第15話 アプリ
ひなたは、うさぎにコヴェナントの操作画面を見せた。
「右上からリーグ、トレーニング、ショップ、クリフォト……このうちリーグとショップには鍵がかかってる。選べるのはトレーニングとクリフォトだけみたいだね」
うさぎはつい昨日、フードコートで言われたことを思い出した。
「たしかウルサくんが言うには、まずレベルを5に上げないと、公式戦に参加できないんだって」
ひなたは試しにリーグのアイコンをタップしてみた。鍵マークにメッセージが浮かんだ。
『レベル5になると解放されます』
「ふむふむ。あ、本当だ。レベル5にならないと、このリーグっていうのは解放されないみたい。じゃあ、これが公式戦ってやつなのかな? こっちのショップっていうのはレベル2で解放されるみたいだね。レベルは、どうやって上げるんだろ?」
「えっと……ウルサくんは、クリフォトに潜ってレベル上げろって言ってたよ」
ひなたは額に手を当てて、眉を寄せた。
「なんだか、すごいね。そのウルサくん、なんでも教えてくれるね……」
「えっ? でも、すっっっっごく陰険で最悪なクソガキだよ? 本当の本当に性格が悪くて、こっちの嫌がることしかしてこないよ?」
「いや、でも教えてくれるだけ優しいっていうか……」
ひなたは自分の契約の主のことを思い浮かべた。
ひなたはアプリの起動から、オーソライズまでをすべて自力でやっていた。マーキュリーは何一つ教えてくれないし、連絡も寄越さなかったのだ。
ひなたは気を取り直して、画面に目を向けた。
「トレーニングは、プラクティスっていう一人用のモードと、部屋を作って友達と遊べるモードがあるみたい」
「一人用と、友達と遊ぶ? マリカーみたいなこと……?」
うさぎは妹との仲が良好だった頃に、一緒に遊んだのを思い出した。ここまで来ると本当にゲームのようだ。
「分かんないけど、一人でも練習ができるみたいだね」ひなたは画面をタップして、ホームに戻った。「じゃあ最後は、このクリフォトかな」
クリフォトという項目をタップしてみると、『検索』『侵入』『対戦』という3つの項目が現れた。『侵入』と『対戦』は薄暗くなっていて、タップできなかった。
「検索、はできるみたい」
ひなたはそう言って、うさぎに画面を見せた。
『検索』をタップすると「地図機能の使用を許可しますか?」と確認メッセージが出る。
ひなたは迷いなく、常時使用するをタップした。
検索中のぐるぐるしたマークが画面中央に現れ、数秒後にマップが開かれた。
マップには緑色のピンのマークが中央にあった。ピンの付いた建物には、この喫茶店が入ったビルの名前が記されていた。
「ん? これって、この辺の地図だ」
「矢印がいっぱい出てますけど……」
見ればマップの端に矢印マークが多数現れていた。
ひなたはマップを拡大する。すると、いくつかの地点に「!」マークが現れた。矢印は「!」マークの方角を示しているようだった。
「これ、ビックリマークになってる所が、ぜんぶクリフォトなのかな」
「ど、どうなんでしょう……」
「もしかして、現実でここに行ったらクリフォトに『侵入』できるんじゃない? あ……ここ知ってる! 婆ちゃんの通ってる病院だ」
ひなたが指さした先には、山北総合病院と書かれている。そして、ちょうど「!」マークが重なっていた。
「へぇ~、本当にそういうゲームみたいだね。この機能でクリフォトを探して、侵入してレベルを上げればいいんだね!」
「あの、当たり前みたいにクリフォトって呼んでますけど、ひなたちゃん、クリフォトが何か知ってるの……?」
「うん、クリフォトっていうのはね!」とひなたはマーキュリーに唯一教えてもらったことを思い浮かべた。
ようやく自分も知識を披露できる番だと思って、笑顔になった。
「えっと…………あの場所のこと、らしいよ」笑顔はすぐに小さくなった。マーキュリーから教わったことはそれで全てだった。
「あの場所?」
「私たちが最初に会った所で、赤ずきんとお姫様みたいな魔法少女が戦っていた場所だよ」
うさぎの顔が凍った。
「あの……廃ビル?」
「うん、様子が変だったでしょ。空の色とか、月の大きさとか。変な灰が浮いてたり、怪物が出てきたり」
うさぎは俯いた。
出会った時のおぞましい記憶と、ひなたを置いて逃げたことへの後悔が、いっぱいになったおなかの下腹辺りに渦巻き始めた。
まるで何事もなかったかのように接してくれているが、うさぎは彼女を置いて逃げたのだ。
目や耳から血を流し、病に侵された彼女を置いて逃げた。
うさぎがひなただったら、どう思うだろうか?
いざ命のかかった場面になれば、簡単に見捨てて逃げるようなやつなのだ。そんなやつと友達でいたいはずがない。
それどころか、普通だったら気まずくなって、再会しても楽しく話せないはずだ。
うさぎはひなたの優しさに甘え続けていた。本当なら置いて逃げたことを、罵られたり、揶揄されても仕方ない。
「そ、その……」
うさぎは膝の上に置いた手を握りしめると、意を決したように顔をあげた。
「ごめんなさい……あの時、自分だけ逃げてごめんなさい……ッ!」
「え」
別に気にしてないよ、と口から出かけたそれを、ひなたは飲みこんだ。
ひなたはあの時、それが最善だと思ったからそうしただけだった。
ひなたは動体視力がある。うさぎは足が速い。
ならば、うさぎに逃げてもらった方が、お互いの生存する確率が上がる。あの時はただ無我夢中で、指示を出す前にうさぎが逃げてくれて安堵したほどだ。
「……」
それを、この女の子は、責任と感じているのだ。
うさぎは臆病なことがコンプレックスだと言っていた。
あの日、うさぎはひなたに宣言した。臆病な自分を変えたい、と。
そして怪物から逃げた時に、うさぎは自覚して、深く傷ついたのだろう。自分が変わらず臆病者であることを。友達を置いて逃げる卑怯者であることを。
うさぎはきっと、ただ逃げたことだけでなく、ひなたに誓った約束を破ってしまったことを謝っているのだ。
「……」
うさぎは断罪を待つ罪人のように、こちらを見つめていた。
うさぎが求めているのは、きっと安易な気休めの言葉じゃない。
ひなたは何とも思ってないが、うさぎ自身が罪を贖いたがっている。
自分の弱さを吐き出し、罵られ、改善したいと願っている。
ひなたは、うさぎのそんな真面目さにびっくりした。
そして、ふとこんなことを思った。
――私たちが、ただの友達だったら、ここで軽く流して終わりなんだろうな。
ひなたは笑顔になった。
――でも、私たちは一度、命の危機を乗り越えた仲でしょ?
「じゃあさ、今度は逃げないで、一緒にいてくれる?」
「え、え、えっ!?」
ひなたは悪戯っぽく笑った。
「今から一緒に行ってみようよ! クリフォト!」




