6 世界規模の求愛
少し長くなリました。
ある日。
伯爵邸の玄関前に、ひときわ立派な馬車が停まった。
「……見えたぞ」
伯爵が、ごくりと唾を飲む。
「こ、これは……ウィリアム公爵子息様!」
慌てて姿勢を正す。
「ようこそお越しくださいました」
ウィリアムは優雅に礼を返し、静かに告げた。
「本日は、シャーロット嬢と出かける
約束をしておりまして」
その手には、花束。
そして――小箱。
(……嫌な予感がする)
伯爵夫妻は、そろって固まった。
その頃。
シャーロットの部屋では――
「急いで!リボンが曲がってるわ!」
「髪はもっとふんわりです!」
侍女カレンによる、高速かつ完璧な支度。
(落ち着いて……今日は、ただのお出かけよ)
◆
【王都中央植物園】
柔らかな光と、緑に包まれた空間。
ひとつのベンチへと、導かれる。
「こちらへ」
ウィリアムが手を差し出す。
(……やはり素敵な方だわ)
自然と頬が緩む。
「本日は、こちらを」
差し出された小箱。
そっと蓋を開ける。
「……!」
小ぶりのパイ。
艶やかな編み込み。
繊細で、完成された一品。
「ま、まあ……本当においしそう!」
本音が、即座にこぼれる。
(ああ……この反応だ)
ウィリアムの目が、満足げに細まる。
すっと。
少し離れた位置に控えていた侍女が現れ、手際よく簡易の茶を用意する。
(外でも楽しめるように、準備が……?)
ウィリアムは、確信した。
彼女は――
どこにいても、食を楽しむ人だ。
「外出用にプティパイだなんて……!」
シャーロットの瞳が輝く。
「さすがですわ。とてもセンスがよろしいです」
(こんなふうに褒められるとは……!)
ウィリアムは、内心で軽く衝撃を受けていた。
「いただきます」
サクリ。
小さな音。
次の瞬間。
ふわりと、頬が緩む。
その変化を、ウィリアムは見逃さない。
(……なんて可愛らしい方なんだ)
「シャーロット嬢」
静かに、名を呼ぶ。
「貴方は、こんなにも私を幸せな気持ちにしてくれる」
まっすぐに見つめる。
「できることなら、すぐにでも正式な婚約を国中に発表したい」
一呼吸。
「……構わないだろうか?」
しかし。
その時、シャーロットの頭の中は――
(このパイ……普通ではないわ)
(バターの層、折り込みの回数……温度管理も完璧……!)
「わたくしこそ、幸せですわ」
――少しだけ、会話がずれた。
だが。
何も問題ない。
◆
帰宅後。
「ど、どうだった!シャーロット!」
伯爵が詰め寄る。
「食べ過ぎたりはしていないな!?」
「お父様!」
シャーロットは、きっぱりと言い切った。
「わたくしは、いつも――」
「一人分、いただいているだけですわ!」
堂々たる主張。
(……それでいいのか?)
伯爵は、何も言えなかった。
◆
その夜。
シャーロットは机に向かう。
「そうだわ……ウィリアム様にも」
ペンを走らせる。
◆
数日後。
公爵邸に、手紙が届いた。
一通は厨房へ。
そして、もう一通は――
ウィリアムのもとへ。
読み進めるうちに、笑みがこぼれる。
そこに綴られていたのは。
感謝と――
あまりにも詳細すぎる、パイの感想。
「……やはり、彼女は最高だ」
顔を上げる。
「セレル」
執事を呼ぶ。
「世界中の食材を集めろ」
「……は?」
問題はなかった。
「……は?」
「最高の料理を用意する」
静かに、しかし確信をもって言い切る。
「もっと、彼女を驚かせたい」
その瞬間。
ウィリアム・アヴェーヌの求愛は――
“世界規模”へと、移行した。




