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第79話 水中都市のアハト

「まあ、あれは調査用というより、追尾用というべきかな」


 とはオリヴァーさんの、大蝙蝠ダァグなる召喚獣に対する評価である。

 伝書鳩ブリフターベもそうだが、この世界の名称を字面のままで受け取ると、とんでもない勘違いをしそうだ。

 その大蝙蝠ダァグと呼ばれる召喚獣は、いわゆる蝙蝠フレーダとは全く異なる存在で、サイズこそ名前の通りに大きめだが、光属性魔法による光学迷彩を纏った、言わば完全に透明な姿なのだそうだ。


蝙蝠フレーダのように、ある種の、我々の耳には聞こえない音を発して、その反射を捉えるというシロモノでね。逆に言うと、それ以外の能力は皆無だ。使いどころの難しい召喚獣だよ。妖精猫ケットシーのような、使い勝手の良い召喚獣とは真逆だね」


 その妖精猫ケットシー、つまり、〈赤い館〉所属の冒険者にして召喚術師でもある少女シモーヌの召喚獣エマは、先ほどから〈拳の砦(フォストフォート)〉への入り口を探している。

 その入り口が見つかるまでの時間、休憩がてら雑談に興じていると、そういう次第なのだ。

 いや、雑談と言うよりも、トゥーラさんも交えての議論と言うべきかも知れない。


「だから、大蝙蝠ダァグは不向きかな」


 議論の主題は、アハンガラン山脈の向こう、カラクルに集結した魔軍の動向だ。

 獅蠍マンティコアが軍勢を率いて攻めてきた、その狙いが分からないんだそうだ。

 盾の城塞(シルトブルグ)で重傷を負った見張りの兵士に手当した時、口のきける状態にあった者から、その戦いの経緯を聞いたのだが、それによると、赤帽子レッドキャップを潜入させるなど「賢者たる猛獣」の異名を取る獅蠍マンティコアに相応しい、じつに狡猾なものがあったようだ。


「戦術面では、見事というしかないね。結果から見ると、自身を死に体に追い込み、軍勢の大半を囮にして、〈七大の騎士団〉の主力を遠ざけた間に盾の城塞(シルトブルグ)へ奇襲をかけたわけだ」

「たしかに。我々の到着が間に合わなければ、〈七大の騎士団〉はバスルにおける拠点を失っていましたね」


 オリヴァーさんの分析に、トゥーラさんも同意する。


「しかし、戦略という観点では納得がいかない点が多いね」


 オリヴァーさんが難しい顔で腕を組む。


「優れた戦術を駆使したとはいうものの、全体として見れば、獅蠍マンティコア軍が突出しただけだ。その後に続く軍勢が無いのは不自然極まりない。このままだと、兵力の逐次投入ということになる」

「しょせんは魔物ですから、そんなものではないでしょうか」

「魔物の上位種には獅蠍マンティコアよりも優れた知性を持つ個体もいる筈だ。少なくとも、そのような愚策は採らないだろう」


 トゥーラさんの楽観的な意見を、オリヴァーさんは即座に否定した。


「それに、転移魔法を使えるのが獅蠍マンティコアだけとは限らないだろう? うーん、どう考えても、後に続く軍勢が――少なくとも、これだけの時間を置いても、動きが無いのは不可解としか言いようがない」


 だから調査用の召喚獣を派遣して、〈光輝の勇者〉の上空からの映像だけではない、詳細な情報収集ができないものか、と言うのがオリヴァーさんの意見なのだ。

 ふと、俺は疑問に思って尋ねてみた。


「オリヴァーさんなら、どうします?」

「私なら、時間差を置いて一気に全軍を投じるね。緒戦を勝利して、連合軍が弛緩しているだろう、今のタイミングがベストかな」


 オリヴァーさんの回答は極めて簡潔だった。


「まあ、アハンガラン山脈を大軍が越える手段と、その移動を〈光輝の勇者〉に気づかれない方法が必要だけどね」


 そんな議論にも加わらず、手持ち無沙汰と言った風情だったマルタが、少し苛立たしそうに潜めた声で話しかけてきた。


「ねえ、いつまで待つつもり? そろそろ日が暮れるわよ」

「もう少し、かな。さすがに彼らの面子を潰すわけにはいかないだろう」


 オリヴァーさんも声を潜めて返答する。

 どうやら、マルタの『眼』は既に入り口を見つけているようだ。

 それは俺の装備に潜むローグとザガードのコンビも同様で、ものの数分で見つけてしまっていた。

 だが、調査と探索を専門とする〈赤い館〉の顔を立てるというオリヴァーさんの配慮で、彼らが気づくのを待っているのだ。

 とはいうものの、魔物の戦略を議論して過ごすのも、結局は情報が少なすぎて推論を重ねるだけということになる。

 それに、まるで見当外れのところを探しているシモーヌと妖精猫ケットシーに、正直なところ俺もイラッとしていた。


(ああ、もう、そこじゃない。後ろだよ。シモーヌ、後ろ、後ろ)


 俺の苛つきをくみ取ったザガードが、肩口からひょこっと顔を出し、人間の耳には聞こえない音域で低く唸った。

 それを聞いたらしい妖精猫ケットシーはビクリとすると、慌てて今まで探していた場所から後ろへと回れ右した。


「ちょっと、エマ、どうしたの……って、あ!?」


 林立する岩柱の一つに飛びついたエマが前足でその表面を削ったのを見て、シモーヌが驚きの声を上げる。


「鍵の魔法陣!? 間違い無い、ここが入り口だわ」

「よくやったぞ、シモーヌ、エマ」


 アルバーノ氏は満足そうな表情を浮かべてうなずくと、オリヴァーさんの方を振り返った。


「これで依頼のひとつは完了ってことでいいな」

「もちろんだとも」


 俺の方をチラッと見たオリヴァーさんは、しかし、すました表情でアルバート氏に首肯して見せた。

 そして、シモーヌと入れ替わるように、学者のような雰囲気のコルラードが、その鍵の魔法陣を調べ始めた。


「三重と六式の封印書式。当時は厳重な部類だったんだろうけど、今のものと比べると暗証番号ケンヴォルトを探り当てるのは簡単だね……と、これだ」


 聴診器を思わせる魔動具らしきものを当てていたコルラードは、魔法陣に描かれた紋様を一定の順番で指でなぞった。

 すると、その石柱がゆっくりと動き、下へと続く階段が現れる。

 古代の前線基地とも言うべき〈拳の砦(フォストフォート)〉へと続く、それは通路だった。



    ◇◆◇



「……元々、損壊が激しかった文書だったからな」


 形の良い顎をしなやかな指で撫でながら、オリヴァーさんは困惑したような声で言った。

 それもそうだろう。

 地表から、三刻ほどの時間をかけて階段を下ってきた俺達が、そこで見たものは地底湖……いや、この規模からすると、地底の大海とでも言うべきものだったからだ。

 以前に亜空間ビブリオで見たそれよりも、遙かにスケールが大きそうだ。

 そして、その膨大な水の中に、都市のような無数の灯りが透けて見える。

 俺達が辿り着いたのは、それを見下ろす、巨大な港ともいうべき施設だった。


「地下要塞と言うよりも水中都市だな、これは」

「この水も普通のものではないわ。毒とか害はなさそうだけど、防御力と保存の魔力が加わっているわね」


 オリヴァーさんとマルタが、その第一印象を口にする。


「こりゃあ、すげえ」

「活きているのか、この遺跡は」


 〈赤い館〉のアルバーノ氏とコルラードも感嘆の声を上げる。

 ノインが何かを思い出すように首をひねった。


「そう言えば、魔導学者どもの計画にあったな。〈ビブリオ〉も、元はと言えば、その試作品だったはずじゃ。ええと、ユング式の数字だから、ゼロゼロナンバーか。そいつを付与した都市計画で、たしか水中に生活圏を築くのは八番目だった筈じゃ」

「つまり、これって008(ゼロゼロエイト)ってこと?」


 ノインとシャルロッテちゃんの、そんな会話を聞きながら、俺は油断無く身構えた。

 ローグとザガードが、害意を持った存在の接近を検知したからだ。


「気をつけて、何か来るわよ」


 俺より早く警告を発したマルタの声と同時に、ブラーシュ騎士団の女性達が抜剣して前に出た。

 そして、水中から続々と姿を現したのは、肉食魚を思わせる人型の魔物だった。

 かなり俊敏な動きで、俺が角鮫もどきを放つ暇も無く、一匹残らず水から這い上がってきた。


魚人ギルマンか。いや、他にもいるぞ」


 トゥーラさんの言うとおり、沖の方に大勢の若い女性が、肌も露わな上半身を現していた。

 だが、彼女達は人間では無い。

 ローグの視力は、その下半身が魚体であることを捉えている。


妖魚セイレーンか。気をつけろ、魅惑チャームの魔法が飛んでくる」


 オリヴァーさんの声と共に、カーラがあらかじめ用意してあった結界の魔動具を発動し、マルタは片っ端からアルバーノ氏を始めとする男性陣の襟首をつかんで、その中に引きずり込む。

 プレニツァにあった文書から、闇系統である、その類いの魔法を使う存在の記述があったので、そちらの準備は万端だ。

 実を言えば、それが理由で、アンベルク側は俺以外を女性だけで構成せざるを得なかったわけだ。


「ふん、闇系統ならば、妾の方が上じゃ」


 時空魔法の一部を操るノインだが、じつは闇系統も使える。

 陰気に属する水を、そのまま闇へと変えて、妖魚セイレーン達を一気に捕縛した。

 滅多に披露することは無いのだが、闇魔法に関しては相当の使い手と言って良いだろう。

 そして、水上に出てきた魚人ギルマンの方は、ブラーシュ騎士団が鋼の刃で迎え撃つ……筈だったのだが。


「くそっ」

「刃が通らない」


 魚人ギルマンを覆う強靱な鱗と滑りは、騎士団の主力武器メインアームである剣とは極めて相性が悪かったようだ。

 だが、それぐらいで怯むようなブラーシュ騎士団ではなかった。


「こうなったら、ぶん殴れ」


 あろうことか、剣を放り出した女傑達は、ガントレットの拳に攻撃方法を切り替えた。

 切れない敵には、鈍器による打撃が有効なのはお約束と言うべきか。


「おりゃああ」

「この魚野郎が!」

「くせぇんだよ、てめえら」


 怒号と共に、次々と魚人ギルマンを殴り倒していくブラーシュ騎士団の女性達。

 なまじ日頃は規律正しく振る舞う、楚々とした綺麗どころが揃っているだけに、そのギャップは、とてつも無く恐ろしい光景だった。

 そう言えば、宮廷召喚術師である銀髪のお姉さんことエレオノーラさんの、その兄弟子にあたる人物がブラーシュ騎士団にいた女性を嫁に貰った話を聞いたことがあるが、ひょっとして見た目に騙されたのかもしれない。


「ふむ。ああしてみると、どのような状況でも努力を欠かさぬローラの方が、女性らしさと言う点では上かもしれんなあ」


 オリヴァーさんが、しみじみとそんな事を呟く声が聞こえた。

 常にお淑やかで逞しいおとこの娘と、猫を被った荒々しく粗暴なお姉さん。

 願わくば、そんな究極の選択をする局面になりませんようにと、俺は切実な思いで天に祈るのだった。


「待て! そこまでだ」


 突如として、初めて聞く女性の声が響いた。

 それと同時に、ノインも叫ぶ。


「ブラーシュ騎士団も手を引くのじゃ。クラウディアの名代として命じる」


 幼女二人組はブラーシュ男爵夫人の側付きとして過ごしていたようだが、いつの間にか、そんな話になっていたのか。

 ともあれ、戦闘は中止された。

 もっとも、地上に現れた魚人ギルマンは、一人残らず血反吐をはいて倒れているわけだが。

 そして、水の中から、一人の女性が姿を現した。

 青い髪をした氷のような美貌と、身体の曲線が丸わかりのダイビングスーツを思わせる格好である。

 おかげで下半身が魚体では無いことは明確で、少なくとも妖魚セイレーンでは無さそうだった。

 その女性はノインに視線を向けると、面白くも無さそうに言った。


「久方ぶりじゃの、九号ノイン

「お主も息災であったか、八号アハト


 古代オムー文明の、実装試験体アオスフューラーと称される、数少ない生き残りが俺達の前に現れた瞬間だった。



    ◇◆◇



「断る」


 アハトなる女性からの回答は、にべもなかった。


「貴重な護手を殺傷した上に、水中都市ゼロゼロエイト案内あないせよと? どこまで図々しい連中じゃ」

「先に手を出してきたのはそちらではないか」

「識別信号も出さずにいたであろ。侵入者と見なすのが当然ではないか」


 ノインとアハトの言い合いに、歩み寄りは期待できそうも無いようだ。

 つか、このアハトと言う女性は、実装試験体アオスフューラーであることを差し引いても、不自然な印象がある。

 ノインの場合は、亜空間ビブリオで時間を繰り返すことで永遠にも等しい年数を生きながらえてきたわけだし、死者の迷宮(グラープ)にいたやつは、死霊術ネクロマンシーの魔導技術と人工冬眠みたいなもので時を超えたわけだ。

 だが、このアハトは、どうやって?


「我の使命は、水中都市ゼロゼロエイトの維持にある。それ以外の事に興味は無い。わかったら、早々に立ち去るが良い」


 アハトは、そう言うと、水中都市に向かってきびすを返した。

 旧知……いや、それ以上の、信じられないほどの永い時を経て再会した筈のノインにも、何の感情も持たないふうである。

 その後ろ姿を見たノインは、悲しみとも怒りともつかない表情を浮かべていた。


「魔導学者どもめ。アハトの人格を水中都市ゼロゼロエイト管理頭脳ゲヒルンと融合しおったな」


 なんとなくアンドロイドか何かを思わせる印象があったが、つまりは、そういうことらしい。


「あー、わかった。いくつかの質問に答えてくれれば、我々はこのまま引き上げよう」


 それまで黙っていたオリヴァーさんがアハトに声をかけたのは、その時だった。


「我は、それに答える必要を認めぬ」


 アハトは振り返りもしなかったが、次の言葉を聞いて足を止めた。


「答えてくれなければ、水中都市ゼロゼロエイトを破壊する」


 俺はぎょっとして、オリヴァーさんを見た。

 オリヴァーさんが、ここまで脅迫じみた言い方をするのを初めて聞いた。


「いや、そっちの方がいいかな。水中都市ごと管理頭脳ゲヒルンを破壊すれば、君も解放されるだろうからね」


 どんな貴重で重要な遺産だろうと、この女性ひとにとっては、もっと優先すべきものがあるんだな。

 むろん、それは、俺も全面的に同意するところだ。

 だが、アハトはオリヴァーさんに向き直ると冷ややかに言った。


「貴様らでは、水中都市ゼロゼロエイトまで辿り着くことすらできまい。陸に上がった護手を撃退したからと言って、水の中でも同じと思わぬことじゃ」

「別に辿り着く必要はないぞ。妾の化身アバタルはおぬしも知っていよう。陰気の強い水中で、究極上位種たる聖双角セラピスの繰り出す闇魔法が、どこまで威力を発揮するか試してみるか」


 そう口を挟むノインの、本気度が伝わったのだろう。

 それまで一切の感情を見せなかったアハトの表情が初めて変わった。


「む……」

「加えて言えば、妾以外の面々も侮ってかかると痛い目をみる奴らばかりじゃぞ」


 そんなノインの言葉に、アハトが改めて探るような視線をこちらに向けてきた。

 つか、何だか眼が赤く光ってないか?


「召喚された幻獣ヴィズィオティーアはともかく……うむ、魚人ギルマンと渡り合った連中は龍種であったか。それに、こちらは獣人の末裔だな。観察者までいるが……なに、九号ノインの複写体だと!? いや、召喚媒体ゲブールではないようだが……」


 意味のわかないことをブツブツと呟いていたアハトの視線は、俺のところで少し怪訝そうなものとなったが、そのまま素通りしてしまった。

 いや、別にいいんだけど。

 やがて、こちらのメンバーに対し、一通りの見分を終えたらしいアハトが、唇を噛みしめ、考え込むような表情になる。


「どうじゃな、アハト」


 勝ち誇ったような様子のノインに、少し恨みがましい目付きになったアハトだったが、目を閉じて一つ呼吸をすると、それまで微かにでも浮かべていた感情が完全に消え失せ、まるでロボットのような無表情となった。

 気分を切り替えたにしても、不自然なまでの落差を感じさせるものがあった。

 そして、当初の交渉相手であったオリヴァーさんに向き直り、機械的な口調で話しかけた。


「わかった。質問は何だ」


 オリヴァーさんはアハトの微妙な変化に取り立てて気にした様子も無く、少し小首を傾げると、最初の質問を口にした。


「そう、だな。まず、三百年前の記録はあるかな? おそらく、ここが前線基地となった筈なんだが」

「どこから仕入れた情報かは知らぬが、正確では無いな。三百年前と言えば、地上に置いた観測基地が破壊されたのは確かだが――そう、防御魔法陣を超多重展開するのに処理能力の限界まで使った故、記録を取ることもできなかった」

「何があったかも知らないのかい?」

「地上で、とてつもない何かが三百年ごとに現れるのは分かる。前回はそれを観測しようとしたのだがな」


 オリヴァーさんの質問に淡々と答えているのは、ひょっとするとアハト自身では無く、彼女に融合している水中都市の管理頭脳ゲヒルンなのかもしれない。

 それにしても、そもそもの目的である〈禍神の使徒〉に関する記録は、どうやら入手できそうもないようだ。

 だが、オリヴァーさんは落胆した様子も無く、形の良い顎をしなやかな指で撫でながら、考えをまとめているようだった。


「ふーむ。その観測基地の方が、プレニツァに記されていた〈拳の砦(フォストフォート)〉と言うことになるようだな。損壊していたし、まあ、この手の文書では珍しくないか」


 そして、アハトに向かって尋ねる。


「あー、その観測基地だが、正確な位置はわかるかな」

「……資料を渡すゆえ、しばし待て」


 アハトはそう言って、何かの合図をしたようだ。

 しばらくすると、水中からもう一人の女性が、カプセルのようなものを抱えて現れた。


「え!?」


 俺は思わず、驚きの声をあげてしまった。

 新たに現れた女性はアハトにそっくりな、いや、寸分違わぬ外見であったのだ。


八号アハトは、自分の複製を生成する、言わば分身体の実装試験体アオスフューラーじゃ」


 ノインが淡々とアハトの能力を説明する。

 それを耳にした二人のアハトが、ほとんど同時に、この時ばかりは誇らしげな表情を浮かべた。


「断っておくが、ただの複製ではないぞ。記憶や意識を共有し、一人が全員であり、全員が一人たりうる存在、それが我じゃ。たとえ肉体が朽ちようとも、新たに分体を生成すれば、数千年を生きることも可能じゃ」


 つまり、オムー文明以降を生き永らえた理由はそれか。

 加えて、管理頭脳ゲヒルンと融合した人格となれば、それが幸か不幸かは別として、少なくとも精神的な破滅を免れることにもなっただろう。


「さあ、これが貴様らが欲する資料だ。これを持ってさっさと立ち去れ」


 そう言いながら、後から現れたアハトが抱えていたカプセルを差し出した。

 だが、オリヴァーさんは、ゆっくりと首を振った。


「残念だが、質問はまだある。そう、百年程前になるが、ここにダンガ-と言う老人が来なかったかな?」


 それを聞いた途端、アハト達の表情が、二人同時に険しいものになった。


「――来た。護手を増やす為と思い契約したのだが、あれは我にとって最大の失敗だった。奴が好き勝手に費やした膨大な魔導資源は未だに回復せん。挙げ句の果てに、とんでもなく厄介な置き土産を残していきおった」


 アハト達が外からの来訪者を露骨なまでに忌避する理由。

 それは魔王エルケーニッヒと称された、あの老人の仕業だったようだ。


次回

『第80話 魔軍の奇襲』

10/19 8時更新

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