第23話 クリフォト コード"廃都東京メルトダウン" 7
「お、大きすぎないッ!?」
全長約10メートル。
クロゴケグモを模したその戦車は、左右それぞれに4本ずつ、計8本の脚があった。実物と同じく前脚の2本が異常に長く、その先端は電熱線のように橙色の光を伴った刃になっている。
胴体部分は丸みを帯びた黒い鋼鉄で覆われ、大きな尻部分には砲塔、ミサイルランチャーのラック、そして電磁砲のような長距離用のバレル付き砲台が載せられていた。
正面の口に当たる部分には、ちょうど人間向けサイズの回転式バルカン2対と、蜂型ドローンと同様にモノアイがあった。
それが今、二人の魔法少女を認識して、赤色に変わった。
「ムーニーバニー……逃げっ」
ムーニーバニーはもういなかった。
バルカン砲が音を立てて回転し、サンライズハートに向け射撃を開始した。
「ぎゃッ! い、痛いってば……!」
高速で打ち出される弾丸の雨が、魔法少女の細い背中を貫いた。サンライズハートは背中と脚を撃たれながらも隘路を駆け抜け、どうにか別の病棟に逃げ込んだ。
背中に触ると、血がべったりと付いている。魔法少女が銃弾を耐えられるといっても不死身ではないのだろう。
蜂型ドローンの銃撃が玩具だとすれば、この蜘蛛戦車の銃撃はテニスボールが直撃した程度の痛みがあった。
続く、爆発音。
息を整える間もなく、サンライズハートの入り込んだ建物が揺れた。埃が上階から降ってくる。建物が立ててはいけない大きく軋む音がそこら中から聞こえてくる。
ぶおん―――という音とともに、病棟に赤い光が走った。
サンライズハートの目の前を、赤く焼き爛れたような軌跡が走り、病棟を斜めに両断した。
塩素を撒いた時のようなイオン臭が立ちめき、光の通った断面がグツグツと煮えたぎるマグマのように溶けている。
次の瞬間、病棟は斜めに焼き切られ、崩れる豆腐のように切断された。
サンライズハートは死に物狂いで窓から逃げ出した。外の薄闇の中に、赤い光が見えた。
巨大蜘蛛のセンサーが飛び出したサンライズハートを捉えた。バルカンが回転を始める―――。
ひなたの中で視界が揺れ、時間がゆっくりになった。バルカンから薬莢が弾きだされ、銃弾がこちらに跳んでくるのが見えるようだった。
――どうしたら、いい?
いつもなら先に行動できるはずなのに、迷ってしまった。
あのバルカンは痛い。離れるとミサイルが飛んでくる。建物の中に隠れても駄目。じゃあ、どうしたら――……。
――いいや。違う!
私は、魔法少女なんだから!
「とりあえず、前ッ!」
サンライズハートは叫びながら、前方に突貫した。
火を吹き続けるバルカンをガントレットで防ぎながら、巨大蜘蛛の正面に肉薄した。ガントレットを逸れた20mm口径弾がサンライズハートの全身を撃ち抜き続ける。
しかし、サンライズハートの速度は緩まなかった。
炎冠の煌めきが、サンライズハートの右拳の軌道となって、巨大蜘蛛のセンサーに映った。
「うおおおおおおッ!!」
ゴキンッ―――!!
サンライズハートの右拳が、巨大蜘蛛の牙を1つ手折った。左バルカンの砲身はひしゃげ、銃口が上を向いた。回転できずに火花を散らしている。
そこに、前脚の2本の電熱線ブレードが迫ってきた。
「このッ、おッ、わっ、待って、待って、待って、待って!」
暗闇の中、左右の橙刃が、日輪を背負った魔法少女に襲いかかる。
サンライズハートはそれを左右のガントレットで器用に受け流し、金属と電熱がぶつかり合う凄まじい音が周囲に響き渡った。
たった1秒の間に、ブレードの斬撃をガントレットが弾き、火花の煌めきが何度も繰り返される。右のバルカンがこっそりと回転を始めた。
「こらぁッ!」
サンライズハートは気合で前蹴りをして、右バルカンを破壊した。これで蜘蛛の牙は2つとも折れた。
しかし、度重なる電熱線ブレードの攻撃でサンライズハートのガントレットは焦げ付いていた。長くは持たない。
サンライズハートはどうにか蹴りで、蜘蛛の装甲を破壊しようとした。とてつもなく、硬い。黒い鋼鉄の装甲は、蜂型ドローンの果物みたいな装甲とは全く異なっていた。このまま蹴り続けても埒が明かない。
「熱ッ!」
左手が火傷を負った。とうとう、左手のガントレットが焼き切れてしまったのだ。ここぞとばかりにブレードの攻撃が激しくなる。
サンライズハートは左手をかばいながら、走り出した。巨大蜘蛛から離れるためだ。
しかし、それを逃す巨大蜘蛛ではなかった。前脚を長く伸ばし、サンライズハートの背を貫こうとした。
サンライズハートの背中が大きく横に逸れる。暗闇の中、サンライズハートの瞳が太陽のように瞬いている。
ガキンッ―――!!
伸ばしきった右前脚のブレード、その関節部分をサンライズハートの右ガントレットが叩き折った。
曲がってはいけない方向にひしゃげた右腕フレームをかばうように、巨大蜘蛛は数歩下がった。
センサーが再起動した時、もう魔法少女は遠くに逃げ去っていた。




