第39話 クリフォト コード"闇下り大穢戸比良坂" 4
「サンライズ・サムライソードッ!!」
――ぐわぁッ……!
――ひ、非道なり!
――なんたる外法ッ……!
刀身を振るうたびに、炎を伴った斬撃が屍牢人たちに襲いかかる。
居合で戦う牢人たちは、刀を手にした外法巫女の敵ではなかった。居合よりも素速い速度で、弱点たる炎の斬撃が飛んでくるのだ。
当たれば焼死は必定。
こちらの居合は、金色の篭手で防がれる。
必然的に恐怖から屍牢人たちの足さばきも重くなり、ひたすらに前に推し進むサンライズハートを止められる者はいなかった。
サンライズハートは刀を何度か振るうと、驚いたように自らの握った柄を見た。
「すんごい馴染む」
サンライズハートの徒手空拳が強いのは、小さい頃に少しだけ空手をかじっていたからだと自らを納得させていた。
しかし、ひなたは剣道なんてやったことがない。それで言えば、ムーニーバニーからいつも借りている斧を振るう時も、特に訓練をしていないはずなのに、思うがままに振るう事が出来た。
刀を扱う時の術理や、足さばきも見様見真似だったがすんなりと頭に入ってくる。中段に構えれば、その作法が。鞘に仕舞えば抜刀の手菅がなんとなく、分かる。
そして、サンライズハートにとって、感覚的な理解さえできればそれはもう自分の技術にできるといって差し支えなかった。その場しのぎであるはずの拾った刀が、もはや我が得物と言ってよいほどに、威力を発揮していた。
「腕が伸びたみたいなもんだよね。当てる時にコツがいるけど……」
それは言ってしまえば、刀で引き斬る時の力学をひなたなりの解釈で言語化していたのだが、炎を纏った刃はもはや触れるだけで屍を屠る煉獄の刃と化していた。
いまのサンライズハートならば技などなくとも、ただ刃の先端で撫でるだけで屍たちは炎上するのだ。
そして、感慨にふけるサンライズハートの目の前で、刀身に宿った炎はどんどん小さくなっていった。
「あ、まっずい……!」
ひなたは自身のスキルについても、直観的に理解し始めていた。
『コロナサーキュラー』の武器に炎が付く効果は、どうやらサンライズハートが戦闘を続けている間のみ作用している。つまり、いったん戦いを止めてしまえば、その効果は消えてしまうのだ。
「火が消えちゃう! どなたか……どなたかいませんか! 戦える方ー!」
慌てて叫ぶ。
車両内には、サンライズハートの炎刀に怯える乗客たちが窓際に身体を押し付けて、怯えているだけだった。
そこに、奥の車両から返答があった。
――ここに!
――どすこい!
屍力士たちが張り手で乗客を押しのけながら迫ってくる。力士の数は三体。膨らんだ腹に、豪奢なまわしを巻いている。筋繊維の露出した腕を突っ張り、正面の扉を破壊した。
「う、うわぁ……」
汗臭いを通り越し、目鼻に突き刺さるほどの刺激臭がこちらの車両に漂ってきた。
三体の力士はアンモニアのきつい腐臭をまき散らし、狭い車両をずいずいと犇めきながら、こちらに向かって来る。サンライズハートは鼻をつまんで、刀の切っ先を向けた。
「止まって! ストップ! それ以上、近づかないで!」
――否、勝負に待ったは無し!
――はっけよい!
「もう! このッ!」
先頭の屍力士が頭を低く下げ、その姿勢から覇気と共に突撃してくる。
ぶちかまし。
力士の体幹、膂力、そして機先を制する力を合わせた次に繋ぐための初撃だった。
戦車のような巨体からは想像しえない速度で生じる突貫が、真っすぐにサンライズハートに向かって来る。たとえ魔法少女であっても、それをとっさに避けることなど不可能だった。
「のこったッ!!!!」
車両が激突の衝撃で揺れた。
サンライズハートは左手のガントレットで、力士のぶちかましを正面から受け止めていた。
魔法少女の可愛いヒールが列車の床を踏みしめ、その重さのあまり床の木板がひび割れる。黄金のガントレットは力士の頭の形に凹んだ。力士の頭蓋も同様に潰れかけていたが、その暗い眼窩にはまだ赤い光が灯っていた。
――奮ッ! 破ァッ!
張り手が魔法少女の顔面を破壊しようと、横から回り込んでくる。
それを、一陣の火焔が薙いだ。
サンライズハートの刀が閃き、屍力士の両腕を切り落したのだ。炎刀はさらに燃え上がり、サンライズハートの攻撃速度は加速する。ガントレットをぶつけて力士を押しのけると、炎の斬撃を見舞った。
「サンライズ・乱れ斬りッ!」
ランプの明滅する車内で、ガスバーナーのように炎の軌跡が弧を描く。
その斬撃の数や1秒の間に三度半。現代の剣士の限界を優に超えた斬撃の速度だ。刀の切っ先は鞭のようにしなり、三秒を数える間に、屍力士の身体には十を超す炎刀の轍が刻まれた。
焼き斬られ、黒く焦げ付いた火傷を全身に負ってなお、力士はまだ動いた。
両腕を失い、もげた頭をぶらつかせながらも腰を低く落とした。笑みの如く開いた口からは硫黄のような臭気がシューと音を立て漏れていた。
その瓦斯に炎刀の残り火が引火した。
――南無三ッ!!
「えええッ!?」
力士は自爆した。
爆発の衝撃は激しくサンライズハートは後方に吹き飛ばされた。
爆風で鉄道の窓は全て吹き飛び、車両の外れかけた扉がトンネル内の壁に引きずられ悲鳴を上げている。
サンライズハートは素早く身を起こすと、周囲の様子を確認した。
窓際に逃げていた屍乗客たちはほとんどが爆発に押し潰され、焼け死んでいる。握りしめていた刀は吹き飛ばされずに済み、爆発した力士の足首だけが、車両の上に残っていた。
いや……。
力士が死んだ地点には、緑色のヘドロのような液体がぶちまけられていた。
それは車両にまんべんなく飛び散り、それどころか、サンライズハート自身も、緑色に染まっていた。
「臭ッ……!? ちょっと、なにこれ!? うわっ、ぺっぺっ……!」
全身をヘドロ塗れにされたサンライズハートは、泣きそうになりながら刀を振った。刀に残っている火で武器のヘドロを落とそうとしていた。
そこに、2体の力士が立ちふさがる。
――どすこい。
――どすこい。
「もう、いやッ! くそう……! 突撃をいなして刀で斬る! そんで自爆される前に、下がる! これ、徹底!」
自分に言い聞かすように、刀を構えるサンライズハート。
だが、その真後ろに迫る気配には気づいていなかった。サンライズハートの後方の車両から、幾つものの頭蓋骨が扉を押しつぶす勢いで、こちらに集まってきていた。
屍乗客の集団だ。
怯え、逃げまどうだけだった彼らの眼窩は、サンライズハートへの殺意に満ちていた。屍乗客たちは、出刃包丁、匕首、金づち、傘といった思い思いの武器で武装し、それを握りしめては狂気に満ちた様子でサンライズハートを睨んでいた。
扉が破壊され、武器を構えた乗客たちが雪崩れ込んできた。
屍乗客らの虚ろな眼窩には、ヘドロと同じ緑色の光が灯っていた。
――あなや! 御相撲斬り! なんたる所業!
――御相撲斬り許すまじ!
――我らが国技ぞ! 万死に値す!
フェロモン、という言葉がひなたの脳裏をよぎった。
このどぶ臭いヘドロはどうやら屍乗客たちにとっての興奮剤として働くようだった。前方から迫る屍力士、後方から迫る暴徒と化した屍乗客に挟まれ、サンライズハートは日輪をさらに輝かせた。
「上等ッ……!」




