第15話
「毎日マッサージしていました?」
「え?ああ……見様見真似だけど」
「1年間、毎日?」リリアが感心したように言った。
「当たり前だ。妹のためなら何だってする」
「それが救いでした。完全に固まっていたら、戻らないところだった」
「じゃあ、私のマッサージは……」
「無駄じゃなかった。むしろ、ミナさんを救っていた」
「よかった。これでいいのか不安で」シャルの目に涙が浮かぶ。
リリアがシャルの隣に座った。
「私も祖母の介護をしていたから、少しだけ分かる」
シャルが驚いてリリアを見た。
「あなたも……?」
「祖母はたまに自分の家が分からなくなって、帰ってこれなくなることがあったの。魔法も使えなくなって……」
リリアは悠真の方を見た。
「でも、悠真さんのおかげで良くなったの。魔法も、また使えるようになった」
「嘘……だろ?」
「本当よ。だから、ミナちゃんも大丈夫。悠真さんに任せれば安心よ」
「治るの?」ミナが震え声で聞いてきた。
「はい。適切なリハビリで、歩けるようになります」
「リハビリ……?」
「機能回復訓練です」
シャルが俺を見る。疑いと、わずかな希望が混じった目だった。
「……頼む。ミナを診てくれ。もう他に頼れる相手がいないんだ」
俺は立ち上がり、シャルを真っ直ぐ見つめた。
「協力しますが、条件があります」
「なんだ?金なら……」
「盗賊団は解散してもらう」
「それは……」
シャルの表情が曇る。仲間たちもざわめき始めた。
「おい、それじゃ俺たちはどうなる」
「食っていけないぞ」
「第一、お前たちは元々盗賊じゃないだろう?」レオンが腕を組んで口を開く。
「……」
「身のこなしが素人だ」レオンは続ける。
「構えも我流。本職の盗賊なら、もっと隙がない。俺は騎士だ、そのくらい分かる」
シャルは唇を噛んだ。
「……みんな、元は職人だった」
「職人?」
グレンという中年の男が答える。
「ああ。俺は家具職人だった。あいつは革細工、向こうは鍛冶屋だ」グレンが苦い顔をして続けた。
「俺は、戦争で左腕をやられて仕事をクビになった。新しい職を探したが……」
別の男が言った。
「腕は確かだと説明しても『足が不自由な奴は要らない』って門前払いされた」
「ひどい……」リリアが眉をひそめる。
「世の中そんなもんだ」レオンが静かに言った。
「騎士団でも、怪我で動けなくなった奴は除隊になる」
「仕事も見つからず、食べるものにも困って……気がついたら盗賊になっていた」グレンが拳を握りしめる。
「みんな、戦で傷を負って手足が不自由になった者ばかりなんだ」
「だから……生きるために盗賊になるしかなかった」シャルが悔しそうに言った。
「皆、本当は真っ当に働きたいんだ」
グレンの言葉に、他の者たちも頷いた。
「仕事がないんだ」
「仕事か……少し時間をくれないか。またここに来る」 俺は元職人たちを見渡した。
シャルが静かに頷いた。
「……わかった。待っている」
翌朝トーマスを訪ねた。ちょうど店開きを終えて一息ついているところだった。
「トーマスさん」
「おや、悠真さん。盗賊団討伐はどうなりました?」
「それなんですが……」
俺は事情を説明した。盗賊団の真実、彼らが犯罪に手を染めた理由、そして更生の可能性について。
トーマスは真剣に聞いていた。
「なるほど……元職人が10数人も」
「はい。腕は確かです」
「実は、街では職人不足で困っているんです」
トーマスの目が光った。
「椅子、革袋、修繕道具。需要は山ほどある」
「では……」
「悠真さんの頼みです。帳簿も確認したし、これから行きましょう。いい品物があれば買い取ります」
「えっ、これから行くんですか?」
「善は急げですよ」トーマスは商人らしい決断の速さで、すでに荷物をまとめ始めていた。
「ありがとうございます」 俺は安堵して頭を下げた。
(よかった……。これで彼らが真っ当に生きる道が開ける)
集落につくと、トーマスはさっそく、品物を見始めた。
元盗賊たちは、自分たちの作品を持ち出してきた。椅子、革袋、金属細工。どれも盗賊稼業の合間に作ったものだという。
トーマスは一つ一つ丁寧に確認していく。椅子に座り、重さを確かめる。革袋の縫い目を指でなぞり、強度を確認する。
「ほう、この椅子の作りは見事だ」トーマスは感心したように頷く。
「脚の組み方が実に堅牢。これなら百年は持つ」
「本当ですか?」元木工職人の男が目を輝かせた。
「ああ。革袋も丈夫で実用的。縫い目が真っ直ぐで、防水加工も施されている。これなら売れる」
希望の光が、元盗賊たちの目に宿り始める。
「1週間後にまた来よう」トーマスは商談モードに入った。
「それまでに作れるだけ作ってくれ。椅子は一脚銀貨2枚、革袋は銀貨1枚で買い取る」
「銀貨2枚も!?」元木工職人の男が目を見開いた。
「品質次第では上乗せもある」トーマスが付け加える。
「で、でも材料が……」
トーマスは懐から銀貨を取り出した。
「前金で銀貨10枚だ。材料費に使ってくれ」
「こんなに!?」
「悠真さんの紹介なら問題ない」
元盗賊たちは顔を見合わせた。信じられないという表情だ。
グレンが深々と頭を下げた。
「トーマスさん、ありがとうございます。俺たちみたいな者を信用してくださって」
「礼なら悠真さんに言ってくれ」トーマスが笑った。
グレンは悠真に向き直った。
「悠真さん、本当にありがとうございます。まさか商人を紹介してもらえるとは……」
別の元盗賊が呟いた。
「雇ってもらうことばかり考えていて、直接商人と取引するなんて思いつかなかった」
「みんな、腕は確かなんだから」俺は微笑んだ。
「自信を持っていい。これからは職人として堂々と生きていける」
「戦わずに解決する方法を見つけるなんて……素晴らしいです」リリアが俺を見つめた。
その瞳がいつもより輝いて見えた。
自分のやり方を認めてくれる人がいることが、素直に嬉しかった。
トーマスが帰った後、ギルドへの報告を話し合った。
「ギルドへの報告、どうする?」レオンが切り出す。
「このまま突き出すか?」
「待ってくれ」俺が口を開く。
「事情を聞いただろう」
「だからって盗みは盗みだ」レオンは譲らない。
リリアが俺の味方をする。
「でも、このまま報告したら処刑か奴隷行きよ」
話を聞いていたシャルが顔を上げる。
「私がギルドに行って自首します。逃げも隠れもしない」
シャルの声は震えているが、決意は固い。
「待て」グレンが立ち上がる。
「俺たちも行く」
「そうだ」他の者たちも同意した。
「わかった。でも、まず私が話をつけてくる」
シャルが仲間たちを見回してから、俺たちに向き直った。
「でも、その前に一つだけ……もし私が戻れなかったら、妹のことを時々でいいから見てやってくれ」
「それは……」俺は息を呑んだ。
レオンも予想外の申し出に言葉を失う。自首するとは思わなかったのだろう。
「悠真」シャルは俺を真っ直ぐ見つめる。
「妹を頼む。だから、もしもの時は……」
その必死な眼差しに、俺たちはそれぞれ複雑な表情を浮かべた。
「なあ」レオンを見る。
「俺が保証人になるってのは?」
「は?」レオンが眉をひそめる。
「ギルドに正直に事情を説明して、俺が責任を持つって言えば……」
「却下される」レオンが即答する。
「俺たちはまだ下級冒険者だ。そんな権限はない」
シャルが震える声で言う。
「いいんだ。私のことは……ただ、妹だけは……」
「そうだ」レオンが腕を組む。
「自分で出頭するって言ったんだろう?なら堂々と事情を話せ」
「レオン、お前……」




