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第18話 リンゴどころの騒ぎじゃない。

 なんとかバルトルトさんを引き留め、天幕にいてもらう。

 バルトルトさんの手には葡萄酒の壺と、ゴブレット二つ。

 「いっしょに飲まないか、誘いに来た」

 バルトルトさんが酒壺を掲げる。

 もしかしたら、バルトルトさんも、思いつめる殿下をリラックスさせに来たのかもしれない。

 私が食器を下げて戻ってくると、二人で地図をはさんで酒盛りをしてた。

 「レオ、お前はもう休め」

 幾分(いくぶん)か陽気になった殿下に言われる。

 「じゃあ、お言葉に甘えて…」

 軽く礼をして、自分用に用意した毛布にくるまる。

 寝る…といっても殿下と同じ天幕の中。従者ごときに専用の天幕などなく、側近として常にそばにいなくてはいけないからと、同じ天幕で一夜を過ごすことになっていた。

 そのことに緊張しないわけじゃないけど、まあ、バルトルトさんもいるし、二人で酒飲んでるし。

 ふあぁぁあ…。

 何より、眠い。

 慣れない馬での行進に疲れてる。

 寝てるところを襲われる…なんてことはないだろう。

 ボヤンと、まどろみながら二人を見つめる。

 殿下、元気になったかな。

 作戦、対策を考えることは大事だけど、自分を追い詰めないで欲しい。

 役に立つかどうかわかんないけど、私、殿下を助けたい。

 …ねえ、殿下。

 少しは、気が、楽に…、なっ…た!?

 疲れ切った身体は、ゆっくりと眠りに落ちていく。目もトロンと瞼を閉じて。

 最後に残った耳だけが、音を拾う。


 ――なあ、これからどうしたらいいと思う!?

 

 あ、殿下、相談してるの⁉

 ――知らん。俺にわかると思うか⁉

 バルトルトさん、そんな切り捨てるように言わなくても。少しは相談に乗ってあげなよ。

 ――だよなあ。

 困ったような殿下の声。戦略なら、イリアーノさんに相談したほうがいいですよ。

 ――手離すなら、手離す。そうでないなら、ハッキリとさせろ。それぐらいしか提案できん。

 ――それが出来るなら、こうも悩んでないさ。

 なんの話だろう、これ。軍略!?

 ――こんな、……なのを、ほっとけないし。だけど、こうして……合わせれば……。

 私に聞こえたのはそのあたりまで。

 トロントロンの意識は、深く深く沈んでいく。

 

 「ようこそ、殿下、お待ちしておりました!!」

 私たちの軍が砦に到着したのは、翌日の夕方近くになってからだった。

 出迎えてくれたメリクリオス将軍は、以前とは違い、キチンと鎧を身に着けている。デカいお腹が窮屈(きゅうくつ)そうだけど。砦の中の兵士たちも、忙しそうに動いている。

 なんか、「ああ、戦争が始まるんだな」っていうものものしい空気。自然と緊張感が高まる。身が引き締まる。

 「戦況は!?」

 馬から降りるなり、殿下が問いかける。

 メリクリウス将軍に案内され、建物のなかへ。続いてイリアーノさんやバルトルトさん。残った私は、殿下や私の馬だけでなく、イリアーノさんたちの馬も世話をすることになり、厩舎にむかう。

 明日からは、この馬たちが活躍する状況になるんだろうか。王都で催されてる「騎馬槍試合」のような感じの出で立ちで。

 それは、一見華やかだけど、実際の戦争は華やかなだけじゃない。そこに人も馬も生死が関わってる。

 「無事に、帰ってくるんだよ」

 騎手とともに、お前たちも。

 ブラッシングしてあげながら、その首筋を軽く叩く。戦争をしにきてるのに、場違いかもしれないけど、誰にも生命を落としてほしくない。

 飼い葉と水を与えてから、厩舎(きゅうしゃ)を出る。

 私たちが連れてきた兵もいて、砦のなかはかなりごった返していた。ガチャガチャと金属がこすれる音。槍や盾、他にも武器や武具を、あちらこちらへ運んでいる姿が松明の灯りに照らされていた。

 そういえば…。

 ふと気になって、近くにいた見覚えのある顔の人に声をかける。

 「ねえ、村の人たちってどうなったの⁉」

 槍を運んでいたその人が、私の質問に足を止めてくれた。確かこの人、殿下に、「牧草がいいから、いい羊が育つ」とか報告していた人だ。殿下も、彼に親し気に応えていたのを覚えている。

 「ああ、男たちは兵士としてかり出されてるよ。女は…」

 その人が、クイッと顎を上げて示した。

 「あの塔に集まっている」

 見れば、そこには、3、4階建てぐらいの塔。

 そうか。あの村の男性は屯田兵だから、こうやって徴用されることになるけど、オバちゃんたち女性は、塔で安全に守ってもらえるわけだ。こんなものものしい砦の中で女性がフラフラ歩いているのも危ないし。一か所にまとまっていたほうが安全かもしれない。

 「ありがと」

 教えてくれた男性に軽く礼を言って別れる。

 私が殿下の居室にたどり着いた時には、軍議はほぼ終了していた。

 「では、私が砦を守っております。ここならば、街道を上ろうとするローレンシア軍を見つけやすいですからな」

 メリクリオス将軍が請け負った。

 「ああ、それで頼む。私は、この中州より上流、渡河の可能性のある場所を確認してくる」

 殿下が地図を指ししめす。そこは、昨夜、殿下が気にしていた場所だ。

 「すでに渡られている可能性もある。その場合は、すみやかに追うつもりだ」

 街道を通らなくても王都は目指せる。すでに渡り終えている可能性もある。その場合、すみやかに後を追い、王都にたどり着かれるまでに倒しておいた方がいい。

 「何もなければ、遅くても明後日の朝にはこちらに戻る。それまで砦の守備をよろしく頼む」

 「はっ!!」

 うやうやしく将軍が頭を下げる。

 その態度に、殿下が頷く。

 こういう時の殿下って、ホント、凛々しい。

 甘い王子としての顔だけじゃない。気さくでおおらかなだけじゃない。

 ましてや、リンゴでふざけてる時みたいでもない。

 正直、カッコいい。

 明日の作戦が決まったのだろう。

 将軍はもちろん、イリアーノさんもバルトルトさんもそれぞれの部屋に戻っていった。

 明日のために英気を養っておいた方がいい。

 殿下と二人きりになった部屋で、殿下のために寝台の確認をする。

 早く休んで、明日に備えてほしい。

 

 「レオ」

 

 不意に殿下に声をかけられた。


 「明日の戦い、お前はこの砦に残れ」


 …………え!?

 それは、どういうこと!?

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