第5話
「どんな魔法を使っていたんですか?」
俺が聞くと、マーサの目が少し輝いた。
「火の魔法が得意だったの。ファイヤーとか」
「他には?」
「回復魔法も少しは。でも、もう昔のことよ」マーサが懐かしそうに微笑んだ。
「魔法が使えたなんて、すごいですね」 俺が素直に感心すると、マーサの表情が少し明るくなった。
「昔はこの村にも、魔法を使える人が何人かいたのよ。今はもうほとんどいなくなってしまったけれど」マーサは嬉しそうに、もう一枚パンを手に取ってパテを塗り始めた。
リリアも自分の分を食べながら、祖母の話に耳を傾けている。
「へえ、そんな時代があったのね」
食卓には穏やかな時間が流れていた。マーサは時折思い出話を挟みながら、ゆっくりと、しかし確実に食事を進めていく。
やがてマーサが満足そうに手を止めた。
「ごちそうさま。久しぶりに完食できたわ」
「おばあちゃん、全部食べられたのね!」 リリアが嬉しそうに空になった皿を見つめた。
「それは良かった」 俺も嬉しくなった。介護食の工夫が役に立ったようだ。
「悠真さん、この後はどうされるんですか?」食器を片付けながら、リリアが聞いてきた。
「昨日来たばかりなので、村を散歩してみようと思います。どんな場所があるのか見ておきたくて」
「それなら、私が案内します!」 リリアが明るい声で申し出た。
「本当ですか? 助かります」
「あら、村の散歩? 私も行きたいわ」テーブルで茶を飲んでいたマーサが顔を上げた。
リリアが心配そうに祖母を見る。
「おばあちゃん、大丈夫? 」
「ええ。大丈夫よ。今日は調子も良いし」
「マーサさんも行きましょう。でも、無理はしないでくださいね」
リリアが嬉しそうにマーサの手を取った。
「じゃあ、三人で行きましょう!」
マーサがゆっくりと玄関を出る。外の陽射しは柔らかく、風も心地よい。
「いい天気ね。散歩には最高だわ」 マーサが深呼吸をした。
道を歩きながら、リリアが村の説明をしてくれる。
「あそこが村で一番古い井戸です。今でも使われているんですよ」
「へえ、水質はどうですか?」
「とても綺麗です。山からの湧き水が源なので」
マーサも時折、昔の村の様子を話してくれた。
「あの角の家には、昔パン屋があったのよ。とても美味しいパンを焼いていたわ」
のどかな雰囲気の中、三人でゆっくりと歩いていく。村人たちが挨拶をしてくれ、マーサが外を歩いているのを見て嬉しそうに声をかける人もいた。
「マーサさん、お元気そうで何より」
「ええ、今日は調子がいいのよ」
村の中心部に差し掛かると、異様な光景が目に入った。
小さな広場の隅に、老人が横たわっている。誰も近づこうとしない。
「あの人は?」
リリアが目を伏せた。
「ゲオンさん。一人暮らしの老人です」
「具合が悪そうですが」
「もう三日も、ああして……」
俺は駆け寄った。ケアビジョンで確認する。
【ゲオン 78歳】
【重度の栄養失調】
【脱水症状】
【生命力 残り僅か】
「水と食べ物を! 急いで!」
「でも、あの人はもう……」
村人の一人が冷たく言った。
「もう働けない老人に、食料を分ける余裕はない」
「何を言っているんですか! 人が死にかけているんですよ!」
「それが現実だ」
別の村人も口を開いた。
「また老人が死ぬ、それだけのことだ」
その言葉に、俺は凍りついた。
誰かがぽつりと呟いた。
「仕方ない。俺たちが食べるだけで精一杯だ」
その言葉が、胸に刺さる。
(これがこの世界の現実か)
「リリアさん、水を」
リリアが水筒を差し出してくれた。俺はゲオンの上体を起こし、少しずつ水を飲ませる。
「ゆっくり、ゆっくりですよ」
ゲオンが咳き込みながらも、水を飲み込んだ。
「食べ物は……」
周りを見回すが、誰も差し出そうとしない。
その時、俺の目に畑の隅に積まれた作物が映った。
「あれは?」
「ああ、イモだ。豚の餌さ」
(サツマイモ?)
俺は畑に走り、イモを手に取った。確かにサツマイモに似ている。
「これ、少しもらえますか?」
「豚の餌なんか、好きにしろ」
畑の男が呆れたように言う。
俺は急いで焚き火を起こした。
「何しているんだ?」
村人たちが集まってきた。
「焼き芋を作ります」
「ヤキイモ?」
まずは焚き火を作る。薪を燃やして、白い灰を作っていく。
「直接焼かないのか?」 誰かが不思議そうに聞く。
「灰が大切なんです。直火だと焦げますが、灰の中でじっくり焼けば焦げません」
十分な灰ができたところで、イモを一つずつ灰の中に埋めていく。
「灰の中に入れるのか」
「汚れないか?」 村人たちがざわめく。
「大丈夫です。皮を剥けば中は綺麗ですから」 灰に埋めたイモの上に、さらに薪を組んで火をつける。
煙が立ち上り、広場に香ばしい匂いが漂い始めた。
「1時間ほど待ってください」
1時間後、俺は焼けたイモを取り出した。
皮を剥くと、黄金色の中身から湯気が上がり、甘い香りが広がった。
「なんだ、この匂いは」
「甘い……」
俺は最初の一つをゲオンに渡した。
「熱いから気をつけて。少しずつ食べてください」
震える手でイモを受け取ったゲオンが、一口食べる。
「う、うまい……」
涙を流しながら、ゲオンが食べ始めた。
「本当に?」 勇気を出した村人の一人が恐る恐る手を伸ばす。
「甘い! トロトロだ!」
「豚の餌が、こんなに……」
しかし、多くの村人は遠巻きに見ているだけだった。
「豚の餌は豚の餌だろう」
「腹が減ってりゃ何でも美味いさ」 懐疑的な視線も多い。
その騒ぎを聞きつけて、人だかりの後ろから見覚えのある顔が現れた。
「これは……昨日息子を助けていただいた悠真さんじゃないですか」 昨日の商人トーマスだった。商売人らしい鋭い目で焼き芋を見つめている。
「はい、お体の具合はどうですか?」
「おかげさまで。それより、この甘い香りは一体?」
「芋を焼いたものです。食べてみてください」
トーマスは興味深そうに焼き芋を手に取り、一口食べた。
「これは……!」 目を見開く。
「悠真さん!これは売れますよ。明日にでも街へ売りに行きたいのですが、30本ほど用意できますか?」
村人たちがざわめく。
「街で売るだと?」
「豚の餌をか?」
「30本ですか?」俺は驚いた。
「そんなに売れるものでしょうか……」
「私の商人としての勘を信じてください。街には甘いものを求める人が大勢います」
そこへ畑の男も話に加わってきた。
「おい、その話、俺も混ぜてくれ。俺はガロン。イモは俺のもんだ」
トーマスが頷く。
「もちろんです。そうですね……売上は3等分でどうでしょう?」
「3等分?」俺は驚いた。
「いや、僕はいいですよ、ただ焼き方を教えただけで……」
「何を言っているんだ」ガロンが口を挟む。
「俺たちは豚の餌だと思い込んでいた。あんたがいなければ、ずっとそのままだった」
トーマスも同意する。
「そうです。調理法こそが価値を生み出したんです。これは立派な技術料ですよ」
「3等分だ」ガロンが断言した。
「そうでなきゃ、俺の気が済まない。あんたは命の恩人でもあるんだ。ゲオンのやつを助けたろう」 トーマスも頷く。
「私も昨日助けていただいた恩があります。これくらいは当然です」
「そ、そこまで言われると……分かりました。売れるかどうかも分かりませんし、まずは試してみましょう」
「売れなかったら、それはそれだ」ガロンが豪快に笑った。
「どうせ豚の餌にしかならなかったイモだ。失うものはない」
トーマスは自信を見せる。
「私の商人としての勘を信じてください。これは必ず売れます」
「では……よろしくお願いします」 俺は深く頭を下げた。
「では、明日の昼前に来ます」
トーマスは満足そうに頷いて去っていった。




