第76話 灰色の魔王
永らく間が空いて申し訳ありません。
無茶振りが続いておりまして。
侍女の視点→薬師の視点となります。
アンベルク王国における監史は、畏怖の代名詞とも言われている。
例えば、庶民の家庭では「言いつけを聞かない子は監史が捕まえに来る」などと、子供の躾にも一役買っているようで、文字通りに泣く子も黙ると恐れられる存在とされているようだ。
もっとも、当事者の一人――日頃は宮殿内の侍女セリエとして振る舞っている私――にしてみれば、それほど大仰なシロモノとは思えない。
たしかに、その実態が秘中の秘とされ、明らかで無いところは不気味ではあろう。
しかし、所属している身から見ると、まっとうな組織として成立しているのか、いささか疑問を抱かずにはいられない。
一応は、王族、及び、宰相直属の、アンベルク王国における影の耳目たる役割を担っているとされているが、秘密にされすぎて、構成員や、あるいは幹部すらも全体像を把握していないようなのだ。
宰相が〈黒の騎士団〉を新たに直属に置いたのも、監史と言う組織の、あまりにもわけのわからなさに手を焼いたことが一因であるとも聞く。
数字における傑出した才気を謳われるオットー財務卿すらも、監史に割り当てられた予算の流れを把握しようと試み、財務局や法務局に潜む監史達による有形無形の妨害もあったにせよ、ついには匙を投げたとも言われるほどに、既存の組織に食い込んだ、複雑怪奇な仕組みとなっているのだ。
ちなみに、この話を耳にした〈聖祈の勇者〉は「ぴあつーぴあ」なる表現で評したそうだが、これは何のことやらだ。
以前、かの八人目の降臨者であるコウイチによって、宮殿内に存在する王族の脱出路と思しきものが発見されたのは記憶に新しいところだが、その実体は秘密にされすぎて当の王族すら存在を忘れ、闇に閉ざされ、どこにも出口を見いだせない埃まみれの無意味な空洞でしかなかったのだが、あるいは、監史も似たようなものなのかもしれない。
それでも監史たる役職が廃止されぬ以上――いや、廃止や解体したくとも、前述の理由で不可能と思われるが――私としては、監視や報告、そして、会合への出席を怠るわけにはいかない。
声を変える魔道具の首飾りを身につけ、眼だしの頭巾をすっぽりと被り、ローブを羽織った私は、伝書鳩による符丁で通知された時刻と場所、つまり、深夜の宮殿地下へと足を運んだ。
表向きは古びた品をしまっておく物置として知られるそこには、既に十数人の同僚、つまり、私と同様に素顔も体形、性別もわからぬ装いをした監史が、円形のテーブルを囲むように席に着いていた。
「十八番、参上いたしました」
魔道具による、特徴の無い掠れたような声で私が与えられた番号を名乗ると、上座に位置する人物がうなずいた。
合い言葉などは不要で、会合場所に姿を現す時刻や順番が、あらかじめ決められた通りであれば、認証には充分と言う仕組みなのだ。
「よし、これで『七本目』が全員揃ったな」
監史の組織に本部と言う概念は無く、単なる『枝』と称される集団がいくつも存在するだけだ。
むろん、組織として動く以上は『管理者』がいるが、それにしたところで、構成員が回り持ちで担当し、『枝』同士の調整役を兼任する仕組みなので、全体像を把握する人物は皆無となっている。
ちなみに、アンベルク宮殿には十二本の『枝』が存在し、私の所属する七本目は軍務卿寄りの立場にいる『枝』だ。
当初、つまり、アンベルク王国が建国された当時は宰相麾下の『幹』が一本しかなかったそうだ。
しかし、長い歴史の間で五代目の宰相と監史が対立する時期があり、これを契機に、監史という組織は自身の保持を目的として、枝分かれして宮廷内の均衡を取るような配置となったと、監史内部では伝えられている。
ただ、これらの伝承には、時を経ている為か、いくつもの錯綜した情報が含まれている。
例えば、監史の創立時にはブラーシュ男爵の家系が関わったとの説もあり、『幹』だの『枝』だのと呼ぶのは、その影響であるとか、何とか。
事実、ブラーシュ男爵領は監史による査察の対象外とされてはいる。
永らく徴税などの問題もあったようだが、監史は見て見ぬふりをしてきたのだ。
じつは、クリスト伯の鉱山やダンクマール子爵の耕作地といった資産隠蔽も監史は捕捉していたのだが、報告のタイミングを窺っているうちに〈光輝の勇者〉に先を越されたというのが実情である。
もっとも、ブラーシュ男爵領に対する目こぼしについては、百年前にあった鷲獅子の災禍で、多大な功績がありながらも一切の報償を望まず、単なる地方領主に留まったことに対する、ある意味での見返りなのかもしれないが、私も詳しいことはわからない。
繰り返しになるが、その構成員にすら全体像が見えないのが監史という組織なのだ。
「では、はじめよう」
先ほどうなずいた人物――今期の『管理者』が、私と同様に特徴の無い掠れた声で会合の始まりを告げた。
「まず、盾の城塞に配置された『枝』からの報告を知らせる」
そして、私は先日までの監視と警護の対象であった人物の消息を知ることとなる。
「獅蠍と単身で対峙して生きながらえるとは、さすがは〈勇者召喚〉を成し遂げ、『銀の淑女』とも称される宮廷召喚術師と言うべきだな」
感情の無い声で『管理者』が評すると、賛同の呟きがあちらこちらから発せられたが、私としては、いささか複雑な心境である。
監史の役職上、好悪の情を持つことは不必要とされているが、私個人は宮廷召喚術師を好ましく感じてはいる。
とは言え『銀の淑女』の素顔を私以外の監史が知らぬままと言うのも、これはこれで問題ではないかと思ったのだが、数瞬の後に、私はその考えを脳裏から打ち消した。
それこそ不必要な情報であろうと思い直したからである。
別に、余計なことを口にすると後が怖いから、などというわけでは、決して無い。
ともあれ、遙かなバスルにおいて〈七大の騎士団〉を始めとする諸国連合軍は、魔物の軍勢との緒戦で勝利を得たということだ。
これは素直に喜ぶべきであろう。
ただ、プレニツァから巨人族に類似した召喚獣が派遣されたなどの、いくつかの錯綜した情報が含まれており、これは現時点では確認が取れないと『管理者』は告げた。
制御に失敗したプレニツァの巨人族召喚に関しては、その災禍によって、かの国に派遣した監史が壊滅した為、その後、どのように推移したかが、こちらではさっぱり把握できていない。
早急に、新しい『枝』を植える必要があるだろう。
「次に、神殿に配置された『枝』からの報告だ。これは二つがあがっている」
その『管理者』の言葉に、私は無意識のうちに身構えていた。
未確認ながらも神殿の目的とされている、〈禍神の使徒〉の襲来を奇貨とする神権体制の構築。
これはアンベルク王国の安定を最終的な目的とする監史としても、容認できるものではない。
そんな私の視線の先で、『管理者』は神殿に関する報告の一つ目を口にした。
「アンベルクの神殿から盾の城塞に向けて、独自に物資を、それも、かなり大きな何かを送ったようだ。加えて、王都に残った〈紫の騎士団〉、及び、〈黒の騎士団〉の一部が、その護衛についたとのことだ」
それを聞いた監史達は、無音のざわめきを発したようだった。
単なる補給物資であれば、軍務卿が構築した輸送網を使えば済む話である。
盾の城塞側の受け入れ体制に問題があるようで、円滑に動いているとは言いがたいが、バルスまでの各拠点に交代の荷駄隊が配置されており、少なくともアンベルクからの輸送に限って言えば、特に問題は無い筈だ。
後方支援を担当する〈紫の騎士団〉、遊撃を旨とする〈黒の騎士団〉、伝令を司る〈白の騎士団〉は、主力となる他の騎士団と異なり、その性質上、王都に一部を残していると聞いているが、それらを動員してまで、前線たる盾の城塞に独自に輸送する物資とは何だろうか。
そこで、少し躊躇った様子を見せた『管理者』が言葉を続けた。
「報告では、その物資について探りを入れた監史が数人ほど〈黒の騎士団〉の手にかかったとのことで、それ以上の追求は諦めざるを得なかったとのことだ」
今度こそ、その場にいた同僚達がはっきりとしたざわめきを発した。
「なんてことだ」
「立場は違えど、同じアンベルクの民だぞ」
「そこまでするのか」
感情を窺わせぬ為の魔道具をつけている筈であるのに、それらの声には驚きと怒りが、はっきりと感じられた。
「落ち着け。いかな我ら監史といえど、〈黒の騎士団〉と正面切って対峙する力量は無い。いずれ、盾の城塞に着けば、他の騎士団の協力も得られようゆえ、彼の地にて〈黒の騎士団〉の振る舞いを告発するよう、段取りを整える」
その『管理者』の言葉に、皆は不承不承といった風情ではあったが、まずはこの場での矛先を納めたようだった。
「それで、神殿絡みの報告の二つ目は何でしょう?」
個人的な感情を抑えつつも、話題を変えるべく、私は問いを発した。
何となくだが『管理者』も安堵した様子で、それに応えた。
「かの八人目の降臨者に対する扱いを明確に定めたとのことだ」
「八人目? コウ……いや、放逐された彼のことですか?」
思わず、私は確認せずにはいられなかった。
と同時に、人畜無害を絵に描いたような、あの若者の顔が脳裏に浮かぶ。
召喚師の才が多少はあったようだが、他の降臨者とは著しい扱いの差をつけられ、挙げ句には縁者たる妹達とも引き離された彼に、密かに同情していなくもなかったし、何よりも、今は軍務卿の血縁者の保護下にある、言わば関係者なので、監史にあるまじきことに、いささか取り乱してしまったかもしれない。
だが、頭巾と魔道具のおかげで、それらを表に出さずに済んだようだ。
そんな私の重ねての問いに『管理者』は静かに応えた。
「うむ。神殿は彼を〈魔を鎧いし者〉と認定した」
「〈魔を鎧いし者〉ですと?」
その耳慣れぬ呼称に、再び、静かなざわめきが広がる。
「はっきりとはわからぬが〈装魔の勇者〉、〈操魔の勇者〉などと称されることもあると――これは学術院の『枝』からの意見だがな」
先ほどとは逆に、今度はざわめきが起こることは無かった。
むしろ、驚愕が大き過ぎて、同僚達は呆然としたようだった。
それは私とても同様である。
「つ、つまり、かの八番目の降臨者も〈勇者〉であると?」
同僚の一人が言葉を詰まらせながら、そう言ったのも当然だろう。
伝承によれば、召喚される〈勇者〉は七つの偉大なる力の象徴であり、それゆえに〈七大の勇者〉であり、つまりは七人である筈なのだ。
じつは監史も独自に調査を行い、その伝承の正統性について多少の異論もあったが、概ねのところでは意見の一致を見ている。
「その、八人目の〈勇者〉など、あり得ないのでは?」
別の一人が、そんな疑問を口にしたのも当然であっただろう。
その問いに対し、『管理者』は大きくうなずいた。
「そう、神殿の出した結論もそれだ」
「は?」
疑問を呈した同僚は、魔道具を身につけているにもかかわらず、妙に間の抜けた声を発したようだった。
「神殿によれば、かの八人目――〈装魔の勇者〉とは、他の〈勇者〉と同じ世界より降臨した者ではあるが、その実体は極めて強力な魔を操り、あるいは、その力をわがものとして振るう、我々の知る〈勇者〉とはほど遠い存在であると。しかも、〈七大の勇者〉同士の、本来の関係に亀裂を入れる邪なる者であるとのことだ」
「なんと!?」
その同僚は魔道具でも抑えきれぬ驚愕の声を発した。
私はと言えば、唖然として『管理者』を凝視するしか為す術がなかった。
あのコウイチという若者の肖像と、神殿の評価があまりにも乖離していたのだ。
そして『管理者』は静かに言葉を続けた。
「神殿は、かの八人目に対し、邪悪なる魔物の王――〈魔王〉の呼称を新たに定め、〈禍神の使徒〉に準ずる存在として、これを討つべしとの結論に至ったとのことだ」
◇◆◇
「エロ……何だって?」
「〈魔王〉だよ」
ちゃんと聞き取れなかった様子で首を傾げるコウイチに、私――オリヴァーは溜息交じりに言った。
当の本人を示す〈魔を鎧いし者〉もそうだが、この異世界の若者は、いくつかの単語をきちんと聞き取ることができないらしい。
「たしか百年以上も昔に実在したダンガーなる人物が〈魔王〉として認定された最古の記録だな」
ついでに、学術院時代に古文書で得た知識を披露する。
それは、どの国にも属さぬダンガーと言う召喚術師で、強力な魔物を次々と召喚し、世界を恐怖と混沌に陥れた人物と記されている。
討伐の為に三ヵ国が連合した鷲獅子による災害も、元はと言えば、このダンガーによるものだ。
今の世で召喚魔法や召喚術師が白い目で見られる、その大元になった人物でもある。
もっとも私の解釈によれば、このダンガーと言う召喚術師は、その膨大な魔力にまかせて野放図に強力な魔物を召喚しまくっただけとも思え、〈魔王〉と称されるに相応しいかどうかは疑問が残るのだが、それ以外の記録が残っていない為、どこで育ち、どこで死んだかすらも不明の、実はどのような人物であったかすらも分からない、謎めいた存在なのだ。
それゆえ、〈魔王〉などと呼ばれもするのだろう。
「そうだ。神殿はお前を〈魔王〉と認定した。その討伐を僕が請け負ったと言うわけさ」
バスルの荒野で、探索や調査を専らとする冒険者集団〈赤い館〉のメンバーと合流した所に、突如として姿を現したジョエルと言う、〈赤い館〉と同じシャンドラ王国の召喚術師は、不適な笑みを崩さぬままに、そう言った。
その背後に、彼が大量召喚した魔蝗の群れが、意思を持った黒煙のように蠢いている。
鋼よりも硬い甲殻と、剣より鋭い顎を備えた口器を持つ魔蝗は単体でも厄介だが、これほどの大軍ともなると真龍に匹敵する脅威である。
それこそ〈魔王〉の称号が相応しくはあると思うが、既に『蝗の王』と呼ばれているそうなので、それはあるまい。
魔導における名前や称号は、その運命にも少なからぬ影響を及ぼすのだ。
その意味において、こちらが〈装魔の勇者〉としての立場を確立せぬうちに神殿側に先手をうたれてしまったのは、極めてまずい状況である。
「ちょ、ちょっと待てよ、ジョエル。まさか、俺達まで始末しようってんじゃないだろうな」
〈赤い館〉のリーダであるアルバーノが焦った様子で前に出た。
事実、〈赤い館〉のメンバーであるコルラードと言う名の召喚術師――シャンドラ王国が開発した補助の魔動具による量産型とでも形容すべき、彼の召喚獣たる鷲馬が魔蝗の餌食になっている。
また、冒険者ギルドの放った暗殺者を同様に返り討ちにしたと、本人も明らかにしているのだ。
何をしでかすか分からないといった雰囲気を、ジョエルと言う少年が放っていることもあって、アルバーノが危機感を覚えても当然だろう。
それは〈赤い館〉の他のメンバーも同じようだった。
「あ、あたし達、仲間だよね。ジョエルはそんなことしないよね」
妖精猫を召喚獣とするシモーヌという少女が、むしろ自分に言い聞かせるように叫んでいた。
その彼女の召喚した妖精猫は、いずこかへ隠れたらしく姿が見えない。
あまり、忠誠心に溢れた召喚獣とは言えないようだ。
「それこそ、まさか、だよ。僕が請け負ったのは〈魔王〉の討伐だよ。それ以外に報酬も貰えないようなことをわざわざするもんか。ああ、万が一にも逃げられたら困るから、足となりそうな鷲馬なんかは始末させてもらったけどね」
ジョエルという少年は、コウイチに視線を向けて、そう言った。
どうやら、コウイチ以外には手を出さないつもりのようだ。
だからと言って、こちらの面々は大人しく引くような手合いばかりでは無いが、私は咄嗟に手を上げて、抗議か何かを言いかけるマルタやトゥーラを始めとするアンベルク側のメンバーを制した。
そして、彼女達の前に出て、『蝗の王』なる少年に問いかけた。
「あー、〈魔王〉の討伐を請け負ったから、それ以外は手を出さないということでいいのかな?」
「そうだよ、綺麗なお姉さん。僕の依頼されたのは、〈灰色の魔王〉だけさ」
私の問いに、ジョエルは笑みを浮かべて和やかに応えた。
どうやら〈灰色の魔王〉というのが、神殿が定めたコウイチの正式称号らしい。
まあ、あんな色の服を四六時中着ているというのも、それなりに印象深いものではあるが。
しかし、それにしても。
ふむ、こうしてみると、なかなかの――いや、滅多に無いほどの美少年である。
私が年少好みか、いや、普通の審美眼や感性を持ち合わせていたら、あるいは、コロリと参ってしまったかもしれない。
事実、トゥーラはともかくとして、それ以外の、女性ばかりで構成されるブラーシュ騎士団の中には、その笑顔を見て頬を赤らめている者もいる。
「うーん、美穂なんかが真っ先に『掛け算』の対象にしそうなタイプだなあ」
などと、コウイチも呟いたようだが、どこかしら的外れな印象がするのは何故だろうか。
それはともかく、私はコウイチに向かって、頼み事を口にした。
「召喚陣を取りだして――正規の手続きでもって、全ての〈使い魔〉をシャンドラの面々に召喚して見せてやってくれないかな」
「え? いいですけど」
コウイチは軽く首を傾げたが、あっさりと従ってくれた。
この状況において、これほど素直な反応を示すところなど、私からするとなかなかのものだと思うのだが、こうしたコウイチの真価を理解する人間が少数に止まっているのは残念な話である。
ともあれ、コウイチは言われた通りに、お腹のポケットから召喚陣を取り出すと、それを地面に置き、正規の手続き、つまり、きちんとした呪文と共に大鬼もどきや飛龍もどきといった〈使い魔〉を次々に召喚し、最後に首の後ろに張り付いていたスライムもどきを、その横に置いた。
あのグランボルグなる鎧については、召喚するには色々と問題もあって対象外としたようだ。
そもそもアレは〈使い魔〉の範疇では無いし、話が面倒になりそうなので、まあ、よかろう。
「これが、君の言う〈灰色の魔王〉が召喚する全ての〈使い魔〉だが、いかがかな?」
「…………」
神殿から討伐依頼を受けた美少年は、その端正な顔に微妙な表情を浮かべ、無言でコウイチの〈使い魔〉を見つめていた。
「これほど多様な魔を召喚するコウイチを〈魔王〉と認定するとは、神殿の上層部も、さすがに目が高いと思うよ、うん」
水が無いのでピチピチと苦しそうに跳ねている角鮫もどきには申し訳ないが、私はそのままでジョエルの反応を待った。
「……なんだ、これ?」
ややあって、ジョエルは苦々しい声を出した。
「ふざけてるのか。コマネズミや小鳥やメダカ並みの大きさだったり……一番大きいのだって、小鬼より小さい鬼もどきじゃないか。それに雑草やスライム? こんな、こんな……」
「いやいや、大きさで言えば、君の魔蝗にもひけは取らないぞ?」
「僕の魔蝗をこんな連中といっしょにするな!!」
とうとうたまりかねたようにジョエルは叫んだ。
片や「こんな連中」呼ばわりされた〈使い魔〉達は一斉に……いや、その半分がムッとした様子だった。
跳ねている角鮫もどきは、それどころでは無かったようだし、雑草もどきはノホホンとした雰囲気で日光浴しているようだし、スライムもどきはプルプルと震えているだけで、外見上は変化が見られない。
「それで? このまま、その〈灰色の魔王》〉を討伐するのかね?」
私はわざと挑発するような口調で、そう言った。
もっとも、いかな魔蝗の大群とは言え〈装魔の勇者〉が遅れを取るとは思えない。
いや〈装魔の勇者〉の能力を使わずとも、今のコウイチには機人を始めとする手札がいくつもあるし、瞬時に〈ビブリオ〉に逃げ込めば誰も手が出せない。
しかし、ジョエルはかぶりを振った。
「この『蝗の王』が始末するに相応しい相手かどうか、神殿に確認する。もし、僕を謀ったのなら、神殿の連中にだって容赦しないぞ」
単なる金銭目的と言うわけでも、神殿に盲目的に従っているわけでもないらしい。
まあ、そんな手合いであれば、有無を言わさず、さっさと襲いかかってきた筈だ。
わざわざ姿を現し、対峙したところから、ある程度の自己顕示欲と、そしてプライドを持った性格であろうと予想したが、さほど的を外していなかったようだ。
ジョエルが指をパチンと鳴らすと、背後に控えていた魔蝗の群れが、その召喚主を覆った。
そして、一つの塊となった無数の魔蝗が微かな燐光を放つと、それは上空へと浮かび上がっていったのだ。
「ほう、一定の数で発動する集合魔法と言うやつだな。なるほど。どうやって、ここまでやってきたのかと思えば、ああやって飛んで来たのか」
さすがは最強の召喚術師と称されるだけあって、じつに器用な真似をする、と私は感心した。
やがて、闇夜の中で、淡い燐光に覆われた魔蝗の塊は、南――人々の生活圏がある方向へと、結構な速さで飛んでいった。
「うん、赤兎馬種なんかの被害はあったが、無用な争いは当面は避けられたようだな。まことに結構なことだ」
何やらもの言いたげな視線が集まっているような気がするが、さほど気にも留めずに、私は現状に満足して、ひとつうなずきながら呟いたのだった。
次回
第77話 召喚術師ダンガ-
9/28 8時 更新予定




