第9話
朝の広場は、スイートポテト作りで賑わっていた。老人たちが生地を成形している。すっかり元気になったマーサが的確な指示を出し、薬草採りも軌道に乗っている。みんなが働いている姿を見て、俺は安堵の息をつく。
(みんな、生き生きしているな)
でも、心の中でもう一つの思いが芽生えていた。
(これでいいのか…)
「悠真さん、どうかしました?」
リリアが心配そうに覗き込んできた。
「いえ、なんでもないです」
今日は週に1回、街へ行く日だ。俺とリリアはスイートポテトの販売を手伝い、マーサはノエルの家でお茶をするのが習慣になっている。
「あの……」
俺は作業の合間に切り出した。
「実は、今日街に行ったときに、ギルドに登録したいんです」
「ギルド?」
リリアが手を止めて、少し悲しそうな顔をした。
「悠真さん、冒険者になりたいんですか?」
「はい。憧れていて……冒険者になって、魔物と戦ってみたくて」
(異世界転生といえば、やっぱり魔物退治だよな。)
リリアの表情を見て、俺は言った。
「リリアさん、心配してくれてありがとう」
「え? あ、はい……」
リリアは一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直した。
ちょうどそこへ、マーサがやってきた。
「あら、何のお話?」
「悠真さんが、今日街でギルドに登録したいって」
マーサの顔が急に輝いた。
「ギルド! あら懐かしいわね。私も行きたいわ」
「マーサさんも?」
「ええ、ノエルとのお茶は後にして、久しぶりにギルドの雰囲気を味わいたいわ」
街に着くと、俺たちはすぐに冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは、街の中心部にある大きな石造りの建物だった。重い木の扉を押し開けると、中は薄暗く、酒と汗の匂いが充満していた。壁には依頼書がびっしりと貼られ、冒険者たちが思い思いに過ごしている。
(これだよ、これ! 異世界の冒険者ギルド!初めて見る光景に、心が踊るな)
リリアが小声で説明してくれる。
「ギルドのランクはFからSまであって、Fが一番下です。依頼もランクごとに分かれていて、自分のランク以上の依頼は受けられません」
「なるほど、安全管理がしっかりしているんですね」
受付に向かうと、茶髪の受付嬢が愛想よく微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「冒険者登録をお願いします」
(ついに言えた、この台詞!)
受付嬢が書類を取り出す。
「お名前は?」
「相川悠真です」
「年齢は?」
「さ……にじゅ……20歳です」
「職業は?」
「……介護士です」
受付嬢の手が止まった。
「カイゴシ? 聞いたことがありませんね」
周囲の冒険者たちがざわつき始めた。
「カイゴシって何だ?」
「新しい職業か?」
「解体職じゃないのか?」
「獲物をバラバラにして、肉屋とか薬屋に売るやつか」
「今日は、まだ魔物討伐してないのにな」
「登録しているぞ!」
「解体職が?冒険者になるのか?」
受付嬢が古い職業帳を取り出して調べ始めた。埃をかぶった分厚い本のページを何度もめくる。
「あ、ありました! すごく古い記録ですが……『介護士』と」
「え? あるの?」
俺も驚いた。
「そんな職業があるのか」
冒険者たちも不思議そうにしている。
「じゃあ、それで登録しておきます。得意な魔法は?」
「火を少し」
「初級魔法使いレベルですね。戦闘経験は?」
「グレイウルフを倒したことがあります」
「はい、それなら問題なさそうです」
受付嬢が書類に記入して木製のプレートを渡してくれた。
「はい、これで相川悠真さん、Fランク冒険者として登録完了です」
【相川悠真】
【ランク:F】
【職業:介護士】
「ありがとうございます」
(やった! ついに冒険者になった!)
その時
「リリア?……リリアか?」
振り返ると、銀髪の青年が立っていた。騎士のような立派な鎧を身に着けている。
「レオン……」
リリアが驚いたように呟いた。
「久しぶりだな、一年ぶりか」
レオンと呼ばれた青年が近づいてくる。20歳くらいだろうか。整った顔立ちで、明らかに貴族の出だ。
「元気にしていたか? いや、そんなわけないか。痩せたな」
レオンと呼ばれた青年が、心配そうにリリアを見つめる。
「ちゃんと食べているのか」
「心配してくれるの?」
「まあ……元仲間だからな」
レオンは照れくさそうに視線をそらした。
(元仲間か。複雑な関係みたいだな)
「なぜお前がここに」
レオンが怪訝そうな顔をする。
「また冒険者を?」
「違います。悠真さんの付き添いです」
リリアが俺を示すと、レオンの視線が俺に向いた。品定めするような目だ。
(付き添い? 誰だこいつは)
そんな心の声が聞こえてきそうだった。
(若い連中の恋愛模様を見ていると、おじさんは複雑な気分だ。)
「悠真?」
「はい。私たちを助けてくれている人よ」
「助ける?」
レオンが目を細めて俺を見た。
(なんか怪しまれているな。)
「そうよ。悠真さんのおかげで、村も豊かになったし」
「村が豊かに?」
レオンの目がさらに細くなった。怪しいビジネスでも始めたのかという顔だ。
「何をしたんです?」
「焼き芋よ」
「焼き……イモ?」
レオンが首を傾げた。
「イモって何だ?」
リリアが説明する。
「豚の餌よ。貴族のレオンは知らないかもね」
「そのイモを焼いて売るの。とても美味しいのよ」
レオンが呆れたような顔をした。
「豚の餌を焼いて……それで村が豊かに……」
信じられないという表情から、徐々に詐欺を確信した目に変わっていく。
「リリア」
レオンが真剣な表情になった。
「お前は才能があったんだから、Aランク、いやSランクも目指せたはずだ」
「それは昔の話よ」
『一年前』
「ごめん、レオン。私、引退する」
唐突なリリアの言葉に、レオンは耳を疑った。
「は? なぜだ」
「祖父が亡くなって、祖母が気を落として……」
「食事もしなくなって、魔法も使えなくなって……このままだと祖母まで……」
「でも、誰か他に世話をする人を探せば」
レオンは当然のように言った。
「そんなことできない。祖母は私の唯一の家族なの」
リリアは首を横に振る。
「家族のために才能を無駄にするのか!」
レオンは声を荒げた。
「お前の人生だぞ!」
「家族も私の人生の一部よ」
リリアは静かに、しかし強い意志を持って答えた。
「私が選んだことです。後悔はしていません」
リリアがきっぱりと言い切った。
そんな二人のやり取りを見ていると、突然怒声が響いた。
「おい、そこの婆さん」
筋骨隆々とした大男が、酒瓶を片手にふらふらと近づいてくる。明らかに酔っている。
「俺の席に座っているんだが」
見ると、マーサが休憩用の椅子に座っていた。
「あら、ごめんなさい。知らなくて」
マーサが立ち上がろうとする。
「待てよ」
大男がマーサの腕を掴んだ。
「謝るだけじゃ済まねぇな。迷惑料を払え」
「やめろ!」
レオンが剣を抜きかけたが、大男の取り巻きが前に出てきた。
「おいおい、騎士様 ここで剣を抜くのか?」
ギルド内での戦闘は禁止されている。レオンは歯噛みした。
「その方の腕を離してください」
俺が静かに言った。
「あ? なんだてめぇは」
大男が俺を睨む。Cランクの冒険者バッジが見えた。
「ふざけんな!」
大男が俺に向かって拳を振り上げた。
俺は反射的に動いていた。介護現場で培った洞察力が、大男の重心の位置を瞬時に把握する。
「失礼」
俺は大男の腕の下に潜り込み、肩を相手の脇の下に入れた。そして体重を利用して、大男の重心を前方に崩す。
(介護の経験が、まさかこんな形で役立つとは)
「外の空気を吸いましょう」
歩行介助の基本技術 相手の重心をコントロールして、自然に歩かせる。大男は自分の意思に反して、スルスルと外へ向かって歩き始めた。
「な、なんだ!? 体が勝手に!」
大男は抵抗しようとするが、自分の体重と勢いで前に進んでしまう。
「足元に気をつけて」
俺は淡々と誘導を続ける。ギルドの入り口まで来たところで、そっと手を離した。
「新鮮な空気は気持ちいいでしょう?」
「て、てめぇ!」
大男が剣を抜いた。酔いも手伝って、完全に頭に血が上っている。
「何をしやがった!」
「歩行介助です。以前、仕事でよくやっていましたから」
俺は平然と答える。
「ふざけるな!」
大男が剣を振り上げた。まずい、とっさに魔法を。
「ファイヤー!」
手のひらから小さな火の球が飛んだ。しかし、大男は片手で払いのけた。
「そんな豆鉄砲が効くか! 死ね!」
剣が振り下ろされる。避けられない。
(やばい)




