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幕間 ジュリアという少女

 幼い頃から人とは見ている世界が違うと感じていた。お父様もお母様も私のことを愛してくれているのは分かっていたけれど、どうしても歯車が嚙み合わない。

 ヤランリ王国という国が、停滞し続けているという事実に私はその頃からなんとなく理解していたのだろう。それを実感したのは全てを奪われて、槍王候補としての立場を得てからだったけど。


「槍を学びたいのか。分かった、いい教師を連れてくるよ」


「ジュリアは将来、槍王様の側近になるのかしら。国の大臣様ね」


「ジュリア様は流石でございますね」


「■■■■家の未来は安泰です!!」


 お父様は私の我儘を聞き槍を学ぶことを許してくれた。お母様はそんな私を見て笑って未来を明るい物だと信じていた。使用人達もまた、私にお世辞を言いながら否定することをしなかった。

 狂っている、と思った。こんな人達が他者から奪うことにまるで罪悪感を抱かないこの国の状況を。そうさせるこの国のシステムを。弱者は死んで糧になれと言わんばかりのこの国の王を。


「私は、喰われる側には回らない……!!」


 だから槍を振るう。この国の象徴であり最大の武器である槍を使いこなす。身体の小さい私ではどうしても力比べで他者に負ける。だから両手に双槍をもって数をこなす。

 どれだけやっても不安にしかならない。襲い来る全てを打ち倒すことなど出来はしない。そう分かっていても私に何もしないという選択肢はない。いや、その選択肢を選ぶという考えが存在しない。


 それでも、私は遅かったのだろう。燃える我が家を見てそう思う。


「私達から奪った報いだ」「燃え尽きる前に中の金を運び出せ!!」「俺の娘をどこに売ったぁ!!言えよ!!言ってから死ね!!!!」「俺達に飢えて死ねっていうのかよ!!」「食料をたっぷり溜め込んでんだろ!!」「私達から不当に集めた物資だ!!これは私達の権利だ!!!」「給料払えねぇってどういうことだ!!!」「勝手にクビにした!!生きてけねぇ!!!」「俺が死ぬ前にテメェらが死ね!!!!」「今まで奪われてきた分奪ってやる!!!!」


 家の財政が傾き、傘下の人員を減らし、新たな事業を始めようとした時にそれは起こった。雨がしばらく降らず飢餓になった貧民街の人間と元社員が大本である私の家を燃やし、全てを奪っていく。

 お父様とお母様は私を逃がす為に燃える家に残って二人で死んだ。私を煽てていた使用人は少ない財貨を盗んで逃げた。私は燃える家の前でただそれを眺めていた。


「お父様……お母様……」


 愚かだと思っていた。変われないその姿を憐れに思ったこともあった。だけど愛情がなかったわけじゃなかった。愛されていたし、愛していた。

 確かに全ての人に誇れるような仕事をしていたわけじゃなかった。ヤランリ王国ではソードリアと違い奴隷制度がある。人身売買もされている。それに手を付けていたという事実はあったし、恨まれているのも分かる。


 だが襲った連中の言葉全てに頷くことはできない。的外れな言葉もあったし、関係のない人間もこの機会に残っている物を奪いに混ざっていただろう。


「許さない。絶対に殺してやる」


 私の物を奪った連中を誰一人逃がさず殺す。燃える家から目を逸らし、熱狂の中にいる下手人達の顔を全て脳内に刻み込む。どれだけ時間が経とうと誰一人として逃がさない。必ず追いつき殺しつくす。例えそれが正当な理由があったとしても、そんなもの知りたくもなかった。


「ねぇ、このガキあの家の娘じゃない?」


 その一言で私は、私の家を燃やした連中の手の内に落ちた。嬲られて、好き勝手にやられた。それでも一切媚びることはしない。腕を切り落されそうと脚がなくなろうとこいつらをいつか殺すとそう思って。



「彼女には才がある。それ故槍王様の元へ連れていく。これは全国民の義務であり責任である為拒否権はない」



 その言葉で私の地獄と復讐は終わった。私を嬲った人間は全員死んだ。私を売ろうとしていた人間は全員死んだ。私がいつか殺すと誓った人間は全員殺された。私の生きる目的は私の元に来た無機質な槍王の側近に全て奪われた。


 ではこの槍兵を恨むか?そんなことできるはずもない。彼らは仕事をしただけだ。私を槍王の元に連れて行くという仕事をしに来て、それを邪魔する者を排除しただけ。それを逆恨みするのは、私の家を燃やした連中を同じになるということだ。到底認めることなど出来やしない。


 ならば死んで楽になるか?それも選択肢に入るはずがなかった。お父様とお母様が生かしてくれたこの命を捨てて死ぬなどという事出来るはずもない。私を理解してくれはしなかったけれど大切にしてくれた人たちの最後の願いくらいは叶えたい。


「ジュリアは幸せになるんだ」


「キラキラな恋をして、大切な人と笑っていて」


 どうすればその幸せが手に入るのかなんてわからない。二人の言うことが結果なのだとすればそこに至る為の過程が見えない。それでも諦めるなんてことはしたくない。


 そして私は生きることを選んだ。生き抜く為の選択をした。槍王の側近についていき、王に許された者だけが入れる特区につき、私と同年代の少女達が集められているのを冷めた目で見て。そして案内した先であのバケモノに相対した。



「我が前に集まったか、次の槍王(わたし)になる者よ」



 その言葉が私を圧し潰そうとした。ただの言葉がここまで力になることを知らなかった。何も見えていないような壊れた目は、私を捕まえ嬲り、犯した連中の目にどこか似ている。映していない。何も見えていない。ただ壊れ切っていることだけは分かる。


 それからの日々は他者を蹴落としあう地獄だった。だがそんなものはこの国では当たり前だ。強くなければ奪われるし、強者は奪っても許される。自分の努力で結果が決まるだけマシと言える。それを理解しない者が無様に懇願しながら追い出される。周囲は全て敵だった。最後の試験である5年後まで生き残れば槍王の側近としてこの特区の永住権を手にすることが許される。


「母さんのために、頑張らなくちゃ……!!」


 そう言って私の前を走り続けるシオンを憎らしいと何度も思った。同時にこれはただの嫉妬だということも。彼女が持っている物は私が大切にしながら奪われた物だったから。

 それに不穏な空気も感じていた。側近達の私達を見る目はどこか憐れんでいたから。一番になればまずいと思い、いつもシオンにトップを譲り続けた。スケープゴートにした事は、悪いとは思っていた。だがその選択が正しかったとすぐに実感した。


「次の槍王様の肉体はシオンに決まった。これまで良く生き残ったな」」


 最後の試験が終わり、生き残った私達に側近はそう言った。エースを与えられたシオン以外の善人に周知された事実は悍ましく、私の勘は当たっていたことをこの時以上に感謝した事はない。

 次期槍王などただの生贄だ。あの王の残骸に肉体を奪われ精神を殺される人形にされるなど冗談ではない。だがその未来はもうない。槍王の肉体になる未来はシオンに任せることに成功した。


 安堵したのも束の間だった。

 シオンの母親が死んだ。唯一の目的がなくなった彼女は精彩を欠いた。

 このままでは彼女は落ちて、二番手だった私があの王に身体を奪われる。絶対に拒否したい未来がすぐ傍まで近づいてきて。


「シエルです。シオンの母親役を務めます。よろしくお願いします」


 『槍王』がそれをただ眺めるわけがないと私は知らなかった。どこから連れてきたのか死んだ目の少女を、年下の少女をシオンの母親役にした。

 魔法を使ったのだろうその企みは上手く行きシオンは持ち直し、更に成長しだした。偽物の母親と共に笑うその姿が哀れでならなかった。

 彼女は私と違い奪われたという事実も知らずに、『槍王』に身体を奪われるその時まで生きようとするのだろう。いや、身体を奪うのには本人を絶望させる必要があることを考えればもしかしたらシオンの母親は……。そんな益体もない予想もしてしまう。


「私は、『槍王』を殺すわ」


「ジュリア、だがそれは」


「レイラ、貴女満足なの?あの王が君臨しているこの国で生きることが。他の皆もそうよ。ここまで生き残ったのであれば命の捨て方くらい知っているでしょう」


「…………クーデター?」


「時間はかかるけどね。それでも私はやるわ。『槍王』に不満を持っているのは私だけじゃない。私達が上手くやればそれに乗る奴は絶対いる。同期の連中にも声を掛けて兵力を集めて、奴を殺す」


 『槍王』の身体に限界が来ている。ソードリアの光魔法を持つ治癒の聖女を狙ったその時にその疑惑は確信に変わった。

 今はまだシオンの身体が仕上がり切っていない。奪うにしろ最高のタイミングを狙っているのだろう。ならば絶不調の奴を数を揃えて殺しに行く。かなりの数は死ぬだろうが、それでもアレを殺すならシオンの肉体を奪われる前にだ。

 もしシオンが『槍王』に成り果てたら、その時は全てを諦めるしかない力の差が私達の間にあるということは嫌という程分かっていた。


 レイラとライラを始めとした同期に声を掛けて、未だにその意思を消していない側近に声を掛けて、計画を立てていく。『槍王』を殺した後その地位に誰が座るかを決めなくてはいけない時は満場一致で私になった。工作しようとしていたのにその結果になったのは不思議だったが、みんな面倒事は嫌だったのだろうと無理に納得することにした。


「シオンが、『王戦』に出る?」


「ああ。ソードリアに新たに『剣王』が着任したようだ。聖女を賭けた『王戦』が行われ、こちら側が負けた場合魔石の採掘場とシオンの身柄があちらに渡される」


「冗談じゃないわよ!?」


 魔石の採掘場、これは何とでもなる。今でこそヤランリ王国の管轄だが、過去に何度も奪い奪われてきた土地だ。どの国に対しても帰属意識はなく、割安での取引が出来なくなるだけ。時間も金もかかるが、それでも今すぐどうこうすることはない。

 問題はシオンの身柄の引き渡し。そんなことされればあの『槍王』が何をしでかすか分からない。聖女による治癒も無理となれば時間を待たずに私の身体を奪いに来ることが想像できる。それに抵抗することは、きっとできないだろう。あれは真正の化け物なのだから。

 まだクーデターを起こす準備は済んでいない。あの『槍王』を殺すことに成功したとしても国が混乱し荒れる事態を避けるにはまだまだ時間がかかる。必要最低限の状態でやるなんて私でもどうすればいいかは分からなくなる。それを避ける方法は一つ、シオンを奪い返す。


「城では誰に見られてるか分からない。だから、その時まで俗物を演じるわ」


 シオンを生贄にすることを決めた欲の深い俗物。それが自分の被る皮だ。『槍王』にこの槍を届かせるその瞬間まで隠して、殺して、そして幸せになる。

 その為に必要ならばあの愚かで憐れな母親役に騙されているシオンを連れ戻すことだってしてやる。そう決めて『王戦』に向かい、私は甘すぎる『剣王』に会った。


 最初の印象は「『槍王』とはずいぶん違うな」だった。フワフワしている印象は遠い思い出にあるお母様を思い出させる。だが男というだけで私の身体は拒否感を持つ。懐かしく愛おしい記憶と、疎ましく憎らしい記憶を混同させる姿に私の心はぐちゃぐちゃにかき乱される。

 だから会話もそこそこに終わらせた。本当だったらもっと駆け引きを含めて相手に不和の種を植え付けたかったが、どうしてもできなかった。


 そして『王戦』が始まり、各個に分断され戦うことを強制させられた。必死に戦っているうちに全てを二の次にして自分が助かる方法だけを考える。なんとしてでもシオンに『槍王』を継がさなければ次は私が奪われる。クーデターもその準備も計画も何もかも無駄になるだろうが、それでもチャンスがまるでなくなるよりはずっとマシだと考えて。


 『槍王』に渡された槍の力を解放させて、シオンに纏わりつかせる。絶望と共にその闇はシオンの中に入り込み、彼女を『槍王』に成り果てさせる。そのはずだったのに。


「シオンッ!!!!!」


 どこから走ってきたのか、木の枝に引っ掛け破れた服を着たシオンの『母親役』が彼女に抱き着く。後ろから抱き着いて涙を流しながら、自分より相手を想って叫んでいる。その姿は本物の家族のようで、失った物を見せられるようで不愉快ですぐに終わればいいと感情的になる。



「大丈夫だ、母さん。私はもう大丈夫だ。母さんの愛があると知れたから、私の心はもう折れない」


 こんな結末認められないと叫ぶ。そんな簡単に許せるはずがないと喚く。我が事ながらあの時の私は見苦しかっただろう。それでも納得できなくて、そんな結末が許されるなら何故私はそうなれないと思って。

 負けたという事実と、これまでの人生を全て否定された感覚が身体と心を重くする。かつて家と家族を燃やされたあの時以上の絶望感が身を満たす。

 だから、条件を満たした『槍王』の槍から出てきた闇が私の方に近づいてくる、飲み込んでいく。何も見えなくなって心が深い闇に沈められる。


「これが、私の終わりか」


 足掻く意味も、生きる意味も全て奪われた。私は奪い続ける人生も奪われ続ける人生も嫌だった。だから変えようとして、失敗してこうなった。


 結局、私はあの両親の子供だったのだろう。努力は実らず、最後には全てを奪われるだけの人生。シオンのように想ってくれる人もいない。だから一人闇に飲み込まれて。



「ああ、起きた?僕に抱えられてるのは嫌かもしれないけどちょっとだけ我慢して。多分まだ動けないと思うから」



 目を開けた時、光と共にその顔が見えたことに驚いた。いや、闇の中に居ながらも叫んで誰かが戦っていることは分かっていた。でもそれが報われるとは欠片も思っていなかったから、驚いた。

 ジュリアと、私の名前を呼んで走ってくるレイラが見える。その身体にはいくつもの傷があって、走ることも出来ないその姿からは必死に戦ったことを私に教えた。

 戦闘狂の気があったライラも太い槍を杖にしていなければ立てない状態で、それでもその目はこちらをじっと見て、安堵の息を吐いている。



「頑張った。本当によく頑張った。もう大丈夫だよ。もう、君は一人じゃないから」



 その言葉は、今までの私を肯定してくれていた。私を認めてくれた。それが救いになったのだとこの目の前の少年は知らないのだろう。


 私には友達がいる。仲間がいる。協力してくれる人がいて、私を頼りにする人間もいる。それに今まで気付いていなかった。利用する事だけを考えて助けを求めるなど出来なかった。それが私とシオンの差だったのだろう。


 『剣王』は私に言った言葉が空くになったことなど気付いていない。

 それでいい、それがいい。私は弱味を見せたくない。見せて縋りつくなど私のプライドが許さない。助けられた恩を何も返せないなど冗談ではない。


 そして、ただ守られるだけの存在でいることも認めない。


 王の槍の所有権を手に入れた私は『槍王』になることが決まった。だから、私は他の人間には出来ない事をする。

 この能天気に笑う少年と真の意味で対等になる。私の生きる理由がここ出来た瞬間だった。

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