第25話 クリフォト コード"廃都東京メルトダウン" 9
多脚型戦車――正式名称MLX-17-28000-AMG"HarvesterⅢ"。通称「ブラックウィドー」はハッキングしたレーダーによって、二人の魔法少女の位置を特定していた。
敵性戦力ウィッチ1は近接戦闘に長け、耐久力も高い。
一方、敵性戦力ウィッチ2は攻撃こそしてこないが、高い機動力とレーダー能力を有している。ブラックウィドーは命令遂行のために、より撃破しやすいウィッチを優先的に狙うようプログラムされていた。
ところが、ウィドーの自律思考にはずっとノイズが走っていた。戦闘兵器として、長らく沈黙させられていた反動かもしれない。
ウィドーは失った右腕フレームを左腕ブレードで焼き切った。左右の重量バランサーを調整し、片腕状態でも速度を出せるようにプログラムを更新する。
巣からの命令に殉ずるならば、ウィッチ2の撃破を優先すべきだ。だが、機器内部のアラートは、より脅威度の高いウィッチ1を撃破するべきだと告げている。
「――――ピピッ」
ウィドーのセンサーがウィッチ2の接近を検知した。
命令は上書きされた。ウィドーは全ての自律思考を、すばやく動き回るウィッチ2への運動解析に振り分けた。
そして、追尾ミサイル、レールガン、砲塔、それらのターゲッティングを総動員させて、ウィッチ2への迎撃に備えた。
乱立する建築物の間を縫って、熱源反応があった。高速機動型の魔法少女が時速60kmを越える速度でこちらに近づいてくる。
ウィドーは位置を特定し、レールガンを構えた。クラックした魔法少女たちのレーダーと、軌道衛星からのGPS支援によって、ウィドーから魔法少女たちは丸見えだった。
ウィドーの尻部分に載せられたレールガンが、まだ視界外にいる魔法少女へ向けて、その砲身を伸ばしていく。
高出力の磁場が発生し、青白い紫電が迸った。
3……2……1……発射。
「へっ?」
高速で移動中のムーニーバニーは突然、髪の毛が逆立つのを感じ取った。
落雷の直前のような、気持ち悪くむずむずした予感がした。それはただの予感だけだった。足を止める理由にはならなかった。
ムーニーバニーの視界は、正面のビルごと焼き切る高出力のプラズマで、真っ白に染まった。
「わッ――――」
―――着弾。
射程外からの攻撃がウィッチに有効なことはすでに確認されていた。
ウィドーはウィッチ2を完全に無力化させるため、多脚を動かし建築物をなぎ倒しながら着弾地点へと向かった。
崩れた病棟からウィッチ2が飛び出し、すでに動き出していた。まだ生命反応がある。視覚カメラでは、全身がプラズマの影響で真っ黒に焼け焦げている。
ウィッチ2はウィドーを目視すると、何か叫びながら走って逃げ出した。
このウィッチ個体はダメージを受けると、騒いで位置を誇示する傾向があるようだ。ウィドーは、ウィッチの奇妙な習性をログに残しつつ、追撃に入った。
ウィドーはミサイルランチャーを放ち、ウィッチ2の行く手にある建築物を倒壊させた。直線の逃走ルートを封じるためだ。
これで、ウィッチ2が逃げるルートは3パターンに分けられる。自律思考は演算を開始した。
瓦礫だらけのメインストリートを横断し、迂回するルート。これは遠隔武器のあるウィドーに有利な戦場だ。確率21%。
建築物の瓦礫に潜り込み、地下に逃げるルート。小動物のように逃げ回るウィッチ2が最も選びそうなルートだ。47%。
跳躍によるz軸方向のルート。ウィッチ2は30メートル以上の跳躍能力がログで確認されている。だが対空狙撃兵器でもあるウィドーにとって、低空を飛ぶ存在を打ち落とすことは造作もなかった。31%。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッ!!!!」
ウィッチ2は激しく音割れしたノイズを出しながら、z軸へ跳躍した。
ウィドーは砲塔を回し、多脚を固定させた。素早く対空砲形態に変形すると、放物線を描いて運動するウィッチ2に対して、自律思考による弾道計算を行った。
演算終了。
狙撃開始。発射、発射、発射。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!! やだぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!」
ウィッチ2はなんと、空中で更なる小刻みな加速をして、三発の狙撃を全て回避した。
バックパックのバーニアに青い光が灯り、空中で細やかな姿勢制御が起こったのだ。
ウィドーの対空狙撃は三発全てが外れた。ウィドーは自らの設計思想である機動型対空兵器としての存在基盤を大きく揺るがされた。飛ぶ鳥を落とすことが役目なのに、たったの一発も当たらなかった。
自律思考に、焦りのような、怒りのようなノイズが走る。
ウィドーの自律思考は予備演算領域まで呼び出して、ウィッチ2の姿勢制御を繰り込み、演算を開始した。同時に、固定された多脚を解除し、追走状態に移行。
逃げるウィッチ2をさらに追い詰めるために、ウィドーは足場にしていた病棟から跳躍した。
―――が、それらの思考を全て、1つのアラートが打ち切った。
ウィドーの着地予想地点には、高速で接近する別個体、ウィッチ1が迫っていた。
*******
「ムーニーバニー、ナイスッ!」
サンライズハートは跳躍し、無防備な腹を見せている巨大蜘蛛の真下に迫った。闘志に漲った背中に日輪が現れ、両腕のガントレットに紅蓮のように渦巻く炎が灯った。
「おなかは、柔らかいッ! でしょッ!」
サンライズハートの右手がガントレットとともに燃え上がる。それが落ちてくる巨大蜘蛛の腹部をちょうど、抉り込もうとしていた。
ぶおん――と音がして、電熱の巨大な刃がサンライズハートの視界の端に映った。
残された左前脚が、横凪ぎにサンライズハートを切断しようと迫る。右手のガントレットでどうにかそれを防ぐと、金属と刃の間に火花が散った。
魔法少女と巨大蜘蛛は鍔迫り合いの如く、お互いの武器を溶かしながら瓦礫の中に落下した。
「あちちッ、あちちッ!」
ガントレットは右も溶けて使い物にならなくなった。サンライズハートはガントレットをその場に落とし、立ち上がった。
土埃の中に、赤いモノアイが光っている。その左前脚が魔法少女を切り裂こうと迫るが、電熱線ブレードは言う事を聞かずに地面を掻いた。
左腕部のサスペンションがひしゃげ、フレームそのものが大きく歪んでいた。落下した時の衝撃で、破損したのだろう。
巨大蜘蛛は何度か左脚を動かすが、それは狂った玩具のように振り回されるだけだった。
サンライズハートは好機とばかりに電熱線の攻撃をかいくぐると、巨大蜘蛛に近づいた。そして、素手で巨大蜘蛛のモノアイをぶん殴った。
「か、硬ッ~~……!!」
とんでもなく、硬い。
モノアイを守る半透明のカバーは、魔法少女と言えど、素手で破壊できるようなものではなかった。
巨大蜘蛛は暴走したようにのたうち周り、目の前の魔法少女を排除しようとミサイルハッチを開いた。そこから赤色のミサイルが六基、上空へ向けて発射された。
高く高く打ちあがったミサイルは空中でまごついた後、こちらに向けて降ってきた。
「う、嘘でしょ!?」
ミサイルは巨大蜘蛛と魔法少女にまんべんなく降り注ぎ、爆発した。
サンライズハートは爆発をもろに受けて吹き飛ばされた。サンライズハートの視界が真っ赤に染まった。ひなたはふらついた頭で理解した。
――HPが減りすぎたんだ。
もう、次の攻撃を避けられる気がしない。目の前の巨大蜘蛛は電熱線ブレードを振り回して、こちらを近づけさせないようにしている。自爆したミサイルでさえ、この装甲に傷1つ与えられていないようだった。
サンライズハートは立ち上がると、地面を強く踏みしめた。
「まだッ……! まだ、行けるッ……!」
どうしたらいい?
こんな時、ヒーローはどうする?
……前、だ。
チャンスはいつだって、前にある。
電熱線ブレードは集中すれば避けられる。それより問題はあのミサイル。また自爆撃ちをされたら、次はもう立っていられない。
――だから、前に出て、ミサイルラックをぶっ壊す!
サンライズハートは、拳を握りしめ、一歩前に出た。
背中の日輪はまだ諦めていなかった。
しかし、立ち上がるのが一歩遅かった。
ミサイルハッチは開かれ、次のミサイルが飛びだそうとしていた。
「ひっ……ひっ……ひっ……ひなたちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!」
ムーニーバニーの叫ぶ声。
ウィドーの自律思考は、急な目標の上書きで0.5秒遅れた。
いま撃てば、目の前の魔法少女を無力化できる。しかし「撃破しやすい目標」が真上に現れたことによって、ターゲットが上書きされてしまった。
ミサイルの目標を上空の魔法少女に変更。
ミサイル、発射。
「使ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
ドップラー効果を伴って、ムーニーバニーは戦場から逃げていった。それを追尾するミサイルが明後日の方向に消えていく。
ひゅんひゅんひゅん、と白銀の何かが自由落下してくる。それは、確かな重量を伴って、サンライズハートの目の前の地面に突き刺さった。
両刃斧。
それは明らかに、敵を両断し、屠るための武器だった。
*******
サンライズハートは、兎の手を模した柄を握りしめた。
軽い。
それはプラスチックのバットのように軽かった。サンライズハートは試しに、素振りをした。ぶん、と風を切ると白銀の両刃斧に炎が宿った。
サンライズハートは両刃斧を下段に構えると、ゆっくりと巨大蜘蛛に近づいた。
荒れ狂う電熱線ブレードが、接近するサンライズハートに迫る。
銀色の光が閃くと、ブレードは左腕ごと宙を舞った。電熱線ブレードは地面に突き刺さり色を失った。
左右の重量をずらしていたせいで、巨大蜘蛛はバランスを崩した。その、黒い鋼鉄の上に、ヒールの厚い可愛らしいブーツが乗った。
ひなたは、両刃斧を大きく掲げると、息を吸いこんだ。
「ムーニィー……サーンライズゥ……ブレ――――――ドッッ!!!!!」
白銀の一閃が、黒い鋼鉄を両断した。
……かに思えた。
巨大蜘蛛の装甲は一撃で屠れるようなものではなかった。
サンライズハートはその後も、下手な介錯人のように、巨大蜘蛛の背中に何度も両刃斧を突き立てた。
「ムーニィサンライズブレードッ! ムーニィサンライズブレードッ! はぁっ……はぁっ……ムーニィ、サンライズブレードッ! ムーニィサンライズブレードッ!」
途中、何度もミサイルハッチが開いた。
その度にサンライズハートは足で蹴って閉じた。そして泥沼のような戦いの末、黒い鋼鉄の巨大蜘蛛は完全に機能を停止した。
サンライズハートは両刃斧を巨大蜘蛛の死骸に立てかけると、その場で座り込んだ。スマホを取り出して、画面を覗いた。
残り時間2分30秒。
『Congratulations! クリフォト制圧完了!』
終わった……。ひなたはへとへとになって、その場で目を瞑った。
初めての魔法少女だった。
まだ、心臓がドキドキしている。身体中、傷だらけ、火傷だらけで本当に酷い目にあった。
今夜はよく眠れそうだ。
いや、眠れるだろうか?
身体が疲れていても、気持ちが火照って眠れないかもしれない。
うさぎと早く話したかった。うさぎがいたから、生き残ることができた。
――そうだ。私たち二人、どちらが欠けても、きっと生き残れなかった。
ひなたは目を閉じたまま、クリフォトの匂いを嗅いだ。
錆びた鉄と、溶けたプラスチックと、焼け焦げた土埃の匂いがした。遠くから、ムーニーバニーの呼ぶ声が聞こえていた。




