第35話 レベル5
翌週の土曜日。
開口一番、うさぎの顔を見たひなたが言った。
「うさぎ、どうしたの? 何かあった?」
うさぎのカチコチの表情は、キリストの正面に立たされた詐欺師のようだった。
「ウウン、ナニモナイヨ」
「嘘でしょ。なにかあったんだ」
「ウウン、ナニモナイヨ。ナニモ、カッテナイヨ」
「何か買ったの?」
「ウン……」
うさぎはコヴェナントを開いて、ポイントのショップページを見せた。そして100まで減った自分の宝石と、10万円の現金変換を指さした。それから自分の電子マネーの残高を見せた。
残高、8,1642円。
「え、まさかポイントをお金に換えた? そんな事できるの!?」
うさぎは頷いた。そして、大きな詐欺被害にあった老婆のようなシワシワの表情で、ひなたに泣きついた。
「どうしようッ……これ、どうしよう、ひなたちゃん……!」
「どうしようって言われれても……。うさぎがお金に換えたいと思って、換えたなら問題ないんじゃないの? でも、10万円ってすごい額だね」
「お、お金返したら、ポイント戻ってこないかな!?」
「どうなんだろ? あ、いや無理だよ。ていうか、うさぎ、もう使っちゃったの……?」
うさぎの電子マネー残高は8万に減っていた。
勢いで購入したものの、途方にくれながらもしっかりと自分の欲しかったものをちまちま購入してしまったのだ。
ネットショッピングと日常の何気ない食費に使っていたら、あっという間に2万が消えていった。
「残りの8万円返すから、80ポイント戻ってきたりしないかな……」
「使っちゃったらさすがに戻ってこないでしょ……。ま、まぁほら。レベル上げようよ! 100ptくらいならすぐ溜まるよ!」
不安のあまり項垂れるうさぎを宥めながら、ひなたはふと自分のポイントを見つめた。
レベル4のひなたは今300ポイントだ。これを全て現金に変えれば30万円。
これがレベル5に上がれば40万円。バイトの報酬だとしても、異常な金額だった。
バイトをしているひなたは、1日でだいたいどれくらい稼げるかの金銭感覚があった。
だから、あんな簡単なことで10万円をもらえると言われたら、逆に何かあると勘ぐってしまう。
クリフォトでのレベル上げは確かに大変だが、時間にして数十分で終わるし、魔法少女自身が強いので大きな苦労を強いられることもない。労働行為として、金銭の報酬が全く見合ってないのだ。
となると。クリフォトでのレベル上げそのものよりも重要視すべきものが浮かびあがってくる。
ポイント。
それは、どうやらたった100点で、10万円の価値があるほどのものらしかった。
*******
その週と翌週のムーニーバニーの働きはめざましかった。
相変わらず、無防備な相手か瀕死の敵しか攻撃できなかったが、サンライズハートの指示に従い、的確にボスの注意を引き付け、敵を分断し、泣き声をあげて注意をかき乱した。
本人のやってることは普段と変わりなかったが、意欲的にクリフォト攻略に参加する誠意が見られた。
二人は2週間で四つのクリフォトを攻略し、それぞれが400以上の経験値を稼いだ。
そして……。
「よし! レベル5到達!」
「ひなたちゃん、おめでとう!」
ひなたがレベル5になったサンライズハートの画面を見せる。うさぎは拍手して祝った。必要経験値の少ないうさぎも、すでにレベル4に上がっていた。
「これで、ようやく公式戦が解放されるんだよね~! 見てみよう!」
ひなたはさっそくリーグをタップしてみた。
赤文字で『今月のリーグ募集は終了しました。次回開催は……』と表示される。今日は5月の最終日であり、次のリーグは6月の月末を待たなければいけないようだった。
「えぇ~……せっかく間に合うようにレベル上げたのに。でも、まぁ、いっか。来月ならうさぎもレベル5になってるだろうし、一緒に出られるね」
「うん? 出ないよ?」
うさぎは真顔で微笑んだ。
「うん?」
「私、レベル5で公式戦をさぼって、引退するよ?」
「またまた……」
「出ないよッ!? なんで、自然に出る流れになってるの! 私がレベルを上げたのは引退するためって知ってるでしょ!?」
「えぇ~、一緒に出ようよ!」
「出ないよ!」
「……本当に?」
「その顔しても駄目! 出ないもんは出ないよ!?」
ひなたは、不満そうに唇を尖らせた。
「え~、流れで一緒に出てくれると思ったのに」
「嫌だよ! だって、それってひなたちゃんとも戦うことになるんでしょ? 私、クリフォトの中だってひなたちゃんに任せきりなのに、一人ぼっちで戦うなんて無理だよ!」
ひなたは目を丸くした。
「あ、違うよ。うさぎ、ウルサくんから聞いてないの?」
「何を?」
ひなたは、今までにない笑顔になって人差し指を立てた。そして何処から取り出したのか、伊達眼鏡を付けた。
「……コホン。ならば、教えてあげましょう。私がマーキュリーに聞いた所によると、公式戦はレベルによって4つにランク分けされます」
ひなたは言いながら、四本の指を開き、それを順番に閉じていく。
「レベル5~10のNリーグ、10~15のPリーグ、15~25のAリーグ、25~のMリーグの4つです。で上位リーグになると、一人勝ちのバトルロイヤルになるらしいんだけど、レベルの低いリーグはペアとかトリオとか紅白戦になるんだって。つまりチーム戦とかグループ戦ばっかりで、最後の一人までやりあえ~! みたいなのはむしろ少ないんだってさ」
うさぎは最初に見た赤ずきんと大剣の魔法少女の戦いを思い出していた。あの時、1対1で凄まじい戦いを繰り広げていたあの二人は上位リーグだったのだろうか。
「それでね。クリフォト攻略に『協力』があったみたいに、Nリーグも初めからチームを組んで挑めるみたいなんだよね。だからさ、せっかくだし、うさぎとペアで組んで参加したいなぁ~って思ってたんだけど……」
ひなたは、そこで恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「これも私のエゴになっちゃうからなぁ……。でもさでもさ、1回くらい一緒にリーグに出てみない?」
うさぎは「う」と口ごもった。
ひなたの隣で、ムーニーバニーとして一緒に居たい、という気持ちは大いにあった。クリフォトに潜るのも戦うことだって怖いが、サンライズハートと一緒だったら、やっていけるかもしれない。
だけど……。
うさぎは、踏み止まった。
かつてのうさぎならば、ここで流されていただろう。
友達に嫌われるのを怖がって、きっと意見を翻していた。友達に見捨てられる恐怖から愛想笑いを返して、流されてしまっていただろう。
――これが普通の友達だったら、私はまた自分を削っていたんだろうな。
うさぎは震える唇を、無理やり笑顔に変えた。
――でもね、私はもう……嫌われてもいいくらいに、ひなたちゃんが大好きなんだよ。
「ごめん、ひなたちゃん。私はやっぱり引退する」
「そっかぁ」
ひなたは笑った。
それ以上言わなくても良い、という優しさを含んだ笑顔だった。
けれど、うさぎは続けた。
「えっと……い、言い訳、するね」
うさぎはまっすぐに背筋を伸ばして、ひなたに向き合った。
「多分、1回でも一緒に公式戦に参加したら……私はひなたちゃんとずっと居たくて、自分に嘘をついちゃうと、思う」
ひなたは驚いて、うさぎを見つめた。
「それで嘘をつき続けて、魔法少女でいる理由が、ひなたちゃんになっちゃうと思うの。それは、そのうち、本当に辛くて苦しくなった時に、私は絶対にすべてをひなたちゃんのせいにして、責任を放り出して逃げる。私は、弱いから」
「うさぎ。そんなこと考えてたの?」
「うん。だからね……私、ひなたちゃんとだけは対等でありたいの。えへへ、ごめん。今だって、もうほとんど、対等じゃないかもしれないけれど……」
ひなたはうさぎの腕を掴んだ。
「ううん、そんなことない。絶対、そんなことないよ」
「でも、ひなたちゃんと居る時の自分には嘘をつきたくないから……私はちゃんと、自分の気持ち通りに、引退する」
うさぎはそこまで言い切ると、ひなたの反応を待った。ひなたは唇と眉毛をふにゃふにゃと動かして、なんとも恥ずかしそうな顔をしていた。
「全部、私のせいにしてくれていいんだけどなぁ~……」
「あ、あんまり人にそういうこと言わない方がいいと思う……」
ひなたはまだ納得いってない様子で、口元をもごもごと動かしている。やがて、決意するみたいに小さく頷いた。
「分かったよ。困らせるようなこと言って、ごめんね。いや、ありがとう、なのかな」ひなたの目じりには、涙が滲んでいた。「お……? うわ、ごめん。悲しい方じゃないから」
「うん」
それからひなたはぽろぽろと流れる涙をハンカチで拭った。うさぎは静かに、目の前のシフォンケーキに手を付けた。数分して泣き止んだひなたは「あ、そうだ」とプロフィール画面を見せた。
「見てこれ、新しい技が解放されたの!」
「え? えっ……え!?」
見れば、サンライズハートの4つのスキルのリストの一番下が解放されている。
元から埋まっていた1つ目のスキル『コロナサーキュラー』に加えて、なぜか一番下の4つ目の欄が新しく点灯していた。
『ULT ヘリオスケイン――光の爆発を起こす近接武器攻撃。光の武器は持続時間中続き、効果終了時に再度爆発を起こす』
「光の武器ッ!? か、かっこいい……!」
「ね、めっちゃかっこいいでしょ!」
二人はサンライズハートの新スキルについて、妄想を広げて盛り上がった。
そして、翌日のクリフォト攻略……6月の初日を楽しみにしていた。二人ともあまり気にかけていなかったが、近辺のクリフォトはほとんど攻略済みだった。
二人は悩んで相談した末に、少しだけ遠出することにした。
明日は神奈川県を出て、東京駅にあるクリフォトへ、向かうこととなった。




