第26話 言い訳
閉幕は、味気なかった。
再会を喜ぶ間もなく『クリフォト閉鎖中、残り1分で強制退場します』という無感動な警告が表示され、周囲の景色が歪んでいった。
やがて大きな耳鳴りがして、二人は最初に居た自販機のある休憩室に戻ってきていた。
「え……?」
「あれ? もう戻った?」
二人はお互いに顔を見合わせた。そして、しばらく見つめ合った後、お互いに抱きあった。
ひなたは勝利の喜びを分かち合うために。
うさぎは、ひなたの顔の傷が消えたことに安堵してのことだった。
「良かった……! 私たち、無事だった!」
「うん、勝てたね! 私たち!」
二人はお互いに疑問符を浮かべながらも、いったん離れた。
現実感のない異世界で、悪夢のような戦いを終えた後だった。抱き合うことで、自分たちが現実に戻ってきたのだと実感できた。
「でも、すんごい疲れた……。マジで、死ぬかと思った」
そう言いながらも、ひなたは自分の疲れや痛みが薄れていることに気付いた。
まるで体験型のVRゲームのようだ。脳には疲れや痛みの記憶が残っているのに、身体の方は全く疲れていない。
うさぎは頷いて同意した。
「ね。本当に怖すぎるよ! もう、あんな怖い所……」
「うん。あんなすごい所……」
「二度と行きたくないよね!」「次も一緒に行こうね!」
二人の声が重なった。
うさぎは気まずそうに目を逸らした。
ひなたは出会ってから初めて見せる表情になっていた。眉を垂らし、ひどく困惑していた。
「なんでそんな事言うの!? うさぎ、楽しくなかった?」
「た、楽しい……? 変なロボットに追いかけ回されて、撃たれるのの何が楽しいの!?」
「でも私たち、勝ったよ!? ほら、うさぎが逃げに徹してくれたおかげで、あのボスも倒せたんだよ? あ、そうだ! あの時、斧を投げてくれたの本当にありがとう! あれが無かったら倒せなかったよ!」
二人の作戦はシンプルだった。
機動力に優れたムーニーバニーに囮になってもらい、その隙にサンライズハートが有効打を撃てる距離まで近づく。
そして巨大蜘蛛の武器を破壊し、時間ギリギリまで装甲を壊せるか試してみるという作戦だった。
巨大蜘蛛がジャンプしてきたのは予想外だったし、まさか自爆覚悟でミサイルを撃ってくるとは思わなかった。ムーニーバニーが斧を投げたのも、その場のアドリブだった。
「ひなたちゃん……」
うさぎは、ひなたの笑顔をじっと見つめた。
あの炎が照り返す中で見た、戦場の兵士みたいに額に傷を負ったサンライズハートの姿を思い出していた。
現実に帰ってこれたら、傷は治る。
でも、もし失敗したら? 帰ってこれなかったら?
うさぎの心には雨漏りみたいにクリフォトへの恐怖が溜まっていた。
あの空間は、得体が知れなすぎるのだ。
うさぎの悲痛そうな顔を見て、ひなたは言った。
「あ~……ごめんなさい。ごめん。そうだよね。うさぎに囮ばっかりお願いしてたし、怖い思いいっぱいさせちゃった。私が自我出しすぎてたかも。本当ごめん」
「えっ、あ、いや、違うの……」
「うさぎはあんまり乗り気じゃなかったのに、私が連れ回しちゃった。ごめんなさい」
ひなたは申し訳なさそうに、微笑んだ。
「……」
うさぎは言葉を続けられず、黙った。
「では、これから、言い訳します」ひなたが言った。
胸を反らし、その表情はどこか得意気だった。
「……私、すげーはしゃいじゃってた。ほら、高校生になったしさ。何か新しいこと始めてみたいっていう気持ちだけがずぅっと先走っててね。それで、自分がかっこよくて可愛いヒーローになれるって思いこんじゃってた。でもね、たぶん一人だったら、こんなにはまってないよ」
ひなたは苦笑いした。そして、照れたように目線を逸らした。
「やっぱ恥ずかしいから、あんま真剣に聞かないで。あの廃ビルで、うさぎと友達になって、一緒に何か始めようって話したよね。バイトも朝ランも嫌がられて、それで偶然なのか分かんないけど、二人とも魔法少女に選ばれてさ。これだ!って思ったの」
ひなたは目線を戻した。うさぎの目は赤くなっていた。
「だからさ、今日、私はうさぎと一緒でとっても楽しかった。たぶん、私はうさぎと一緒に、魔法少女をやりたかったんだと思う」
「ごめん……」
「うさぎは謝らないでよ。勝手に連れ回しちゃって、ごめんね」
「ううん、ごめん。全部言わせちゃって、ごめん」
まただ、とうさぎは思った。
うさぎは自分が「弱さ」を盾に誰かに言わせてしまう自覚があった。変わりたい、と言ったのはうさぎだ。それを廃ビルで聞き届けてくれたのはひなただ。ひなたはうさぎのために、こんなことに付き合ってくれているのだ。
それなのに、うさぎはまためそめそ嘆いて「やらない理由」を探し続けている。
魔法少女を安全に引退するためには、まだクリフォトに潜る必要があった。そのためには、また今日みたいな戦いを行わなければならない。
「私ね」とうさぎは言った。
「すぐ逃げる自分が嫌なの。でも私が逃げて、負担がぜんぶひなたちゃんにいって、それで、ひなたちゃんが怪我したりするのが……ううん、違う。私は、怪我するのを見るのが、嫌なの」
「うん」
「ひなたちゃんと、一緒に居るの、楽しいよ。これからも一緒に居たいよ。でも、私は……」
うさぎは詰まった。言葉が出てこない。これを言って、目の前の相手に失望されるのが怖い。
だが、うさぎは顔をあげた。ひなたはじっと待ってくれていた。あの時と同じだ。ひなたはうさぎを急かそうとしてこない。うさぎは声を絞り出した。
「わ、私はっ、魔法少女を続けたくないのッ……!」
ひなたは、うさぎに言った。
「本当に?」
「うん」
「そっか」
ひなたは笑った。
「でも、どうやって辞めるの? これ、契約解除できるの?」
「うん。えっと……魔法少女を引退するためには、まずレベルを上げる必要があるらしいの。クリフォトに潜って、ひなたちゃんみたいに戦わなきゃ駄目なんだと思う……」
うさぎはそこまで言って、どう説明すべきか悩んだ。
つまり、うさぎは引退するためのレベル上げなので、ひなたの負担を増やしたくないのだった。
単体でも十分に戦えるひなたであれば、クリフォトの攻略も早いだろう。臆病でのろまなうさぎが一緒にいると、その足手まといになる。
ひなたは、うさぎのような引退を目的としている弱い魔法少女と、一緒に居るべきではないのだ。
うさぎは俯いて、黙りこんだ。
せっかく友達になってくれて、それどころか「自分と一緒に居るのが楽しい」とまで言ってくれた女の子を自分から拒絶したのだ。今ひなたがどれほど悲しそうな顔をしているのか見るのも辛かった。
「じゃあ、それ手伝わせてよ!」
ひなたがうさぎの両手を掴んだ。
「え、え、えっ?」
「駄目、もう決定! 手伝うから! なんだ、間違ってなかったんじゃん! びっくりしたぁ~……」
「ま、待ってよ! ひなたちゃんは続けるんでしょ? そんな、迷惑だよ!」
「私がやりたいの! ねえ、うさぎ、もし間違ってたら言って。私が嫌いだから、そんな事言うの?」
「好きだよ!!! 大好きに決まってるでしょッ!!!」
そのらしからぬ怒鳴り声に、ひなたは満足気に「むふ~」と息を吐いた。
「じゃあ、いいじゃん。うさぎが引退するまで、一緒に魔法少女続けようよ!」
うさぎはその後も、もごもごと言い訳を続けた。




