第78話 調査団派遣
主人公→宮廷召喚術師の視点と続きます。
「ダンガ-を名乗る老人が化けて出た?」
オリヴァーさんがすっとんきょうな声を上げた。
いや、仮眠はとったものの、頭がうまく働かず、言い方を少し間違えてしまったようだ。
結局、あれから何が起こるわけでも無く、ひたすら眠気と戦いながら朝を迎えた俺だった。
正直なところ、〈使い魔〉どもに見張りをまかせて、さっさと寝ようかとも思ったのだが、その手のズルに関してオリヴァーさんは鋭いし、バレると後が怖い。
罰としてローラ嬢をけしかけられたら、などと想像すると、言いつけをまもらないという選択肢はあり得ない。
とりあえず、オリヴァーさんが淹れてくれたコーヒーのような薬湯を飲み、頭をすっきりさせてから、昨夜にあった出来事を説明した。
「まず、究極上位種と言うのは、何かの間違いじゃな」
俺の説明が終わった途端、ノインが断じた。
「召喚媒体無しには顕現できぬ存在が究極上位種じゃ。どうやらオムーの魔導学者には及ばぬようでもあるし、そこを解決できたとは思えん」
「その点は私も同感だな。ただ、相当に高位の召喚獣、いや、制御できていないと言うから、これは魔物だな。ふむ、魔王と呼ばれた人物が、そのように評するとなれば……あの獅蠍でも足りないね。そう、百腕巨人クラスを想定した方がいいだろう」
とオリヴァーさんが予測を口にした。
「百腕巨人だあ!? おいおい、冗談はよせよ。いまどき、そんな伝説級がいるわけないだろ」
それまで黙って俺達の話を聞いていたアルバーノ氏が、たまりかねたように口を挟んできた。
アルバーノ氏がそう言うのも当然で、いわゆる伝説級とされる魔物は、記録上にしか存在しないものとされている。
このファンタジーな世界でも、野放図に何でもありというわけでもないらしいんだが、その辺りの線引きは俺には全くわからない。
「そうよ、それにダンガ-と名乗る老人ですって? エマはそんなもの、見てないって言ってるわ」
召喚獣である妖精猫を胸に抱いたシモーヌも冷やかな表情を浮かべて、異議を唱えた。
どうやら妖精猫とその召喚術師は、俺と〈使い魔〉とは異なる手段で意思の疎通を図っているらしい。
まあ、エマは剣牙狼もどきにひれ伏したままだったから、あの老人の姿を見ていないというのは嘘では無いんだが……少し、情報伝達に問題があるかな。
「なんにせよ、目的地に着いてみればわかる話だ。それとも、依頼をここで打ちきるかね?」
「よせやい。これでも俺達は契約遵守をモットーにしている冒険者集団だぜ。犯罪絡みとなりゃ、話は別だが。まあ、この手の遺跡調査なんて、依頼主が多少アレなことを言い出すのは、よくあることだしな」
いささか失礼なアルバーノ氏の言いようだったが、オリヴァーさんは少しも気にした様子も無く、満足そうにうなずいた。
「結構だ。では、そちらが目星をつけたという場所まで案内してもらおうか」
鷲馬や牽引する軍馬を魔蝗にやられたので、馬車を封印状態にして目的地までは徒歩で移動することとなった。
ブラーシュ騎士団の女騎士が〈鋼龍の騎士〉に変化すると言う手段もあったが、むやみとシャンドラの冒険者に手の内を見せることも無いし、変化した後、人身に戻ると下半身がスッポンポンになるので、これはやむを得ないだろう。
まあ、荷物とかの中身は〈ビブリオ〉に転移させてあるので、空の荷袋を担いで歩くくらいは問題無い。
つか、この世界の人間は身体を動かす機会が多いので、オリヴァーさんでも、長距離を歩くことは苦にならないらしい。
あるいは、この世界に来たばかりの俺の方が、よっぽどひ弱だったかもしれない。
野営地を離れると、体躯こそ小さいが猛毒をもつ、バスル独特の危険な生物がいるので、シモーヌの妖精猫が周囲を警戒しつつ進むこととなった。
「そこ!」
妖精猫から何かの合図があったのか、シモーヌが前方の地面を指差すと、ほとんどタイムラグ無しにバルトロが細い鎖のついた鉄球を投擲し、何かが潰れる音がした。
「岩蠍だな。こいつは毒針を飛ばしてくるんで厄介なんだ」
バルトロが鎖をたぐり寄せた後に残った残骸を見て、アルバーノ氏が言った。
岩に擬態する能力といい、妖精猫のような探知能力が無いと、これを回避するのは難しいだろう。
「しかし……」
と、アルバーノ氏は首を傾げた。
「結構な距離を移動したが、遭遇したのがこれ一匹か。さっきの鈴蛇なんかも、いつもなら、もっといるんだが」
たしかに妖精猫の探知能力は優れているのだが、俺が灰色の装備に潜ませているローグやザガードのコンビは、もっと上をいく。
半径数キロの危険な生き物は全て把握し、首筋の裏に貼り付いたガノンが、その座標を算出済みである。
なので、俺はその位置に向かって、そこらへんの小石を転移させているのだ。
どんな生物――それが魔物であれ、体内に異物を転移させられれば、たまったものではない。
ただ、あまりやり過ぎると不自然なので、差し迫った脅威でないと判断したものは〈赤い館〉の連中にまかせるようにしている。
そんなわけで何事も無く俺達の一行は歩みを続け、日が傾き始めた頃に、その場所に到着した。
「ふむ、すり鉢状の地形に、乱立する岩の柱か。プレニツァにあった古文書どおりだな」
オリヴァーさんが何かを確認するようにうなずいた。
「間違い無い。ここに地下要塞〈拳の砦〉への入り口がある」
◇◆◇
「なに? 〈拳の砦〉なる地下要塞が存在するというのか!?」
と声を上げたのは、新たに〈白の騎士団〉の団長に就任したザムエル侯爵である。
これまで団長の任にあったビラーベック侯爵は、身体の調子が優れないということで辞任したそうだ。
もっとも、〈白の騎士団〉の団長は宮廷貴族が回り持ちで就任するという、とんでもない規則になっており、それが早いか遅いかの違いでしか無い。
ともあれ、獅蠍と、その軍勢との戦いから一夜が明け、〈盾の城塞〉は落ち着きを取り戻しつつあるが、指揮所に詰めているジークベルト将軍と参謀達、軍首脳部は戦後処理で多忙を極めている。
死傷者などの被害の把握を始めとして、負傷者の後方への移送、消費した物資と在庫の確認など、やるべき事は山のようにある。
プレニツァからの豊富な補給物資が届けられていたのはさいわいだったが、配分を計画しているところに、それを聞きつけた〈白の騎士団〉と〈紫の騎士団〉――ジークベルト将軍の指揮下に属さない連中が口を出しに来たのだ。
日頃は温厚で知られるジークベルト将軍もブチ切れそうになったようだが、それと察したパトリック卿が、今回の補給物資移送団の代表として素早く応対し、首脳部の参謀達が感謝の念をこめた視線を向けていた。
アンベルク宮廷召喚術師たる私――エレオノーラも、パトリック卿の機転には感心したのだが、その評価は直ぐさま訂正することとなった。
どうやら、ジークベルト将軍の御子息は余計な口を滑らせたらしい。
「それが事実なら、早急に我々の管理下に置かねばなりませんな。プレニツァ王家の古文書にあったとは言え、その由来からすれば、プレニツァが独占して良いものではありませんぞ」
と、〈紫の騎士団〉の団長――神殿騎士団を束ねていたヴァルター司祭がうなずいた。
その〈拳の砦〉が実在するとなれば、これは言ってみれば手つかずの遺跡ということでもあるのだ。
貴重な遺物が発見される可能性もあるので、宮廷貴族や神殿が黙って見ているわけも無い。
「いえ、ですから、それをこれから調査しに、ですね」
パトリック卿が、その白皙に汗を浮かべ、引きつった表情で言い募ろうとしていた。
プレニツァ王家から託された、おそらくは極秘の――少なくとも、ある程度の成果があがるまでは公表を控えるべき情報を、よりによって宮廷貴族と神殿に漏らしてしまったのだから、焦燥に駆られるのも無理はない。
面立ちは似ているが、どのような状況でも泰然としたオリヴァー卿とは大違いである。
むしろ、なまじ似ているだけに、私としては苛立たしいものを覚えてならない。
一方で、ジークベルト将軍は、そんな息子の窮状に無視を決め込んでいる。
あるかどうかも定かではない遺跡よりも、目の前に積み上がった仕事を優先しているのは明らかで、あるいは、宮廷貴族や神殿の矛先が逸れてくれたことに安堵しているのかもしれない。
もっとも、それもザムエル侯爵が非常識なことを口走るまでの、つかの間のことであったが。
「その調査は我々がやろう。〈七大の騎士団〉の一部を割いて、大規模な調査団を編成する」
ちょっと待てや! と叫ぶのを、私はすんでの所で押さえた。
最前線の戦力を、戦略とは全く異なる意図でもって引き抜こうとは、軍事には素人である私にも、とんでもない話だと理解できる。
「待たれよ、ザムエル侯」
さすがに、その場に居たポルタバ辺境伯が声を荒げる。
「軍の編成を恣意的に変えるとは、いくらそなたでも越権行為であろう。それに、いつ、姿を消した獅蠍が襲ってくるかも知れぬのだぞ」
山賊の親分といった風情のポルタバ辺境伯だが、その言葉は、まさしく私が言いたかった、じつに真っ当なものであった。
だが、宮廷貴族でも最上位の一角を占めるザムエル侯爵は、せせら笑うような表情を浮かべて応じた。
「ふん、獅蠍など恐れるにたりん。現に先の戦いは、我々の圧勝だったではないか」
この言い草にはポルタバ辺境伯も、そしてジークベルト将軍も唖然とした表情を隠せなかったようだ。
たしかに昨日の獅蠍が率いる魔物の軍勢に対して、圧倒的な勝利を収めたのは事実であるが、それは、練られた作戦、事前の準備、そして円滑な実行をもたらした訓練の賜物であり、何よりも〈七大の勇者〉が参戦したことが大きな比重を占めている。
どれ一つとっても宮廷貴族が寄与したものは皆無で、むしろ、足を引っ張ったと言うべきだった。
だが、ザムエル侯爵の次の言葉で私は気がついた。
「むろん、軍務卿の手腕は認めるが、それも我らが拠出した財あってのこと。それ無くば、いかな軍務卿として、あれだけの武功は上げられなかった筈だ」
どうやら、現在のままでは、全ての功績が軍部や〈七大の勇者〉に占められてしまうということを危惧しているようだ。
また、先の戦いでは〈白の騎士団〉、いや、宮廷貴族達は軍務卿に叱咤される形で前線に出る羽目になったのだが、それを逆恨みしているのかもしれない。
「まあ、ザムエル侯も落ち着かれよ。さすがに、その言いようは問題がありますぞ。そもそも戦時においては軍務卿の指揮権を優先するとの約定をお忘れか」
ヴァルター司祭が取りなすように口を挟んだ。
名誉職に胡座をかき、実務を配下に丸投げしている宮廷貴族と異なり、さすがに、神殿の司祭ともなれば常識というものを弁えているようだ。
――などと、一瞬でも感心した私は、まだまだ甘かったようだ。
「しかし、敵の姿も無い今は戦時とは言えますまいなあ」
臨戦態勢という語彙を、どこかに放り投げたような論法にもならぬ論法で、ヴァルター司祭は調査団編成を主張し始めたのである。
ここまで論理がずれると、全く議論にはならない。
「やれやれ、我が儘を言って泣き喚く幼児を宥める方が、まだマシだな」
私の傍らで呆れたように呟いたのは、プレニツァからの支援物資移送の責任者として紹介されたミロン卿である。
傷があるとかで常に口元以外を銀色の仮面で覆った人物だが、かなり気さくな人柄で、ジークベルト将軍やポルタバ辺境伯とも意気投合した、生粋の武人のようだ。
なにしろ、あの〈大地の勇者〉をして「ただ者では無い」と言わしめたのだから、相当な使い手なのであろう。
私にはわからないが、彼の身のこなしや足運びを見た武人寄りの連中も感嘆の念を隠さず、密かに『銀仮面』などという異名で呼んでいるらしい。
プレニツァ暫定王位についたアナベラ王太后の推薦もあって、その調査に向かった一行が戻るまでと言う期限付きながら、軍事顧問の立場で〈盾の城塞〉に留まることが決まっている人物でもある。
そのミロン卿は、宮廷貴族や神殿の、幼児以下と形容した言い分を他人事のように聞いていたが、彼らの主張する調査団編成に、あの巨骸兵の要求が出るにあたって、顔色が変わったようだ。
「冗談じゃねえ。ありゃあ、好き勝手にできるようなもんじゃねえぞ」
龍騎帝がどうとか小声で呟きながら、ミロン卿もポルタバ辺境伯に加勢すべく、宮廷貴族や神殿との議論――いや、はっきり言うと口喧嘩と化した場に向かっていった。
ちなみに、その巨骸兵だが、〈大地の勇者〉が一目見るなり「これだよ、これ」などと、子供のように喜んだ挙げ句、単眼巨人を素体としたものと聞いた時には「モノアイ、キター!! 」とか何とか、意味不明の事を口にしつつ、嬉々として棘のついたショルダーガードやら斧やらの追加武装に取り組んでいる。
本来の巨人族に対しては、その大きさ以外には取り立てた反応が無かった筈だが、鎧に覆われ絡繰り仕掛けとも見える巨骸兵に対しての態度が異なるのは、私には到底理解できぬ理由があるのだろう。
何にせよ、いよいよ収集がつかなくなった局面で、さすがにジークベルト将軍も怒号を発するかに思えた、その瞬間。
「話は聞かせてもらったぜ」
と言いながら突如として影の中から姿を現したのは、〈冥闇の勇者〉ことタケフミだった。
◇◆◇
「問題ないぞ、父上」
執務室を見回していた無表情な若者が、そう告げる。
つまり、〈黒の騎士団〉麾下の間諜がいないと言うことで有り、軍務卿はようやく力を抜いたように椅子に深々と座り込んだ。
居合わせた私やポルタバ辺境伯を含む数人も、緊張を解くように息をはいた。
軍務卿の五人目の息子にあたるヨハンという名の若者は、闇系統魔法の使い手でもあり、特に他の闇魔法の使い手を察知する能力に長けていると言われている。
かのオリヴァー卿が、暗殺者の家系にでも生まれるべきだったと評したと聞くから、そちらの方面においても、年齢に見合わぬ、恐るべき技量を秘めているのは間違いない。
加えて、あの巨骸兵を操る能力を持つこともあって、軍務卿の直属部隊に配属されると共に、普段は警護役を務めることになったのだ。
「お調子者のパトリックとは違って、本来はオリビアを影から護衛する為に、と思って送り込んだのだがな」
グレンにガーナムと言う脳筋の部下二人を表の護衛とする一方で、闇魔法系統の使い手からヨハンがオリヴァー卿を護る、と言うのが軍務卿の意図した布陣だったようだ。
そのヨハンが一切の感情を感じさせぬ表情で、父親が溜息混じりに口にした言葉に応えた。
「姉上に護衛は不要だ。ブラーシュ騎士団の結界は、なまじの闇系統では突破できないシロモノだった。加えてAクラスに匹敵しようかと言う『眼』をもった女冒険者や、闇系統で言えば俺以上の才覚を秘めたチビもいた」
「ほう、お前にそこまで言わしめるとはな。ブラーシュ騎士団はともかく、それ以外の面子には会ってみたいものだ」
軍務卿に興味深そうな表情が浮かぶ。
無表情で、全く周囲に無関心といった雰囲気の若者だが、意外に鋭い観察眼を持っているようだ。
私の身内で言えば、バルテルと良い勝負かもしれない。
もっとも、あの弟分は、私の言いつけ通りに部屋の掃除と洗濯をしている筈なので、この場にはいないのだが。
「いくら何でも、下着の洗濯までさせるのは、どうかと思うけどね」
兄弟子であるマチアスが溜息交じりに呟いたようだが、あれは結構なお気に入りなのだ。
いきなり周囲に出現した呪屍に驚いて不覚をとってしまったのは痛恨の極みだが、それはそれとして、早めに洗わなくては、生地が傷んでしまうではないか。
「乙女心を理解しない輩はこれだから……」
私の嘆きを聞いて、マチアスと、そしてもう一人が、なぜか脱力したように肩を落とした。
「その……七の十八番から、伝書鳩にて、おおよそのところは伺っております」
「そうかい。よろしく頼むよ」
「諸々のことは自分の胸に秘めておくつもりだったそうですが、良心の呵責に耐えかねて、と」
「君たちにも、迷惑をかけるねえ」
マチアスとよくわからない会話をしているのは、上級士官付きの、宮殿における使用人とか侍女に該当する女性兵士である。
そして、七の十八番というのはセリアという侍女の、監史における識別番号なのだそうだ。
つまり、この女性兵士も監史の一人ということになる。
この監史という存在も、内部事情を聞くにつれ、ますますよく分からなくなってしまった。
一番驚いたのが、表の職業で貰う賃金以外には、何も給与が無いことだ。
任務実行にあたって、必要があれば予算が回ってくるそうだが、それは純粋な必要経費だけと言う話だ。
どうやら使命感とか忠誠心だけで動いているようなのだが、ここまでくると人種が違うとしか思えない。
まあ、暗殺者とも同一視され、「木の股から生まれてくる」とも言われる監史であるから、その心情や倫理観を凡人である私が推察できよう筈も無い。
その監史――ゾラという名の女性兵士が紅茶を配膳すると、それを一口すすったポルタバ辺境伯が、しみじみとしたように言った。
「まさか、名にしおう監史が淹れた茶を飲む機会が巡ってこようとはな。しかも、なかなかの腕だ」
「恐れ入ります」
ゾラが軽く頭を下げる。
地味な印象の女だが、たしかに見事な腕前だ。
あのセリアもそうだったことを思い出す。あるいは、私の師匠のように茶道楽が多いのかもしれない。
「そのうちに、私も師匠直伝の茶を振る舞いましょう」
ちょっとした対抗心から私がそう言うと、マチアスがぶんぶんと首を横に振ったので、見えないようにテーブルの下で向こうずねを蹴飛ばしておいた。
いきなり八面相を披露することとなったマチアスに軍務卿や辺境伯は驚いたように眉を動かしたが、ちょうど私の背後にいたゾラを見て、どういうわけか、明後日の方向に視線を逸らしていた。
唯一、ヨハンだけが無表情のままであったが。
「それにしても、あの〈冥闇の勇者〉は油断ならんぞ。まあ、政治的な手腕はたいしたものだがな」
ひとつ咳払いしたポルタバ辺境伯は、先ほどのタケフミを、そう評した。
完全な言い合いの場と化していた指揮所の一角に姿を現した〈冥闇の勇者〉は、あっさりとザムエル侯爵とヴァルター司祭を宥め、遊撃の立場である〈黒の騎士団〉が、姿を潜めた獅蠍の探索を兼ねることを名目として、調査団に協力することを双方に納得させたのである。
「宮廷貴族や神殿は、あまり表沙汰にできぬ事を〈黒の騎士団〉に裏で処理させているというが、ザムエル侯やヴァルター司祭の〈冥闇の勇者〉に対する態度を見る限り、どうやら事実らしいな」
軍務卿も考え込むように言った。
そこで早くも立ち直ったマチアスが首を傾げる。
「不思議ですね。こういってはなんですが、他の〈勇者〉は……あの〈光輝の勇者〉も、ある意味幼い感じなのですが、〈冥闇の勇者〉だけがだいぶ毛色が異なりますよね。ずいぶんしたたかというか」
異世界からの降臨者である〈勇者〉達は、あの〈大地の勇者〉でさえ、元の世界では成人の儀を済ませていない年齢であり、つまりは社会的には子供の範疇に入ると言う。
そう言われてみれば、世慣れぬところが見られ、マチアスが言うように幼い側面がある。
だが、タケフミだけは、この世界のドロドロした部分に早くも馴染んでいた。
噂では訓練の一環としての野盗討伐においても、ほとんどの〈勇者〉は、その圧倒的な能力で生け捕りにする事に努めたようだが、タケフミだけは躊躇うことも無く、賊を手にかけたと聞く。
かの〈聖祈の勇者〉であるミホが『さいこぱす』なる表現でタケフミを形容していたが、元世界でタケフミと仲が良かった〈氷雪の勇者〉たるヒロシから聞いた話では、そんな印象は受けなかったのだ。
すると、疑問を呈したマチアスが、何かを思いだしたように言った。
「そう言えば……これは師匠である先代の宮廷召喚術師から聞いた話なんですが、〈勇者〉の遺品や装備には前任者の意思とか記憶が残っていることがあるそうです。あるいは……」
「ありそうな話だ。闇系統魔法は怨念とか呪いなどに親和性が高いからな。その手のものには取り込まれがちな属性だ」
ヨハンが全く表情を崩さぬままにマチアスの意見に賛同したのだが、その後に続く言葉で私は唖然となった。
「まあ、精神の均衡を取ることは、俺のように根が明るい人間で無ければ難しいだろう」
それを聞いて、私だけでは無く、その場の大半の人間が思考停止の状態となったようである。
例外は軍務卿だけであった。
「そう言えば、お前は芸人志望だったな。〈禍神の使徒〉の襲来が無くば、あるいは、闇系統魔法に目覚めなくば、その道を進むことを許してやろうと思っていたのだが」
「俺は姉上とは違うぞ。それに、夢を諦めたわけでもない。〈禍神の使徒〉の襲来が片付いたあかつきには、王都の舞台で観衆を爆笑の渦につつんでみせる」
ヨハンは酷薄そのものと言った表情を浮かべ、きっぱりと言い切った。
そして、やや不本意そうな声を出す。
「だから、巨骸兵などは迷惑極まりないのだ。あのような小道具に頼る芸風と見られるのは困る」
「すまぬが、そこは耐えてくれぬか」
「……まあ、真の芸を磨き、極めることで対処しよう」
「うむ、オリビアもお前のようであってくれたらの」
「姉上は猪突猛進なところがあるからな」
「いったい、誰に似たのやら……」
かつて猛将と謳われた父と、闇魔法の使い手である息子の会話に、私達は何とも言えない表情を浮かべたまま、互いに顔を見合わせることとなった。
マチアスが困惑したように声を潜めて囁いてくる。
「あの、巨骸兵を操る能力って……芸なの?」
私が知るか!
かくして、その翌日。
〈黒の騎士団〉を主力として、〈白の騎士団〉と〈紫の騎士団〉から選抜された調査団が、〈盾の城塞〉から出発するのを、私達は指揮所から見送ることとなった。
上空から追尾する、私の調査用召喚獣である大蝙蝠に、彼らは気づかぬ様子であった。
次回
『第79話 水中都市のアハト』
10/12 更新予定




