第13話
朝の宿屋で、俺たち3人は木製のテーブルを囲んでいた。窓から差し込む朝日が、湯気の立つスープを照らしている。
「昨日、バジリスクを見た時の、受付嬢さんの顔……あんなに目を見開いた人、初めて見ました」リリアが思い出したように顔をほころばせた。
「当然だ。新人がバジリスクを仕留めて帰ってきたんだからな。周囲の冒険者連中、腰を抜かしてやがったぜ」
レオンが自慢げに鼻を鳴らし、硬いパンを口に放り込む。
「おかげで懐も温かくなったし、ようやく一人前の冒険者として認められ始めたな」
確かに、バジリスク討伐の報酬は破格だった。当面の生活費には困らない。
「今日もギルドに行って、新しい依頼を探そう。今の俺たちなら、もっとランクの高い仕事も選べるはずだ」
レオンが続けた。
朝食を終えて、街のギルドへ向かった。受付の掲示板には様々な依頼書が貼られている。
リリアが依頼書を眺める。
「これは……魔獣の巣の掃討。これは薬草採取……」
俺は一枚の依頼書に目を止めた。
「盗賊10人討伐、報酬銀貨30枚」
レオンが横から覗き込む。
「盗賊10人討伐で銀貨30枚?ずいぶん安いな。誰もやらないだろう」
「盗賊に襲われて、もう余裕がないのかもしれませんね」リリアが心配そうに言った。
「誰もやらないなら、俺たちでやろう。困っている人を放っておけない。話し合いで解決できる可能性もある」俺は依頼書を手に取った。
「甘いな」レオンが苦笑する。
「盗賊ってのは話が通じる相手じゃない。騎士団にいた頃、何度も相手にした」
「私は悠真さんに賛成です。できれば戦闘は避けたいです」リリアが言った。
「リリアまで……」レオンがため息をついた。
「銀貨30枚で盗賊10人なんて、まともな冒険者のすることじゃない」
「いいじゃないですか。悠真さんらしいです。それに、レオンも結局は助けてあげるんでしょう?」
「……フン、足手まといを死なせるわけにいかないだけだ」
「まず話を聞いて、駄目なら戦う。その順番でいいだろう?」俺が提案した。
「……まあいい。行ってみればわかる」レオンが続けた。
「盗賊団討伐か。ようやく本格的な仕事だな。やってみるか」
「やろう!」
「やりましょう!」
装備を整え、薬草も多めに準備した。戦闘は避けたいが、万が一に備える必要がある。
1時間後、俺たちは北の森へと向かっていた。
「いい天気ですね」リリアが空を見上げる。
「こんな日に戦闘なんて……」
「油断するなよ」
レオンが釘を刺す。
道中、レオンはリリアの隣を歩いていた。
「リリア、昨日の魔法の練習はどうだった?」
「順調です。新しい回復魔法も覚えましたし」
「へえ、どんな魔法だ?」
「リジェネレーション。継続的に傷を癒す魔法です」
「そりゃ頼もしい。俺が怪我しても安心だな」
レオンが笑顔を見せる。リリアは礼儀正しく微笑み返した。
「悠真さん、大丈夫ですか?」
突然声をかけられて、俺は振り返った。
「え?何が?」
「いえ、なんだか考え事をしているようで」
リリアがこちらに歩み寄ってくる。彼女の髪から、ほのかに花の香りがした。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫です」
「そうですか……」
リリアは少し寂しそうな顔をして、また前を向いた。
1時間ほど歩くと、森が深くなってきた。鳥の鳴き声が消え、風も止んでいる。まるで森全体が息を潜めているようだった。
「空気が変わったな」
レオンが剣の柄に手をかけた。
「近いぞ」
俺はケアビジョンを発動させ、周囲を警戒する。
【範囲 半径50メートル】
【脅威度 中】
【敵影 集落内部に潜伏】
【見張り 配置なし】
「見張りがいない」俺が小声で告げる。
「妙ですね。盗賊団なのに」リリアが首を傾げた。
「確かに変だ」レオンが警戒を強める。
「どうする?このまま近づくか?」
レオンが俺に判断を求めた。
「見張りもいないし、まずは様子を見てみよう。話し合いで解決できるかもしれない」
「甘いな」レオンが眉をひそめる。
「試してみる価値はあると思います」リリアが言った。
「戦闘になる前に、まず話を聞いてみましょう」
「……分かった」レオンが渋々頷く。
慎重に近づくと、粗末な木造の建物が見えてきた。
「ここがアジトか」
盗賊団のアジトは、森の奥深くに隠されていた。木造の建物が不規則に並び、中央には大きな広場がある。洗濯物が干され、煙突から煙が上がっている。
「思ったより……普通の集落みたいですね」
「子供もいるぞ」レオンが呟く。
確かに、広場では子供たちが遊んでいた。
「盗賊にも、家族がいるんですね」リリアの言葉には、複雑な感情が込められていた。
「だからって、犯罪を許すわけにはいかない」レオンが現実的な意見を述べる。
「でも、あの子供たちに罪はないわ」リリアが反論する。
「子供は関係ない。親が盗賊なんだ」
「そう単純に割り切れる?」
二人の視線がぶつかる。俺は間に入った。
「まずは事情を聞こう。判断はそれからだ」
レオンが剣の柄に手をかける。
「正面から行くか?」
「待て、様子がおかしい」
俺は目を細めた。広場に座り込んでいる人々——介護の現場で培った洞察力が、彼らの慢性的な疲労を見抜いていた。
「どういうことだ?」レオンが訝しげに眉をひそめた。
「疲れている。かなり消耗している様子だ」俺は説明した。
「見ろ、あの肩の下がり方。慢性的な疲労の証拠だ」
リリアが心配そうに眉をひそめた。
「病気……でしょうか?」
「分からないが、慎重に行こう」
俺たちは物音を立てないよう、ゆっくりと集落に近づいた。足元の枯れ枝を避け、呼吸を整える。
1人が俺たちに気づき、慌てて立ち上がる。
「侵入者だ!」
甲高い鐘の音が森に響く。建物の中から、次々と人が飛び出してきた。
「武器を取れ!」
10数人の盗賊が一斉に現れた。農具のくわ、鎌や鉄の棒を手にしている。男たちの目は血走っていた。
「てめえら、何しに来た!」
筋骨隆々の大男が咆哮した。身長は2メートル近く、右手には錆びた鉄の棒を握っている。だが左腕はだらりと下がったままで、負傷しているのが一目でわかった。
中には足を引きずっている者もいる。
「俺たちの縄張りに入ってきたってことは、殺されても文句は言えねえよな!」
「待て、話を聞いてくれ」
俺が両手を上げて見せる。
「俺たちはギルドからの依頼で来た。でも、無駄な血は流したくない」
「は!何を言ってやがる」
大男が鉄の棒を振り上げた。
「冒険者なんざ、皆殺しだ!」
レオンが即座に剣を抜いた。
「リリア、下がっていろ」
「でも……!」
「議論している場合じゃない」
リリアも杖を構えた。
先頭の大男が俺に向かって突進してきた。地響きのような足音と共に、鉄の棒を振り下ろしてくる。
ケアビジョンが自動的に発動した。
【攻撃軌道 右上から左下】
【重心 右足】
【弱点 左腕負傷】
【回避方法 左への体捌き推奨】
左へ体を流しながら、大男の右手首を掴む。相手の力を利用して、てこの原理で重心を崩す。
「なっ!?」
大男は自分の勢いで前のめりになった。
「うわっ!」
大男は完全にバランスを失って転倒した。地面に倒れた衝撃で、土煙が舞い上がる。
「嘘だろ……」
「素手でグロスを倒しただと……」
周囲の盗賊たちがざわめく。
「あいつ、何者だ?」
「武器も持たずに……」
俺は再び両手を上げた。
「もう一度言います。戦う必要はありません。話を聞いてください」
「ふざけるな!」
別の盗賊が弓を引き絞る。
「仲間をやられて黙ってられるか!」
矢が放たれる瞬間、リリアが叫んだ。
「プロテクション!」
淡い光の膜が俺の前に現れたが、矢はその前で落ちた。
「やめろ!」
鋭い声が響き渡った。まるで刃物のように鋭く、威圧感のある声だった。
建物の奥から、1人の少女が現れた。
赤い髪を短く切り揃え、褐色の肌、年齢は17歳くらいだろうか。鋭い目つきは、まるで獣のようだった。身のこなしは軽やかで、明らかに戦闘訓練を受けている。
「お前ら、何をやっている」
少女の声に、盗賊たちがざわめいた。
「シャル様!」
「こいつら冒険者です。危険です」
シャルと呼ばれた少女は、倒れている大男を一瞥した。
「グロス、お前が負けたのか」
「す、すみません……油断しました」
「油断?」
シャルの目が俺を捉えた。
「素手のこんなやつに負けるとは、情けない」
彼女は短剣を抜いた。刃が陽光を反射して、鋭く光る。
「私がリーダーのシャルだ。お前たち、何しに来た」
「盗賊団討伐の依頼です」
俺は正直に答えた。
「でも、できれば話し合いで」
「話し合い?」
シャルが鼻で笑った。
「冒険者が盗賊と話し合い?笑わせるな」




