第13話 オーソライズ2
昼も過ぎ、人の減ったフードコートでうさぎは全ての注文を平らげた。
「あっ……ご、ごちそうさまです……」とお辞儀するうさぎを、ウルサは半目で見つめながらコーラの残りを啜った。
「お前、マジで大食いなのな。太るぞ」
「も、もう太ってるからいいんです放っといてください! じゃなくて、あの、登録を終えたら引退できるって話では……?」
ウルサはストローを噛み潰して、口から離した。
「わぁってるよ、引退引退うるせーやつだな。前に言った通り、魔法少女には月に1度の公式戦がある。それを3回サボれば、お前は継続意思なし、と見なされて名誉の引退だ」
うさぎの顔が、安堵で緩まった。今日初めて見せた表情だった。
「だが」とウルサは続けた。「公式戦の参加資格が発生するのは、レベル5からだ。そのために、まずその辺のクリフォトに潜ってレベルを5まで上げろ。それで後は放置してりゃいい」
「え、え、え? よく分からないんですが……このまま放置しっぱなしでは引退できないんですか?」
ウルサは片足を組んでいた。
うさぎは間近にいる小学生から、化学物質が焼き焦げるような匂いがしていることに気付いた。
お風呂に入れていないのだろうか?
少年の黒髪からは神社でやっている焚き上げのような、湿った木材を無理やり焼いた時の、刺激臭が漂ってくる。
まるで、何かを燻すような、ちりちりとした匂い。
それが真横に座っている小学生から、煙のように押し寄せてくる。
「そのまま引退した場合、お前は――――重責を背負うことになる」
「ウルサくん……?」
「お前が、人生を投げ捨てる覚悟があるなら、好きにしろ。だがお前は、おれの黒曜石の秘儀を受け、心臓を捧げている身だ。よく考えろよ」
うさぎは煙に燻されたように、その場で咳込んだ。息苦しさはあったが、不思議と不快ではなかった。
フードコートの喧噪が耳に戻ってきた。うさぎは脅えながら、ウルサの顔を覗き込んだ。そこには不愉快そうに口をとがらせている小学生がいた。
「聞いてんのか? レベル1で放置すると、お前はロクなことにならねー。レベルを上げろ。その上で逃げたけりゃあ、公式戦をサボれ」
ウルサはそう言って、席を立ちあがった。
「ああ、あとな。引退するつもりならポイントは使うんじゃねーぞ!」
うさぎは追いかけようとして、机に膝をぶつけた。痛みのあまり、その場に蹲ってしまう。そして、顔を上げた時にはウルサはいなくなっていた。
「だ、騙された……? アプリを消して退会するつもりで来たのに、手続きが進んじゃった……」
うさぎはその場で項垂れた。空腹は解消されたが、問題は解決していなかった。もう何も考えたくなかった。
それからうさぎは、憂鬱な気持ちのまま帰宅した。
母親は仕事でいなかった。妹は友達と遊びに行っているのだろう。
静かな家の中で、うさぎは一人ヘッドフォンを付け、布団に包まった。
自分で初期化してしまったスマホに、以前までのアプリを再インストールするのが面倒くさかった。
明日はどう過ごすべきなんだろうか? そして、明後日の月曜日が来たら、みよちゃんに何て謝ればいいんだろう?
うさぎは好きな歌い手の、陰鬱なのに明るい曲を選択して、爆音で流した。掠れたような高音を聞いていると、全身が揺さぶられて今一時の苦しみを忘れることができた。
音楽は急に止み、メッセージの通知音が「ぽろろん」と鳴った。
「もう、なんなの」
スマホを見ると、『魔法少女コヴェナント』からの通知だった。
どうせあの黒いガキからの文句だろう。うさぎは既読無視するつもりで、コヴェナントを開いた。画面上の手紙のようなアイコンに!マークが着いていた。うさぎはそこをタップした。
『こんにちは。もしかして、うさぎさんですか?』
『違ってたら、ごめんなさい。ひなたです。連絡が付かなくて困っていたから、こっちで送っちゃいました』
うさぎは音楽を切って、ベッドの上で正座した。ひなたちゃんだ。うさぎはメッセージを返した。
「ごめん! アプリが全部消えちゃって、返事ができなかったの」
『ああ、やっぱり。このゲームのことで相談があるんだけど…』
『もしよかったら、明日会って話せませんか?』
うさぎは「ぜひ会いたいです」と返した。
たとえ引退予定のゲームの件であっても、ひなたともう1度会って話したかった。
急に連絡が付かなくなった理由を説明したかった。
うさぎは急に生えた明日の予定に心をときめかせながら、土曜日の午後を過ごした。




