第3話
「北の街道で商人がグレイウルフに襲われている!」
「男手のある者は手伝ってくれ!」
村の男たちが農具を手に走り出す。
「悠真さん、危険です!」
リリアが俺の袖を掴む。その手が微かに震えている。
「大丈夫です。少し見てきます」
「でも……」
「すぐ戻りますから。マーサさんをお願いします」
リリアは俺の袖を離そうとしない。
「本当に……すぐ戻ってきてくれますか?」
「約束します」
リリアはようやく手を離した。
俺は微笑んで、男たちの後を追った。
村の北側、森へ続く道で、商人の馬車がグレイウルフの群れに囲まれていた。護衛の傭兵が魔法で応戦している。
「ファイアボール!」
傭兵の手から放たれた火球は、俺のものとは比べ物にならない。バスケットボール大の炎がグレイウルフに向かって飛んでいく。
「アイスランス!」
続けて、空中に巨大な氷の槍が生成され、矢のように撃ち出された。
(これが本物の魔法……俺のは子供のお遊びレベルだ)
熟練の傭兵の魔法攻撃は強力だ。それでもグレイウルフの数が多い。一人では手が回らない。
1匹が防衛線を突破した。少年に向かって走る。まだ十代後半くらいだ。
「危ない!」
俺は反射的に飛び出した。
「俺の息子が!」
商人が叫ぶが、距離が遠い。
俺がグレイウルフと少年の間に入る。グレイウルフが跳びかかってきた。
俺は商人の息子を抱きかかえ、横に転がった。
ガッ!
グレイウルフの牙が、さっきまで少年がいた場所の地面を噛んだ。
「馬車の下へ!」
少年を抱えたまま、馬車の下に滑り込む。
「ここにいて!」
少年を安全な場所に押し込み、俺は馬車の下から這い出た。
2匹目が襲いかかってきた。
その瞬間、見慣れた光景が重なった。
(この前傾姿勢、重心の偏り、足元の不安定さ……)
施設で何百回も見てきた。転倒する直前の老人と同じだ。
いつも素早く駆けつけ、そっと支えてきた。
未然に防いできたその経験が、今ここで役立つとは。
「左に倒れる!」
だが今回は支えない。
グレイウルフの重心が崩れる瞬間を見切り、逆方向へ回避。
予測通り、グレイウルフは左によろめいて地面を転がった。
(二十年間転倒を防いできた技術で、転倒させるなんて……皮肉なものだ)
3匹目が横から襲いかかってきた瞬間、俺は相手の突進力を利用した。
グレイウルフの前足を掴み、その勢いを殺さずに流す。
「うおおお!」
渾身の力を込めて投げた。グレイウルフの巨体が宙を舞い、木に激突する。
ドガッ!
鈍い音と共に、地面に崩れ落ちた。
4匹目が来る。
(足元がふらついている。興奮して前のめりだ)
新人職員が慌てて走り回る時と同じ。必ず何かにぶつかるパターン。
「ファイヤー!」
俺の手から火球が飛ぶ。命中。
しかし——
グレイウルフはほぼ無傷だった。毛が少し焦げただけ。
(威力が全然足りない……レベル1じゃこんなものか)
一瞬ひるんだグレイウルフが、再び跳びかかってきた!
(やられる! もうだめだ!)
その瞬間、横から稲妻が走った。
「サンダーボルト!」
傭兵の強力な雷撃がグレイウルフを直撃した。悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
続けて、傭兵が前に出た。
「ファイアボール! ファイアボール!」
連続で放たれた火球が群れを襲う。グレイウルフたちが怯み、後退し始めた。
「今だ! 追い払え!」
村人たちが叫びながら農具を振り上げる。
グレイウルフのリーダーらしき一匹が遠吠えを上げた。撤退の合図だ。群れ全体が森へ消えていった。
「大丈夫か!」
商人が駆け寄って息子を抱きしめる。少年は震えながら頷いた。
商人が俺に向かって深々と頭を下げた。
「息子の命を救っていただいた。この恩は一生忘れません」
「申し遅れました。私はトーマス。隣街で商売をしている者です。こちらは息子のレン」
「レンです。助けていただいて、本当にありがとうございました」 少年も頭を下げる。
「俺は悠真です。実は今日、この村に来たばかりなんですが」
「今日来たばかり?」 トーマスが驚く。
「それでこんな危険に巻き込まれて……申し訳ない。そうだ、宿はもう決まっているんですか?」
「いえ、まだ……」
「それなら、宿代と食事代は私が持ちます。1か月、いや、好きなだけいてください」 トーマスが即座に申し出た。
「え、いや、そこまでしてもらうわけには」
「息子の命を救ってもらったんだ。これくらい当然です」
「いえ、そんなわけには」
「お願いします。それでも足りないくらいです」
強引に商人に説得された。
傭兵が俺に近づいてきた。
「あんた、今の体術すごいな。でも魔法は……」
「初心者です」
俺は苦笑いする。
「レベル1ですから」
「レベル1!? それであの動き!?」
村人たちがざわめく。
「あんた、何者だ? 冒険者か?」
「いえ……」
俺は少し考えて答えた。
「介護士です」
「カイゴシ?」
「人を支える仕事です」
「???」
理解されなかったが、それでいい。
村に戻ると、リリアが心配そうに待っていた。
「悠真さん! 無事で……よかった」
安堵の表情を浮かべる。
「心配かけてすみません」
「いえ……でも、本当に良かった……」
「それじゃあ、マーサさんも心配しているでしょうし」
「あ、はい……」
リリアは小さく頷いた。
「あの……」
「はい?」
「いえ、なんでもないです。それじゃあ」
リリアは小走りに去っていった。
その夜、商人が宿代を払ってくれた村唯一の宿屋に泊まった。
藁のベッドに横になり、ステータスを確認する。
【レベルアップ!】
【レベル1→レベル2】
【介護経験値を獲得しました】
【体力 100→120】
【魔力 50→60】
「介護経験値でレベルアップ……」
いつのまにか、俺は深い眠りに落ちていた。




