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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
1 現実、虚構、水槽の脳
17/95

16 召喚魔法

〈衝撃波〉


 大気を伝播する強烈な圧力の波が目の前の猪型のモンスターを豪快に吹き飛ばす。

 威力、効果範囲共に制御は完璧で、手応えも申し分ない。


「こんなところにしとくかな」


 夕方、エプスノーム近郊。

 午後の図書館での情報収集はほどほどに済ませ、シンとフェアは気分転換も兼ねて町の外へ出て来ていた。

 主な目的はこの辺りに生息するモンスターの能力の確認だ。ドビル大空洞のモンスターとの比較がしたかったというのもある。


(やっぱりあの洞窟のモンスターは規格外みたいだな)


 たった今吹き飛ばしたモンスターのレベルは五。他のモンスター達もほぼ全てがレベル一桁に収まるものであった。

 ソブリンやジャンの話からピッコロ・テシオを物差しにして、予想していたことが的中した形となり、シンは満足気に頷く。

 ただ、ここらのモンスターが最弱の部類であるだろうことも考慮しておく必要はある。


(まあ、最序盤の町近辺だからなあ)


 モンスターだけでなくこの世界における人間の強さも把握しておきたかったシンは、昼食時に周囲の冒険者の能力も魔法で確認していた。

 見知らぬ人物から能力看破の魔法をかけられれば、最悪敵対行動と認識されてしまう可能性も念頭に置き、隠密魔法行使と偽装魔力の魔法も同時に使用するだけの用心はしておいた。

 これらの対策をしていると、露見した時にはより状況が悪化するのだろうが、幸い感づく者はいなかったようで無事能力の確認を終えられた。

 ニ十人ほど確認し得られたデータとして、レベル二十代前半までに多くの者が該当した。三十代の者は数人程度で、四十代の冒険者は確認出来なかった。

 もっと探せば見つけられたのかもしれないが、シンが知りたかったことは平均がどの辺りにあるのかという点なので、目的を達成した以上発覚すれば面倒なことになるような行いは慎むことにした。


「今日はおしまい?」

「ああ、宿に戻ろう。今日得られた情報の整理もしとかないとならないし」


 エプスノーム北正門からは、王都ロイスコットや港湾都市ファーストマーケットなどを結ぶ街道が整備されている。

 シンがこの世界に現れた場所は街道からやや東に逸れた草原であり、今いる場所は街道から西にある森林の入口であった。

 森林から踵を返し、町へ戻るべく歩を進める最中――


「――きゃああああ!」


 悲鳴が聞こえた。


「シン! 今の」

「向こうだな」


 二人はすぐに悲鳴の聞こえてきた方へ向かうと、間もなくモンスターに襲われている人影をその目に捉えた。

 小鬼のモンスター――ゴブリンが六体の集団で二人の少年少女に襲いかかっている。その中で少年が少女を守るべく立ちはだかり一身に攻撃を受けていた。


「ギィアアア!」

「うあっ! ぐっ!」

「お兄ちゃん! お兄ちゃあん! やめてっ! やめてよう!」


 ゴブリン共の猛攻に必死で耐える兄。防具は装備しているが相手は集団である上に妹を庇い身動きも取れない状態だ。

 防具で護られていない箇所に攻撃を受ける度皮膚は裂け、周囲に赤い血が飛散する。一撃一撃は軽いものだが、この手数の多さでもう立っているのがやっとの様子だ。

 フラフラになりながらも必死で自分を守ろうとする兄の姿に、妹は喉が裂けんばかりに泣き叫ぶ。


「フェア!」

「うん!」


 襲われている兄妹を助けるべくフェアを先行させる。防御と支援に関して言えば、この妖精はエキスパートだ。

 限界が近い少年に対し、ゴブリンの一匹が大きく振りかぶり、殴り倒すべく思い切り拳を打ちつける。


 ――バキン!


 だがその拳は少年に届くことなく、突如両者の間に張られた光の障壁に体ごと跳ね返された。フェアの空間障壁の魔法だ。


「ギィ!」

「こっちよ!」


 突然の出来事に慌てふためくゴブリン共に、腕組みをしたフェアが呼びかけ注意を引く。


「ギイイ!」

「ギャアア!」


 標的を変更したゴブリンの集団が一斉にフェアに飛びかかる。上手く少年から意識を逸らすことが出来た。

 フェアはゴブリン共の攻撃を余裕で躱し、宙を舞い翻弄する。


(そうだ、まだあれ、使ってなかったな)


 シンが思いついたのは、昨日契約を成立させたことで使用が可能となった魔法のことだ。


(適切な場面とは言い難いが試しに一度、使ってみるか)


 目的の魔法を使用するべく魔力を注ぐ。必要とされる魔力が普段使う魔法に比べ、桁違いの量を求められる。

 シンの元々の魔力なら誤差以下であったが、抑制した今の魔力では不十分とはいかなくとも、それなりに必要とされるものであった。


〈召喚――ドビル大空洞の主、ソブリン〉


 召喚魔法が発動したその瞬間、異変が起こった。

 上空――まばらに散っていた雲が集まり渦を巻く。晴天でさほどもなかった雲は明らかにその量を増し、禍々しい風貌へとあっという間に変化していった。


「……は?」


 思いもしなかった異変に呆然とするシンをよそに、黒く広大に変化した渦巻雲は稲光を発し、雷鳴を轟かせる。

 その霹靂に呼応するように、幾何学的な模様を多数備えた巨大な円が、渦巻雲の真下に中央から放射状に広がる形で出現した。


(こんな演出があるなんて聞いてねえぞ)


 ひきつった笑いを浮かべたシンはフェアを見やるが、召喚魔法の概要を把握しているはずの妖精はこの演出に大興奮してはしゃぎ回っている。


「わーー、凄い凄い凄い! ねえシン! 凄いよ!」

「あ、ああ……」


 只事ではない事態にゴブリン共も一匹残らず上空を見上げ、兄妹は身を寄せ合っている――兄の傷の程は深刻なものではなさそうだ。

 一刻として同じ状態になく、絶えず変化を続ける円の幾何学模様。ファンタジー定番の魔法陣のその中心から渦巻雲の中心に向かって光が発せられた。

 魔法陣と雲を繋ぐように伸びた光に引っ張られるかのように、平面だった円が立体へと形を変えていく。そして完全な球体となったその時、無数の亀裂が入った。

 ガラスが砕けるような破壊音を派手に響かせて、円球が粉々に砕け散る。そして中からようやくシンが召喚した人物がその姿を現した。

 黒のジャケットに赤いベスト、白のシャツ、そして首元にはジャボと、どこぞの吸血鬼伯爵を連想させる出で立ちに大仰に両手を広げたポーズ――またか、好きなんだな――で、ソブリンがゆっくりと地上に降り立つ。


「記念すべき初召喚の相手がゴブリンとは……試用ですか? シン様」


 右手を左胸に当て優雅に一礼するソブリン。後ろにモンスターがいるんだが。いや、攻撃されても問題ないのはわかってるけど、絵的にさぁ……。

 当のゴブリン共はこの演出に圧倒され、いまだ混乱から抜け出せていないが。


「ああ、うん、試用はその通りなんだが……ソブリン、召喚魔法って毎回この演出入るのか?」


 何なんだよあの雲は。それに魔法陣は出現しないよう調整したはずなのに……自分で演出の匙加減が決められないのなら使用するのはとても躊躇われるぞ。ていうか、二度と使わない。


「お望みとあらば」

「望んでねえよ!」


 もしかして魔法陣展開の選択肢って被召喚者に委ねられるのか? 調整の意味無いじゃないか。


「ご安心を。魔法陣の情報は書き換えております故、シン様の召喚魔法であると認識出来る者は居りますまい」

「そういう問題じゃねえよ! ていうかこんだけ目立ったら意味がねえよ! 何で魔法陣の情報だけ書き換えるとか無駄に手の込んだことすんの?」

「不可思議な天候と謎の巨大魔法陣。そして発せられた極大なるエナジー。ミステリアスで神秘的だとは思われませんか?」

「お前まさか本当にそれだけのためにこの余計な演出入れたのか?」

「えー、凄かったじゃん」


 シンのクレームに不服の声を上げるフェア。味方を得たソブリンが口元を僅かに綻ばせる。


「フェア様はこう言っておられますが」

「だから目立ちすぎだっつってんだよ! お前絶対わかっててわざとやってるだろ!」

「……はて、お言葉の意味を理解しかねますが」

「こいつ……」


 食ってかかるシンに対し知らん顔を決め込むソブリン。

 この辺りでようやく混乱から落ち着きを取り戻したゴブリン共が、ソブリンを攻撃対象に定めてきた。


「申し訳ありませんが、もう少々お待ちいただけますか」


 ソブリンは飛びかからんとするゴブリン共を一瞥すると、その動きが映像をスロー再生するかの如く鈍化する。時間減速の魔法だ。

 そのまま一蹴してしまえばよいものを、わざわざ難度の高い魔法まで使って時間を稼ぐことには理由がある。

 召喚魔法は使用の際に目的を脳内で定める必要がある。被召喚者はその目的が達成されれば消滅する仕組みだ――召喚者の魔力に相応した時間制限もあるが、シンは充分な魔力を注ぎ込んでいる。

 今回シンは召喚目的をゴブリンの掃討に定めてある。被召喚者はその目的を認知している状態で召喚されるので、ソブリンはゴブリン共を倒せば消滅することを理解しているというわけだ。


「ねえねえ、わたしはまた見てみたいんだけど」

「うん、フェア、ちょっと黙ってような?」

「むうー」


 にっこりと作り笑いを向けるシンに対し、頬を膨らませ不満をあらわにするフェア。


「とにかく、次召喚した時また変な演出入れたら、もう二度とお前は召喚しないからな!」

「おお、何という恐怖政治。彼の帝国皇帝も震え上がることでしょう」

「横暴だ―」

「うるせえ!」


 手を額に当て空を仰ぎ嘆くソブリン。いちいち動作が芝居がかってるなこいつ。ついでに言うとデューロイツ帝国は別に恐怖政治など敷いていない。

 一緒になってブーイングを浴びせてくるフェア共々一喝して話を打ち切る。


「いいからとっととモンスターを倒してきてくれ」

「もうしばしご一緒していたかったのですが、残念です」


 シンは肩を落とし盛大にため息を吐き、気力を失った様子で指示を出す。それを受けたソブリンは肩をすくめつつ、名残惜しそうにゴブリン共へ向き直った。


「お待たせいたしました。それでは――」


 ソブリンは言葉に合わせ腕を一振りすると――


「――黄泉への良い旅路を」


 ――炎撃の魔法が全てのゴブリンを一瞬で焼き尽くした。


「ではシン様、またの機会に」


 そしてドビル大空洞の主は地上に降り立った時と全く同じ動作で一礼し、消滅していった。


「はぁ……」


 余計なことをやってくれた紳士を半眼で見送ったシンは無駄な疲労をどっと感じ、頭を抱えうなだれる。


「あ、あの……助けて下さって、ありがとうございます……」


 おずおずとかかってきた声は、シン達のやり取りを見ながら機を窺っていた兄妹の妹のものだ。


「ああ、大丈夫だったみたいだね。良かった」


 気持ちを切り替え、ソブリンのせいで放置されてしまっていた――本当に悪い奴だ、アイツは――傷だらけの兄の方へ向かう。


〈外傷治癒〉


 治癒の魔法が無数の裂傷を一瞬にして癒し、兄の身体がたちまち健康なものへと戻っていく。


「頑張ったな、ジャン」

「カッコよかったよ、ジャン」

「……やっぱり、フェアとシンさん」


 兄は二人の見知った顔――宿泊先の少年、ジャンだった。妹とは宿での面識がなかったので、今が初対面になる。


「え? お兄ちゃんの知り合い?」

「宿のお客さんだよ、ユイ」

「えっ、そうなの!?」

「シンさん、ちょっといいですか?」

「ああ、色々訊きたいことはあるんだろうが、その前にだ」


 シンは興奮を何とか自制した様子で詰め寄ろうとするジャンを手で制する。


「場所を移そう、ここにいると間違いなく面倒なことになる。話はまた宿でな」


 ソブリンのせいで馬鹿みたいな目立ち方をしたこの場所に調査の人間がやって来るのは時間の問題だ。さっさと退散するに限る。


「……そうですね、わかりました。ユイ、行くぞ」

「あ、うん」

「おー、こいつはビックリだ」


 連れ立って歩き出すところに、知らない声が混ざる。


(もう来たのかよ、流石に早すぎねえか?)


 召喚の演出が起こってからまだ数分程度しか経っていない。たまたま近くにいたのかどうなのか。シンは声のした方へ動揺を表に出さぬように振り返る。

 気怠げではあるがしっかりとした足取りでこちらに近づいて来る男が一人。長身でくすんだ赤髪の青年。その眼がシンへと向けられていた。


「アレをやったのは、お宅かい?」

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