第14話
「事情があるんでしょう?」
俺の言葉に、シャルの表情が変わった。
「なんで盗賊になったのか、理由があるはずです」
「黙れ!」
シャルが叫んだ。
「お前に何が分かる!妹を……ミナを守るため、誰であろうと殺す!」
妹、という言葉に俺は反応した。
「妹さんがいるんですか」
「関係ない!」
レオンが前に出る。
「理由がどうあれ、盗賊は盗賊だ」
「そうか、お前は騎士様か」
シャルの言葉には皮肉が込められていた。
「正義の味方気取りで、人を裁くのが好きなんだろう」
「法は法だ。それが秩序ってもんだ」
「秩序?」
シャルが地面を蹴った。
「秩序が妹を救ってくれるのか!」
シャルの短剣が閃き、レオンの首筋を狙う。
「速い……!」レオンが驚く。
「――くっ!」レオンは剣で払う。
シャルは即座に体を沈めた。下段から鋭い突きが飛ぶ。
レオンがかろうじて受けた剣から火花が散り、金属音が連続する。
「これで終わりだ!」シャルは流れるように舞い、レオンの懐を狙う。
「レオン、左!」リリアが叫ぶ。
「分かっている!」レオンが歯を食いしばり、剣を振るう。重い一撃がシャルの短剣を弾く。
「遅い!」シャルが身を翻し、横から斬りつける。
「甘く見るなよ!」レオンの剣がうなりを上げ、シャルの攻撃を受け流した。
シャルが低い姿勢から跳躍した。
「もらった!」レオンの頭上を越えて背後に回り込む。
「読んでいたぞ」振り返り、シャルに向き合う。
「やるな」シャルが距離を取る。
「お前もな」レオンも息を整える。
2人は慎重に間合いを測り始めた。
俺はケアビジョンでシャルを見た。
【栄養失調 軽度】
【睡眠不足 慢性】
【精神的疲労 重度】
【特記事項 長期間の介護による疲労】
「シャルさん」
戦闘の合間に、俺は声をかけた。
「あなた、妹さんを介護していますね」
シャルの動きが一瞬止まる。レオンも攻撃の手を止めた。
「その疲労感、介護疲れです。夜も寝ずに介護している」
「なんで……なんで分かるんだ」
シャルの声が震えた。
「同じような人を沢山見てきました」
(前世で、家族の介護に疲れ果てた人たちを)
「妹さん、病気なんですね」
「……ああ」
シャルが短剣を下ろした。
「1年前から、歩けなくなった」
シャルの肩が震えていた。今まで張り詰めていた糸が、切れたような声で語り始めた。
「最初はただの風邪だと思っていた。そのうち熱が出て、咳が止まらなくて」
彼女は拳を握りしめる。
「でも、熱が下がっても立てなくなって……足に力が入らないって」
盗賊たちも静かに聞いていた。彼らにとっても、重い話のようだった。
「治癒師に診せたけど、『もう治らない』って言われた」
シャルの声が震える。
「高い薬を買った。効果があるって噂の薬草も試した。祈祷師にも頼んだ」
「でも?」
「何も変わらない。むしろ悪くなる一方で」
涙が頬を伝った。
「金が底をついた。薬代と食費を稼ぐために、最初は日雇いの仕事をした」
「それで足りなかったんですね」
「ああ。だから……盗賊になるしかなかった」
レオンが剣を鞘に納めた。
「……そういう事情か」
彼の声には、先程までの敵意はなかった。
「でも、だからって犯罪は」
「分かっている!」
シャルが叫んだ。
「分かっているけど、他に方法がなかったんだ!」
「見せてもらえませんか?」
俺の申し出に、全員が驚いた。
「妹さんを、みさせてください」
「なぜ?お前は治癒師なのか?」
「治癒師じゃありません。でも、もしかしたら力になれるかもしれない」
シャルは俺の目を見つめた。疑いと、僅かな希望が混じった目だった。
「……いいだろう。でも、変なことをしたら」
「殺されても構いません」
俺の覚悟に、シャルは頷いた。
「ついて来い」
奥の建物に案内された。薄暗い廊下を通り、一番奥の部屋へ。
扉を開けると、小さな部屋があった。窓から差し込む光が、照らしている。
古いベッドに、13歳くらいの少女が横たわっていた。
痩せ細った体は毛布にくるまれ、浅い呼吸を繰り返していた。
「お姉ちゃん、誰?」
声は小さく、か細かった。
「冒険者の人たちよ。ミナ、大丈夫?」
「うん……」
シャルが妹の手を握る。その手つきは、とても優しかった。
「薬を」
「薬はもういいよ」
ミナが弱々しく首を振る。
「どうせ効かないし、お姉ちゃんに迷惑ばかりかけて」
「ミナ!迷惑なんかじゃ」
「もう……無理だよ。1年も歩けないんだから」
諦めきった声だった。13歳の少女が口にするには、あまりにも重い言葉だった。
リリアがベッドの傍らに膝をつき、ミナの手をそっと握った。
「私はリリア。よろしくね、ミナちゃん」
「……よろしく」
ミナの表情が僅かに和らいだ。緊張が解けたようだ。
俺も膝をついて、ミナと目線を合わせた。
「はじめまして、ミナさん。俺は悠真といいます」
「……よろしく」
俺のケアビジョンが、彼女の状態を詳細に映し出す。
【廃用症候群 重度】
【筋萎縮 進行中】
【関節痙縮 中度】
【回復 リハビリで可能】
(やっぱり……廃用症候群だ)
「いつから寝たきりに?」
「1年前に……高熱を出して」シャルが答える。
「三日三晩、うなされて。熱が下がった時には、もう立てなくなってて」
「その後、リハビリは?」
「リハビリ?」
「体を動かす訓練は、していましたか」
シャルは首を振った。
「治癒師は安静にしていろって。動かしたら悪化するって言われて」
(前世でもよく見た。病気は治っても、寝たきりにした結果、動けなくなる。医療や介護の落ち度だ。適切なリハビリをしていれば防げたはずだ)
「少し体を動かしてみるよ」
「うん」
俺はゆっくりと毛布をめくり、慎重に関節可動域をチェックし始めた。肘関節の屈曲と伸展を確認する。
「痛い?」
「うん……ちょっと硬い感じ」
90度までは曲がるが、それ以上は抵抗がある。伸ばす方向も同じく制限がある。
下肢に移り、股関節、膝関節と確認していく。最後に足関節。
足首が下に向いたまま固まりかけている。九十度まで曲げられない。典型的な尖足だ。
レオンが俺の動きを見ていた。
「足が下を向いたままなのか?」
「尖足といいます。寝たきりだとこうなるんです」
リリアも心配そうに見つめる。
「こんなことになるんですね……」
「残念ながら、よくあることです」
どれも硬くなっているが、完全に固まってはいない。拘縮までは至っていない。これは幸運だった。
「ミナさん、いくつか質問してもいいですか?」
「……いいけど」
「最初に歩けなくなった時、どんな感じでした?」
「足に力が入らなくて……立とうとしても、膝が震えて」
「その後、ずっとベッドで?」
「うん」
「シャルさん」
俺は振り返った。
「ミナさんは病気じゃありません」
「は?」
全員が驚きの声を上げた。
「病気じゃないって、どういうことだ」
レオンが聞いてきた。
「廃用症候群です」
「はいよう……?」
聞き慣れない言葉に、皆が困惑している。
「簡単に言うと、寝たきりで体全体が弱ってしまう症状です」
俺は説明を続けた。
「最初の病気で寝込んだ後、体を動かさなかったことで筋力が落ちた。筋肉自体も固くなってしまう。それで歩けなくなり、更に寝たきりになって悪化した」
「でも、治癒師は治らないって」
「治癒師は病気は治せても、機能回復は専門外なんです」
リリアが補足した。
「私も回復魔法を使えるけど……傷や病気は治せても、衰えた筋肉を元に戻すことはできないの」
「そんな……」
(前世で、病気は治ったけど、寝たままにして体を動かさなかったので、動けなくなった人を数えきれないくらい見てきた)
「拘縮はありますが、完全じゃない」
「こうしゅく?」
「関節が固まることです。まだ動くけど、このまま進むと完全に固まって動かなくなります」
シャルの顔が青ざめた。




