第41話 クリフォト コード"闇下り大穢戸比良坂" 6
サンライズハートの叫びは、ムーニーバニーの耳にも届いていた。
ようやく聴こえた親友の声に安心するのも束の間、車両の後方から白い光が瞬いた。ごん太の白色光が、レーザービームそのままに先頭車両を吞み込まんと迫って来る。
「うっ、わあぁぁぁぁぁッ!!!!」
『一歩』を発動させる。
ムーニーバニーは悲鳴を上げながら、バーニアの推力で無理やり床にへばりついた。
刀に振り回されていた屍剣客も、ちょうど刀が抜けたために床にひっくり返った。
それが、二人を救った。
白色の大いなる光が過ぎ去ったあと、地下鉄の上部は丸ごと消失していた。
切断面は、鉄が溶岩のように蕩け、赤熱化し輝いている、座席は熱で変色し黒焦げになっていた。屍牢人の足だったものもその場に焼き付き、臭気を放つ煙を上げていた。
上半分を丸裸にされた地下鉄の車両には、薄暗いトンネルの濁りきった空気と生ぬるい風、そして煤が飛んでくる。
トンネルの中には、下半分で惰性のように走り続ける車両と、全身に切り傷のあるムーニーバニー、そして屍剣客が残された。
唖然としていたムーニーバニーに対し、屍剣客の反応は早かった。
今こそ、この外法巫女を屠る好機である。刀を鞘に収め、この数尺の間合いを埋めようと立ち上がった。
列車の後方から白く輝く武器を手にした何かが近づいてくる。剣客はそちらに気を取られ、ムーニーバニーが走り去るのを見逃してしまった。
――逃さぬッ!
死角からの神速の居合。
しかし巫女の背嚢から青い火が一つ灯り、回避されてしまう。剣客は今更ながら外法巫女の外法ぶりに呻いた。
この巫女は三度までという制限があれど、いかようなる斬撃も確実に避ける。
同時に、ムーニーバニーも自分の『一歩』の性質に勘づいていた。『一歩』は強力だが、連続して使用できるのは三回までだ。その後は、何秒か待たないと再使用できない。
そう、だから。
屍剣客は巫女の足に刀を振るう。もちろん、跳んで避けるのを見越してのものだった。
ところが、ムーニーバニーはそれを避けなかった。
――なッ!?
「い、痛いッ……!」
白い閃光を避けるのに1度、居合を避けるのに1度、次で『一歩』は使えなくなる。
ならば、歯を食いしばってでもこの痛みに耐えなくてはいけない。
ムーニーバニーはその場で泣き声をあげそうになるのを堪えた。走り続けなくてはならない。自分は倒れてはいけない。だって、すぐ目の前に、希望の光がやってきているのだから。
――小癪なッ!
屍剣客の必殺の突きが放たれる。ムーニーバニーの心臓を貫いた一撃だった。
今度こそ背中のバーニアが青い火を散らした。剣客の最大の一撃。巫女を斃しうる最後の一刀は、武道にはありえぬ加速によって躱された。
『一歩』を三度使った。
これで次は回避ができない。屍剣客は突きの姿勢から刀を引き戻し、後方車両へと走り去る巫女の背を追った。今より数秒の間、巫女は回避ができない。だから僅かな投擲ですら刺さる。
屍剣客は懐に忍ばせた手裏剣を巫女の背めがけ、投擲した。
ふおん、と軽妙な音がした。
闇の中で白く、仄かな円弧が輝く。投げたはずの手裏剣はその一振りによって、消えた。鉄の手裏剣が、消えてなくなった。
光り輝く剣を携えて、もう一人の外法巫女が姿を現した。
「ムーニーバニー、大丈夫?」
「ひなたちゃんッ……!」
「下がって、こいつは私がやる」
手負いの巫女がその後ろに下がる。
よく見れば先頭に立つ朱色の外法巫女も、防具は破壊され惨憺たる様子であった。御相撲殺しの罪を背負い、全身は緑色の汚物に塗れている。
――御相撲斬りか。
これで、この巫女を生かしておく理由はなくなった。屍剣客は刀を構え直した。
屍剣客の本流は受けにあった。相手に振らせ、その間合いを外して一撃を打ち込むのだ。防具の崩れた巫女など相手ではない。
サンライズハートは光る棒状の武器――ヘリオスケインを握り直した。
剣だと思っていたが、槍のようでも杖のようでもある。サンライズハートにとってはどこも持ち手になるが、敵にとってはどの部位も刃になっているのだろう。
サンライズハートはヘリオスケインを中段に構え、屍剣客に斬りかかった。
――速い、だが……!
剣客は光の斬撃を足さばきで避けた。
が、後の先を仕掛ける間もなく次の光刃が迫る。それも避けた。三撃目が横薙ぎに放たれた。それを跳んで避けた。
着地とともに足払いの光刃が来た。思わず刀で防いだ。ジュッ、という音を立てて、鋼で鋳られた刀が溶けた。刃は半分境に断たれ、使い物にならなくなった。
――なッ……! このッ……!
ふおん、ふおん、という独特の振り音とともに、光刃の連撃が振るわれ続けた。
剣客は手を出す間もなく、ただただ避け防戦に努めた。いつか、巫女の気疲れした一瞬の隙を狙い、反撃の一刀を穿つつもりだった。
だが。
「……」
サンライズハートは目を見開き、呼吸をしていなかった。一流の武人のような過集中状態だった。背には日輪を背負い、光刃には陽炎のような火が揺らいでいた。
合と呼ぶまでもないような、一方的な光の斬撃が続けられる。やがてジュッという音とともに、屍剣客の腕が焼き斬られた。
――なんたる邪道、外法なり……外法巫女。
屍剣客は小さく囁いた。サンライズハートはヘリオスケインを構え直すと、一刀のもとに剣客を切り捨てた。
「――ヘリオス・スラッシュ」




