第81話 解かれた封印
主人公 → 薬師 → 主人公
と視点が変わります。
水龍、及び、その上位種である海龍も、この世界において名前と実態が微妙に合致しないものの一つだ。
名前に龍とあるが、それらは龍種ではなく蛇の魔物なのだ。
剣や槍を通さぬ鋼よりも硬い鱗、牙に仕込まれた凄まじい猛毒、巻き付いた瞬間に岩をも砕くほどの剛力、そして、水に棲む魔物固有の水属性や闇系統の魔法を操る、極めて強力な魔物である。
漁船――いや、戦闘用の艦艇であっても、こいつらに遭遇したら、まず勝ち目は無い。
「しかし、グロムフォームの形態となった主の敵ではありませんな」
グランボルグの声が脳裏に響く。
なんというか、こいつはオペレータな位置づけに収まった感がある。
「して、主よ。いかがいたします?」
「小細工は不要だ。正面から叩き潰すぞ」
俺は、グロムフォームにおける最も得意な攻撃法、すなわち、突貫を仕掛けた。
水龍や海龍の群れに突入した俺は、蛇の魔物達を切り裂いていく。
強靱である筈の鱗も、力場を纏わせた衝角にとっては、熱したナイフをバターに入れるようなものだった。
水中を変幻自在に、しかも圧倒的な速さで移動するグロム・フォームに、水龍や海龍達は碌な抵抗もできず、極めて短時間で壊滅した。
そして、その余勢をかって、数十メートルの巨体を持つ大海魔へと突き進む。
蛇の魔物が硬い鱗で身を護っているのとは異なるベクトルで、大海魔の場合は強靱かつ弾力に富んだ皮膚で身を鎧っているわけだが、グロム・フォームの衝角の前には同じことである。
だが、さすがは大海魔と言うべきか、俺が接近する前に、その嘴から墨ならぬ魔力の闇を吐き出してきた。
「主よ、あれは魔力で形成されたブラックホールのようなものです。捕らわれれば、極鮫といえども、無事では済みません」
グランボルグが現在用語混じりに発した警告もむなしく、驚くべき速さで展開した闇は、俺に回避する暇を与えなかった。
「完全に囲まれましたな。脱出路はありませんぞ」
「無けりゃあ、造るまでだ」
だが、むざむざと捕らわれる〈装魔の勇者〉ではない。
俺はベルトを操作して、ローグ・フォームへと変化した。
ローグ・フォームは水中に特化した化身ではないが、全く水中で活動できないというわけではない。
これはグロム・フォームが陸上でも活動できるのと同様である。つか、究極上位種にとって、陸海空の区別は得手不得手以上の意味を持たない。
そして、ローグ・フォームの武器であるブレスを全方位に向けて発射する。
真龍が放つ灼熱の輝きは、大海魔の放った闇をズタズタに切り裂いた。
魔力の闇を無効化したところで、ブレスを放つのを止める。
水中でこんなものを野放図に使っては、水蒸気爆発で俺自身にもダメージが及んでしまう。
俺は再びグロム・フォームに戻ると、大海魔を後回しにして、魔物の軍勢を運んできた船団へと向かった。
すると、船団の直衛と思しき水棲馬や怪蛙、水虎などがわらわらと出てくる。
ちなみに、水虎は虎というより河童に近い外見で、これも名前通りの魔物ではないが、それはともかくとして、どれも浅い海辺や湖に出てくる水棲系の魔物で、極鮫にしてみれば、文字通りの雑魚である。
「主よ。雑魚といえども、これほど数が多いと衝角で切り裂くのは面倒ですな」
「そうだな。数には数で対抗するか」
グランボルグの問いに同意しつつ、俺は無数の氷槍を生じさせ、一斉に放った。
言うなれば、散弾銃で斉射するようなものであっただろう。
水龍などと異なり、さほど強靱な装甲を持たない水棲系の魔物達は、広範囲に射出された氷槍から逃げることもできず、次々と貫かれ、撃沈していった。
ついでに、それらの背後にあった船団も、船底に穴が開き、乗っていた陸戦隊とも言える魔物達が水中に放り出されていく。
放っておいても大半は溺死するかもしれないが、そこは魔物である。
「念の為、止めを刺すか」
「いえ、水中都市の護手である魚人達が、大海魔を迂回して接近しております。そちらに任せましょう」
上位猪鬼や赤帽子なんかの上位種もいたようだが、陸の魔物が水中戦闘で魚人にかなう筈もない。
グランボルグの助言に従って、ここは魚人達に任せることにして、俺は大海魔へと向かった。
◇◆◇
光の幕に映じた〈装魔の勇者〉の戦いぶりに、私――オリヴァーは、さすがに唖然とした。
「わかっていても……これは凄まじいな」
「水龍とか海龍なんか、ほとんど瞬殺でしたね」
「大海魔の闇をあっさり引き裂くとは、さすがは真龍です」
カーヤやトゥーラ達も、感嘆の念を禁じ得ないようだ。
おそらくは奇襲軍の主力であったであろう、船に乗っていた陸の魔物達も、魚人達によって次々と屠られていく。
「それなりに上位種もいるようだが……はて、上陸組に獅蠍並みの魔物はいないのか? それに、大軍ではあるが本隊にしては数が少ないな」
「たぶん、先遣隊といったところなのでしょう。この『海』を通っての侵攻は魔軍にとっても初めてでしょうから、様子見と橋頭堡の確保が任務ではないかと」
思わず口に出してしまった疑念に、トゥーラが反応する。
「ふむ」
私としても彼女の意見を否定するものではない。
日常生活では脳筋以外の何ものでもないが――例えば、プレニツァの宿屋でコウイチの介護をした時など、果物を握り潰してジュースをこしらえたまでは良いとして、その材料が雑多で種や皮もごちゃ混ぜだったので、栄養はともかく味と匂いは生ゴミと大差ないものだったらしい。
当時、王族としての何もかもを捨てて宿屋の女将をしていたアナベラ王太后は、それを見かねて世話を焼いてくれたようなのだ。
まあ、それはともかく、さすがにブラーシュ騎士団の団長だけあって、純軍事的なセンスは見るべきものがある。
たしかに、彼女の言うように、侵攻路を確認もせずに、いきなり主力を送り込むのはリスクが大きい。
「しかし……確認というか、偵察や下調べ程度であれば、あれだけの軍勢で無くとも少数を事前に送り込んでおけば良いのではないかな?」
偵察にしては数が多すぎるし、主力にしては陣容と数が見合わない。
どうにも釈然としないものを感じていると、光の幕の映像に『それ』が見えた。
「マルタ! あの、船の残骸を拡大してくれ」
咄嗟に口に出した私の願いに応え、〈ホルス〉が『それ』を――見覚えのある術式が一部に刻まれた魔法陣を大きく映しだした。
「ローラの魔法具にもあったな。おそらくは大規模な転移の魔法陣だ。なるほど、魔軍主力の移動手段は、あれが本命か」
トゥーラの言うとおり、あの船団は橋頭堡の構築が目的――いや、橋頭堡そのものだったようだ。
獅蠍のように、自身の魔力で転移することも不可能では無いが、やはり、相応に数が限られるのだろう。
その点、術式を刻んだ魔法陣を転移先に運び込んでおけば、さらに効率の良い兵力移送が可能だ。
「あんなものを製造していたり、大海魔のような大物の水棲系の魔物がいたり、どうも〈光輝の勇者〉が得ている情報と、その実態には乖離があるようだな」
「あるいは、光属性魔法で欺瞞しているのやもしれん。あれだけの軍勢なら、それくらいの芸当を持つ魔物が力を合わせれば何とかなるじゃろ」
今度はノインが意見を述べる。
たしかにあり得ることだ。しかし、その為には、一つの条件がある。
「だとすると〈光輝の勇者〉の能力や特性を把握する必要があるな。まさか、魔軍の密偵が人間社会にいるのか?」
妖魚や妖鳥など、人間に擬態する魔物は珍しくもない。
大半は見よう見真似というか、不完全に形状だけを似せたシロモノだが、相応の魔力を備え、狡猾な知性を持つ魔物がいればあり得ない話では無い。
しかも〈光輝の勇者〉について、その能力を知悉しているとすれば、かなりの上層部に食い込んでいることも考えられる。
「これは……監史あたりに警告すべきか」
気が進まないが、伝手が無いわけではない。
まあ、パトリック兄様あたりを窓口にすれば、何とかなるだろうか。
そこまで考えた私は、一つの可能性に行き当たり、それを断念せざるを得なかった。
「人間態を取る魔物……か。人間から魔物めいた姿となる〈装魔の勇者〉との違いを、どう説明すればいい?」
コウイチだけではない。ノインもそうだし、トゥーラやカーヤ達の、〈鋼龍の騎士〉や獣人も知らない者からは同じ括りに見られるだろう。
「ふむ、アナベラ王太后かクラウディア男爵夫人に相談だな」
どう考えても結論が出なさそうだったので、私はあっさりと棚上げすることに決めた。
その時にノインの訝しそうな声が聞こえたのも、思考を中断するきっかけとなったのだが。
「ん? あの大海魔は、何をするつもりじゃ?」
顔を上げると、〈ホルス〉の映像の中で、大海魔が水中都市でも〈装魔の勇者〉でもない、全く異なる方向へと魔力の闇――全てを喰らう闇と言われる餓闇を吐き出しているところだった。
「まさか!? あの辺りにはダンガーが封印した『あれ』が……」
アハトの緊迫した声に、ノインやトゥーラ達は、闇が放たれた先に視線を向けたようだった。
そこには、何か巨大な結晶のようなものが海底に埋まっており、餓闇は、それを浸食し始めていた。
だが、私の意識はコウイチに向けられていた。
彼は極鮫の形態から、あのグランボルグへと化身を変えているではないか。
いや、グランボルグを器として、再び別の形態をとろうとしているのだ。
「あれは……」
私の脳裏に、ある碑文の図が浮かぶ。
たしか、南方諸島群の漁猟民族で構成された小国のセケドにおいて発見されたものだったはずだ。
彼の地の伝承によれば、海神とも水の支配者とも言われる、その存在は、確か大洋皇と呼称されていなかっただろうか。
◇◆◇
グランボルグやグロムが発した最大級とも言える警報に従い、俺はグランボルグを器とするヴァルナ・フォームへとチェンジすることにした。
グロムフォームも『鮫』とは言いがたい形態だったわけだが、ここまでくると、その片鱗すら無くなっている。
グランボルグという『鎧』を器にした為か、どうやら甲殻類をイメージさせる意匠となっているようだ。
そして、亜空間から専用装備を取り出して右腕に装着する。
「うーん、巨大なハサミって感じだな」
むろん、それはハサミではない。似たような動作はするものの、用途としては全くの別物である。
だが、ますますカニとかエビになった気分になった俺は、なんとなくぼやきたくなった。
そんな俺に、グランボルグが注意を喚起した。
「封印が解けますぞ。油断めさるな」
水中都市の膨大な魔導資源を投じた成果である封印の結晶が、大海魔の放った魔力のブラックホールによって、ついに食い破られた。
そして中から姿を現したものを見て――俺は、慌てて目を逸らした。
「主よ。何をしておられるのですか」
グランボルグの声に呆れたような響きが混じる。
「だって、しょうがないだろう」
中から出てきたのは巨大な魔物などではなく、なんとアハトの分身体、それも何の衣服も着けていない状態だったのだ。
つか、何でアハトの分身が封印されているんだ?
「どうやら、実装試験体の肉体を使うことで、制御を試みたようですな。もっとも、召喚媒体の資質が足りないのか、不完全なようですが」
つまり、ダンガー老人は魔導資源に加えてアハトの分身体まで利用したのか。
「召喚体は龍族――百頭龍でしょうか。真龍の亜種ですが、主が召喚した天龍族とは雲泥の差があります。しかし、封印の術式……いや、それ以外の術式もありますな。それらの影響と実装試験体との融合で、だいぶ厄介な変質を起こしているようですぞ」
淡々とグランボルグが解析結果を報告しているようだが、要するに、ダンガー老人は召喚した百頭龍を、結果として魔改造したってことじゃないか。
そのアハトの分身体は全身から魔力を放ち、それが鎧のように裸身を覆っていった。
おかげで、やっと直視できる。
だが、見かけこそ若い女性――通常サイズの人間でしかないが、その内部に龍族の力を秘めた、非情に危険な存在には違いない。
むしろ、膨大な龍族の力が圧縮されているせいで、危険度はアップしているとも言える。
「そうですな。桁違いの、〈氷雪の勇者〉に匹敵しようかという水属性魔法を持っているようですから、さしあたり水天女とでも称しますか」
グランボルグが勝手に命名している。
まあ、本来のアハトと区別する為にも、俺に異論は無いわけだが。
その水天女が周囲で蠢く闇に視線を向けると、それらが完全に凍り付いた。
「驚きましたな。エントロピーとエンタルピーが、ほぼ零となりましたぞ」
解説してくれているグランボルグだが、俺の記憶にある現代用語を使えば良いというものじゃあない。
ネット情報を斜め読みしただけとか、眼に触れただけってものもあるんだ。
「……もう少し、わかりやすく言ってくれ」
「つまり、完全停止状態と言いますか、エネルギー的な絶対零度と言うべきでしょうか」
俺とグランボルグで、そんなやり取りをしていると、さすがに身の危険を感じたのか、大海魔が逃げようとしていた。
つか、自分で封印を解いておいて、なんて無責任なやつだ。
しかし、それがかえって注意を引いたようだ。
水天女が膨大な魔力を乗せた視線をむけると、その怪獣めいた巨体が瞬時に固まってしまった。
「あの巨体の全エネルギーが一瞬で最低状態となり、完全停止しました。これは、かの蛇女魔を上回る凄まじさですな」
要するに石化の魔法というわけだが、ここまでくると伝説級と言っていいだろう。
グロムやグランボルグが最大級の警報を発するだけのことはある。
「なんとか、平和的な交渉ができないかな」
「明確な意識は無いようです。おそらくは、動くものに反応しているのかと」
だとすると、こちらがじっとしている間は大丈夫か。
グランボルグを器とする化身で、その力の強大さはさておき、若い女性の姿をしている水天女と戦うのは、正直なところ、気が進まない。
なるべくなら敵対したくはないという思いから、刺激しないように大人しくしつつ、俺はふと疑問に思ったことをグランボルグに尋ねてみた。
「あの水天女が〈氷雪の勇者〉に匹敵するとか言ってたな。じゃあ、相沢のやつも、あんな石化魔法が使えるのか?」
「いえ、〈氷雪の勇者〉の場合、多彩な魔法を使いますゆえ、少し難しいかと。逆に水天女の方はあれ以外は使えないでしょう」
つまり、特化しているがゆえの超絶レベルな石化魔法ということか。
まあ、それより、もっと優先すべき事項があったな。
「それで意識を取り戻したら、交渉は可能か?」
「意識の主体が何か、によりますな」
「と言うと?」
「純然たる百頭龍ならば、真龍の威をもって下すこともできましょう。そうでなかった場合は厄介です」
「百頭龍でなかったら、どうだというんだ」
「アハトなる実装試験体、あるいは、水中都市の管理頭脳ということになりますゆえ」
グランボルグの応えは、俺には意外だった。
むしろ、そちらの方が論理的に話し合いができそうな気がするのだが。
「お忘れですか。オリヴァー様が水中都市の破壊云々を口にしたことを。交渉における手練手管の類いと了解しておりますが、建前としては、脅迫、つまり、敵対していたのですぞ」
「あ……」
そう言えば、そうだった。いや、その後、取引したんじゃなかったか。
「取引の条件である魔軍の迎撃ですが、筆頭というべき大海魔を斃したのは水天女ですからな」
言われてみれば、その通りである。
しかし、ここまで口の回るやつだったのか。
俺はグランボルグに対する評価をあらためることにした。
ただ、言われっぱなしでは少し口惜しいので、別の質問をぶつけてみる。
「それにしても、大海魔は、なんで水天女の封印を解くような真似をしたんだ? 結局それが原因で自滅したようなものじゃないか」
「それは……」
さすがにグランボルグも答えあぐねている様子だった。
その時、ただ水中で遊弋しているだけだった水天女が、不意に苦しみだした。
「何だ!?」
両手で頭を押さえるようにして、何事かを呟いているようだ。
水の中ならグロムフォームやヴァルナ・フォームの感覚は、ローグやザガード並みの性能を発揮する。
俺は、その聴覚レベルを引き上げ、言わば耳を済ませた状態になった。
「偉大なる御方の命に従えだと。そのような者は知らぬ。我は……我はアハト……いや、水中都市の管理頭脳……違う、それでも無い。誇りある龍族の……我は……我は、何だ?」
水天女の口から漏れ出ているのは、意味のわからぬ言葉の羅列である。
「いったい、どうしたんだ?」
「主よ。あれは、おそらく精神干渉を受けております」
「精神干渉!? 誰が?」
「わかりませぬ。かなり距離があるようですが……まずい、暴走しそうです」
水天女が吠えた。
そして、水中都市の方向を、凄まじい目付きで睨む。
「我を惑わせる元凶は、こっちか!」
そう言えば、アハトは記憶や意識を共有する分身体だった筈だ。
加えて、水中都市の管理頭脳とも人格を融合しているという、ややこしい状態だ。
おそらくは、そうした諸々が、アハトの分身体を取り込んだ水天女にとって、精神干渉の元と錯覚させているのかもしれない。
このままでは、水中都市が、ひいては、オリヴァーさん達が危ない。
俺は逡巡することも無く、水天女の前に立ち塞がったのだった。
次回
『第82話 白亜の街』
11/3 0時 更新予定




