★望んだのはお前らだ(ツヴァイ視点)
「誰…?」
「ツヴァイ、一人になりたい時にごめんね。ちょっと良いかな」
ノックに返事をすると、控えめな兄の声が返ってきた。一瞬そのまま帰ってもらおうかとも思ったが、兄上の婚約者に無礼を働いたのは自分だ。癪だから婚約者本人に謝るつもりはないが、せっかく場を整えてくれたのに中座したのは兄に謝らなくてはならない。
「……どうぞ」
あまり気は乗らないが入室を促すと、失礼するよ。といつも通りの兄上の後ろから、先程まで目の前にいたあいつもいた。
「失礼致します」
「おま……っ!」
優雅にカーテシーを披露するサラ・アーガイルに俺は驚きを隠せず、思わず声を上げてしまう。
だがそれを笑顔一つで流したサラ・アーガイルは、幼さの残るその顔に相応しくない穏やかな微笑みを携えると一歩前へと進み出てきた。
「先程、日を改めて…と仰っていたのにすぐの訪問申し訳ありません、ツヴァイ殿下。私、どーしても気にかかることは後々に回せませんの…。それでレオナルド殿下に無理を言って、強行手段のような形でお部屋まで押しかけてしまったこと、謝罪いたしますわ」
形は謝罪を模しているが、謝る気などさらさら無いのは明らかだった。ギラギラとした目が俺を捕らえる。
「具合が悪いなら出直すけど…大丈夫なら少しだけ時間くれるかな」
兄は兄で、スッとサラ・アーガイルの隣へと並ぶ。どれだけ離れたくないんだ…という思いもありつつ、ここで追い返しても面倒事の先送りにしかならないと思ったので頷いた。
「体調が悪いわけではありませんが…手短にしていただければ」
オブラートには包んでいるが、早く帰れ、と言いたいのが伝わっただろう。だが目の前のふたりは意に介す事もなく微笑みを湛えている。
「ありがとうございますわ。貴重なお時間を長々と頂くのも申し訳ないので単刀直入に申し上げます。レオナルド殿下、多少の無礼は許してくださいます?」
「良いよ。この場は僕ら兄弟と、ツヴァイにとっては未来の義姉の三人だ。何かあったとしても無礼なことなんてないよ。でしょう? ツヴァイ」
「そうですね。未来の義姉上ですから…問題ありません」
所詮、令嬢の無礼など知れている。しかもあのサラ・アーガイルだ。幼い頃から淑女の鏡だと言われている彼女程度の無礼など大した問題ではない。
「ありがとう存じます。では失礼して……」
こほん、とひとつ咳払いをすると、サラ・アーガイルはキッと目を吊り上げ……
「なにをそんなに卑屈になっていらっしゃるんですか!!」
思った以上に大きな声で俺を叱ってきた。……え?
「良いですか。どんなに真似をしたってレオナルド殿下にはなれないのです。そもそも、多少のリスペクトならともかく丸々真似をする必要がどこにあると言うのですか」
一瞬、あの完璧な令嬢と呼ばれているサラ・アーガイルと目の前の人物が結び付かずフリーズしたが、時間差でカッと頭に血が上がるのを感じた。
「お前に……お前に何が分かる! いきなり偉そうに叱りつけてきて……お前に、俺の何がわかるんだ!」
俺がどれだけ悩んだのかも知らないで、真似をしたって兄上になれない? そんなの俺が一番知ってる! 知っててもそれを望まれて、それしか道がないのにそれさえ否定される言われはない…!
「レオナルド殿下のようにしろ、レオナルド殿下はもっと優秀だった、もっとレオナルド殿下のように落ち着きを持て……俺が兄上のように振る舞うよう望んだのは、お前らだろう…!」
「誰が、いつ、ツヴァイ殿下にそれをしろと言ったのですか!」
カッとなったまま言い返すと、その熱に被せるようにサラ・アーガイルが声を被せてきた。
「私はなにも知りませんわ。だって今日初めてツヴァイ殿下にお会いしたんですもの。だから貴方の周りが何を言ってきたのかも知りません。ただ、これだけは言えます。
ツヴァイ殿下がレオナルド殿下の真似をして得するのは、それが都合の良い人達だけです。本来、個性というのは尊重されるもので、他人に否定されて良いものではありません。
私は今日、初めてツヴァイ殿下に会って違和感を感じました。あまりにもレオナルド殿下そっくりで……本来のあなたが全く見えなかった。私は、ツヴァイ殿下。あなたの本来の姿を知りたい。レオナルドの模倣をするツヴァイ殿下は知る必要ないんです。何も知らないからこそ、ツヴァイ殿下本人を知りたいのです」
頭をガツンと殴られたかのような衝撃を感じた。個性は尊重されるもの…? そんなもこと誰も言ったことがない。大人しくしろ。兄上を見習え。ずっと比較され続けてきた。ずっと兄上と同じであることを求められてきた。
だから求められた事に応えられなかった自分が間違えだったと思っていたのに、この女は今、そう求めてきた奴らの方が間違いだというのか…? 本来の俺を、知りたいと……?
「だが……だけど、俺は第二王子だ」
そう。第二王子だ。周りから求められる事に応えるのも、王族の役目じゃないか。
「だからなんだと言うんですか」
自分が選んでいたものが間違えではないという気持ちもあり呟くと、バッサリと切り捨てられた。
「第二王子だから? 王族は周りの期待に全て応えないといけないんですの? 個性さえも否定され、周りの都合の良いように振る舞い、その為に自分を殺すことが是とされるなら……そんなの、くそくらえですわ」
「…………え?」
耳を疑う。俺は今、なにを聞いた…?
決して令嬢の口から飛び出してはいけない単語を聞いた気がする。
「聞こえませんでした? くそくらえ、と言ったのですわ。そんな下らない慣習がまかり通って堪りますか」
聞き間違えとかではなかったらしい。俺が聞き間違いかと思った言葉は、間違いなくサラ・アーガイルの口から繰り返された。
「そもそも、そんな事言ったのは誰なんです?」
「知って………どうするんだ?」
あまりの令嬢らしからぬ言動に何をしでかすのかと思い聞き返すと、こてん、と首を傾げて考え始める。
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