第21話 レオ、まっしぐらっ!!
「プハッ…‼」
坑道から、外に顔をのぞかせて、大きく息を吸い込む。
坑道内は、土と水とカビの匂いが混じっていて、かなり息苦しかった。カンテラがあっても、狭い坑道内で、何度か身体をぶつけた。ちょっと痛い。
出口は、辺境村の外れ、森の中に設置されていた。
そこから身を乗り出して、外に出る。
辺りは暗い。どこからか、梟の鳴き声も聞こえる。
軽く泥を払い落して、前を向く。
殿下が行かれたのは、川の上流域。そこに行けば、合流できるかもしれない。
(よしっ!!)
自分に気合を入れ直して、走り出す。腰には、短剣。これしか武器はないし、殿下とどれだけ離れているのかわからないけど。
それでも私は走る。砦に残った人たちの期待ものせて。
走ればいつか殿下に会えると信じて。
――私は国家に忠実なだけだ。
あのメリクリオス将軍の言葉が、気にならないわけじゃない。
国家に忠実なら、どうして殿下と敵対するようなことをする!?
殿下は国を守るために、ここを訪れたのに。
(やはり、また、何かの罠なんだろうか)
中州での会談で殿下に振る舞われた毒杯。あの事件の首謀者、黒幕は、未だ判明していない。
(あれが、ローレンシアの仕業でないとしたら、ルティアナ国内で、殿下を害そうと、殿下の生命を狙ってるヤツがいるってこと!?)
それが誰なのか。想像はつかない。
だけど、もしかすると、将軍はその黒幕に忠実だ。そう言っているんじゃないだろうか。
(でも黒幕=国家って)
ザワリと胸がさざめく。
これ以上考えちゃいけない。将軍が国家と呼ぶ、存在が誰かなんて。
イヤな考えを忘れようと、頭を振る。
ツキリ。
不意に頭の奥が痛んだ。
――ボクハ、ヒツヨウトサレテイナインダ。
思い出す、誰かの声。
――ボクノコトナンテ、ホオッテオイテクレ。
――ボクナンテ、シネバヨカッタンダ。ボクノセイデ、チェーリオガ、シンデシマッタ。
「おにいちゃん…⁉」
私が幼かったころ、数か月だけ家にいた「おにいちゃん」。
父さまが連れてきた男の子で、家に来たばかりのころは、誰にもなじまず、ずっと一人でふさぎこんでいた。
誰もいない所で、一人、声を殺して泣いていたこともあった。私の従兄弟、チェーリオ兄さまが死んだのは自分のせいだと責めていた。
だから、私、「おにいちゃんの味方になる」って宣言した。その青いキレイな目から、ポロポロと涙がこぼれているのをみるのが辛かった。
(あ……れ!?)
どうして、こんな昔のこと思い出すんだろう。
殿下のことを考えていたはずなのに。
走っていた足が止まる。
――ダッテ、ボクハ、……サマノコジャナイカラ。
なんだろう。おにいちゃんから聞いた言葉がズキンズキンと頭の中で響く。
殿下と関係がある⁉ でも、あの男の子は殿下じゃない。
だって。
(おにいちゃんは、黒髪だったもの)
青い目は殿下と同じだけど、髪の色が違った。
でも、よく考えてみたら、黒髪って、ルティアナでは珍しくない…⁉
たいていのルティアナ人は金か、栗色の髪をしている。黒髪のルティアナ人は、ほとんどいない。
じゃあ、おにいちゃんは、異国人!? でも、普通にルティアナ語を話してた。髪以外は、普通のルティアナの少年だった。
だとすれば、あれは髪を染めていた…⁉ でも、何のために!?
頭のなかで次々と疑問がわき起こってくる。
父さまがいきなり連れてきた「おにいちゃん」。「死ねばよかった」と、口にしていた「おにいちゃん」。誰かに、生命を狙われてた⁉ それで、剣術指南役だった父さまが家に連れてきた!? 「おにいちゃん」を守るために!?
あの時の「おにいちゃん」が成長していたら、おそらく、殿下と同じぐらいの年格好のはずだけど…。
(あれ⁉ ちょっと待って…)
いろんなことで頭がいっぱいになる。ちょっとちゃんと整理したい。
ガサッ…。
突然、近くの茂みが揺れた。
「おい、こんなところに女だぜ」
野卑やひた笑い声。
「ホントだ。こりゃイイモン見つけたかもな」
ガサガサと茂みから現れた男。
「村に何もねえと思ったら、こんなところにいたのかよ」
ホント、悪者典型のヒッヒッヒッ…と笑いながら姿を現す。三人の男。
殿下たちのような立派な鎧はつけてない。代わりに、胴当てや小手、脛あてなど、急所を守る部分だけ身に着けている。
―――おそらくは雑兵。
得物は、長剣。腰に下がっているのが確認できた。
「せっかく来たのに、何もナシじゃつまんねーからな」
「楽しませてくれよな」
…コイツら、ローレンシア人か。
言葉と内容から推察する。
懐にしのばせておいた短剣に手をやる。
暗闇で三人。相手は長剣。
……やれる!?
いや、やるしかない。
相手との間合いを計りながら、その時を待つ。
「おい、こっちにこいよ」
笑いながら一人の男が手を伸ばす。
(今っ!!)
ザンッ‼と音を立てて短剣を引き抜く。
「…うわあぁっ!!」
腕を斬りつけられ、男が叫んだ。
手甲に阻まれ、腕を切断することは出来なかったようだ。
「なんだ、コイツッ!!」
「コノヤロー‼ やっちまえっ!!」
残りの二人が長剣を引き抜き襲いかかってくる。
けど。
(こんなの、バルトルトさんにくらべたらっ!!)
直線的、単純。わかりやすい。
剣筋は読めるし、攻撃もかわしやすい。
サッと間合いを取り、息を整える。相手の攻撃をかわして、自分が攻撃に転じる。
上手くいかない時は、また引く。
そして再び攻撃。
それをくり返す。
「うああぁっ…‼」
二人目の男の脇を斬り上げる。
「この女っ…‼」
三人目はややしぶとい。何度か応戦したのち、こちらは太もも。
「ぐあっ…‼」
三人がそれぞれ痛みにのたうつ。けど、それで充分だ。生命まで奪う必要はない。私を追いかけられないようにすればいいだけだ。
短剣についた血を払い、鞘に戻す。
いつまでも、こんな連中に関わってなどいられない。
(殿下のもとに急がなきゃ)
ローレンシアの連中はすでに渡河している。
早く。早く知らせなきゃ。
ガサガサガサッ…。
走り出そうとした私の前で、また大きく茂みが動いた。
ブルルッ…。
今度は馬のいななきも聞こえる。
――ローレンシア軍ッ!!
緊張が走る。
あんな雑魚程度ならなんとかなるけど、軍となると、どうしようもない。
背筋にイヤな汗が流れる。
こうなったら、斬って斬って斬りまくるしかない。
覚悟を決めて短剣を構える。
茂みから現れたのは、やはりローレンシア軍だった。先頭の馬上にいたのは、あの会談で会った、ローレンシア皇帝、フォルクハルト。
こちらを見て、一瞬驚いたような顔をしたが。
「捕らえよ」
近くにいた部下に短く命じる。
その言葉に、短剣を持つ手に力をこめる。
けど。
(えっ…⁉)
ローレンシアの部下は構える私の脇を通り過ぎ、痛みにのたうっていた男たちを縛り上げた。
(えっ⁉ ちょっ…。どういうこと!?)
私がとらえられるのではなく!?
「無事か。ルティアナの乙女」
ローレンシア皇帝から声をかけられる。
「今はお前一人か⁉ アルフィリオ殿はどこにいる」
え!? なんか敵、ではなさそうな雰囲気だけど。
「至急、知らせたいことがある。殿下の居場所を知っているなら、教えてくれないか⁉」




