第12話 オーソライズ1
週末のイオンは、家族連れでごった返していた。
うさぎがイオンに来るのは、小学生ぶりだ。かつては母親の買い物に付き添い、フロアの隅っこにある女児向け着せ替えゲーム筐体でお小遣いの限り遊び、それからフードコートでポテトを食べ手と口をべとべとにしていた。
あの頃は、今みたいに悩みも少なかった。アニメを見て、お菓子を食べて、友達と遊んでいるだけで良かった。叶うならば小学生女児に戻りたかった。
まさか、あの頃テレビで憧れていた魔法少女を、高校生の自分がやらされるなんて思ってもみなかった。
アニメの中の魔法少女たちは皆、華があった。
どこか心に弱い所があっても、それを補ってあまりあるほどに勇気と希望に満ちていた。きらきらと輝いていて、見ていて眩しさを感じるほどだった。
魔法少女になる女の子たちは、最後には自分の弱さを克服して、大団円になると決まっていた。
うさぎには無理だ。
あの激しい戦いを目の前で見せられて、魔法少女をやりたいと思う方がどうかしているのだ。
痛いのも苦しいのも、苦手なうさぎに、魔法少女は向いていないのだ。
うさぎは不安げにスマホを見た。
『着いたか? フードコートに来いよ』とメッセージが来た。
うさぎは1階のフロアを抜けて、フードコートに向かった。
昼前でもフードコートは混んでいたが、まだ満員という程ではなかった。
探すまでもなく、ファミリー向けの四人席を占有し、ミュージックビデオのラッパーみたいに両手を大きく広げ、足を開いて座っている小学生がいた。
本当に関わり合いになりたくない。
今日も黒パーカーとカーゴパンツの小学生は、うさぎを見つけると大きく手を挙げた。
「おい、こっちだ、こっち!」
四人席のテーブルを下品に叩いている。テーブルの上には彼が注文したであろう、ハンバーガーとコーラがあった。
うさぎは周囲の目にびくびくと怯えながら、ウルサの席に近づいた。そして、兎足のスマホケースを机の上に放り投げた。
「こ、これ! 返しますから! では!」
「あ? お前、アプリは消さなくていーのかよ?」
逃げ去ろうとしたうさぎの足が止まった。
そうだ、アプリ。
初期化しても消えなかった魔法少女コヴェナント。これを削除しないことには、完全に契約を解除したことにはならないだろう。
「そいつを完全に消すには、いったん登録を終わらせて、そっから改めて引退しねーといけねーんだよ」
冷や汗を流すうさぎに、ウルサは悪だくみするみたいに肩を叩いてきた。
「な? ほら、悪いようにはしねーからよぉ。いちいち逃げるんじゃねーよ。ま、座れよ。奢ってやるから、好きなもん頼めよ、な?」
うさぎは自分よりもずっと背の低い小学生に肩を抱かれ、まるで消費者金融にたかられている債務者の如く縮こまっていた。
*******
「……」
テーブルの上にはタコ焼きに始まり、醤油ラーメン半チャーハン付き、フランクフルト&フライドポテト、たい焼き3種(あずき、クリーム、ずんだ)が並んでいた。
全て、うさぎが注文したものだった。
ウルサは目の前に並んだ皿の数に、げんなりして言った。
「お前、ちょっとは遠慮とか考えねーの? 上司が一品しか頼んでないのに、普通ガッツリ行くか?」
「ひぃっ……だ、だって、お昼食べてなくて……」
ウルサは苛々しながら、机を指でコツコツと叩いた。
「にしても限度があんだろーがよッ! ああ、もういーわ、お前。お前のペースに付き合ってたら、マジで1日が無駄に終わる。食いながらでいいから聞け」
「は、はいっ……いただきます」
ウルサはうさぎの真横に座ると、うさぎのスマホを操作し始めた。うさぎにも見えるように画面を傾ける。
「契約は、契約の主と魔法少女の応答で承認される。覚えてんだろ? おれが契約を促して、お前は応えた。その時点で、お前はもう魔法少女だ」
「は、話が違うッ……!」
「口を挟むな。食ってろ。辞めるには、いったん魔法少女の登録を済ませてから、引退する必要がある。おら、起動しろよ」
ウルサはそう言って、うさぎのスマホから魔法少女コヴェナントのアプリを指さした。うさぎは少し悩みながらも、割りばしでタップした。
『コヴェナントへようこそ!』と可愛くポップな文字列が画面に浮かぶ。
続いて、奇妙なロゴと文字を模した記号のようなものが並んだ。協賛企業だろうか? それから細かい文字でアプリ起動時の注意書きが並んでいる。注意書きは無理やり詰め込んだみたいな長文でとても読みづらかった。
意訳すると、長時間の使用や、目の疲れに注意しましょう、とか、そんな注意書きだった。
「魔法少女ぉ~~……コヴェナント~~!」
初期設定にしていたせいで、ボリュームがけっこうな大きさになっていた。可愛いらしく、甘ったるい女の子の声でのタイトルコールだ。
周囲の騒がしさに紛れたとはいえ、かなり恥ずかしかった。
ウルサはそんなことに羞恥心などないのか「さっさとタップしろよ」と腕で小突いてくる。
うさぎは食べかけのタコ焼きを泣く泣く口に入れて、コヴェナントの画面に触れた。
『おかえりなさい、ムーニーバニー』
画面に文字列が浮かぶ。
『まずは、このメッセージウィンドウをタップしてみましょう』
うさぎが慣れない画面をしっかり読み込み、一文一文読みながらタップしていると、ウルサが横から口を出した。
「操作がおせーんだよ! 操作方法のチュートリアルなんざさっさとスキップしろよ」
「ええ……だって、私こういうゲームやらないし……ちゃんと読まないと……」
「それを教えてやるっつってんだろ! いーから飛ばせ。右上の漢字の三みたいなの押して、SKIP押せッ!」
うさぎはせっつかれて、言う通りにした。確認のメッセージにYESを押すと、画面は暗転した。
すると、画面は小さな部屋のような背景になった。
ソーシャルゲームの画面よろしく、右側にコンテンツの名前が載っている。LEAGUE、TRAINING、SHOP……。いくつかのコンテンツには鍵のマークがついていて、選択できないようだ。
「プロフィール押せ」とウルサが言った。うさぎは言う通りに、画面上にあるプロフィールを押した。
『ムーニーバニー/Lr.1/ポストモダン/無』
「ムーニーバニー……?」
画面には、一人の魔法少女が立っていた。
ペールブルーのボディスーツと星屑の散りばめられたタイツ、その上に白銀色のジャケットとミニスカート。
腰回りのベルトには多機能ポシェットが着いていて、ジャケットの胸元には兎の足を模したプレートが付けられている。
特徴的なのは両手首についた金色のリングと、両足を覆う兎の足をそのまま模したかのようなもふもふしたブーツだ。
ジャケットと地続きになっている滑らかな白い素材のフードが後ろについていて、2本の兎耳が後ろへと流れていた。背中には機械的なバックパックが着いていて、バーニアのようなものが見え隠れしていた。
ムーニーバニーの顔は、うさぎ本人をデフォルメしたような形状だった。うさぎのもっさりした黒髪が、コスチュームに合わせて銀髪になり、ふわふわと揺れていた。耳には三日月のイヤリングが光り、額の上には月の女王のようなティアラが載せられている。
うさぎは言葉も忘れて見惚れてしまった。
かつて自分がカードや玩具で集めていたような衣装が、アバターとはいえ自分用に調整されている。あまり好きではなかった自分の名前も、ここではモチーフの1つとして上手く置き換えられていた。
「すごい……」
「そりゃそうだ。世界に1種類しかない、お前だけの、お前専用の魔法少女の衣装だからな。ま~、お前は今から辞めるんだけどなァ?」
ウルサがニヤニヤして横から口を出した。うさぎは思わずスマホを隠した。
「それで……次はどうしたら?」
ウルサは腕を組んで続けた。
「オーソライズってやつを押せ」
「オーソライズ、オーソライズ……あ、ありました」
『マイクの起動をアプリに許可しますか?』と画面に表示された。
「え、え、え? マイク?」
「音声認識がいんだよ。他のやつに使われたら困るだろ」
「え、これ大丈夫なやつですか?」
「いちいちビビってんじゃねーよ。さっさと押せ」
うさぎは脅えながらも、マイクの許可をした。すると……。
『変身のフレーズを唱えてください』
「はぁっ……?」
戸惑ううさぎに、ウルサが身を乗り出して言った。
「魔法少女なんだから、フツーあるだろ。ほら、変身する時になんか言うだろ」
「つ、月に代わって……とかですか?」
ウルサは頭をガリガリと掻いた。
「それは変身後だボケ。つーか、お前さぁ、ガキの頃にオリジナルのプリキュアごっことかしてねーのかよ? 少しは自分のオリジナリティとか出して行けよ!」
「いや、あ、アニメは見てましたけど……私、あんまり友達いなくて……」
「はぁ~。じゃあ辞書貸してやるから、適当な厨二単語を羅列しろよ」
そういうと小学生はパーカーの前ポケットから、英語、ラテン語、ドイツ語などの辞書を、テーブルの上にどさどさどさと落とした。
うさぎは必死にページをめくって、それらしいフレーズを探した。
探している途中で「どうせすぐ引退するのだから、適当でいいのでは?」と気付いた。だが、心配性でもあったうさぎは、あんまり長くすると噛みそうだとか、いざとなって忘れたら怖い、とありもしない不安に怯えて真剣に考えた。
うさぎがルーズリーフに書く単語を、ウルサは容赦なくダメ出しした。
「それ長すぎだろ。絶対噛むぞ」「魔法少女っぽくない、次」「ダサい、次」「お前、自分のモチーフとか真剣に考えたことないわけ?」
「あ、あの……」
「何だよ?」
「自分で決めていいんじゃ……」
おずおずと訊ねるうさぎに、ウルサは怒鳴った。
「お前がグズだから、おれが手伝ってやってんだろーが!」
「ひぃっ、ごめんなさいっ」
気付けばフードコートの二人の周囲の席は、そこだけ空間を切り取ったかのように空いていた。
まるで、DV男に違法な契約書を手伝ってもらっている彼女だ。もうなんか色々よく分からなくなってきた。アプリを消してさっさと帰るはずが、なんでこんなに嫌な思いをしなくてはいけないのだろう。
うさぎは自分の跳ねまわる心臓を抑え「はねる」と書いた。
「もうそれでいいだろ、面倒くせー」とウルサがため息をついた。
「うーん……はねる……ええっと……うさぎ、はねる……」
うさぎのルーズリーフには、自分の名前と「はねる」という動詞が連なって書かれていた。うさぎ、はねる。その2つのフレーズで、うさぎは子供の頃に聞いた童謡を口の上に滑らせた。
「……うさぎ、うさぎ、なに見て、はねる」
その呟きに、ウルサは顔をあげた。
「お」
「な、なんですか。またガキっぽいとか馬鹿にしますか」
「童謡か。そーいうのでいーんだよ、そーいうので。なんだよ、やりゃーできるじゃねーか。童謡なら著作権も気にしなくていいしなー」
絶対に馬鹿にされると思っていたが、受け入れられていた。
ウルサはスマホを操作して、うさぎに繰り返すように促した。うさぎは一呼吸置いてから、フレーズを繰り返した。勝手に操作を続けるウルサに、うさぎはおずおずと尋ねた。
「ちょ、著作権とか関係あるんですか……?」
「多いんだよ、最近のガキは。変身フレーズっつーと、話題の曲の歌詞をそのまんま引っ張ってくるやつが。自分の詞ってもんがねーんだ」
「自分だってガキの癖に……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないです……」




