第10話
その瞬間だった。
キィィィン!
金色の光が大男を包み込んだ。
「な、なんだ!?」
大男の体がふわりと浮き上がる。結界の球体に閉じ込められ、空中で手足をばたつかせている。
「降ろせ! 降ろしやがれ!」
マーサの手から、また光が放たれる。
「ピューリファイ」
大男の顔から酔いが引いていく。
「う……俺は何を……」
正気に戻った大男は、自分が宙に浮いていることに気づいて青ざめた。
マーサが結界を解くと、大男はどさりと地面に落ちた。
「す、すまねぇ!」
そそくさと逃げていく。
ギルド内が静まり返った。
「今の魔法……まさか」
誰かが呟いた。
「バカな……。結界は攻撃を防ぐ魔法だぞ。それを、あんな重い大男を包んで浮かせるなんて……」
「あの結界を20年前に見たことがある。『白銀の魔女』しか出来ない上級結界魔法だ」ベテラン冒険者の声が震えている。
「上級結界魔法……それに浄化魔法のピューリファイまで」
「白銀の魔女? まさか伝説の……」若い冒険者が息を呑んだ。
「ドラゴンスレイヤーの、あのマーサ・クレイン様?」
受付嬢が慌てて古い名簿を調べ始めた。
「あ、ありました!マーサ・クレイン……元Sランク魔法使い『白銀の魔女』!」
ギルド中が騒然となった。
リリアとレオンが信じられないという顔で見ている。
「おばあちゃんが、ドラゴンスレイヤー?」
リリアが呟いた。
「前にドラゴンを倒したと聞いたけど、本当だと思わなかった……」
「リリアの祖母が『白銀の魔女』……魔法が使えなくなった老人が、また使えるようになった……そんな話は聞いたことがない……」レオンも驚いている。
マーサは困った顔をしている。
「あら、そんな大げさな……私、ただ反射的に……」
ギルドマスターも奥から出てきた。五十代くらいの、威厳のある男性だ。
「マーサ……いや、マーサ様」
頭を下げる。
「まさか、復活されたとは」
「大げさね、ロバート」
マーサが苦笑した。
その時、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「助けてくれ!」
血まみれの冒険者が三人、よろよろと入ってきた。
「オーガにやられた!」
一人は腕が千切れかけ、もう一人は深い裂傷だらけ。最後の一人は顔面蒼白で、内臓損傷の疑いがあった。
「治癒師を!」
受付嬢が叫ぶ。
「今日は不在で……」
マーサがすっと前に出た。両手を広げる。
「エリアヒール」
金色の光が負傷者全員を包んだ。みるみるうちに傷が塞がっていく。千切れかけた腕が繋がり、深い裂傷が消え、顔色が戻った。
「痛みが……消えた」
「傷が……完全に」
「助かった……」
3人の冒険者が信じられないという顔で自分の体を確認している。
「エリアヒール」
ロバートが呆然と呟いた。
「それも三人同時に完治させるなんて」
「僕なら一人治すのに、五分はかかる……」若い魔法使いが震え声で言った。
「Sランクは伊達じゃない」周りの冒険者も驚きを隠せない。
「あら、まだできるものね」マーサがにこにこと微笑んだ。
「マーサ様」
ロバートが改めて深々と頭を下げた。
「お願いがあります」
「なんでしょう?」
「週に2、3回でいいので、ギルドに来ていただけませんか」
マーサが小首を傾げる。
「あら、どうして?」
「治癒師が不足していまして。緊急時の対応と、若手魔法使いの指導を」
ロバートが真剣な表情で続ける。
マーサが迷っている。
「悠真さん、どうかしら?」
マーサが聞いてきた。
俺が提案した。
「週2、3回なら負担も少ないでしょう。社会参加はリハビリにもなります」
「もちろん、それ相応の報酬は」ギルドマスターが続けた。
「そうね……」少し考えてから、リリアの方を見た。
「リリアがもう私の世話をしなくていいように、ギルドのお手伝いをするわ」
「おばあちゃん……」リリアが驚いた顔をしている。
「通うのはどうするの?」
「実は、ノエルに一緒に住まない?って誘われているの。でも、街に住むと村でスイートポテト作りと薬草採りの仕事が出来ないから、断ろうと思っていたのよ」
「ノエルが寂しがっていて。それと、嬉しいのよ」マーサの顔が輝いている。
「また誰かの役に立てるって」
「では、マーサ様にはギルド特別顧問として」ロバートが提案した。
「週3日勤務、無理のない範囲で。緊急治療対応、若手の指導、新人の適性判断をお願いできますか」
「あら、忙しくなりそうね。でも楽しそう」
和やかな雰囲気の中、マーサがリリアに声をかけた。
「リリア、ちょっといい?」
二人は皆から少し離れた場所へ移動した。マーサはリリアの手を両手で包んだ。
「リリア……今まで本当にありがとう」
「おばあちゃん……」
「一年前、あなたは冒険者を辞めて、私の世話をしてくれた。Bランクまで上り詰めたのに、全部捨てて……」
マーサの目に涙が溢れる。
「ごめんなさい。あなたの青春を奪ってしまった」
「いいえ!」
リリアは強く首を横に振った。
「私、後悔してない。おばあちゃんと過ごした一年」
笑顔で続ける。
「おばあちゃんの『ありがとう』が、冒険より大切だった」
マーサは孫を強く抱きしめた。
「もう大丈夫よ。私は自分の人生を歩ける。あなたも、自分の道を行きなさい」
リリアは決意を込めた表情で頷いた。
「悠真さんと冒険者パーティを組みたいんでしょう」
マーサがいたずらっぽく笑った。
「おばあちゃん」
リリアの頬が赤くなる。
二人が戻ってきた。
リリアが俺の方を向いた。
「悠真さん」
「はい?」
「私をパーティーに入れてください」
「え?」
「私、魔法使いとしては結構強いんです。Bランクまで行きましたし」
「も、もちろん! ぜひ!」
リリアはレオンの方を向いた。
「レオン」
「なんだ」
「あなたも一緒に」
「え?」
レオンの顔が少し赤くなった。予想外の申し出だったらしい。
「本当か? また一緒に」
「悠真さんと3人でパーティーを組みましょう」
レオンの表情が曇る。
「なぜこいつが必要なんだ」
「悠真さんは恩人よ。それにグレイウルフを素手で倒したの」
「グレイウルフを素手で?」レオンは驚いて俺を見た。
リリアは俺とレオンを交互に見る。
「レオン、強いでしょう? 前衛として最高じゃない」
「それは……まあ」
「悠真さん、レオンは本当に強いんです。一緒に組みませんか?」
(騎士と魔法使いと俺でパーティー! これぞ異世界転生!)
「ぜひお願いします」
俺はレオンに頭を下げた。
レオンは渋い顔をしている。
「……そこまで言うなら」
(素直じゃないな)
「それじゃあ、改めて自己紹介を」
俺は手を差し出した。
「悠真です。よろしく」
「……レオンだ」
握手を交わす。彼の手は、剣ダコで硬くなっていた。
「ところで、さっきの技は何だ?」
レオンが興味深そうに聞いてきた。
「大男を外に連れ出したやつ」
「ああ、歩行介助です」
「歩行……介助?」
「相手の重心をコントロールして、自然に歩かせる技術です。高齢者の歩行支援によく使います」
「それを戦闘に?」
「応用すれば、相手を動かすことができます。力じゃなくて、技術で」
レオンが考え込むような表情を見せた。
「面白い。お前、変わっているな」
「よく言われます」
俺たちのやり取りを見て、リリアが微笑んでいた。
「二人とも、仲良くなれそうですね」
「そうか?」
「そうですか?」
レオンと俺は同時に答えて、顔を見合わせた。
「あら、息ぴったりじゃない」
マーサが楽しそうに笑った。




