第14話 ふたりは
日曜日の朝。
うさぎは隣町から電車に乗って、山の上にある瀟洒な住宅街に来ていた。
うさぎの住んでいるごみごみした神奈川の低地とは異なっていて、なんだか外国人とか資産家が住んでそうな街並みだった。駅前には成城石井を内包した巨大なスーパーマーケットがあった。
「うさぎ~!」
清潔に掃除されたバスロータリーの近くに、ひなたが居た。
黒いニット風のチュニックに、下はベージュのキュロットパンツを着ていた。たった二日前に出会った時の清楚な制服姿と違って、山登りに赴く美大生みたいなカジュアルな格好だった。
「ここまで迷わなかった? ごめんね、呼び出すみたいになっちゃって」
「い、いいのいいの! ひなたちゃん家の近くの方がいいの!」
うさぎにとって最悪なのは、近所でみよちゃんや学校の知り合いに出会ってしまうことだった。確率的にあり得ないことではないし、こういう時のうさぎの悪い予感はだいたい当たる。
「ここから、ちょっと歩くけど大丈夫かな? 電車で疲れてない?」
「だ、大丈夫! 混んでなかったし!」
二人は並んで日曜日の平穏な並木道を歩いた。
二日前、二人が出会った時の恐ろしい出来事なんてなかったかのように、うさぎは穏やかな気持ちだった。
魔法少女。
もしその共通点がなかったら、二人は再会していなかったかもしれない。
うさぎはあのうるさい少年と、契約をしなかった未来を想像した。ただ、あの廃ビルでひなたと出会い、何事もなく帰宅して、こうして日曜日を一緒に過ごす友達として出会えていたなら。
もしそうだったら、どんなに良かったことか。
「ムーニーバニーさん?」
ひなたがそう声をかけてきた。うさぎはびっくりして、足を止めた。
「え、え、えっ?」
「うさぎの、コヴェナントの方の名前がそうなってたから。可愛いよね!」
「あ、ありがとう?」うさぎは言った。複雑な心境だった。「ひなたちゃんは何ていうの?」
ひなたは誇らしげに手を掲げた。そして日光を遮るように上を見上げ、決め顔で言った。
「私は、サンライズハートッ! かっこいいけど、可愛くはないんだよね~。あ、けど私たち、太陽と月でお揃いだね」
「ほ、ほんとだ……! ブラックとホワイトみたいだね!」
「うん。勝手にコンビとか名乗っていいのかな? あ、ちなみにね」とひなたはスマホに触れて、コヴェナントを起動した。
「うさぎを見つけたのは、この機能だよ。最近出会った魔法少女の名前が残るみたい。いきなりメッセージ送るか迷ったんだけど、あの日に私が会った人ってうさぎしかいなかったからね」
ひなたはそう言って自分のコヴェナントの画面を見せた。『遭遇履歴』という項目には、ムーニーバニーの名前があった。
「あ、本当……」
うさぎは自分のコヴェナントを起動した。そして同じように『遭遇履歴』を見る。
そこには『レッドフッド』と『サンライズハート』の名前があった。うさぎは目の前で行われていたレッドフッドと大剣を持った魔法少女の戦闘を思い出して、膝が震え出した。
「え、うさぎはもう私以外の魔法少女と会ったの?」ひなたが驚いて言った。「あの時の二丁拳銃の赤ずきんさん? うわぁ~、いいなぁ~!」
「よ、良くないッ! 全然良くないよッ!? すっごく怖かったんだよッ!?」
ウルサの言う所の特等席で魔法少女の戦いを見せられ、死ぬような思いをしたのだ。羨ましがられるようなものではなかった。
しかしひなたは、真剣な表情を崩さなかった。
「でもさ。私たちも魔法少女になったってことは、いつかはああいう戦いをやらなきゃいけないってことだよね。あ、着いたよ」
ひなたは、道の先にある喫茶店を指さした。両脇のビルに挟まれた喫茶店はこじんまりとしていて、その小さな扉にはさらに小さな看板が掲げられていた。
「うさぎ、お昼まだだよね? ここすんごい美味しいから! 来てもらったんだし、私がおごるよ!」
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「……」
テーブルの上には、スパゲティナポリタンと、ひれかつサンド、あずきトーストにレモンチーズケーキ、マロンクリームパフェ(ハーフサイズ)が並んでいた。
全て、うさぎが注文したものだった。
ひなたは目を丸くしていった。
「それ、全部入るの??? え、質量どうなってる???」
「ご、ごめん。朝少なかったから……」
「いや、お金は気にしなくていいんだけど、食べきれるの? 本当に?」
「う、うん。うち、ご飯残すと怒られるから……」
ひなたは思わず、うさぎの体型とテーブルの上に並んだ料理を見比べた。そして、自分の注文したアイスコーヒーと、自分の体型を見比べた。
「不公平……」
うさぎは手と手と合わせると、さっそくあずきトーストに手を付け始めていた。
見ていて、思わず唸るような喰いっぷりだった。ひなたは食事の邪魔をしないよう、静かにアイスコーヒーを飲み、うさぎが食べ終わるのを待った。
やがて、うさぎは全てを平らげると、ベルトを緩めた。おなかはパンパンに膨れていた。
「……ごちそうさまでしたぁ」
満腹になったうさぎは本当に幸せそうだった。
うさぎの顔はたっぷりとむくんでいるように見えた。ひなたは、年老いた金持ちが若く健康な人に食事を奢る理由が分かった気がした。
これだけ素晴らしい喰いっぷりと、幸せそうな顔が見れるなら、誰かに奢るのも吝かではないだろう。
うさぎはぱちぱちと瞬きして、日差しの中で幸せそうに微睡んでいる。
やばい、寝る。
このままだとドカ食い気絶のように、うさぎが寝てしまう。ひなたは急いで、追加のコーヒーを注文した。そして、皿が下げられたテーブルの上にスマホを置いた。
「それでね」
ぱちぱち、とうさぎの目が瞬いた。視線がひなたの持つスマホに注がれる。
「この、コヴェナントのことなんだけれど」




