第34話 ポイントショップ
「ただいま」
鍵を開け、誰もいない家の玄関に帰宅の報告をする。
もはや習慣となっていて、うさぎの心には何の感慨も浮かばない。
母親は残業、妹は夜遅くまで友達と遊びに行っている。だから、この時間のうさぎは一人だ。
寂しいよりも安堵が勝る。誰にも邪魔されることなく自分の時間を堪能できる。
うさぎは自分の部屋に行き、上着をハンガーにかけるとベッドに倒れ込んだ。
体は疲れていないが「疲れた」と声に出す。もぞもぞと部屋着に着替え、そのまま寝っ転がってスマホを眺める。いつものSNSや、趣味のトピックをスマホでつらつらと追った。
電気も点いていない部屋で、画面の青い光がうさぎを照らしている。
「あ、ぺけくん、ライブやるんだ」
うさぎは推しの歌い手がライブをするという通知を見て、公式ページを開いた。
日付は2カ月後で、会場はキャパもそこそこある首都圏の中規模ライブハウスだ。潜在的なファン数を考えると抽選はかなり激しいものになるだろう。
中学時代、みよちゃんに引っ張られて歌い手のライブを遠征しにいっていた。とはいっても当時はライブ会場も小さく、ファンの規模も少なかった。
中学生でお金のない二人でも、なけなしのお小遣いを投資すれば認知してもらえる可能性が十分にあったのだ。
今となっては推しは手の届かない所に進み、まだまだ伸びようとしていた。
「え、嘘、近い。うわ絶対行きたい。でもどうせ当たらないし、チケ代なんか払える訳ないよ……」
うさぎは今月分の出費と、自分の貯金額を思い出して独り言ちた。
クリフォト攻略のための電車賃は、うさぎの昼食代を犠牲にしている。そこに加えて、クリフォト後の軽食会がじわじわと財布に響いていた。
だが、今のうさぎにとって、ひなたとの逢瀬は妥協できるものではなかった。
うさぎの母親は、うさぎの現金の使い道を厳しく管理している。もし予定外の出費をする場合は、溜めたお年玉などの貯金を崩す必要があった。
うさぎはため息をついて、公式ページを閉じた。
手に入らないものを眺めるよりは、目の前の買えるものを見た方が精神衛生に良い。
うさぎはコヴェナントを開いた。可愛らしい女の子のタイトルコールが流れる。
「魔法少女ぉ~~……コヴェナント~~!」
聞きなれたそれを無言でタップして、ホーム画面に進み、ショップを開く。
「うーん、使い魔まで我慢すべきなんだろうけど……。せめてテーブルくらいは欲しいなぁ」
最近は、ムーニーバニーもクリフォトの敵を倒せるようになってきた。
無防備だったり、動かなかったり、死にかけの相手限定だったが。それでもうさぎは敵を倒し、コインは着実に溜まってきている。本当に微々たるものだが……。
家具そのものは安いといえど、マイルームを改築するにはかなりの枚数のコインが必要だった。うさぎの望む、動物が遊びに来てくれそうな家を作るのは、だいぶ先になりそうだ。
「はぁ……」
うさぎは現実でもゲームでも金欠だった。
そこで。
うさぎはふと、最初にウルサに誘われた時の文句を思い出した。
――お前にやる気さえあれば、金もたらふく稼げる。
――頑張りによっては、お前の好きな歌い手のライブチケットも当確する……。
「稼げる~とか、ライブにも当たる~とか言ってたのに。ぜんぶ嘘じゃないですか」
やはりあの黒ガキを少しでも信じた自分が愚かだったのだ。
うさぎは仰向けになり、何気なくショップのラインナップをスクロールした。当分レベルは上がらないが、次に買うべき家具を考えたかった。
下のほうにスクロールすると部屋着やドレスのようなアイテムが現れた。
どうやらアバター着せ替えもできるらしい。
そっちを上の方に出せばいいのに、とうさぎは画面構成の醜さを呪った。
「あ痛」
ぼんやり見ていたせいだろう。うさぎはスマホを取り落し、おでこをぶつけた。
その拍子に、ショップ画面がポイントショップに切り替わってしまった。
読みにくい赤字の警告文が流れる。うさぎは慌てて、それを消すためにチェックを入れて、OKを押した。
ポイントで購入できるものが、画面に広がった。
「ん?」
『小さな幸運 あなたは小さな幸運を獲得します。 ――100pt』
ポイント。
1レベル上がるごとに100ptずつ入ってくる謎の課金ダイヤ。
うさぎはポイントショップの質素なラインナップを見て、驚いた。
ポイントは課金アイテム用のものだと聞いていたので、コインショップに比べて、もっともっと豪華な家具や、素敵なペットが購入できるものだと思っていたのだ。
そこに家具や物品はなく、『自然回復』『天候操作』など、スキル名のようなものが並んでいる。
如何せんゲーム内スキルとしては、効果もしょぼそうなものばかりだった。
これを購入するとスキルが増える、みたいな感じだろうか?
あまりゲームをやらないうさぎは、そのラインナップにも興味を示せなかった。
クリフォトは確かに恐ろしいが、いまの二人の戦力で苦戦するようなことは全くなかった。こんな効果の弱そうなスキルなんて買わなくとも十分にやっていけるのだ。
それとも。
これから先、こういうスキルが必須になるような、ものすごくレベルの高いクリフォトが出てきたりするのだろうか?
小さな恐怖と、好奇心からうさぎはポイントショップをスクロールした。
やはり、売り物が少ない。
100ptで購入可能なスキルだけが表示されていて、他は黒く塗りつぶされている。効果もそんなに強いものでもなさそうだ。
「ひなたちゃんに聞いてみようかな……ん?」
『現金に変換(100000円)。 ――100pt』
「いッ……?」
現金に変換、と書いてある。
ポイントを、現金に変換できる、と書いてある。
うさぎはポイントの換金率をもう一度見た。ゼロが、5個くらい並んでいる。
100ポイントで1万円。
おやおや。クリフォトで1レベル上げれば1万円と考えたらけっこう美味しい商売かもしれない。
ポイントがもっと溜まったら、ちょっとくらいお金に変えてみてもいいだろう。うさぎは引退するつもりだが、バイトの研修期間でさえ給料は出るらしい。
しかし、なんと1万円だ。
うさぎが引退予定のレベル5まで上げれば400ポイント溜まって4万円になる。
さすがに全部を現金換算するのは問題がありそうだが、4万円もあれば何でも出来てしまう。うさぎは口元がほころぶのを我慢できずに、もう1度ポイント換算表を見た。
ゼロが並んでいる。
『現金に変換(100000円) ――100pt』
うーん、見間違いだろうか。もう1度数えてみよう。
いち、じゅう、ひゃく、せん……10万。
100ポイント=10万円。
「え、え、えっ……?」
うさぎは口元から変な笑いが漏れるのを止められなかった。
あれ、うそだ。そんな良いことがあるはずがない。
今うさぎのポイントは200ポイント。全部換えたら20万円。え、なんだ? 明日、私、死ぬのかな。それとも、この10万円はゲーム内コインとかそういうオチかな?
うさぎは心臓を抑えながら、購入ボタンをタップしてみた。
本当に購入するつもりがあるわけではなくて、ただどういう感じか見てみるつもりだった。
購入確認画面に移動した。
現金の振込先が表示される。銀行か、電子マネーか好きな方が選べる。
手数料とか税金はコヴェナント側が払ってくれるようで、画面にはきっかりと10,0000円(Yen)と表示された。
「お˝っ……?」
うさぎは試しに、試しに自分の使っている電子マネーを選んだ。そしてメールアドレスと電子マネーのIDを入力した。画面が通信中になる。
やがて、チャリーンという音とともに、コヴェナント内のポイントが更新された。
うさぎは減ってしまったポイントに怯えながら、自分の電子マネーアプリを開いた。
10,0678円。
マジだ。マジで10万入ってる。
「えっ……えっ? え? は?」
うさぎは信じられなくなって、スマホを閉じた。そしてもう一度、画面を見る。10万円だ。
「あはっ……はっ……あはっ……あはッ……はぁっ……はぁっ……あはははははははッ」
うさぎは笑ってしまった。そして、訳の分からないまま涙が流れてきた。いとも簡単に10万円が手に入ってしまった。その容易さと、あまりの呆気なさに喜びよりも恐怖が勝ってきたのだった。
うさぎはしばらくの間、発作のように笑い泣きを繰り返した。




