第17話
翌朝、俺は再び集落を訪れていた。昨日の約束通り、ミナのリハビリを始めるためだ。リリアとレオンも一緒に来てくれた。
シャルとミナが2人で住んでいる建物の前に立ち、扉をノックする。
しばらくすると、扉が開いてシャルが顔を出した。
「おはようございます、悠真さん」
「おはようございます。ミナさんの調子はどうですか?」
「起きています。朝から『悠真さんまだかな』って聞いていました」シャルが微笑んだ。
「それは嬉しいですね。じゃあ、始めましょうか」
部屋に入ると、ミナがベッドで待っていた。窓から差し込む朝日が、部屋を優しく照らしている。
「おはようございます、悠真さん」ミナが弱々しいながらも、笑顔を向けてくれた。
「おはよう、ミナさん。調子はどう?」
「昨日よりは……少し楽かも」
「今日から本格的にリハビリを始めます。まずは関節を柔らかくすることから」
「関節を……柔らかく?」シャルが不安そうに眉をひそめた。
「痛くないの?無理に動かしたら……」
「大丈夫です」俺は落ち着いて答えた。
「でも心配だわ」リリアも不安そうだ。
「騎士の訓練でも、急に体を動かすと危険だしな」レオンが腕を組む。
「その通り。だから少しずつやります」俺は説明を続けた。
「1年間寝たきりだと、関節が固まってきます。これを少しずつ動かして、元の可動域に戻していくんです」
「なるほど……」シャルが少し安心したように頷いた。
「まずは、右肘から」俺はミナの手を取った。
「痛かったら言ってね」
肘をゆっくりと伸ばし始める。曲がった状態から、少しずつ伸ばしていく。ある程度まではスムーズに伸びたが、完全にまっすぐに伸ばそうとすると明らかな抵抗がある。
「ここで少し硬いですね」
「痛くはないけど、つっぱる感じがする」ミナが表情を歪めた。
「それは筋肉が伸びている証拠です。いい反応ですよ」
「筋肉が伸びる?」
シャルが興味深そうに覗き込む。
「寝たきりだと筋肉が縮んで硬くなるんです。それを元に戻していきます」
「なるほど……」
次に左肘、膝、足首と順番に動かしていく。
「足首が問題だな」
「何か問題が?」シャルが心配そうに聞く。
「つま先が下を向いたまま固定されてしまっている。これだとつま先立ちになって転びやすくなる」
「治るの?」ミナが震え声で聞いてきた。
「待って」リリアが突然声を上げた。
「そうだ!強化魔法は?筋力を魔法で強化すれば……」リリアが杖を構えようとした。
「おお、それは名案かも」レオンが興味深そうに言う。
「魔法で解決できるなら簡単だな」
「ちょっと待って」俺は慌てて止めた。
「それは危険です」
「え?どうして?」リリアが不思議そうに首を傾げる。
「魔法なら安全でしょう?」
「いや、筋力を上げると、更に固まってしまう可能性があります」
「そんなことがあるのか」シャルが驚く。
「では、治癒魔法を試してみましょうか?」
リリアが杖を構えた。
「どうだろう……試してみますか」
「はい」リリアが一呼吸する。
「ヒール」
リリアの杖から温かい光がミナの足を包む。傷を癒し、病を治す聖なる光
しばらく光が続いた後、リリアが期待を込めて聞く。
「どうですか?」
俺が確認すると、足首の可動域は改善していない。
「やっぱり治癒魔法は効かないか」
「どうして?」リリアが落胆する。
「治癒魔法は、怪我や切り傷なら治せる。でも筋肉を使わなかったことで起きる症状には効かないんですよ」
リリアがはっとした表情を見せた。
「つまり……治すものがないから、魔法が作用しない?」
リリアの表情が曇った。
「私の魔法、何も役に立たないんですね……」
「そんなことありません」俺は即座に否定した。
「訓練中に疲労が溜まった時の回復や、怪我をした時には、リリアさんの魔法が絶対に必要です」
「でも、今は……」
「今は見守ってください。それも大切な役割です」
レオンが冷めた声で言った。
「魔法で解決できないなら、どうするんだ」
「毎日のケアです。マッサージとストレッチを欠かさず続けることで、初めて回復への道が開けます」
「つまり?」
「地道にリハビリするしかない」
訓練の合間、レオンが部屋の隅にある籠を見つけた。
「なんだ、これは?」
籠の中には、土のついた芋がいくつか入っていた。
「ああ、それは昔飼ってた豚の餌」シャルが答えた。
「半年前に豚は食べちゃったけど、餌だけ残ってて」
レオンが芋を手に取った。
「初めて見る形だな。食えるのか?」
「豚の餌だから、人間が食べるものじゃないよ」シャルが苦笑した。
俺は芋を見て思い出した。
「ああ、これは村で焼き芋にしている芋ですね。もう街でも評判になっています」
「そうなの?」シャルが驚いた。
「これがあの焼きイモか、試しに食ってみるか」レオンが興味深そうに言った。
昼の休憩時間、俺は集落の広場で焼き芋を作った。もう慣れたもので、灰の中で蒸し焼きにする。
一時間後、焼けた芋を取り出して皮を剥く。黄金色の中身から湯気が上がる。
「うまいな」レオンが一口食べて頷いた。
「これが豚の餌だったとは信じられん」
「本当に美味しい」ミナも嬉しそうに食べた。
「甘くてトロトロ」
食後しばらく休憩を取った後、午後のリハビリの時間になった。
「午後は新しいことに挑戦してみましょう」俺はミナに向かって言った。
「新しいこと?」ミナが不安と期待の混じった表情を見せた。
「座る練習です」
「座る!?」シャルが驚いた。
「でも、まだ早いんじゃ……」
「大丈夫です。早めに座る練習を始めることが大切なんです」俺は説明した。
「寝たままだと筋力がどんどん落ちますし、血の巡りも悪くなります。座ることで体幹も鍛えられて、歩く準備にもなるんです」
「なるほど……」シャルが納得したように頷いた。
「最初は短い時間から始めます」
俺はケアビジョンでミナの状態を確認した。
【心拍数:72】
【血圧:110/70】
【起立性低血圧リスク:中】
【推奨:段階的体位変換】
「ゆっくり起こしていきますね。急に起きるとめまいがします」
俺はミナの上体をゆっくりと支えながら起こし始める。
「大丈夫ですか?めまいはしませんか?」
「今のところ大丈夫」ミナが答えた。
さらに慎重に角度を上げていき、座位まで持っていくことができた。俺は後ろから背中と骨盤のあたりを支え、ミナが楽に座れるようにサポートした。
「少し支えがあれば座れますね」
「はい、思ったより楽です」ミナが安心したように言った。
「最初は支えが必要ですが、徐々に自分の力で座れるようになります。今日は1分間、この姿勢を保ってみましょう」
俺とシャルで支えながら、1分間座位を保持した。その後、同じようにゆっくりと横にする。
「たった1分……」
「最初はみんなそうです。すこしずつ時間を延ばしていけばいいんです」
午後のリハビリを終えて、俺たちは一旦休憩を取った。
「お疲れ様でした」俺がミナに声をかけた。
「ありがとうございました。初日でこんなに色々できるなんて」ミナが嬉しそうに言った。
シャルが腕を組んで言った。
「あんたたち、これからはうちに泊まれよ」
「え?」リリアが驚いた。
「どうせ明日も朝から来るんだろ。街まで帰るのも面倒だ。部屋は空いてる」
「それはありがたいです」俺はすぐに答えた。
「夜中も様子を見られますし、何かあったらすぐ対応できますから」
「私も賛成です!」リリアが嬉しそうに言った。
「悠真さんと一緒に……じゃなくて、その、ミナさんのお世話ができますし」
レオンが面倒くさそうに言った。
「俺はリハビリとか興味ないんだが……」
「じゃあレオンさんは街に帰っても」リリアが振り返った。
「……いや、俺も泊まる」レオンが慌てたように言った。そしてリリアをちらりと見て、咳払いをした。
「その……女性二人を守る男が悠真だけというのも、騎士として不安だしな」
リリアが不思議そうに首を傾げた。
「ここは安全ですよ?」
「と、とにかく俺も泊まる」
「シャル、ありがとう。本当に助かる」俺が礼を言った。
「べ、別に、ミナが悠真にリハビリしてもらってる恩返しってだけだ。部屋は2階だ」シャルが顔を赤らめて横を向いた。




