第38話 クリフォト コード"闇下り大穢戸比良坂" 3
車内のスピーカーから耳障りなノイズが聞こえた。
『ザ、ザザ――――只今、脅威の見定め相済み候。ザ、ザザザ――ピ……――――公儀より、鉄路火改を差し向け、外法巫女、速やかに鎮め申し候。ザ、ザ―――ピ……―――汽車の運行、間もなく再開仕る所存に候』
鉄道がゆっくりと動き出した。
ムーニーバニーは思わず足を止め、扉の外を見た。鉄道の外は暗闇で、少し開いた窓からは噎せ返るようなどぶと腐肉の甘ったるい匂いが漂っていた。
屍乗客の幾人かがムーニーバニーに恐れをなして、窓から外へ飛び出した。彼らは悲鳴をあげながら、暗闇に消えた。
車両の外は、まるで奈落のようなどんよりとした闇が通り過ぎていく。外に逃げてはいけない。ムーニーバニーは息を呑んで、窓から離れた。
――どすこい。
車両が大きく揺れた。
ムーニーバニーは声の方角を見た。1つ先の車両だ。
巨漢の力士たちが座席から立ち上がった。屍力士たちはでっぷりと膨れた腹を揺らしながら、その車両で四股を踏みはじめた。
彼らが足を床に打ち付けるたびに、車両そのものが脱線しそうなほど大きく揺れた。同じ車両に乗っていた屍乗客らは、力士たちの四股に震えて、その場に蹲った。
――巫女にごわす。
力士たちがムーニーバニーを指さした。
狭い車両をこちらに近づいてくる。ムーニーバニーは悲鳴を上げた。
後ろの車両からは走り寄る屍牢人が、前の車両からは屍力士が迫ってきていた。悩む暇はない。
ムーニーバニーは扉を蹴破ると、屍力士たちの方へと駆けだした。
――どすこい!
屍力士たちが狭い車両内で手を伸ばす。
ムーニーバニーは『一歩』でそれを軽々と避け、宙返り半ひねりをしながら屍力士たちを飛び越えた。
駄目押しに加速を続け、あっという間にその車両を走り抜けていった。
追いついた牢人たちは屍力士たちの巨体に阻まれて、足を止めた。屍たちは途方にくれたように、車両に残された兎の足跡を見送った。
ムーニーバニーは逃げ続けた。
その後も3両、4両と車両を駆け抜けた。
「どこまで……! どこまで逃げれば、いいのッ……!?」
そうしてひたすらに走り続け、ムーニーバニーはとうとう一番先頭の車両に辿り着いた。
辿り着いてしまった。
もうここから先は前に逃げることはできない。運転席のさらに向こうには暗闇を照らすトンネル内の明かりが見える。
先頭車両の屍乗客たちは身をすくませて、ムーニーバニーを見た。
彼らは一様に怯えていて、立ち向かってくる様子はない。
しかし、一番奥の座席には異様な雰囲気の屍が座っていた。その屍は、周囲に従えた屍牢人が止めるのにも関わらず、立ち上がった。
――先生ッ!
――某らにお任せをッ!
――なに。まずは試しよ。
その屍は紺色の羽織に、黒袴を履き、腰には大小を差していた。
羽織には金字の家紋が刺繍されていて、麦穂に似た植物と、雀の骸骨がにらみ合っている。その屍は、ゆらり、と一歩前に出て、ムーニーバニーの逃げ先を塞いだ。
「う……こ、来ないでぇッ!!」
ムーニーバニーは両刃斧を取り出し、八相に構えた。これで倒せるとは思っておらず、ただの威嚇だった。
だが相手の屍剣客は顔を上げ、ムーニーバニーの構えを見た。そして刀を脇構えに下げると、さらにすり足を進めた。
屍剣客の殺気がじりじり、とムーニーバニーを襲う。
先を打たせようとしていることは明らかだった。屍剣客は一寸たりとも動かず、ただ殺意だけが波のように溢れ出ている。ストレスに弱いムーニーバニーは悲鳴を上げて、両刃斧を投げ捨てた。
その瞬間を、剣客は見逃さなかった。刀の先がぶれたかと思うと、ムーニーバニーの目の前に斬撃が迫っていた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁッ!!!」
バックパックから青い火を吹かせ、『一歩』で後方に跳ねる。
初撃は避けた、そう思った時だ。
屍剣客は距離を詰めてきた。ムーニーバニーの生成制御によるステップ回避と、同速の足さばきで肉薄してきたのだ。
――ほお、愉快ッ!
屍剣客の眼窩が赤く光り、必殺の一撃が振るわれる。
ムーニーバニーはあり得ない軌道でそれを避ける。
さらに一撃が飛ぶ。避ける。
高速で動き回るボクサーのように、ムーニーバニーは全ての剣撃を、最小限の動きで回避し続けた。
だが。
避けた先、必殺の四撃目がとうとうムーニーバニーの右腕を捉えた。うさぎは驚愕した。
避けきれないッ!?
否、避けようとしたのに『一歩』が発動しなかったのだ。
斬ッ――という音とともに、ムーニーバニーの右腕から血が噴き出た。
「あッ……あッ……あッ……あああああああああッ……! き、斬られた、斬られたッ! 斬られたァッーーーーーッ!!!」
泣き叫ぶムーニーバニーに向け、剣客は止めとばかりに無防備な首を一刀のもとに刎ねた。
だがその首は落ちず、ムーニーバニーは床を這いつくばって逃げだした。背中と足を2度、3度と斬りつけられながらも、後方の車両へと駆けていく。手負いにしてはその脚の速さは異常だった。
屍剣客は血ぶりをして納刀すると、その後を追いかけた。追いついてきた左右の屍牢人から歓声が上がる。
――流石です、先生ッ!
――御見事に御座るッ!
――なんのことはない。あれは、四度斬れ。




