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魔法少女コヴェナント  作者: さんどまん
第一章:廃ビルの夜
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第4話 割れた月

 気が付けば、時刻は夜の21時をとっくに過ぎていた。


 何時に帰ろうと怒鳴られるうさぎとは違って、ひなたは家に遅くなる連絡を入れていた。


 二人は学校のことや、勉強の進度、高校生活の不安や楽しさを語り合った。


 ひなたもうさぎも、中学時代に親友がいたことは共通していた。そして、友人関係のままならなさを語り合った。世界で唯一無二の親友も、環境が変われば、変化が訪れることについて話し合った。


 二人は廃ビルの手すりに寄りかかって、たわいもない話をし続けた。


 ひなたがバイトの話をして、うさぎは好きなアーティストの話をした。二人は好きなものも嫌いなものも全く揃わなかった。


 話がバイトに戻ると、うさぎが悲鳴を上げた。


「無理っ! 私に労働とか絶対無理だよっ!」


「いや、さっき変わりたいって言ったじゃん!?」


「それはほら、なにか別のことで……」


「うさぎ、また逃げようとしてる。大丈夫だよ。私も最初はめっちゃ怒られたから」


「そ、それの何処が大丈夫なのっ!?」


「怒られても死ぬ訳じゃないってこと。店長に怒られたら、一緒に謝ってあげるからさ~」


「やだ! 私のせいでひなたちゃんも怒られるのはもっとやだ!」


「え~。じゃあ、他にどうやって自分を変えるの?」


「それは……ひなたちゃんが、一緒に考えて……!」


「ほら、また振り出しに戻ったじゃん!」


 3回目のやり取りだった。二人はげらげら笑うと、手すりにもたれかかった。


「うちら何やってんだろ、本当に。初対面だってのに」


「うん、本当に」うさぎは笑いながら涙を拭いた。「ありがとう、ひなたちゃん」


 ひなたは、壁にもたれかかったうさぎを見た。背筋を伸ばすと、うさぎは華奢でも小さくもなかった。猫背なせいで気が付かなかったが、身長は同じくらいかもしれない。


 うさぎは気まずそうに、指を手遊びし始めた。


「つまり、その、わざわざ、私の様子を見に来てくれたんだよね。私なんかのために、こんな危なそうな所まで」


 ひなたは頬を掻いた。うさぎの忍者みたいな機敏な動きが気になったことも理由の一つだった。


「うさぎ、陸上とかやってた訳じゃないんだよね」


「あ、えっと、うん……昔から、何かあると走って逃げてたから、そのせいかも」


「すごいよ! ここに入る時も、忍者みたいでめっちゃかっこよかったよ!」


 ひなたが目をきらきらさせて、うさぎを見つめてくる。脱兎先輩(だっとせんぱい)、と蔑まれた足の速さをそんな風に褒められるなんて思わなかった。みよちゃんに、皆の前で勲章のように言われた言葉を思い出してしまう。


 ところが、ひなたの瞳は一切の曇りがない。まるでヒーローに憧れる少年のようだ。


 うさぎは、ひなたと居る時の居心地の良さに気付きつつあった。


 ひなたは、その発言にあんまり裏表がないのだ。思ったことを言うし、思ってないことは言わない。


 臆病なうさぎにとって、会話は常に裏を読み合うゲームだった。


 だが、ひなたといるとそのゲームをしなくていい。


 思うままに喋り、思うままに感情が伝わってくることが楽しい。


「あ、ありがとう……?」


「うん。そうだ! バイトが嫌だったら、早朝に一緒に走らない?」


「え、えぇ~。私、朝弱いから……」


「もう! じゃあ、私起こしに行くよ!?」


 そこでひなたが「あ」と声をあげた。


「忘れてた、連絡先交換しようよ」


「あっ……あっ、はい」


 うさぎの心臓が、大きく跳ねた。


 ちょうど1カ月前、みよちゃんに引き連れられて女子グループ五人組で連絡先交換をした時とは、また別の感覚だった。あの時は上手くやっていけるのか、という不安でいっぱいだった。


 今はただ、この新しい友達に、見捨てられるのが恐ろしかった。


 また、嫌な冷たい水がうさぎの足元をせり上がってくる。


 いずれ、彼女もうさぎのことを見限るかもしれない。うさぎの臆病さに嫌気がさして、飽きられてしまうかもしれない。


 いまは調子が良いことを言っているだけで、面倒くさくなったらミュートされるだけだ。いいや、うさぎの方から耐えられなくなってブロックするかもしれない。


 と。


 耳鳴りがして、頭が痛くなってきた。


 うさぎはちらりと見えた、ひなたの連絡先の多さに眩暈を覚えた。太陽のような彼女にとって、自分はたくさんいるうちの一人なのだ。


 嫌な感覚が胃の辺りまでせり上がってくる。いつのまにか全身に冷や汗をかいていた。


 手擦りから覗く眼下の景色も灰色に見える。空を覆っていた雲は消え、夜空には妙に肥大化した灰色に輝く月が浮かんでいた。


 それは、決して地球から見えるような月の形ではなかった。


 空に浮かぶ灰色の満月は、肉眼でも確認できるほどの大きな亀裂が走っていた。


「え?」




 ひなたがうさぎの袖を掴んだ。


「ねぇ、何あれ」


 うさぎはこの息苦しさが、ただの気分でなく現実のものだと気が付いた。


 ひなたが咳をして口を押さえる。ひなたは口から真っ赤な血を吐いていた。


 うさぎは頭痛と全身を襲う気持ち悪さで、その場に倒れてしまいそうだった。


 まるで粉雪のように、灰が舞っているのが見える。身体が痒くなり、筋肉痛のような痛みが四肢を襲っている。ひなたが瞼から血を流しながら言った。


「うさぎ……?」


「ひなたちゃん?」


 二人は、お互いに説明を求めて名前を呼び合った。そして、それぞれが致命的な病苦をこの瞬間に背負ったことに気付いた。


 二人は顔を見合わせた。ひなたは顔中の穴から血を流し、うさぎの白い顔はさらに真っ青になっていた。


「ねぇ、とりあえず、ここから出よう? けほっ……けほっ……」


 この廃ビルに入ったのが、よくなかったんだ、とうさぎは思った。


 何かすごく悪い病気に二人して罹ってしまった。


 せっかくできた新しい友達を、自分のせいで何かに巻き込んでしまった。うさぎは頷いて、ひなたと一緒に廃ビルから降りようとした。救急車はすぐ来てくれるだろうか?


 そして、廃ビルの階段を、誰かが上がってくる足音が聞こえた。


 ()()は、一見すると人間のようだった。


 明らかにおかしいのは身体のバランスと筋肉の量だ。()()は擦り切れたデニムを履いていて、スニーカーを片足だけ引きずっていた。


 上半身は、ゆで上げた鶏肉のようだった。ぼこぼこに膨れ上がった真っ白い筋肉の隙間から、黒い2つの瞳がこちらを見つめていた。


「アァァッ……! オアァァァッ……!」


 鶏肉は大きな鳴き声を上げて、3本生えた腕を振り上げた。それぞれの腕の先には、茶色く汚れた鋭利な爪が生えていた。ひなたは父の部屋で読んだ寄生獣を思い出した。


 嘘みたいな存在が、現実的な速度で迫ってくることに二人の反応は遅れた。ひなたはうさぎをかばおうとして、腕を伸ばした。


 その手は空を切った。うさぎはもういなかった。


 見れば、うさぎはとっくに非常階段へ逃げ出していた。


 一瞬、目が合う。


「そのまま逃げてッ!」


 ひなたは叫んだ。うさぎは脅えて固まった表情のまま、階下に消えた。


 叫んだことで、また血が喉に絡むのを感じた。大きく吸い込むと、肺が軋むように痛んだ。


 ひなたは迫ってくる化け物に目を向けた。


 うさぎと同じ方向に逃げてしまえば、追いつかれて二人とも殺される。ひなたは息を止めると、黄色いテープを引きちぎってフロアの中へと走った。


「こっちだッ!」


 化け物は3本の爪を振り乱しながら、ひなたの方へと走ってくる。


 下半身が人間のままのせいか、足の速さはそれほどでもないようだった。


 ひなたは落ちていた木片を拾い上げ、化け物の腕の動きをよく見た。それは高速で回転する縄跳びのように、風を切って、周辺のコンクリの壁を削っている。一本でも当たれば、ひとたまりもないだろう。


 フロアには窓はあるが、他に出口は見つからない。


 ひなたは息を止めると、化け物の方へ駆けだした。そして腕が振りかぶる直前で、腰を落として自ら転がった。ちょうど化け物の足元を転がるようにして、爪の攻撃をかいくぐった。


 背中に激痛が走った。


「あッ、ぐぁッ……!」


 化け物の三本の爪が、ひなたの背中を引き裂いていた。回避しきったと思い、気が緩んでしまった。


 ひなたは大きな音が出るのにも構わず、階段へ走った。背中が焼けるように熱くなり、真っ赤な血液の跡が床を汚していた。


 ヘンゼルとグレーテルみたい、とひなたは場違いなことを思った。これで少なくとも、化け物はうさぎの方には向かわない。


 ひなたは階段を駆け上がった。どうにか廊下に転がりこんで、壁にもたれかかった。


 咳込みは激しくなり、肺が痛いのか背中が痛いのか、もう分からなかった。頭はぼんやりして、痛みで発狂しそうなのに、うっすらと眠気を感じる。


「うさぎ、逃げられたかな」


 小さく呟いた。少しだけ目を瞑って、今日の出来事を反芻した。


 今日初めて会って、友達になった女の子。色んなものが怖くて、足の速い女の子。ひなたは息を大きく吸い込んだ。背中が焼けるように痛くなり、肺が悲鳴を上げた。また大きな血の塊を吐いた。


「大丈夫。もう一度、同じことをやるだけ。あの爪を避ける。廃ビルの1階に降りる。病院に行く。……うん、いける」


 ひなたは、そう言って目を開いた。


 目の前には、銀髪の男の人が立っていた。


 男の人はグレーのスラックスに黒いワイシャツを着て、紺色のネクタイをしていた。美しい銀髪は後頭部でまとめられポニーテールとなって、ひらひらと風に揺れている。この廃ビルに立っているのが場違いに感じるほど、身綺麗な格好だった。


「なぜ」


 男の人が言った。


 声は若く、大学生くらいに思えた。男の人はコスプレみたいな右半分だけの仮面を付けていた。しかし、顔が美麗すぎるせいで、それすらも様になっていた。


「なぜ、他者の生存を一番に考えた」

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