★仕えるべきは。(アル視点)
閑話として、アルフォンソ視点のお話となります。
レオナルド殿下にお仕えして、半年。最近殿下は婚約者が出来た。大変お気に召しているようで、彼女から届く手紙は大切に保管をし、会いに来るという日は彼女が喜ぶサロンを手配し、今日も彼女の家へ行く前に鮮やかな赤いチューリップを買い付け、早くも溺愛ぶりを見せていた。
彼女と出会う前に俺が見ていた殿下は、どちらかといえば子供らしからぬ方だった。立場もあるのだろう。常に微笑みを浮かべ、使用人にも優しく、毎日ある授業に文句を言うこともなく遊びたいとも言わない。
俺はそれを、王太子として弱みを見せない為だと思っていた。あの方は複雑だ。同い年に側室のご兄弟がいるから……争いが起きぬよう、常に完璧を求められているし、本人もそれを成そうとしている。立派な方だ。
しかし、それが変わった。
「お待たせして申し訳ございません。レオナルド殿下。本日はお誘い頂き、ありがとうございます」
このひとりのご令嬢によって。
サラ・アーガイル公爵令嬢。彼女の噂は嫌でも耳に入って来ていた。
完璧な公爵令嬢。夜会にはまだ出られないので母親同伴のお茶会のみだが、出席した際はその存在感や所作の美しさ、幼いながらも話題の多さで他を圧倒していた。
だからこそ、王太子の最有力の婚約者候補として常に噂になっていた人物だ。
正直なところ、王太子と並んで遜色がないのも彼女ぐらいだろうとは思うが、どうも完璧な公爵令嬢。というものに、貴族の冷徹な部分を重ねた俺は若干の苦手意識を持っていた。
「ええ、今日は至るところに身を隠した護衛がついてますし、アルフォンソも一緒に回ります。彼はまだ僕達と同じで幼いかもしれませんが、剣の腕は下手な傭兵よりも腕が立ちますから、安心してください」
「それは心強い。本日は娘をよろしくお願い致します」
「ええ、お任せ下さい」
そう言って固く握手を交わす二人。今日はレオナルド殿下とサラ様が市井へと視察を兼ねてお忍びで出かけるということで、自分は側にいても同い年で違和感がない為、護衛として駆り出されていた。
「あ、そうでしたわ」
そこでサラ様が声を上げる。
「レオナルド殿下。遅ればせながらではありますが、先程は素敵な花束をありがとうございます。可愛らしく華やかで、一気にお部屋が彩られました」
「どの花を贈ろうかと悩んだんだけど、気に入ってくれて良かったよ。……さて、じゃあそろそろ向かおうか」
「ええ。本日はよろしくお願い致しますわ」
「こちらこそ」
悩んだのは本当だ。赤い薔薇が良いか、赤いチューリップが良いか赤いガーベラかと悩んでいた。すべて赤なのは、自分の瞳の色だからだろう。
「アルフォンソ様も、よろしくお願い致します」
今朝のことを思い出していると、ふいに声をかけられてピクリと肩が跳ねた。
「あ……はい。お二人の事はしっかりと護衛させて頂きます」
驚いた。まさか公爵令嬢自らからお願いされるとは…。
護衛されて当然の立場だからこそ、そして完璧な貴族令嬢であると噂されている彼女だからこそ、そんな言葉を掛けられるとは思わず、若干の動揺が表に出てしまったのかサラ様が小首を傾げる。
「ふふ、サラのそういうところ好きだよ。さて、エスコートさせて頂いても?」
「ええ、ぜひ」
「殿下と一緒だから大丈夫だとは思うが……気をつけて行ってくるんだよ」
「ええ、お父様。行って参りますわ」
噂から受けるイメージというのは、存外当てにならないのかもしれない。
俺は今一度、レオナルド殿下の婚約者である彼女を見直すべきかと考えながら、馬車へと向かった。
「……ごめんなさい。あまり居心地は良くないわよね」
馬車が走り出してすぐ。殿下の命により王太子とその婚約者と同じ馬車に乗るという気不味い中、サラ様が俺にそう声をかけてきた。
「………いえ」
居心地は良くないが正直に言う訳にもいかず、さらに公爵令嬢が家格が下の自分に謝罪したことに驚き、良い返答が思い浮かばなくて素っ気ない返しになってしまった。
……どうも初対面の人と話すのは苦手だ。
現に、若干傷付いたように彼女の眉がしゅんと下がっている。どうしたものか…。
「あはは! サラ、大丈夫だよ。アルは少し人見知りなだけなんだ」
その空気を打ち破るように、殿下がカラカラと笑う。
「それに、思いがけなかったんだと思うよ」
「え? 思いがけなかったって……何がですの?」
「サラがアルに対して丁寧に頼んだり、謝ったりする事が、かな。一応アルも伯爵家の息子だけど、サラは公爵家でしょ。丁寧な対応をされて驚いたんじゃないかな」
……レオナルド殿下は俺の心が見えるのだろうか…。
ピッタリと当てられてしまい、驚く。そして噂を丸呑みしてサラ様に対して色眼鏡を使っていたのは、完璧に俺の落ち度だ。
馬車の中で出来うる限り、俺はサラ様に対してしっかりと頭を下げた。
「殿下の仰る通りです。俺…私は、サラ様は年頃の割にしっかりしたご令嬢だと聞いていて…その、勝手に貴族らしい方かと…」
「頭を上げてくださいまし。誰にでも思い込みや勘違いはありますもの。私は気にしてませんわ」
「申し訳ありません」
優しい声が降り掛かって来る。それに対して俺は、グッとさらに頭を下げ、顔を上げた。
「謝る必要など…。今日初めて言葉を交わしたのですもの。殿下付きとなればきっと長い付き合いになりますから……お互い、これから知っていきましょう。よろしくお願い致しますわ」
目の前の彼女は、微笑んでいた。その微笑みは同い年の女の子が浮かべられるようなものではなく、慈愛に満ちたものだった。
母。そう、まるで包み込んでくれるかの様な、母のような微笑み。容姿の愛らしさもあって、まるで神の使いかのように見えた。
「……ありがとうございます。よろしくお願い致します」
こんなに美しい女性は見たことがなかった。顔に熱が集まるのを感じる。
駄目だ。彼女はレオナルド殿下の婚約者なのだから、こんなふうに見惚れてしまうのは。
「ちょっと、サラはわ……僕の婚約者だからね。あんまり仲良さそうにされてもヤキモチ焼くんだけど」
自らを戒めていると、殿下がジトリとこちらを見ながら釘を刺してくる。
「わ、分かってます!」
慌てて首を縦に振ると、殿下はくちびるを尖らせながらも引き下がってくださった。
良かった…。こんな事でお家取り潰しとか洒落にならない…。
「そ? なら良いけど…。あ、そうだ」
「ねぇ、僕達って一応幼馴染になるじゃない? サラにはもう言ってるけど…三人の時くらい砕けて話そうよ」
「砕けて、ですか…?」
突拍子もない提案に思わず聞き返すと、殿下は満面の笑顔で頷いた。
「そう。呼び方もレオ、サラ、アル。敬語もなし! それにこれから行く市井なら普段みたいな喋り方は浮くしね」
「それもそうですが…」
確かに市井に行くのに殿下とも呼べないし、様呼びも身分が高いと自ら暴露するようで不味い。けれど流石に呼び捨ては…と悩んでいると、サラ様が声を弾ませて同意された。
「良いですわね。長い付き合いになるんですもの。お互い気を抜ける時間も必要だわ」
「そうそう。それに僕とサラはもう二人のときは気楽にしようって決めてるんだ。あとは君次第台なんだけど…アルはどうしたい?」
どうしたい……。どうしたいと聞かれても…。
正直なところ、返答は決まっている。レオナルド殿下とサラ様がそう仰るなら拒否など出来ないからだ。
それに、少しだけ……少しだけ、それが魅力的に見えたのもある。
「お二人がそう仰るのであれば…」
「良かった」
「決まりね! よろしく、アル」
頷くと、サラ様…サラが微笑みながら手を差し出してくる。これは…握手を返して良いのか…?
「えっと…よろしく、サラ…」
殿下の反応が怖いが、無下にも出来ず俺は握手を返した。絶対に殿下の顔は見れない…。
その後の馬車の中は、賑やかだった。
本来の立場であれば叱られても仕方ないが、やり取りについ吹き出してしまうとお二人は顔を見合わせて一緒に笑ってくれた。
きっとこのお二人なら…明るい国を作っていけるんじゃないかな。
俺は今日、心から仕えるべき人に出会えたのかもしれない。
この後、王太子殿下と公爵令嬢とは思えない庶民への馴染み方にさらに驚くことになるが…。
まだそんな事を知らない俺は、純粋にこの後はどこならお二人が無理なく楽しめるか考えて、また笑みを溢したのだった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!
思ったよりも長くなってしまったアルフォンソ視点です。
閑話は基本的に更新日以外に差し込むつもりですが
「ここのこの人物がどう思ってたとか後回しにしたくないなー」「次の話の前に入れた方が分かりやすいかなー」って時は更新日に入れるかもしれません。




