第16話 急転直下の大事件ッ!!
「ほらしっかり前を見ないかっ!!」
バルトルトさんの叱咤が飛ぶ。
「お前の目はどこについてるんだ。前を見るためについてるんだろ‼」
「前を向け、前をっ!! 背筋を伸ばせっ!!」
バルトルトさん、セリフがクサイです…なんて、ツッコむ余裕はない。
だって…。
(た、高い~っ!!)
今、私がいるのは、お馬さんの上。
殿下と二人乗りした時も思ったけど、馬の背って、意外と高い。
そのうえ、股を始め、全身から、馬の動く躍動感みたいなのが伝わってきて。
う~、グラグラする。
「そんなんじゃ、立派な武官になれんぞっ!!」
いや、武官になるって、一言も言ってない。
従者は将来的に、その才能から判断され、文官、武官、どちらの道を選ぶことが出来る。だから、武官一択ではないし。そもそも、私はそのどちらになるつもりもないわけで。
なのに、どうして馬に乗ってるかって⁉
それは簡単。
殿下が馬をくださったから。
殿下の仕事は王都だけにあるわけじゃない。
この間の辺境村もそうだけど、他にも地方を回らなくてはいけないこともある。
ノンビリ向かうことが出来るなら、従者の私は歩いてついていくことも出来るけど、緊急だった場合、私も馬に乗れた方がいい。
ということで。
殿下が、
「馬、やるよ」
と、事もなげに馬をプレゼントしてくれた。
馬、お高いのに。
殿下、太っ腹。
(馬プレゼントで、また王宮でウフフフ…的ウワサが出たけど、もうそこは気にしない)
私の馬。アレアートという名前で、殿下の馬と兄弟なんだって。(ということは、かなりの名馬なんだと思う)
で、だ。
もらったからには、乗れと言われてるからには、乗りこなさなきゃいけないわけで。
(うお~、馬コワい~)
なんて思う間もなく、バルトルトさんによる、スパルタ馬術教室が始まってしまった。
「うう~。腰、痛い…」
腰がおかしくなりそうなほど痛い。そして、お尻から股。こすれるのだろう。皮がズルむけたんじゃないかってぐらいヒリヒリする。
だから、フラフラとおかしなガニ股歩きになっちゃう。
そのうえ、地上に降りても、なんか平衡感覚がヘン。フワフワ、グラグラしてる気がする。
馬って、乗るだけじゃなく、その後もこんなに大変なのね。
馬に乗る機会の多い殿下のお尻(と股)を心配してしまう。
「情けないな。これぐらいのことでヘコたれるようじゃ、まだまだだぞ」
並んで歩く(と言っても歩幅が全然違う)バルトルトさんに顔をしかめられた。
う~。
アンタだって、お尻がお猿さんになるぐらい赤くズルむけたら、私の気持ちがわかるわよっ!!
腰をさすりながら、回廊を歩いていく。
この後は、殿下の執務の手伝いだ。
とりあえず、部屋に戻ってって…。あれ!?
「…殿下!?」
回廊を向こうから歩いてくる。後ろには、私の代わりに付き添ってくれていたイリアーノさん。
なんか、二人とも早足だし、顔、険しい。
「何か…、あったんですか⁉」
二人に問いかける。
「ああ、バルトルトとレオか」
考え事でもしてたんだろうか。殿下は、近くに来るまで、私たちに気づかなかった。
「ちょうどいいところで会った。お前たちにも話すことがある」
……………⁉
なに⁉ と思ってバルトルトさんを見上げる。
私より先に、嫌な空気でも感じ取ったのか。バルトルトさんがヤケに真剣な顔をして立っていた。
「ローレンシアが、…ですか⁉」
殿下の話に、私は目を真ん丸にして驚いた。
――ローレンシアの軍が国境を越えようとしている。
――辺境の村や、砦が危険にさらされている。
「でも、あの時、和平条約を交わしてますよね」
あの川の中州で。殿下とローレンシア皇帝は調停を結んだはずだ。
「条約など、いくらでも反故にできるが…」
執務机に着いた殿下の眉間にシワが入る。
「フォルクハルトは、そんな卑怯な人物ではない。アイツなら、もしルティアナを攻めるとしたら、もっと堂々と宣戦布告をしてくるはずだ」
なんたって、毒入り葡萄酒を飲みかけた殿下を止めるような人だ。もし、ルティアナに対して害意を持っているなら、あの時、毒に気づいても止めはしなかっただろう。
そんな人物が、イキナリ攻めてくるとは。殿下も納得していないのか。難しい顔をしている。
「とにかく、事の真相を確かめるためにも、父上から出陣の命が下った。明日、兵一万を率いて国境に出る」
あまり兵の数が多いと、誤報だった場合、あちらを不用意に刺激してしまう。
砦に駐屯している兵も合わせれば、それなりの数になる。そう見越しての兵数だった。
けど。
……一万。
数に、というより、戦が始まるかもしれないという空気に、ゴクリと喉が鳴る。
「バルトルト、明日の朝には出立したい。軍の整備と人員の手配はお前に頼む」
「承知した」
バルトルトさんが頷く。
「イリアーノは…」
「僕は、糧食と、武器、馬。まかせて。明日までに完璧にそろえてあげるよ」
殿下の言葉を先取りして話す。
二人は、それぞれに殿下の命令を了承して、部屋から出ていく。
「殿下…」
残った私は、殿下になんて言葉をかけたらいいのかわからない。
「レオ、お前は、ここに残れ」
「え!?」
「お前はまだ小さい。従者としても未熟だ。インメル夫人のところに戻っていろ」
それは、役立たずということなんだろうか。
「イヤです」
キッパリと答えた。
「レオ!?」
殿下が驚いてる。
「ボク、言いましたよね。『殿下の味方です』って」
あの、毒葡萄酒で生命を狙われた日。あの日の夜、そう誓った。
「ボクは、バルトルトさんやイリアーノさんに比べたら、非力で役立たずかもしれません。でも、何か、殿下のお役に立ちたいんです」
「レオ…」
「危なくなったらちゃんと逃げます。出来ることは少ないかもしれませんが、それでも、一緒についていきたいんです」
民のために、国のために。
生命を危険に晒そうとする殿下を、放っておくことはできなかった。そばにいて、何が出来るわけではなくても、それでも近くにいたかった。
だって、私は殿下の味方だから。
「レオ…」
真剣に訴えた私を、ジッと殿下が見つめた。
「危険なことはしない。そう誓えるか⁉」
「はい」
「無茶もしない」
「はい」
殿下が天井を見上げる。そして、大きく息を吐きだした。
「…わかった。同行を許す」
「ありがとうございますっ!!」
感謝とともに、身が引き締まる。
これは視察旅行とは違う。
生命をかけた戦いへの旅だ。
無意識に、腰に吊るした短剣に手をやる。短剣がカチャリと硬質な音を立てた。




