第18話
翌朝、シャルを手伝って朝食の準備をしていると、背後から声がした。
「私にも手伝わせてください」
振り返ると、リリアが立っていた。
「じゃあ一緒に作りましょう。シャル、卵と牛乳ある?」
「ああ、右の奥にある」
「フレンチトーストが出来る。栄養価が高くて、食べやすい」
「フレンチトースト?」リリアが首を傾げた。
「それは……初めて聞く名前です」
「パンを卵に浸して焼く料理です」
「悠真って、何でもできるんだな」シャルが感心する。
「そんなことないよ」俺は照れくさそうに笑った。
「作り方、教えてくれよ」
「私も、お願いします!」
「もちろん。まず、卵を割って溶いてください」
「はい」リリアが慣れない手つきで卵を割る。
「あ、殻が……」
「大丈夫、取ればいいから」
俺はリリアの手元に近づいて、殻を取り除いた。
「あっ……」
リリアが小さく息を呑んだ。俺の腕が、彼女の腕に軽く触れていた。
「あ、すみません」
「い、いえ!大丈夫です!す、すみませんなんて言わないでください! むしろ……そ、その、光栄ですっ!」
「光栄?」
「あ、いえ、その、教えてもらえるのが光栄という意味で……!」
「ああ、そういうことか」
リリアは胸を撫で下ろしたが、心臓は早鐘を打っていた。
「次に牛乳を加えて、よく混ぜます」
「こうですか?」
「そう、上手です。今度はパンを浸して……」
リリアの手つきがぎこちない。
気付いたら、レオンが入り口に立っていた。
「いい匂いだな。何を作ってる」
「フレンチトーストっていうの。パンを卵に浸して焼いた料理よ。レオンも食べる?」リリアが振り返って聞いた。
「ああ、もらう」
「レオン、どうかした?」リリアが心配そうに聞いた。
「……別に」
「顔が怖いですよ。朝から機嫌悪いんですか?」
「うるさい。俺は別に……」
レオンは俺とリリアの距離を一瞬見て、すぐに目を逸らした。
「お前ら、随分仲良く料理していたな」
「え?普通に教えてもらっていただけですけど」
「そうか……」
「できた。みんな食べるよ」
焼き上がったフレンチトーストを皿に盛り、蜂蜜をたっぷりかける。柔らかくて甘い香りが食欲をそそる。
「美味しい!」ミナが目を輝かせた。
「フレンチトースト最高!」
「柔らかいから飲み込みやすいでしょう。卵も入っているから、たんぱく質も摂れます」
「悠真は料理も上手いんだな」レオンが複雑な表情で言った。
午後、俺たちは、ギルドの依頼をこなすことにした。
「ゴブリン5体討伐、報酬は銀貨10枚」リリアが依頼書を読み上げた。
「また森ですね」
「仕方ない。この近くの依頼はこれだけだ」レオンが剣を確認しながら言った。
「そうだな、行こう。シャル、ミナ、すぐ戻るよ」俺は手を振った。
三人が森へ向かうのを見送りながら、シャルが呟いた。
「冒険者か……いいな」
森へ向かう道中、リリアが話しかけてきた。
「昨日は、私の魔法が効かなくて……正直、悔しかったです」
「気持ちは分かります」
「悠真さんは、あんなに簡単にミナさんを楽にしてあげられたのに、私は何もできなくて」リリアが俯いた。
「リリアさんがいなければ、俺たちは戦闘で苦戦します」
「でも……」
「それぞれに得意分野があるんです。全部1人でできる必要はありません」
茂みががさがさと音を立てた。ゴブリンが3体、こちらに気づいて構える。
「来たぞ」レオンが剣を抜いた。
戦闘はあっという間に終わった。レベルアップの効果もあり、以前より格段に楽に倒せるようになっていた。
翌日、グレンが何かを押しながらやってきた。
木製の、車輪のついた椅子だった。
「これは……」俺が驚いて近寄った。
「ミナが座れるようになったって聞いて思いついたんだ」グレンが照れくさそうに言った。
「ずっと部屋の中じゃつまらないだろう?」
精巧に作られた木製の車椅子だった。背もたれは体を支えやすい角度に調整され、肘掛けも付いている。車輪も滑らかに回転する。
「これなら、歩く練習で疲れた時も、外の景色を見ながら休めるだろ?」
ミナの部屋に運び込むと、彼女は目を輝かせた。
「これに乗れるの?」
「試してみましょう」
俺とシャルでミナを車椅子に移す。
「わあ……座り心地がいい」ミナが感動している。
グレンがゆっくりと車椅子を押した。
「どうだい、ミナちゃん」
「外が見える……風が気持ちいい」
「グレンさん、ありがとう」ミナが振り返った。
「こんな素敵なものを作ってくれて」
「なんでもない」グレンが頭を掻いた。
1週間が経過し、トーマスが約束通り集落にやってきた。
「お待たせしました。作品を見せていただけますか?」
元盗賊たちが次々と作品を運び出してきた。椅子10脚、革袋20個、そして新作の革の鎧まであった。
トーマスは一つ一つ丁寧に確認していく。椅子に実際に座り、体重をかけて強度を確認。革袋は縫い目を指でなぞり、防水性を水で試す。
「素晴らしい」トーマスが感嘆の声を上げた。
「この品質なら、街でも評判になります」
「本当か!?」グレンが目を輝かせた。
「嘘じゃないですよね?」
「本当に売れるのか?」別の元盗賊が心配そうに聞く。
「ええ、間違いありません」トーマスが自信を持って答えた。
「特にこの革の鎧は見事です。軽くて丈夫、そして動きやすい」
「俺が作ったやつだ!」革細工職人が興奮する。
「冒険者に人気が出るでしょう」
「やった!聞いたか、みんな!」
「約束通り、全て買い取らせていただきます」
トーマスが革袋から銀貨を取り出し、一人一人に手渡していく。元盗賊たちの顔に、安堵と喜びの表情が広がった。
「これで子供に新しい服が買える」
「飯も腹いっぱい食わせられるぞ!」
商談が終わった後、俺はミナのリハビリを続けた。
毎日の訓練の成果で、ミナの座位保持時間は着実に伸びていた。
「昨日は10分座れました!」ミナが喜んでいた。
「さて、今日は次の挑戦をしてみましょう」
「挑戦?」ミナが緊張した面持ちで聞いた。
「立つ練習です」
「え!?もう!?」シャルが驚く。
「早すぎない?」
「そうよ、まだ座るのがやっとなのに」リリアも心配そうだ。
「大丈夫かな……」ミナが呟く。
「大丈夫」俺は自信を持って言った。
「はい……」ミナが不安そうに返事をする。
俺はミナをベッドの端に座らせ、その前に立った。
「両手を私の肩に置いてください」
ミナが手を俺の肩に置く。
「私は脇の下を支えます。怖がらないで、ゆっくり立ち上がってみましょう」
「でも……」
「大丈夫。しっかり支えますから。シャルさんも後ろから支えてください」
シャルが妹の腰のあたりに手を添えた。
「じゃあ、いきますよ。せーの」
ゆっくりと持ち上げる。ミナの体重は思った以上に軽かった。1年間の寝たきり生活で、筋肉がかなり落ちている。
「ひざが……震える」
「それは正常な反応です。久しぶりに体重がかかっているから。ゆっくり、自分の力で立ってみて」
1秒、2秒、3秒……
「きつい!」
5秒で限界だった。すぐにベッドに座らせる。
「5秒も立てた!」シャルが感動している。
「ミナ、すごいよ!」
「たった5秒……」ミナが悔しそうに言った。
「最初はみんなそうです。明日は7秒、明後日は10秒。焦らずやっていきましょう」
夕方、元盗賊たちの家族の子供たちが数人やってきた。
「悠真さん、ミナお姉ちゃんは元気になってきたって本当?」
「お父さんが言っていた。歩けなかった人が良くなってきているって」
どうやら、元盗賊たちが家で話したことを子供たちが聞いていたらしい。
「会ってもいいですか?」
「シャルさんに聞いてみましょう」
シャルの家に行き、許可をもらって子供たちを部屋に通した。
「ミナお姉ちゃん、大丈夫?」
「これ、描いたの!」
子供たちが手に画用紙を掲げている。色とりどりのクレヨンで、花や動物、虹などが描かれていた。
ミナの目が輝いた。
「わあ、すごく素敵!みんな、ありがとう」
「早く元気になってね」
「また一緒に遊ぼう」
子供たちの無邪気な笑顔に、ミナは久しぶりに心から笑った。
3週間目の朝
「立位も5分間出来るようになりました。今日は、いよいよ、歩いてみましょう」
俺の言葉に、部屋の空気が緊張で張り詰めた。
「本当に……」ミナの声が震えている。
「はい。この2週間、毎日少しずつ積み重ねてきた訓練の集大成です」
俺はミナの後ろに回った。
「私が後ろから支えます。シャルさんは前から両手を取って誘導してください」
シャルが妹の前に立ち、優しく両手を握った。
「大丈夫だよ、ミナ。お姉ちゃんがついている」
俺は後ろから、ミナの脇の下に手を入れて支えた。
「じゃあ、右足から。ゆっくり前に出してみて」
ミナは息を整え、慎重に右足を前に出した。
ほんの10センチほどだが、確実な一歩だった。
「次は左足」
左足も前に出る。よろけそうになったが、俺とシャルで支えた。
「歩いた……」ミナの声が上ずった。
「私、歩いた!」
「すごいよ、ミナ!」シャルは妹の手を強く握りしめた。
「もう一歩、いけますか?」
「うん!」
2歩目も成功した。




