座らせて大丈夫なのだろうか。
「こんにちは! 廃ビルの夜ぶりですよね? 私は成瀬ひなたって言います。マーキュリーの所で魔法少女をやってます!」
この絶妙な空気の悪さを一切顧みず、それどころかぶった切るかのようにひなたが言った。
ウルサは「ッス」と擦れた野球少年のように、目線と会釈を返した。そして「詰めろよ」とマーキュリーを蹴って、席に身体を押し込んだ。ひなたの怒りのボルテージが少しだけ上がった。
一方で、うさぎが店に到着し席に着いてからの30分間、マーキュリーは本当に一言も喋らなかった。
三人だけの時も会話が弾むようなこともなく、ひなたも慣れているのか置物のように動かない銀髪の青年を無視して、うさぎと世間話をしていた。うさぎはまだマーキュリーと挨拶すら済ませていなかった。
「これ、おれいるか?」とウルサが言った。
マーキュリーは「必要だろう」と答え、メニューを手に取った。
ひなたが全員を見回した。
「それでね、揃ったからさっそく聞きたいんだけど。私たち、クリフォトがなくて困ってるんです。次のレベルまでの経験値も急に増えてて、どうしたらいいか分からないんです」
ウルサがマーキュリーからメニューを受け取った。
「こいつらのレベルは?」
マーキュリーが答える。
「ひなたはレベル5だ。ムーニーバニーは分からない」
「あ、えっと、いまレベル4です……」
「この辺の『保護』を食いつくしたんだな。とっとと『係争』に行けよ」
「保護?」
ウルサはメニューの番号を入力しながら、面倒くさそうに答えた。
「『保護クリフォト』はレベル5未満の奴が使うチュートリアル用のクリフォトなんだよ。レベル5に上がっていて、もっかい検索の設定いじりゃあ未使用の『係争クリフォト』が見つかる。係争からは早い者勝ちでクリフォトの奪い合いになるから、こまめに検索かけろよ。つーか、なんで保護食いつくしてんのに、お前はレベル5になってねーんだよ」
うさぎが申し訳なさそうに頭を垂れる。ひなたは慌てて言った。
「ごめんなさい! それは私がクリフォトの敵をかなり奪っちゃったからで……」
ウルサは目を見開いて、大げさに呆れた。そして俯いているうさぎに、ねちねちと小言を言い始めた。
「はぁぁ~~? お前、こいつの魔法少女に介護してもらってんの? おいおい、マジで勘弁しろよ……。あんなん適当に武器振ってりゃがんがんぶっ殺せるだろ。辞めるにしても、もうちょっとやる気だせよ……。お前、なんか飲まないの」
ウルサはマーキュリーにメニューを見せた。
「水を」
ウルサはうんざりした顔で、隣に座る銀髪の青年を指さした。
「な? 次からは、二度とこいつをファミレスに呼び出すなよ? 営業妨害が過ぎるからな」
な、なんだか。仲が良い……? うさぎは訝しんだ。
ひなたは臆せずに手を挙げた。
「あの! 『係争クリフォト』ってなんですか!? 『保護クリフォト』と何が違うんですか!?」
「ぜんぶ書いてあんだろ。説明文読めよ。はぁ~、全く……」ウルサはため息をついて、足を組んだ。
「やることは今までと変わらねーよ。侵入してボス倒しゃークリアだ。『保護』との一番の違いは……『係争』は乱入できる距離が、クソ広いってだけだ」
「どういうこと?」
「そーだな。例えばここで、お前らがクリフォト攻略を始めたとするだろ。そしたら、すぐさま半径10キロ圏内の魔法少女全員に通知が入る。誰かがクリフォトを攻略し出したら、周辺一帯にバレんだよ。そーなりゃ、やることはひとつだろ」
「助けに行けるってことですか?」
うさぎが言った。今までもひなたと協力してクリフォトを攻略してきた。それが、これからは野良の……他の魔法少女とも協力ができるということだろうか?
ウルサはにんまりと笑った。
「ばぁーか。『強襲』して、奪い取んだよ。他の魔法少女が攻略中のクリフォトは、格好のエサ場だ。『強襲』に成功すりゃ、クリフォトの経験値とぶっ飛ばした魔法少女の経験値の両方が入る。お前らが懸念してるレベル6以上の経験値は、ただクリフォトを攻略してるだけじゃあ絶対に足りなくなる……。この奪い合いに勝利したヤツだけが、レベルを上げる権利を得られるのさ」
うさぎは冷や汗をかいていた。
とうとう、魔法少女同士の戦いが起こってしまう。今までは、ロボットや死体のようなモンスターとばかりと戦ってきたが、これからは自分と同じような女の子が相手になるのだ。
「ま、待って。ウルサくん、前にクリフォト内で死んだら、現実でも死ぬって言ってたけど……」
「あ? あーそりゃマジだ。なにお前、相手のことぶっ殺したら死ぬって思ってんの」
「いや、逆……。クリフォト内で他の魔法少女に殺されたら……」
マーキュリーが首を振った。
「魔法少女たちはクリフォト内では保護されている。自発的に変身を解除でもしない限り、クリフォト内で死ぬことはない」
ひなたが驚いて尋ねる。
「え、じゃあ、HPって何なの? これ0になったらどうなるの?」
「それは……」
マーキュリーは考え込んでしまった。代わりにウルサが答えた。
「HPは防護服みてーなもんだ。0に近づくほどに、お前らはクリフォトや魔法少女に対して無防備になる。HP0で攻撃を食らっても別に死にはしねーよ。クリフォトから追い出されるだけだ」
うさぎは泣きそうになりながら、バカでかいため息をついた。
「もぉぉぉぉ~……それ、早く言ってくださいよぉぉぉぉぉ~……」
今まで、死ぬ死ぬと思ってやってきたあれは何だったのだ。少しは怒ってもいいんじゃないだろうか。
ひなたですら、安堵に胸をなでおろした。クリフォトで倒れても、死ぬ訳ではない。これからの魔法少女を続けていくに当たって、この事実は大いに彼女を安心させた。
ウルサは安堵する二人を見て、にやにやと笑った。
「だがな、『強襲』で負けた魔法少女はクリフォトの侵入機能そのものにロックがかかる。最初は24時間だが、負けるたびにペナルティは重くなる。月末の試合までどれだけ戦闘経験を積んで、経験値を稼げるかは、お前ら次第ってワケだ」
ウルサの言葉で、ひなたは緩みかけた気を引き締めた。
これから先は、他の魔法少女たちとクリフォトの争奪戦になる。今までのような、ただ近い所にあるクリフォトを攻略するだけではなく、魔法少女同士の駆け引きに参加しなくてはならない。
やがて、注文が運ばれてきた。
小エビのサラダ、ミネストローネ、半熟卵付きミラノ風ドリア、マルゲリータピザ、ペペロンチーノ、若鶏のディアボラ風、ミラノ風ドリア(ハーフ)、ティラミスクラシコ。
うさぎの前に並ぶ皿の数を見て、マーキュリーの瞳は流れ星のように瞬いた。




