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第8話

 約束を交わして別れた後、俺たちは市場を回った。マーサはずっと上機嫌だった。

夕方、約束通りレンが迎えに来てくれた。

「お待たせしました。村までお送りします」

帰りの馬車の中、マーサはずっと話し続けていた。

「ノエルとはね、若い頃一緒に魔物と戦ったのよ。一番の思い出は、森の奥でオークと戦った時かしら」

「でも、結婚してからは冒険をやめて、それぞれの道を歩んだの。まさか街で店をやっているなんて」

村に着くと、リリアが俺に言った。

「悠真さん、ありがとうございました。おばあちゃん、あんなに楽しそうで」

「はい、昔の仲間に会えて良かったですね」

リリアが少し照れながら付け加える。

「悠真さんがいてくれて、安心でした」

それから、マーサは週に一度、街の訪問を楽しみにするようになった。ノエルとの再会が、彼女に新しい生きがいを与えたようだった。


 焼き芋作りを週3回作ることになって2週間が過ぎた、リリアとマーサ、そして最近では他の老人たちも手伝うようになり、広場は活気づいていた。

「おはようございます」

広場の隅から、ゆっくりとした足取りでゲオンがやってきた。広場に倒れていた老人だ。歩みは慎重だが、自力で歩いている。

「ゲオンさん、調子はどうですか?」

俺が声をかけると、ゲオンは小さく頷いた。

「少しずつ良くなってきとる。まだ本調子じゃないが、じっとしているより動きたくてのう」

「無理は禁物ですよ。まずは座って見ていてください」

「今日も30本、完成じゃ」

ハルドが灰から焼き芋を取り出す。

「手際が良くなりましたね」

俺が声をかけると、ハルドが笑った。

「毎日やっていれば、慣れるもんじゃ」


 その横で、細身の老婆エリンが芋を丁寧に選別している。

「傷んだところがあると、変な味がして美味しくなくなるからね。悪いところは切り落としてから焼くのよ」

元は村一番の料理上手だったという。確かに、包丁さばきが見事だ。


 その様子を見ていた若い農夫が近づいてきた。焼き芋の成功を聞きつけて、時々様子を見に来るようになったジェンだ。

「毎日売れているって聞いたぞ」ジェンが興味深そうに見ている。

「ええ、おかげさまで」


 トーマスへの引き渡しを終えた後、俺は新しい提案をした。

「そろそろ、別の商品も作ってみませんか?」

「別の商品?」ハルドが興味深そうに聞く。

「スイートポテトというお菓子です。焼き芋を潰して、卵と牛乳を混ぜて焼くんです」

「手間がかかりそうだな」ジェンが腕を組む。

「一本の芋から4個作れます。小さくなりますが、焼き芋と同じ銅貨3枚で売れると思います」

トーマスが計算を始める。

「芋一本から銅貨12枚か……いい商売になりそうだ」

「でも、誰が作るんだ?」ジェンが聞く。

「俺たちは畑仕事で忙しい」

「お年寄りの方々にお願いしようと思います」

「は?老人にか?」ジンが鼻で笑った。

「無理だろ。手も震えるし、目も悪い。細かい作業なんてできるわけがない」

「そうだな」いつの間にか来ていた別の若者も同調する。

「老人に仕事を任せたら、失敗して材料を無駄にするだけだ」

若者たちが笑い合う。

ハルドが目を伏せた。ゲオンは黙って拳を握りしめている。

エリンは黙って芋を選別し続けていた。だが、その手が止まった。

「……あんたたち」静かに立ち上がる。

「誰が村の祭りの料理を50年間作ってきたと思っているの?」

その迫力に若者たちが黙る。

俺はエリンに助けられた形で、説明を続けた。

「作業は、潰して、混ぜて、型に入れるだけなので、そんなに難しくないと思います」

老人たちが顔を見合わせた。

「ワシらでもできるかのう?」ゲオンが不安そうに言う。

「もちろんです。一緒にやってみましょう」


 焼き芋の皮を剥いて、潰す作業から始めた。

「こうやって、しっかり潰します」

俺が手本を見せる。

ハルドが挑戦する。

「力を入れすぎんようにすればいいんじゃな」

「そうです。ゆっくりで大丈夫です」何度か練習すると、ハルドも上手く潰せるようになった。

エリンが慣れた手つきで作業を始める。

「潰し加減は団子作りと同じね。粒が残らないようにしないと」

彼女の手際の良さに、若者たちも見入っている。

卵と牛乳を混ぜる段階では、マーサが率先して教えた。

「混ぜすぎないのがコツよ」

型に入れて、かまどで焼く準備が整った。


 焼き上がりを待つ間、俺は次の提案をした。

「薬草採取も始めてみませんか?街の薬草を扱う店で、良質なものが不足してるって言っていました」

マーサが目を輝かせた。

「ノエルの店の話ね。確かに困っているって言っていたわ」

「はい、マーサさんも薬草の知識がありますし、皆さんなら見分けられるんじゃないでしょうか」

「ヒールグラスの見分け方なら知っているわ」マーサが頷く。

「葉の裏が銀色なのが本物じゃったな」ハルドさんも続く。

「毒草は紫がかっている」ゲオンも口を挟む。

「私の夫は薬師を手伝っていたから、解毒草の見分け方も知っているの」エリンが付け加える。

若者たちが感心して聞いている。

「そんなに詳しいのか」ジェンが驚く。

「知らなかった」

「薬草採りも、やってみるか」ハルドが言った。

「そうじゃな」ゲオンが頷いた。


 そうしているうちにスイートポテトが焼き上がった。

型から外す。黄金色で、甘い香りが広がった。

「美味しそうじゃ」ハルドが嬉しそうに見つめる。

エリンが一口味見をする。

「うん、上出来。でも次は、蜂蜜を少し加えてもいいかもしれないわね」

その時、ゲオンが思いついた。

「これ、何か包んだ方が高級に見えんか?」

「いいアイデアですね」俺が賛成する。

ハルドが提案する。

「大きな葉っぱで包んで、藁で縛るのはどうじゃ?」

「葉は緑の綺麗なものがよかろう」ゲオンが付け加える。

「見た目も大事じゃからな。昔、祝い品を贈る時はそうしたもんじゃよ」

老人たちが協力して、一つずつ丁寧に包んでいく。

ジェンが黙って見ていたが、やがて口を開いた。

「……案外、できるもんだな」


 翌日、薬草採取に出かけた。

森の入り口で、マーサが説明する。

「いい? これがヒールグラス。葉の裏が銀色でしょう?」

「本当じゃ」

ハルドが葉を裏返して確認する。

「こっちは似ているけど、毒草よ。ほら、縁が少し紫がかっている」

エリンが指差す。

一時間ほどで、籠いっぱいの薬草が採れた。

「こんなに採れるとは」

「昔取った杵柄じゃな」

みんな満足そうだ。


 スイートポテト作りの翌日は薬草採取、さらに次の日にはまたスイートポテト

その繰り返しが週間を形づくり、やがて一ヶ月が経つ頃には、どちらの作業もすっかり軌道に乗っていた。

「午前中だけで300個も作れるようになったなんて」

エリンが感慨深げに言う。

「みんなで分担して、流れ作業にしたのが良かったんじゃな」

ゲオンが満足そうに頷く。体調も回復し、毎日の作業に参加できるようになっている。

「みんなの手が止まることなく動いとる」

「まるで祭りの踊りみたいじゃ」ハルドが笑う。

その間、ジェンたち若者も時々様子を見に来ていた。最初は懐疑的だった彼らの表情が、少しずつ変わっていくのが分かった。

「老人たちが、あんなに生き生きと……」ジェンがつぶやいた。


 夕方、トーマスが広場に戻ってきた。いつもより大きな革袋を持っている。

「皆さん、今月の売上を報告します」

村人たちが集まってくる。

「スイートポテトの売上は……銅貨720枚です」

「720枚!?」ジェンが驚く。

「銀貨7枚分じゃないか!」

トーマスが続ける。

「畑の持ち主さんは原料費として、私は販売の手間賃として、それぞれ1割ずつ、銅貨72枚をいただきます」

「残りは?」

「作業に参加した皆さんには、一人一日銅貨5枚で25日分、銅貨125枚です」

若者たちがざわめく。

「銅貨125枚……俺たちの月の稼ぎと同じじゃないか」ジェンが呆然と立っている。

「さらに」トーマスが続ける。

「薬草の売上もあります。こちらも同じく銅貨125枚」

「ということは……」老人たちが計算する。

「皆さんは合計で銅貨250枚になります」

「えっ、俺たちの倍!?」若者たちが驚愕する。

トーマスが最後に付け加えた。

「卵と牛乳代を引いても、まだ金貨1枚分残ります」

「なに!金貨1枚も残るのか!」村人がざわめく。

「こちらはどうしましょうか?」

ゲオンがつぶやいた。

「ワシは銅貨250枚で十分じゃ。十分すぎるくらいじゃ」

「そうじゃな」ハルドも頷く。

「孫に美味しいもの食べさせられるだけで幸せよ」エリンも。

「私に出来ることがあるだけで、嬉しいわ」マーサが微笑む。


 その時、ゲオンが立ち上がった。

「この金は、村のために使ってくれ」

「え?」

「わしらは食う分があれば十分じゃ。それより……」

ゲオンは続けた。

「働けることが嬉しいんじゃよ。朝起きて、やることがある。仲間と一緒に何かを作る。薬草を探して歩く。それが生き甲斐なんじゃ」

エリンが大きく頷く。

「今、また誰かのために作れる」

「生きていて良かったと思ったよ」ハルドも

「悠真さん、どうじゃろ」ゲオンが聞いてくる。

俺は考え込んだ。

「そうですね。病気になった時の治療代や、親が働いている間に子供を預かってもらう費用に取っておくのはどうでしょう」

「確かに、それなら皆のためになる」村長が感心したように頷く。

「老人も子供も、皆が安心して暮らせる」


ジェンがうつむいた。 拳を握りしめている。

「俺……、ゲオンさんに『もう働けない老人は』って……」声が震えている。

「見捨てた。役立たずだって……」

「過ぎたことじゃ」ゲオンが笑い飛ばす。

ジェンが顔を上げた。

「ゲオンさん……俺、間違っていた」若者が深く頭を下げる。

村長が咳払いをした。

「今まで、老人は村の負担だと思っていた。だが、違った。老人は……村の宝だったんだ」

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