第3話 ガールズトーク
「へー、じゃあその、みよちゃんさんに捨てられたんだ」
「捨てられたって……。ううっ……その通りかもです……」
「いやでも、分かるけど、えっと、名前なんでしたっけ」
「あ、うさぎです。藤村うさぎ」
「名前可愛い! 私は、成瀬ひなたって言います。山の方の高校に通ってます」
「な、成瀬さんも名前可愛いです……」
「ひなたでいいよ! ねぇ、うさぎちゃん。たぶん色んなことを同時に考えるから、こんがらがるんだと思う。うさぎちゃんが臆病であることと、みよちゃんさんと仲が微妙になってることは別問題で考えた方がいいよ」
「それって、つまり、私に2倍の問題があるってことですよねぇ……」
「うん。優先順位をつけようよ! うさぎちゃんはどっちから対処したい? 自分が臆病な方? みよちゃんと仲直りする方?」
うさぎは、ひなたの顔を見つめた。
世に恐れるものなど何もないかのような、自信満々の笑みを浮かべている。まるで大航海を始める前の船長のようで、ひなたの言葉はすとんとうさぎの心に入ってくる。
うさぎはとにかく答えなくちゃ、と口を開いた。
ひなたはそれを押しとどめ、首を振った。
「大丈夫だよ。大事なことだから、ゆっくり考えて」
そしてうさぎは口を閉じた。
廃ビルの湿った埃だらけの空気の中で、夜の繁華街の喧噪が聞こえていた。涼やかな風が入り込んできて、頬についた涙のあとを冷やした。
うさぎはたぶん、生まれて初めて自分の頭で考えた。
どっちの方が怖いだろう? 『このまま臆病でいること』と。『みよちゃんと仲直りすること』。
後者は、いつものようにうさぎが自分を削れば何とかなる気がしていた。
今夜の出来事にそっと蓋をして、みよちゃん達の前でぎこちない笑顔のまま過ごす。1年間、過ごせるだろうか。うさぎは不安で、心臓の鼓動が早まる。
あの教室の中で、みよちゃんとその友達の前で、息を押し殺して、笑って過ごすことができるだろうか?
ああ、出来る……きっと、出来てしまう。
ときどき泣いて、地獄のような想いをしながら、死ぬこともできずに高1の1年間を過ごすんだ。
……じゃあ、前者はどうだろう?
それはきっとこれからも、うさぎの人生を縛り続ける。
臆病であることはもはや、反射だった。
うさぎが生きてこられたのは臆病だったからだ。肉体的にも精神的にも脆くて弱いうさぎは、臆病さがなければどこかで死んでいたに違いない。
だが、いまのうさぎは、ただ死んでいないだけだった。
自分が死なないように、人生から必死に逃げ回っているだけだった。
うさぎは顔を上げた。
「お、臆病なの、やめたい……」
「うん。あなたは、どうしたい?」
「わ、私、変わりたい……。怖いことから、すぐ逃げる癖をどうにかしたいっ……」
ひなたの顔が間近にあった。
静かな問いが、うさぎに向けられる。
「本当に?」
その瞳はうさぎを茶化すでも、怒るでもなく、ただじっと見つめている。
うさぎは目の前の女の子が、ただ優しい言葉をくれるだけの、一時の慰めをくれるような人ではないと思い知った。
ひなたは、うさぎのような子たちをよく知っているのだろう。綺麗な言葉だけを吐いて「変わりたい」「変えたい」と願望だけを舌に乗せて、言葉の責任を取らない子たちを、これまでに何度も見てきたんだろう。
うさぎは数十センチの距離にある太陽のような瞳から、目が逸らせなかった。それは決して、うさぎの決意が揺るぎないものだったからではない。
ただ、綺麗なものから目を離せなかった。
自分を変えたい、という決意は今までだって何度もあった。
そして、うさぎ一人のなけなしの根性では、そんなものは長続きしなかった。やる気や決意や根性は、うさぎの辞書にないものだ。
でも、いま目の前にいるひなたになら、誓える気がした。一切瞬きのない陽光が、うさぎを照らしている。うさぎは祈るような気持ちで頷いた。
「う、うん……!」
ひなたはそれを聞くと、目を閉じた。そして息を吐いて、悪戯っぽく微笑むと、うさぎの肩に触れた。
「よし。じゃあ、一緒にバイトしようよ!」
「いや、それは、無理です……!」




