第80話 魔軍の奇襲
主人公 → 薬師の視点となります
ちょこっと短いです
太古のオムー文明より現在に至るまで命脈を保っていた水中都市。
そこに蓄えられていたという魔導的な資源は、極めて膨大なものだった筈だ。
だが、百年前に現れた一人の召喚術師によって、それらの大半は費やされてしまったのだ。
「なるほどな。才能もあったのだろうが、オムー文明の遺産を、それも結構な量を使ったとなれば、鷲獅子はむろん、相当レベルの上位種を召喚できた道理だな」
オリヴァーさんが、何やら納得したと言う風情でうなずいている。
「それで、ダンガーとやらは、最後に何を召喚したのじゃ?」
とノインが当然の疑問を口にする。
だが、アハトはゆっくりと首を横に振った。
「わからぬ」
なんでも、召喚した直後に「やっちまったあああ!」とか、何とか叫んで、直ぐさま封印したのだそうだ。
つか、当初、あの老人に感じていた、威厳とか高貴な雰囲気とかのイメージが、がらがらと崩れていくんだが。
「むしろ、封印に費やした資源の方が大きかったぞ。あまつさえ、我の……」
その時、何事かを言いかけたアハトと、もう一人のアハトが、同時にはっとした表情で、地底に広がる海の、その遙か彼方を見た。
「何だ?」
水中都市の放つ灯りのおかげで俺達の周囲は明るいが、逆に光が届かない先は闇に閉ざされている。
だが、俺の肩から顔を出している飛龍もどきは、光量不足や距離の障害をものともせずに、遙かな沖合から接近してくる『それ』を見つけたのだった。
「棘の生えた蛸??」
しかも、巨人族並みのサイズのようだ。
首を傾げる俺の呟きを打ち消すように、二人のアハトが口々に叫んだ。
「大海魔だ! なにゆえ、あんなモノが!?」
「それ以外にも、水龍や海龍の群れが押し寄せてくる。しかも、魔物の大軍を乗せた船団を牽引しているだと!? あれだけの魔物が、いったい、どこから現れたというのだ」
魔物達に造船技術があったことには、俺もびっくりだが、小鬼なんかは剣なんかの武器で武装するし、うちの大鬼もどきのような例もあるので、船大工な魔物がいても不思議は無い。
俺は何となく納得してしまったが、それを聞いたオリヴァーさんは、何かに気づいたように美しい眼を見開いた。
「そうか、カラクルに集結した魔物の軍勢だ! どうやってアハンガラン山脈を踏破するのかと思っていたが……」
獅蠍が引き連れた軍勢が大敗したにもかかわらず、まるで後続が無い。
ここに来る前に議論をしていた、魔軍の動向に関する最大の疑念について、その答えを得たようだ。
アハトに確認するように尋ねていた。
「この『海』はアハンガラン山脈の地下の、その向こうまで続いているのか?」
「そうだ。オムーの中心地からここまで機材を運ぶのに、アハンガラン――かの大防壁を穿って道を造るより効率的だったからな。土属性魔法と水属性魔法の魔導技術者を投入して拡張したのだ」
オリヴァーさんの問いに、アハトの一人が応えた。
もう一人の方は、どこからか取り出した魔動具で、何やら慌ただしく連絡を取っているようだ。
(ふうん、こういう忙しい時、分身がいると便利だな)
などと、つい俺は、呑気なことを考えてしまったが、そんな場合ではなかった。
魔物の軍勢が、とうとう本格的な攻勢をかけてきたのだ。
麗香の――〈光輝の勇者〉の偵察軍事衛星並みの能力をもってしても、地下を侵攻する敵を察知できる筈も無い。
つまり、俺達が気づかなければ、人間側にとって、これは完全な奇襲になったことだろう。
してみると、獅蠍が率いた軍勢は、じつは陽動だったのかもしれない。
「ふむ、三百年前は、この『海』に気づかなかったようだが……いや、なるほど、ダンガーがやらかしたせいか……」
などと、この状況でも、いつも通りにブツブツと呟き始めたオリヴァーさんに、アルバーノ氏が焦った表情で話しかける。
「な、何だか、やばそうじゃねぇか。逃げなくて良いのかよ」
「地上に逃げても無駄だよ。運ばれてきた魔物の軍勢に蹂躙されるだけさ」
一方のオリヴァーさんは、まったく泰然としたものである。
そして、何事かを考えている様子で〈赤い館〉の面々を見回した。
「付き合いも浅いし……マルタやカーヤ、エッカルトのようには、さすがに無理だろうねぇ」
意味不明な事を呟いたオリヴァーさんは、俺に向かって言った。
「シャンドラの連中を眠らせて貰えるかい」
「な!?」
その言葉に抗議しかけたアルバーノ氏達だったが、瞬時に俺の装備から飛び出した数本のドレイグの触手が、先端の麻酔針を突き刺すと、即座に意識を失ってしまった。
そのまま倒れて頭などを打ち付けないよう、ブラーシュ騎士団の女性達が素早く抱き留める。
アルバーノ氏などは、女性騎士の豊かな胸元に顔を埋める格好となったわけで、少し羨ま……いや、そんなことは無いぞ、うん。
飛び出したドレイグの触手は、次の瞬間には引っ込めたし、ナノサイズの細さだったから、傍で見ていても何が起こったかわからなかっただろう。
厳密には妖精猫は一部始終を察知したのか、隠れるどころではなさそうで腰を抜かしていた。
アハトの一人が訝しげな視線で、いきなり昏倒した〈赤い館〉の面々を見たが、些事と考えたのか、直ぐに迫り来る魔物達に向き直っていた。
そうしている間にも、アハトが護人と呼ぶ魚人の集団が、迎撃の為に沖合に向かって行く。
「資源さえあれば『鋼の護人』も動員できるのだが……ダンガーの奴め」
口惜しげなアハトの言葉の中に、何か引っかかるものを感じたが、俺を呼ぶオリヴァーさんの声に、そちらは後回しにすることにした。
「あー、コウイチ。我々は未曾有の危機に直面している」
まるで緊迫感の無い口調で、オリヴァーさんは言った。
「さて〈七大の勇者〉は先の戦いで、獅蠍が率いた魔物達を見事に殲滅した」
「はい」
「だから真の勇者であるコウイチも、彼らに負けてはいられないぞ」
そんなオリヴァーさんの表情を見て、俺はようやく気がついた。
オリヴァーさんに焦燥や危機感が微塵も無いのは、俺への――〈装魔の勇者〉に対する信頼の証なのだ。
「ここの護りは妾に任せるが良い」
亜空間から巨大な戦斧と牛頭の仮面を取り出しながら、ノインが大きな胸を張る。
「なに? 九号は出ないのか」
アハトが訝しそうに聞いてきた。
ノインの化身の能力に、じつは密かに期待していたようだ。
その機を逃さず、オリヴァーさんが取引を持ちかけた。
「では、あの魔物達から水中都市を守り抜いたら、我々を中へ案内してもらえないかな?」
アハトは少し逡巡したようだが、直ぐに、しっかりとうなずいた。
「良かろう。どのみち、このままでは水中都市も無事には済まぬ。役に立ってもらうぞ」
「よし、契約成立だ」
オリヴァーさんは満面の笑みを浮かべた。
だが、それでも動こうとしないノインに、アハトが詰め寄った。
「どうした。さっさと化身に変化して迎撃に向かえ」
水中都市の管理頭脳も、この状況では冷静を保つのは難しいようで、無機的であった表情に、焦燥を感じさせるものが浮かんでいた。
だが、ノインはすました表情で、ぬけぬけと言ってのけた。
「妾の聖双角は水中が不得手での。じゃによって、妾はこちらに上がった奴を叩くつもりじゃ」
「なんだと!? 約定したばかりではないか!!」
「慌てるな。妾より、もっと役に立つ奴がおる」
魔法陣を裏返してベルトを装着した俺を示しながらノインが言うと、アハトの表情と口調に、ついに怒りにも似たものが滲み出てきた。
「ふざけておるのか。先ほどサーチしたが、あの男は何も持たぬ只人ではないか。お主らの中にいるのが不自然なくらいじゃ」
なるほど、それで俺を見た時に怪訝そうにしていたのか。
「貴様の『眼』も当てにならんな。分体を繰り返して見かけこそ若さを保っているようじゃが、さすがに老いたかのう」
「なんだと!」
なんだか喧嘩になってきたようだが、まあ、女同士の――特に年齢絡みの争いには関わらない方が無難である。
俺は最後の仕上げとして、ナポレオン級まで熟成したブランデーの瓶を亜空間から取り出し、一気にラッパ飲みした。
「あー、そのう、少しは残してほしいかな……」
オリヴァーさんが何事かいっているようだが、酩酊し始めた俺の耳には入ってこない。
その代わりに、グランボルグの陰々とした声が脳裏に響いてきた。
「主よ……」
「こら、お前の出番は、まだだぞ」
出てこようとするグランボルグを牽制……つか、飼い犬に「お預け」と言っている気分なんだが、それはともかく、俺はこの局面に最も相応しいやつの名を叫んだ。
「出でよ、グロム!!」
そして、臍下丹田に、馴染みになった感覚が炸裂する。
◇◆◇
私――オリヴァーが、極鮫の形態を取った〈装魔の勇者〉を見るのは、じつは、これが初めてだった。
筋肉質な長身ではあるが、神鬼形態や皇獣形態よりは、やや細身であろうか。
全身を鱗が覆っているのは、真龍形態と同じと言えなくも無いが、鱗一つ一つのサイズが小さい為、鎖帷子のように見える。
背中、及び、腕の外側とふくらはぎの部分にヒレのようなものがあるが、一番の特徴は長大な角だろう。
頭部の造形は面当てを下ろした兜と言った意匠だが、その額から伸びているのは、槍と言うより、やや反り身のある片刃の剣と言った方が近い形状のものだった。
「ふうん、どう見ても『鮫』と言う感じがしないなあ」
「呼称の由来は、形状ではなく『水界の狂戦士』とも言われる獰猛な戦いぶりからきておるゆえな」
つい漏らした余計な一言に、律儀に答えたのはノインである。
そして、アハトは、それまでの無機的な態度が嘘のように、二人揃って愕然とした表情を浮かべている。
「ま、まさか……」
「〈魔を鎧いし者〉だと!?」
そんな私達が見守る中、極鮫はするりという感じで水中に飛び込み、直ぐさま、その姿は見えなくなった。
と同時に、広大な港の空間を埋めるようにして〈北〉と〈西〉、そして〈東〉の、三体の巨骸兵が出現する。
ノインや他の面々を信じていないわけではないが、念の為に残したのだろう。
「タ、巨人族!?」
「い、いや、違うのか」
二人のアハト、ひいては、水中都市の管理頭脳もだいぶ混乱しているようだ。
それはともかく、〈オスト〉を出してくれたのはありがたい。
この単眼巨人を素体とする巨骸兵には、ローラが特に偵察用の機能を持たせているのだ。
それは、言うなれば操者として登録されているマルタの、『眼』を増幅させる仕組みである。
「マルタ、頼めるか」
「コウイチの探査でしょ。了解よ」
マルタが手招きすると〈オスト〉が跪き、更にその巨体をかがめた。
すると女冒険者は、危なげない動きで、巨骸兵の肩へするすると登り上がった。
彼女が巨骸兵の側頭部付近に手を当てると、その顔面中央に横長いスリットが開き、研磨された黒曜石のような部分が露出する。
そして、マルタが何かに集中するように目を閉じた。
Aクラス冒険者にも匹敵すると言われる『眼』が閉ざされると同時に、そのスリットの中央部分に、まるで目を見開くように丸い輝きが灯る。
素体となっている単眼巨人の素顔は、巨大な眼球に鼻孔や口が付いているようなシロモノだが、その強大な眼球を中央に集約したような造形と言うべきか。
これがローラが持てる才能を駆使して作り上げた、マルタの『眼』を増幅する特殊魔法具〈ホルス〉である。
単眼巨人を素材として、光属性魔法と空間魔法を組み合わせた術式を装備するこれは、地中や水中といった、光の届かない場所まで見通す、『神の眼』ともいうべきものだ。
未だに実態の分からぬ〈禍神の使徒〉をいち早く察知する目的で造らせたのだが、水中へと潜航したコウイチを追いかけるには、これ以上の魔法具はあるまい。
これを使用している間、〈オスト〉は身動きできなくなるが、今の状況ならば問題ない。
「マルタ、映像を出してくれ」
かの〈光輝の勇者〉は遠く離れた場所の景色を、その卓越した光属性魔法によって目の前に映し出すことができるそうだが、〈ホルス〉にも同様の機能がある。
中空に大きな「光の幕」ともいうべきものが生じると、そこに〈ホルス〉が捉えた映像が生じた。
それは、水中を信じがたい程の速度で進み、未だ遙かな沖合にいる大海魔達へと肉薄する極鮫の姿だった。
その後ろに展開しているのは水の魔法陣だろうか。
シャルロッテが、綺麗な眼を丸くして言う。
「もう、あんなとこまで……」
「これは凄い。まるで矢のような動きですね」
トゥーラも驚嘆している。
「水界の狂戦士、矢の如き……とは極鮫を謳ったものじゃが、まあ、これを知っておるものは妾くらいかの」
ノインが少し寂しそうな口調で呟いた。
だが、その傍らにいたアハトが反論する。
「聖典の一節くらい、我も知っておるわ。いや、その現物も水中都市には残っておる。図書とは名ばかりの与太話しか無い、どこぞの試作品とは違うぞ」
「なんじゃと! 喧嘩を売っておるのか」
今のは公平に見てアハトが一言多かったと思うが、さすがに、この局面で実装試験体同士の揉め事は勘弁して欲しい。
「ノイン、あまり騒ぐと、蘭苺――イチゴを減らすよ」
「ぐぬぬぬ」
「その代わり、大人しくしているならメロンもつけよう」
「わかったのじゃ」
至極、あっさりと言うことを聞いてくれる。
やはり、あの果物は重要戦略物資には違いない。
「イチゴ? メロン? なんだ、それは。食い物か?」
聞き慣れない単語にアハトが疑念を持ったようだ。
それを聞いたノインの顔に、勝ち誇ったような表情が浮かぶ。
「ふふん、教えてやらん。いや、匂いと妾が食すところは見せてやらんでもないぞ」
「なんだと!?」
見た目こそ今は十代後半だが、振る舞いは幼児そのもの……いや、よくよく考えれば、生理年齢は五歳にも届かないのか。そんなノインと同レベルに見えるのだから、アハトと言う実装試験体の精神年齢は推して知るべしというべきか。
あるいは、管理頭脳と統合された時点で、精神的な成長は止まってしまったのかもしれない。
――今はそれどころではなかったな。
私は〈ホルス〉が映し出す、遙かな沖合の光景へと視線を戻した。
大海魔の前に出てきた水龍や海龍の群れと〈装魔の勇者〉の、水中での戦いが始まろうとしていた。
次回
『第81話 解かれた封印』
10/27 0:00 更新予定




