第2話 成瀬ひなたの日常
「一期一会」
それが、成瀬ひなたの今年の抱負だ。
中学の頃に仲の良かった友人たちとは、高校で離れ離れになってしまった。自分たちは最強の親友軍団だと本気で信じていたが、以前のように四六時中一緒に居るわけにはいかない。
かつてはかつて、そして、今は今だ。
過去を懐かしむのは止めて、自分も新しい高校生活を最大に楽しむべきだろう。その方が、再会した時に語り合えることがきっと増える。
ひなたは祖父母の意向で、山の手のお嬢様学校に通うことになった。
最初は丈の長く、ひらひらしたスカートに面食らった。それでもどうにか最初の一カ月間くらいは女子高の優雅なお嬢様に擬態した。
新しいクラスメイト達は適度に品が良く、適度に下品で、すぐに打ち解けることができた。お嬢様たちは、家がとんでもない金持ちという事以外はひなたと変わらない普通の女の子だった。
高校生活が始まると同時に、ひなたにはある野望が生まれた。
高校生になったからには、何か1つ打ち込めるものに挑戦したい。
「そうだバイト! バイトをやってみよう!」
ひなたはさっそく個人経営の喫茶店のバイトに応募し、その元気と明るさと礼儀正しさで面接に受かった。人手不足もあいまって、週4で働くこととなった。
物覚えの悪いひなたはしょっちゅう叱られたが、全くめげなかった。やがて地道に仕事を覚えていき、今日はようやくホールを一人で任されるほどになった。
「成瀬さん、おつかれさま。だいぶ慣れてきたね。ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます! お疲れ様です! お先に失礼します!」
ひなたは店長に大きな声でお辞儀すると、喫茶店を出た。
バイトの終わる、夜八時頃の駅前の匂いが好きだった。ちょうど良い疲れが身体に残っていて、今夜もよく眠れそうだ。
「ん?」
ひなたの視線の先には、カラオケから出てくる女子高生四人組の姿があった。見慣れない制服だった。
この時間帯に、高校生を見ることは少ない。
ひなたの学校は2年前からバイト禁止ではなくなったのだが、それでも世間的な評判のためにあえて離れた駅の喫茶店を選んでいた。
見れば、彼女たちの制服は隣町にある公立高校のものだ。ひなたの友人も、何人かそこに通っている。
「あっちも制服可愛いなぁ~」
ひなたは呟いて、不躾にならない程度に他校の女子高生を眺めた。
と。視界の端で、彼女達と同じ制服を着た女の子が、ものすごい形相で工事現場の看板に隠れているのを見つけた。
隠れた女の子は、四人組が近づいてくると、慌てふためいて周囲を見回した。さらなる隠れ場所を探しているかのようだった。
そして、なんと間近にあった廃ビルに向けて走り出し、中に入っていってしまった。
音もなく走り去る様子は、まるで忍者みたいだった。
「え、ちょっと……!」
なぜ彼女が、同じ学校の生徒から隠れているかは分からない。しかし、解体中の廃ビルに飛び込むのは危険すぎる。ひなたは四人組が駅前に向かうのを見届けてから、廃ビルに入った女の子が出てくるのを待った。
女の子はいっこうに出てこない。
こういう時、放っておくのが普通かもしれない。人には人の都合がある。
しかし、ひなたは今年の抱負を思い出した。「一期一会」だ。
それに、廃ビルに走っていく女の子の姿は、何故だかひなたの大好きなある童話を彷彿とさせた。
ひなたは今にも崩れそうな廃ビルに足を踏み入れた。
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「涙、止まった?」
「は、はい……」
二人の少女は廃ビルの床にしゃがみこんでいた。
初対面で学校も違うし、相手の事情も分からない。
しかし、ひなたは廃ビルの中で泣いていた女の子が、落ち着くまで傍にいるつもりだった。
目の前で困っている人がいれば助けるのが彼女の信条だ。女の子はひなたのハンカチで涙を拭き、鼻をかんでから、ひなたに言った。
「あ、ありがとうございます……」
「いいよいいよ。それより本当に大丈夫? 私で良かったら話聞くよ」
「えっ、あっ、いやっ、その……」
女の子はわたわたと手を振った。ひなたはうんうんと頷いてから、自分の胸を叩いた。
「安心してよ! 私、学校違うからね! あの子たちのこともよく知らんし! それに、こう見えて、よく人生相談とか受けるんだから!」
本当の所を言えば、ひなたはこんなところに彼女を放置したくなかった。
女の子はいつ死んでもおかしくない程度に傷ついている。それに、この廃ビルという場所もよくない。怪我をするかもしれないし、いつ半グレや変な人が来るとも限らない。
女の子は、さらに嗚咽をあげた。あの子たち、という言葉に反応していた。目は泣きすぎて真っ赤になっていた。
「みんな、まだ外にいましたか……?」
「ううん、駅の方行ったよ。あの子たちに、いじめられているの?」
女の子は「ふぐッ……」と唸った。そして胸に手をあてて首を振った。
「じゃあ、ハブられているの?」
「うッ……うぐッ……ち、違うんです……私が悪いんですっ……」
女の子はぽろぽろと自分の境遇を話し始めた。




