第36話 クリフォト コード"闇下り大穢戸比良坂" 1
『クリフォトに侵入成功。係争クリフォト コード"闇下り大穢戸比良坂 朽環草子"ID:lck9t3lkkmm7z7A5 位置座標:寝黒大穢戸線N-5一里塚駅 良き狩りを!』
二人の魔法少女が降り立ったそこは、薄暗い地下鉄の車両の中だった。
周囲からは甘ったるい腐臭と、地下鉄の水が腐ったような鉄錆の匂いが漂ってくる。
車両の内装はレトロ風で、明治時代の汽車のように赤張りの座椅子が左右に並ぶ。
車内は橙がかった黄色のランプ灯で照らされ、白い吊り革が車両の動きに合わせて揺れている。真上には怪しげな漢字混じりの広告記事がぶら下がっていた。
左右の座椅子には羽織を着ていたり、青縞の着物を着た乗客が座っていた。乗客たちの衣服はどれも傷み汚れていて、襤褸布のようだった。
「え、何ここ……」
「地下鉄?」
新品の洋装ともいえる二人の格好は、襤褸を纏った乗客たちの中でも特に目立っていた。
乗客たちは顔を上げサンライズハートとムーニーバニーを見ては、何やら囁き始めた。薄暗がりの中で、彼らの顔は見えない。
「あっ、違うんです。私たちは決して怪しいものじゃなくて」サンライズハートは両手を広げ、乗客たちに説明しようとした。日輪の輝きが車内を照らし出した。
車内の闇に、乗客らの頭蓋骨が、いくつも浮かび上がった。
骸骨の乗客たちは衣服だけでなく、その身も腐敗しやせ細っていた。彼らは激しい光に目を焼かれるとばかりに、顔を覆って震えた。
囁き声の悲鳴が聞こえてくる。
――外法巫女、外法巫女じゃ。
――逃げよ、逃げよ。
屍の乗客たちは、奥の車両へと逃げ去ろうとする。しかし骨だけの足腰も弱いのか、ぶつかり合っては互いの骨を砕き、奥の扉に殺到した。
「あの! 何もしませんけど!」
乗客の正体に驚いたものの、サンライズハートは見かねて声をかけた。
その声がさらなる脅し文句に聞こえたのだろう。屍たちは我先にと狭い扉へ急ぎ、車両から逃げ出す行為に拍車がかかる。
その時だった。
車両が大きく揺れ、赤いランプが点灯した。警告音が鳴り響く。備え付けられたスピーカーから耳障りなノイズが走り、かろうじて聞き取れるほどの音声が流れる。
『ザ、ザザザ――――只今、道すがら異形の気配ありて、汽車を止め申し候。ザ、ザザザ――ピ……――――身の安全のため、座してお待ち下され。つつがなくなり次第、速やかに走り出で候』
鉄道はゆっくりと減速していく。
スピーカーの音が止んだ。ムーニーバニーの耳が、後ろから近づいてくる足音を捕えた。
「ひなたちゃん、後ろ……!」
斬ッ――という音とともに、後方車両との扉が袈裟に切り裂かれた。
編み笠を被り、着流しを着た牢人風の男が半身をこちらに向けて立っていた。
男の顔は肉がげっそりと落ち、頭蓋骨そのものに皮が張り付いていた。ミイラのように干からびた手が、腰に提げた刀に添えられている。
――参る。
屍牢人は体勢を低くして囁いた。
次の瞬間、牢人は二人の目の前に迫っていた。
「くぅッ……!」
金属同士が激しく擦れる音が車内に響いた。
サンライズハートのガントレットが、牢人の居合を一瞬の内に弾いたのだった。
屍の牢人はすぐ後方扉の位置へと跳び戻り、刀の血ぶりをして鞘に戻した。編み笠の下から闇のような眼窩が魔法少女を見据えている。
逆の、つまり正面方向からどよめきが聞こえた。
逃げ出したムーニーバニーが、骸たちの群れに混じり車両から逃げ出そうとしていた。
「ど、どいてッ……! どいてーッ!」
ムーニーバニーは屍乗客らの背を押して、満員となっている扉に押し込んだ。
それによって、乗客たちはポキリポキリと身体の骨を折られ、扉の手前でばらばらにされてしまった。まるでタックルような衝突を受け、屍の乗客たちからさらなる悲鳴が上がった。
ムーニーバニーは屍たちを押しやる勢いで、隣の車両に逃げ出した。
――逃さぬ。
轟ッ――という風音と共に、屍牢人が窓へと跳んだ。客席の硝子窓が、屍牢人の足袋によって踏みつけられる。
屍牢人は客席の窓を足場にして、車両を横一文字に駆け抜けようとしていた。その動きを、サンライズハートの眼が捉えた。
「待てッ!」
サンライズハートの右拳が伸びる。しかしリーチが足りず、屍牢人の着流しを焼き焦がしただけですり抜けられてしまった。骨と皮だけの屍は、見た目よりも当たり判定が少ないのだ。
牢人の眼窩が赤く光り、刀が閃いた。
斬、斬、斬ッ――一太刀では足りぬとばかりに、三筋もの剣撃がサンライズハートに襲いかかる。
一撃目の居合は彼女の右手首をもろに斬りつけ、首を狙った二撃目はかわされた。三撃目の斬撃は、なんとガントレットによる殴打で叩き折られた。
半ばで折られた鋼の刃が、車両の天井に突き刺さった。
屍牢人は驚いて、目の前の娘を見た。
「痛ッ~~……!」
斬られたはずの右手首を撫で擦りながら、魔法少女は背に日輪を背負い、屍の牢人を睨んだ。その両腕には眩いほどの炎冠の灼熱が宿っている。
牢人は脇差を引き抜き構えた。編み笠の下から焦りを含んだ囁き声が漏れる。
――げ、外法巫女めぇッ!
しかし、その囁きを最期まで言い切ることはできなかった。屍牢人の眼前には炎の巻き付いた金色のガントレットが迫っていた。
「サンライズブローッ!!」
車両の中で、花火のように紅蓮の炎が散った。サンライズハートは殴打で火葬させた屍に見向きもせず、ムーニーバニーの逃げた後を追った。




