第19話 追いつけない距離。大きな隔たり。
「あの、それはどういう意味でしょうか」
――明日の戦い、お前はこの砦に残れ。
今、殿下はそうおっしゃった。私について来るなってこと!?
「砦に残れ、レオ。お前はまだ幼い。戦場に出るには早すぎる」
殿下の声は硬い。お顔も真剣だ。
「え、でも、ボクは殿下の従者で…」
従者は何があっても主に付き従うものだ。それを残れと!? 私が幼いから!?
殿下たちは、万が一渡河していたローレンシア軍が国内に入り込んでいたら、それを追跡するとも言っていた。なら、私はずっとここに置いてゆかれることになる。
「問題ない。従者がいなくても戦場を駆けることは出来る」
「だけど、ボク、殿下とご一緒したいんです。だってボクは、殿下のお味方だから」
戦争に行きたいわけじゃない。けど、殿下の近くにいて、殿下をお支えしたい。
父さま仕込みの剣技だって使える。馬だって乗れるようになった。少しはお役に立てることもあるかもしれない。
「ダメだ。お前がいると、足手まといなんだ」
少し苛立った殿下の言葉。突きつけられた、残酷な宣言。
どれだけ頑張っても、私は殿下のお役に立てるレベルじゃなくって…。
悲しい―――。
そんな感情が涙となってあふれる。こらえようと、ギュッと手を握りしめた。
「お前はここにいて、帰ってくるオレたちのために、食事でも用意していろ」
小刻みに震える私の横を殿下が通り過ぎる。
背後でパタリと扉の閉まる音がした。
殿下が部屋から出ていったのだ。役立たずの私だけ残して。
「………っう、くっ…」
涙をこらえようと嗚咽おえつが漏れる。
支えたいのに。助けたいのに。
役に立ちたくて努力したのに、必要ないと言われた。
悲しいよりも、悔しいが身体を支配する。
伯母に言われたからそばにいるんじゃない。いつの間にか、私がそばにいたいと願っていたのだ。
少しは役に立てるようになったと思っていたのに。
ポタポタと涙が床を濡らす。
殿下の命令は絶対だ。私はついていくことが出来ない。
崩れるように膝をつき、あふれる涙のままに、泣き続けた。
翌朝早く。
殿下たちは、私だけを置いて、出立してしまった。
最後に、「ご武運を」と言って馬上の殿下に剣を捧げ渡す。
「行ってくる」
殿下が口にしたのは、その言葉だけ。
私をほとんど見ようともしなかった。
殿下たちが出立してしまうと、砦は跳ね橋をあげてしまう。
なかに残った兵士たちも、一応の緊張感を保ちながらも、それでも気を少し緩める。跳ね橋まで上げてしまえば、敵に襲われたとしても、簡単に侵入されることはない。
(殿下…、どうかご無事で)
殿下たちが戻ってくるまで、私にやることはない。
それこそ、殿下の言い置いていったように、食事の準備でもするしか、時間を潰す方法がないのだ。
「オバちゃんたちにでも会ってこようかな」
塔にいると聞いている。そこで、他愛のない話でもしてきたら、この鬱々としそうな気分も晴れるかもしれない。
居館を出て中庭を過ぎ、塔へ向かう。
(…あれ⁉)
その途中、門のところをで目を見張る。
「鉄格子、降りてる…」
普通、跳ね橋を上げれば、たいていの敵は防げる。あとは門の横に設置された塔から訪れたものを誰何し、それによって跳ね橋の上げ下げをすればいい。門を閉じ、鉄格子まで下ろしてしまうと、緊急で砦に入りたい者がいた場合、時間がかかってしまい、その者が危険に晒されてしまう。
「将軍、これはどういうことですか⁉」
門近くに、メリクリオス将軍がいたので問いかける。
「これでは、殿下が戻られた時、時間がかかってしまいます」
逃げ込もうとして時間をかけられたら、それこそ生命が危ない。
「問題ない。開ける気はないからな」
将軍がニヤリと笑う。
ノペッとした顔に浮かぶ、凄惨な笑み。
「殿下には、このままお戻りいただくつもりはない。殿下は、ローレンシア軍との戦いで生命を落とされるご予定だからな」
「なっ…‼」
何を言い出すんだ、この男は。
抗議しようと乗り出しかけた身を、後ろから従士たちに羽交い絞めにされた。
「面倒だから、殺しておいてもいいが、欲しいと言われるお方もいらっしゃるのでなあ」
私を見下ろしながら、将軍が自分の顎を撫でた。その態度、スゲー気持ち悪い。
「とりあえず、塔にでも放りこんでおけ」
「待てっ、離せっ!! このっ!! 殿下を裏切るつもりかっ!!」
身体の自由がきかなくても、必死に抵抗する。
「人聞きの悪い。私は国家に忠実なだけだ」
もがく私を、男たちは乱暴に塔へと投げ込んだ。
バタンと扉が閉じ、外から閂がかけられた。ご丁寧に、錠の回る音まで聞こえた。
「…いったあ~」
床にぶつけた腰をさする。
塔の内部は暗い。小さな明り取り用の窓があるだけで、脱出を試みるのは難しそうだ。
「大丈夫かい!?」
暗がりから声。突然の闖入者となった私を心配してくれてる。
「オバちゃんたち…」
暗さに慣れてきた目に映ったのは、あの、おいしい羊肉を提供してくれた、村のオバちゃんたちだった。
「え!? じゃあ、ここで守られてるんじゃなくって、閉じ込められてるってことですか⁉」
オバちゃんたちから、一通りの事情を聞く。
辺境村の女性たち。
彼女たちは、ローレンシア軍が攻めてくると言われ、ここに来たが、そのまま塔に閉じ込められたのだという。
「塔で守ると言われて入ったんだが、今度は出してもらえないんだよ」
「おそらくは、男たちを働かせるための、いざってときの人質だろうね」
昨日、私が訊ねた男の人は、女性は塔で守られていると言ってたけど。あの人も、将軍に騙されていたんだろうか。
私の聞いてきた話と、オバちゃんたちの話を統合すればつじつまが合う。
将軍は、殿下を砦から追い出し、そこで戦わせるつもりだ。砦は籠城の構えをみせ、殿下が戻ることを許さない。辺境村の男たちは殿下を慕ってる。殿下を危険な外に放り出すなんて認めないだろう。だけど、家族を、女性たちを人質にとられていたとしたら!? 将軍の言うことに従わざるをえない。
「なんてこと…」
将軍のやり方に、フツフツと怒りがわいてくる。家族を人質にして、敵でもない人と戦えというのか。
「殿下に、お伝えしなくては」
将軍の裏切りを。砦の内情を。殿下の身の危険を。
気持ちが焦る。




