第15話 殿下のために、ガンマリマスッ‼
「ほら、どうしたっ、そこまでかっ!!」
バルトルトさんの叱責が飛ぶ。
「そんなぐらいで、へこたれててどうするっ!!」
言いながらも、剣戟は止まらない。
右へ左へ、身をかわしながら応戦する。
バルトルトさんの剣は豪剣。下手に剣を受け止めれば、こちらの得物が圧し折られかねない。
だから、受け止める…のではなく、受け流す。
力に逆らわない。流して、そのままの動作で、攻撃に転じる。
前と同じだけど、やはり、私に出来る剣技はこれしかない。
流れるように、踊るように。相手に間合いを測らせず、素早く攻撃して、すぐに防御に転じる。
体力にも差があるのだから、一瞬のスキをついて攻撃する。無理はしない。ダメだったら、距離を置き、一旦体勢を整える。
下から斬り上げた剣を、今度は左手に持ち替える。次はそのまま水平に薙ぎ払い、クルッと踊るように一回転。その間に、剣を持ち直す。
「はーい、そこまで~」
やや間の抜けた制止が入った。
パンパンと手を叩きながら、中庭にやってきたのは、イリアーノさん。
「そろそろレオくんを解放してくれないかな~」
「いや、まだだ」
イリアーノさんが来ても、バルトルトさんは手を休めない。休みたい私は、防戦いっぽうになってしまう。
「そうはいかない、のっ!!」
バシィッ…‼
振り下ろされたはずの、バルトルトさんの木剣が弾き飛ばされる。クルクルと宙に舞う木剣。イリアーノさんの手のなかには、鞘に入ったままの長剣。
(あれを、…弾き飛ばしたの⁉)
ガラガラッと派手な音を立てて、木剣が石畳に転がる。
まさかイリアーノさんに、そんな芸当が出来るとは思わず、目を丸くする。
「ほら、次、レオくんは僕とお勉強なんだから。時間をとらせない」
剣を元に戻して、イリアーノさんがニッコリ笑う。
「勉強!?」
苦々し気にバルトルトさんが訊ねた。剣を弾き飛ばされて、痺れているのだろう。手首を押さえて、コキコキと動かしている。
「そ、オベンキョ。政治とか、語学とか、歴史とか。他にもいろいろ、ね」
茶目っ気タップリ、イリアーノさんのウィンク。バルトルトさんの顔が大きくゆがむ。
「さ、こんな熊は置いといて。行こうか、レオくん」
肩を抱かれ、強引に歩き出す。
「あっ、あのっ…‼」
精一杯、バルトルトさんにふり向く。
「ご指導、ありがとうございましたっ‼」
かなり無茶苦茶だけど、バルトルトさんは、剣を教えてくれてたのだから、お礼は言わなくちゃいけない。
「明日も、よろしくお願いしますっ!!」
そう、明日も明後日も。
乱暴であっても、なんであっても。私の剣技を鍛えてほしい。
剣技だけじゃない。
「ほら、そこ。つづり、間違ってるよ」
イリアーノさんのお勉強も、自分からお願いしたことだった。
「ローレンシアの言葉はね、口にした音だけを表記するんじゃないの。発音してない部分も書かなきゃ。だから、文字が抜けてるってば。それじゃ、ルティアナ語になっちゃううよ」
言葉は柔らかいが、イリアーノさんの指導も容赦ない。
「ちゃんと言葉を覚えて、政治や歴史、マナーも学んで。従者はね、殿下の身の回りのお世話をするだけが仕事じゃないんだからね」
以前なら、きっと不平不満タラタラだったんだろうけど、今は違う。
――殿下のお役に立ちたい。
イリアーノさんの言う通り、身の回りのお世話だけじゃない。
伯母の言うような子作りのためでもない。
純粋に、殿下のお役に立ちたかった。
視察旅行で見た、殿下の姿。
村人たちに親身に接する姿。夜遅くまで、執務にあたられる姿。
いつも誰かのために働いてられる殿下は、素晴らしいと思うし、尊敬に値する人物だと思う。
そして、優秀がゆえに狙われる生命。
殿下を助けたい。殿下を守りたい。
誰かに傷つけさせたりしない。
剣の鍛錬も、勉強も。自分から望んで、二人に指導を頼んだものだった。
「じゃあ、次はお化粧も練習しよっか」
なぜか、イリアーノさんはルンルンだ。
手には化粧用の筆やら、小箱やら…。なんか、勉強を教えてくれる時よりも、気合い、入ってない⁉ というか、それ、どこから取り出した⁉
勉強するために訪れていた図書室で、軽く顔が引きつる。
「レオくんは、素材がいいからね~。お化粧させてみたかったのよね~」
…あの。練習させたかったの⁉ それとも、ただ化粧で遊びたかったの⁉
パフパフとおしろいをまぶされ、頬紅、口紅と重ねられる。
……これも、殿下のためだ。我慢、ガマン。
う~っと眉間にシワをよせたくなるのをガマンして、イリアーノさんの好きなように化粧される。
ご丁寧にカツラまで用意され、完璧な女の子に仕立て上げられてしまった。
「ほら、見て。レオくん」
最後に、イリアーノさんに鏡で確認させられた。
……まあ、これがアタシ!?
なんて感動はない。
女→男装して従者→化粧して女装。
どういう状態なのよ、これ。
男のフリしながら、女装をするなんて。
余計にややこしくなった気がする。




