第22話 ケンカ、ダメ、ゼッタイ。
「どういうことだ、これは」
バルトルトが、砦を前に声を荒げた。
砦の跳ね橋は上げられたまま。開門される気配もない。それどころが、砦から矢で攻撃された。負傷者も数人出してしまった。
「まさか、メリクリオス将軍が裏切ったのか⁉」
この状況を見れば、ありえない話ではない。
突然、ローレンシアが動いたという報。一晩かけて探しても見つからない、その痕跡。
王都にいた時から感じていた、違和感。
それが今、目の前で、現実となって襲いかかってきている。
すでに将軍がローレンシアに寝返っていたとしたら!? 王都から現れた増援など、二度と砦には入れはしないだろう。
それどころか、どこかに潜むローレンシア軍と呼応して、自分たちを挟み撃ちにする算段をつけているかもしれない。
屯田兵たちがすべて将軍に同意しているとは思えないが、それでも、矢を射かけてきたのは、間違いなく彼らだった。どういう事情があるのかはわからないが、今の彼らは、敵対する存在となっている。
「マズいな…」
このままでは無策なまま、挟み撃ちだ。
(レオ…)
こんなことになるなら、砦に残してこなければよかった。一番安全だと思ったからこそ、砦に残してきたというのに。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
気にならないわけじゃない。今だって突入してレオの安全を確認したいと思っている。
だか、そんなことをすれば、さらに犠牲者を出してしまう。下手をすれば、レオの生命も危ない。
「………一旦、退却だ」
なんとか声を絞り出す。
今は、作戦を立てるだけの時間と、軍を休ませるだけの場所が欲しい。
「アル…」
イリアーノが心配そうな声を上げる。
「全軍退避っ!!」
バルトルトが、声を張り上げた。
今は、軍を守る。それが最優先だ。
「おいっ、あれを見ろっ!!」
突然、軍の誰かが声を上げた。
目の前、少し高くなった丘の上に翻る軍旗。そして、大勢の騎馬。
………まさか。
「ローレンシア軍」
すでに渡河をすませていたのか。そして、このままでは砦との挟み撃ちだ。
……どうする!?
頭の芯が冷えていく。犠牲者を出さずに、この場を切り抜ける方法はないか。
冷静に脳がその計算を始める。
軍を担う自分が考えるべきは、部下の安全だ。
「やるしかねーんじゃないのか、アル」
明るくバルトルトが告げた。
「今さらですよ。こうなったら、腹をくくるしかなさそうですしね」
イリアーノの声も軽い。
砦に戻れない。それどころか背後から攻撃される可能性もある。
なら、目の前のローレンシア軍を斬って斬って、その退路を作るしか方法はなさそうだ。
「…オレに生命をくれるか、お前たち」
静かに問う。
「モチロン」
「好きに使えばいい」
二人が頷く。
頼もしい。頼もしい仲間だ。そして最高の仲間だ。
一瞬の瞑目。そして。
「全軍、突撃――っ!!」
声を張り上げる。
呼応するように、軍がうなるように鬨の声を上げた。
「ダメ―――――ッ!!」
甲高い声が、空気を震わせる。
「ダメッ、ダメですっ!! 殿下っ、戦っちゃダメェ―――ッ!!」
その声は、戦いに逸る心を一瞬で治めてしまう。
「ローレンシアに戦う気はありませんっ!! 殿下っ、剣を引いてくださいっ!!」
聞きなれた声。必死に駆け寄ってくるその姿。
「レオ……⁉」
信じられないものを見ている気分だった。
村娘の格好のレオが、必死に訴えながら走ってくる。下り坂を転がるように、時折よろけながらも、一生懸命、こちらへと。
走り出しかけたバルトルトたちがたちが手綱を引く。
「レオッ…‼」
気がつけば、アルフィリオは単騎、馬を走らせていた。レオのもとに。
駆け寄るレオを片手で抱き上げる。
「レオッ、無事だったのかっ!!」
馬上で、その存在を確かめるように抱きしめる。
砦にいたはずのレオがなぜここに!? それも、ローレンシア軍のなかから現れる!?
疑問はいくつもある。だが、今はその無事が何よりうれしかった。
「殿下っ…‼」
レオもアルフィリオを抱きしめる。
会いたかった。会って無事を確かめたかった相手。
無事でよかった。やっと会えた。
「レオ…」
「殿下…」
互いに見つめ合う。
周りの喧騒なんて聞こえない。あるのは、目の前にいる相手だけ。
アルフィリオを見上げる琥珀色の瞳。
エレオノーラを見つめる青い瞳。
顔が近づく。そして、口唇が…。
「ご無事で何よりですな、アルフィリオ殿下」
突然の声に、二人の世界が壊れた。
気がつけば、すぐそばにローレンシア皇帝。
「少しお話したいことがあるのだが、よろしいかな⁉」
笑いを含んだ声。
エレオノーラは真っ赤になるしかないが、アルフィリオは違った。
ギュッとレオを抱きしめ、昂然とローレンシア皇帝を見る。
「ええ。私も伺いたいことがあります」




