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――テレリアかわいい。
――黙りなさい。
リリアは小さくため息をつくと、二人へと視線を戻した。
「ともかく、そういうことだから、二人とももう少し楽にしなさい。面倒なら紅茶の用意もしなくていいから」
「いえやります」
きっぱりとアリサが言い張った。これだけはアリサにとって譲れないことのようだ。リリアとしてもアリサの紅茶は気に入っているので、分かったわと頷いた。
「でも本当に楽にしなさい。たまには、貴方たち二人と話をしたいのよ」
「はい……。ありがとうございます」
二人がそろって頭を下げる。まだまだ硬いとは思いつつも、それ以上は何も言うまいと苦笑するだけにしておいた。
朝食、昼食ともに屋敷に残っている料理人が作る。いつも以上に質素な料理だが、少ない人数で作るのだから当然だと思うためにリリアも何も言わない。むしろよく味を維持しているものだと素直に賞賛する。
料理人は夜には戻ってくるらしい。これはアルディス家で行われる夜会の料理を作るためだ。他の貴族を招くということもあり、アルディス家では考えられないほど贅沢な料理が出てくる、らしい。
リリアたちの昼食は料理人が自ら運んできた。他の家族は食堂で食べるらしいが、リリアだけは自室で食べたいと無理を言って持ってきてもらうことになっている。当然ながら三人分だ。
テーブルに三人分の昼食が並んだ時には、アリサとシンシアは目を丸くしていた。
「ではいただきましょう」
リリアが言うと、二人ともに戸惑いつつリリアを見てくる。アリサが言った。
「あの、リリア様、お気持ちはとても嬉しいのですが、食事となると……」
「言ったはずよ。友人として招いているつもりだと」
「うう……」
二人が困ったように顔を歪ませる。食事ぐらいいいだろう、と思いながら、リリアはため息をついた。すると、二人が慌てたように言う。
「い、いただきます! いただきますから!」
「そんな顔をしないでください!」
突然どうしたのかとリリアが目を丸くしていると、さくらが笑いを堪えているような声で言った。
――リリア。さっきすごく悲しそうな顔になってたよ。
――そうなの? そんなつもりはなかったのだけど。
――あはは。いいことだね。
さくらはそう言うが、リリアにとってはいまいちよく分からない。だが二人が食べてくれる気になったのなら、リリアにとっては都合がいい。リリアは祈りを済ませると、食器を手に取った。
食事を終えた後は、引き続き二人と話を続けた。最初はまだぎこちない態度ではあったが、食事を取って緊張が解れたのか、しっかりとした受け答えができるようになっていた。
一つの話題の区切りがつき、三人で紅茶を飲みほっとため息をつく。空になったカップにはすぐにアリサがお代わりを注いでいく。
「去年まではリリア様とこうしてお茶を飲むことになるなんて思いもしませんでした」
シンシアが零した言葉に、リリアは視線を向ける。
「そうなの?」
「去年の今頃はとても忙しくて。その……」
上目遣いにリリアの様子を窺うシンシア。それを見て、シンシアの言いたいことを察してリリアは苦笑を漏らす。間違いなく自分が原因だろう。
「私だけは気にせず振り回していた記憶があるわね」
使用人が休んでいても関係なく、リリアは多くのことを要求して周囲を困らせていた。普段見かけない使用人たちが奔走していたが、今思えばあれらは密偵たちだったのだろう。苦労をかけてしまったと思う。
「こうしてリリア様のお側に置いていただき、とても嬉しく思います」
「そう思ってくれるのなら、私としても嬉しいわ」
この二人だけは絶対に手放したくはないと、今では心から思っている。だからこそリリアは笑顔で言う。
「今後ともよろしくね」
二人は姿勢を正すと、深く頭を下げた。
夜になり、リリアは外出用のドレスに着替えた。華美な装飾のあるドレスだ。一階に降りると、家族もしっかりと正装していた。母も豪奢なドレスを身に纏っている。
リリアのドレス姿を見た母は、満足そうに頷いた。
「ああ……。女神だ……」
父と兄の呟きは無視だ。反応するとろくな事にならない。それにリリアが反応せずとも、母がしっかり対処してくれている。
「おかしいわね、ケルビン。私を見た時はそんなこと言ってくれなかったのではなくて?」
「え? あ、いや、待て。アーシャももちろん美しいよ」
「そのとってつけたような言葉がとても不愉快です」
うふふ、と『笑顔』で父に詰め寄る母。父は助けを求めるように周囲を見回すが、
「俺は外を見てくる」
兄は真っ先に逃げ、使用人たちもそれを追う。やはり誰も巻き込まれたくはないらしい。
――あれは怖いからね……。元祖笑顔だね。リリアよりも迫力がある。怖い。
――私はあれほど威圧感はないと思うのだけど。
――似たり寄ったりだよ。
呆れたようなさくらの言葉にリリアは肩をすくめ、後ろに控えるアリサとシンシアに言った。
「行ってくるわ」
「お気をつけていってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」
二人が恭しく頭を下げる。リリアは笑顔で頷くと、扉へと向かって歩き始める。
「お父様。お母様。いい加減になさってください」
呆れたようなため息を添えてリリアが言うと、二人はばつが悪そうに目を逸らし、リリアと共に歩き出した。
王城で用意された部屋には、すでに大勢の貴族が集まっていた。いくつものテーブルが並べられ、豪華な料理が並んでいる。誰もが笑顔だったが、目が笑っていない者も多い。
「リリア。後ほど迎えに来る」
「クロス。リリアを頼みます」
父と母がそう言ってリリアの側を離れていく。二人はこれから社交という名の戦いだ。大変だな、と他人事に思ってしまうが、リリアも来年からは他人事ではなくなる。それを思うだけで気分が沈んでしまう。
――嫌な空気だね。まともに楽しんでいるのは子供たちだけじゃないの?
――そうでしょうね。
そう言えば、とリリアは側に立つ兄へと言った。
「お兄様はここにいていいのですか?」
「ああ。リリアも俺の側を離れるなよ。面倒な輩が近づいてくるかもしれない」
何をそんなに警戒しているのか。リリアが首を傾げていると、さくらが言った。
――クリスと王子の婚約の発表もあるからね。それでぴりぴりしてるんじゃないかな。
――ああ、なるほどね……。
――後悔してる? 王子を選ばなかったことに。
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ではでは。




