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「急に、慌ただしく決まったわね」
暗い世界でリリアが呟くように言った。王城での勉強会が終わった後は屋敷に戻り就寝して、今この場にいる。さくらの姿を探すと、桜の木の下ですまほを指先で叩いていた。
「さくら。何をしているの?」
さくらに問いかけると、さくらは顔を上げて、調べ物、と短く答えた。
「調べ物?」
「うん。はっきりとは分からないけど、どのルートなのかなって」
意味が分からずに首を傾げるが、さくらは気にしないでと手を振った。聞いたところで答えてはくれないだろうと察しがつくので、リリアは素直に諦める。さくらの隣に座り、小さく吐息を漏らした。
「お疲れ?」
「そうね。少し疲れたわ」
だろうね、とさくらが笑う。リリアも曖昧に微笑んだ。
「さっきのリリアの呟きの答えだけど」
さくらが言って、リリアが先を促すように頷いた。
「次は三年、最終学年だからね。諸々の準備とかを考えると、決めておかないといけないことは多いんじゃないかな」
なるほど、とリリアは頷いた。言われてみれば、学園の卒業まで残り一年ほどしかない。そろそろ将来についても考えなければならないだろう。
そう思っていると、さくらが感情のない声で言った。
「リリアには必要ないよ」
言われた意味が分からず、リリアが眉をひそめる。さくらが続ける。
「慌てて決めなくてもいい。リリアに教えた知識があれば、将来に困ることなんてないよ」
確かにさくらから与えられた知識は特殊なものが多く、使いようによっては生活に困ることはないかもしれない。だが、あまりこの知識には頼りたくはないというのが本音だ。それも分かるのか、さくらは肩をすくめた。
「まあ、リリアに任せるよ。少なくとも、私は必要ないと思う」
「そう? さくらがそう言うなら、慌てずにもう少し周りの様子を見ておきましょう」
リリアがそう言うと、さくらはどこか複雑そうに表情を歪め、小さく頷いた。
年の最後の日。この日のアルディス家はゆっくりとした時間を過ごす。前日までは大勢の使用人がいつも以上に忙しく動き回っていたが、今日は静かすぎるほどだ。それもそのはずで、ほとんどの使用人は実家へと帰っている。未だに屋敷にいる使用人は、帰る場所がない者か、帰る意志のない者ばかりだ。
アリサも去年までは実家に帰省していたのだが、今年はここに残ってくれている。帰らなくていいのかと聞いたところ、リリア様の専属ですから、と誇らしげに胸を張っていた。有り難いし嬉しくもあるのだが、むしろアリサの家族に少しばかり申し訳ない。そう思い、アリサが残ることを聞いた日に手紙を出したところ、迷惑でなければ使ってください、とのことだった。
シンシアはといえば、彼女の家族は全員がアルディスの密偵なので帰る場所がない方だ。密偵たちはいなくなった使用人たちの代わりに働いている。もっとも、必要なことは昨日までに終わらせてあるために、アルディスの誰かに呼ばれない限りは彼らもほぼ休みとなっている。何人かは屋敷の周辺で不審者が来ないかの見張りをしているらしい。
いつも以上に静かな屋敷。リリアは少しだけ落ち着かない気持ちになりながら、自室でアリサとシンシアと共に過ごしていた。二人は給仕に徹しようとしていたが、今はリリアの対面に二人そろって座っている。どうしても働こうとする二人を命令という形式で座らせた。それでも、リリアのカップが空になるとすぐに紅茶を用意してくれてはいるが。
「静かね」
ぽつりと、リリアが呟いた。そわそわと落ち着かない様子の二人はそれを聞いて、そうですねと頷いた。
「残っている他の方も、呼ばれない限りは待機しているだけですから。夜まではほとんど呼ばれませんし」
「貴方たちも一人でゆっくりとしたいのではないの? 私は構わないわよ」
「私はリリア様の専属です。ここが私の場所です」
アリサが胸を張って言う。シンシアも同じ気持ちだと何度も頷いた。
「そう。ありがとう。嬉しいわ」
微笑みながらそう言うと、二人も嬉しそうな笑顔になった。
「ですからリリア様、立ってもいいですか!」
「却下。座っておきなさい」
「うう……」
アリサが項垂れて小さくなる。どうしてそんなに立ちたいのか、とリリアは呆れてため息をついた。
――リリアの専属のメイドとしてここにいるからね。普段がリリアの隣が定位置だから、仕事中に座っているのは落ち着かないんじゃないかな?
――そういうものなの? 私は休みのつもりで言っているのだけど。
――うん。それでも、だよ。それに座れとは言ったけど、休みだなんて言ってないからね。ちゃんと言ってあげたら?
さくらに言われるまで気づかなかった。確かに二人には、いすに座るように命令はしたが休みだとは言っていない。仕事のつもりでここにいるのかもしれない。
「アリサ。シンシア」
リリアが名前を呼ぶと、二人が顔を上げた。何故か緊張の面持ちになっている。
「今日は二人も休みよ」
短くそう言う。すると二人は目を見開き、顔を青ざめさせた。まるで絶望したかのような、そんな表情だ。
――え、な、なに?
思わず頬を引きつらせながらさくらへと助けを求める。さくらは少し考えながら、言った。
――落ち着かないから出て行け、という内容に変換されたかな。
まさか、と思い二人を見ると、シンシアが上目遣いにリリアを見ながら言った。
「あの、リリア様……。私たちはやはり出て行った方が、いいのでしょうか……?」
「申し訳ありません、リリア様の気を煩わせてしまい……」
アリサがシンシアに続く。二人とも声が震えていることに気づき、リリアは慌てて言った。
「そういう意味じゃないわよ。今日は二人とも休みだと思っていいと言っているの。だから、私は友人二人を招いているつもりなのよ」
「友人……? 私たちが、ですか?」
「そうだと言っているでしょう」
二人が嬉しそうに顔を輝かせた。満面の笑顔を見ると、どうにも気恥ずかしく思えてしまう。リリアはそっと二人から視線をそらし、そっぽを向いた。
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ではでは。




