第74話 拳の砦
二話ぶりに主人公の視点です
そもそもの発端は、ノインとシャルロッテちゃんの喧嘩だった。
日頃は残った一個のイチゴを分け合うほどに仲の良い二人なのだが、この時だけは何かを取り合って争いになったのだ。
毛を逆立てた子猫のように馬車の中で睨み合い、今にも取っ組み合いになりそうである。
「あのシャルロッテが、友達と喧嘩するくらいに元気になったのだなあ」
などとオリヴァーさんは目頭を押さえんばかりにして感無量といった風情だったが、同じ馬車に乗り合わせたマルタやカーヤは血相を変えていた。
「冗談じゃないわ」
「そうです。この二人が取っ組み合いなんか始めたら、周囲はただではすみません」
「ふむ、それもそうだな」
オリヴァーさんは、少し首を傾げると、どういうわけか俺に話を振ってきた。
「コウイチはどう思う?」
いきなり言われても、そもそもの争いの原因がわからないので、困ってしまった。
「そうですね。やっぱり、女の子が取っ組み合いというのは、あまり褒められたことじゃないし、駆けっこで勝敗を決めたら……」
最後のところは適当な思いつきを口にしたわけだが、それが間違いの元だったかもしいれない。
「よかろう。バスルまで、どちらが早いか競争じゃ」
「負けるもんですか。第二夫人の座は断じて渡さないから」
「ふん。いかなシャルロッテでも、こればかりは譲れんぞ。第二夫人の地位と、それに伴うイチゴとメロンの権益は妾のものじゃ」
子供の喧嘩にしては、よく理解できない単語の応酬があるようである。
おまけに、なんだか誤解が――主にノインのそれが大きいようだが、俺が詳しいことを尋ねる前に、二人の幼女は馬車を飛び出してしまった。
そして、休憩中のトゥーラさん達、〈鋼龍の騎士〉の足元をかいくぐると、片膝を突いた体勢を取らせていた巨骸兵に、驚くほどの素早さでよじ登っていった。
例によって記憶がとんでいる間に、俺の支配下に加わっていた巨骸兵なるものの実体は、瘴気まみれになった巨人族の骸に、〈死者の迷宮〉の邪精霊が憑依したものだ。
乱暴な括りで言えば、呪屍や呪王の同類であって、そのままでは外見がよろしくないので、ローラ嬢の手による特大の甲冑で全身を隈無く覆い、現状では超ビッグサイズな機人とでもいうべきシロモノになっている。
全部で五体ある巨骸兵は、元の中身に関係なく、左肩に描かれた方位を示す記号で呼称しているわけだが、いきなり、こんなデカブツを管轄下におかれても、とてもではないが俺一人の手には余る。
そこで命令系統に〈死者の迷宮〉のゲストとして登録したメンバを加えることにして、プレニツァが供出する物資移送に同行させている次第だ。
つか、ありていにいえば荷物運びに使っている。
何しろ、巨大コンテナとでもいうべきサイズの行李を苦も無く担ぎ、当然ながらストライドも大きいので、〈鋼龍の騎士〉に匹敵するスピードで疾走することが可能なのだ。
ただ相性の問題があって、命令系統に加われるのは誰でも、というわけにはいかなかった。
なので、わざわざシャルロッテちゃん他数名をプレニツァまで連れてきて、〈死者の迷宮〉にゲスト登録したのだ。
そんな巨骸兵のうち、シャルロッテちゃんとノインにそれぞれ割り当てた〈北〉と〈西〉が、おもむろに立ち上がった。
止める間もあらばこそ。
各々に幼女を乗せた二体の巨骸兵は、全速力で走り出したのだ。
「な、なんだ!?」
「とりあえず、追いかけましょう」
休憩を即座に切り上げた〈鋼龍の騎士〉達が、見る見る小さくなる二体の巨骸兵の後を追って駆け出した。
つまり、彼女達に牽引してもらう形になっている俺達の馬車も、凄まじいスピードで動き出したのだ。
慌てた俺は、自分の管理下にある〈中央〉にも全力疾走するように命じ、マルタも〈東〉に同様の命令を出した。
残る〈南〉も走り出したところを見ると、もう一台の馬車に乗っている管理者も、命令が間に合ったようだ。
巨骸兵の欠点の一つに、戦闘以外の局面では自律行動が皆無というか、総身に知恵が回りかねているところがあるので、細かいことまでいちいち命令を出してやらないといけないのだ。
ただでさえ、呪屍だの、狂戦士化猪鬼だの、機人だので、ガノンの支援があっても、もう面倒見切れんというのが実情である。
そんなわけで、巨骸兵のうち四体については、別途に命令者を設定したのだが、いかに相性問題があろうとも幼女コンビを当てたのは、さすがにまずかったかもしれない。
全速力の〈ノルド〉と〈ヴェスト〉に追いつくべく、〈鋼龍の騎士〉達も猛スピードで疾走する。
時速にして二百キロ以上は出ているだろうか。
普通の馬車ならとっくに車軸あたりがイカれている筈だ。
その意味では、さすがはローラ嬢の特製であるのだが、俺達はそれどころではなかった。
いかに〈大地の勇者〉である田原が地ならしをし、硬化魔法で舗装した道路であっても、アスファルトの上を高速バスが走るのとはわけが違う。
殺人的な振動と揺れに、乗客の俺達は完全にグロッキー状態だ。
酔い止めの薬をドレイグに注入してもらった俺などはまだマシで、マルタに至っては、馬車の窓から盛大にリバースしている始末である。
そんなわけで、途中の休憩や野宿を考慮し、三日を予定していた残りの旅程は、一日に短縮されたのだった。
結果としては、それで間に合ったというべきだろう。
ローグの視力を通して魔物に囲まれたエレオノーラさんを見た俺は、守護の盾とすべく、その近くに亜空間を開き、最も手っ取り早い呪屍を彼女の周囲に展開させた。
気丈にも頑張っているように見えたエレオノーラさんだが、鬼族の脅威から逃れ緊張の糸が切れたのか、ついに気絶してしまった。
ただし、白目をむいたり泡を吹いたり、その他の残念なところは見なかったことにしたので、俺のイメージは綺麗なお姉さんのままである。
その一方で、馬車を牽引していた〈鋼龍の騎士〉達は、牽引のロープを切り離すとエレオノーラさんを囲んでいた鬼族の魔物達を蹴散らしにかかり、幼女コンビの巨骸兵は同サイズの魔物に向かって、そのまま突撃した。
「な、なんじゃ、こいつらは……ぐえっ」
なかば呆然としていた魔物――獅蠍は、〈ノルド〉と〈ヴェスト〉によるツープラトンのラリアットをまともにくらうことになった。
「……と言うことは、二人は同着になるのかな」
などと、見当外れなことを呟きつつ、俺も〈ゼントルム〉に獅蠍の相手をするように命じ、〈オスト〉や〈ズュード〉もそれに加わった。
獅蠍も魔法で反撃を試みるが、ローラ嬢の手による甲冑で強化された巨骸兵の対魔法結界には通用しない。
もとより、爪や牙といった物理攻撃も、その甲冑によって阻まれ、かくして獅蠍は、五体の巨骸兵によるタコ殴り状態に晒されることとなったのだった。
だが、さすがは上位種の中でも屈指の魔物と言うべきか、元からの頑丈さに加えて自身に治癒魔法を施しているらしく、巨骸兵が圧倒しているのは事実だが、なかなか仕留めきれないでいる。
そうしているうちに巨骸兵の連携に僅かな綻びが生じた。
「ぬうっ」
隙を見いだした獅蠍は、素早く魔法陣を展開すると、どこかへ消えてしまった。
「転移魔法か。いや、獅蠍を斃すよりも、今は救助を優先しよう」
いまだに半死半生といったマルタやすっかり目を回しているカーヤと違って、オリヴァーさんは乗り物酔いには縁が無いらしく、いつもの調子で即座に結論を下した。
それを受けて、俺は亜空間に待機していた機人達を呼び出し、重傷を負った兵士達の救護を命じた。
オリヴァーさんとドレイグの合作である救急セットを装備した機人の一団が、魔物が蹴散らされた後の、そこかしこに倒れている兵士達に、次々と薬を投与していく。
これらの薬は、抗生物質と細胞賦活剤を組み合わせたようなもので、さすがに〈聖祈の勇者〉である美穗には及ぶものではないが、下手な治癒魔法よりも効果がある。
とりわけ出血が著しい兵士には、傷口を縫い合わせた上で点滴が施された。
俺達の世界でも、人間の体液と近い浸透圧のココナッツジュースを医療用の輸液として代替することがあるそうだが、こちらでも似たような果実があったので、ドレイグに品種改良させておいたのだ。
そして、エレオノーラさんには、俺を伴い、オリヴァーさん自らが介抱にあたった。
「あー、特に傷は無いようだが、こっちは取り替えておいた方がいいかな。このままだと冷えて風邪をひくかもしれん」
オリヴァーさんは、そう言って、おもむろにエレオノーラさんが着ていたローブの裾をまくりあげ、口にしがたい事情で濡れそぼったあれこれを脱がしにかかった。
俺がとっさに視線を逸らしたのは言うまでも無い。
つか、俺を伴う必要があったんですか、オリヴァーさん。
(相変わらずの黒で、あっちの方も銀髪……いや、忘れろ、忘れるんだ、俺!!)
そう自分に言い聞かせた俺は、目にやきついた光景を誤魔化すように、ローグを上空に昇らせ転移した獅蠍を探した。
だが、あれだけの巨体をどこに隠したのか、一向に姿が見えない。
その代わりに、けっこうな数の鷲獅子が串刺しになっている様子が視界に映じた。
俺とガノンが発案し、オリヴァーさんが修正を加えた作戦が、どうやら役に立ったようである。
そんなことを考えていると、飛龍もどきから抗議するような思惟が伝わってきた。
「いや、悪かった。もうしないよ」
俺は苦笑しながら、ローグに謝った。
飛龍もどきの飛翔能力は、俺の純粋な魔力を送ることで増幅させることができる。
しかし、プレニツァ王宮での一覧の騒ぎが落ち着いた後、しばらく魔力切れ気味になっていた俺は、ローグを召喚できても、ろくに哨戒させることもできなかった。
そんな事情で、ローラ嬢の手による風属性の魔法具での代用を試みたのだが、それがとんでもない結果になったのだ。
風属性魔法でローグの後押しをした時に共有した感覚は、何の気なしに歩いているところで道が急な下り坂に変わったようなものだった。
しかも、その坂道に油とパチンコ玉が撒かれていたと言えば一番近いだろうか。
あっという間に制御を失った飛龍もどきは、もののみごとにプレニツァ王宮の壁に激突するまで暴走してしまったのだ。
頑丈な飛龍もどきは、激突した事実に関しては特に何とも感じていなかったのだが、暴走状態にあったことは、ひどく気持ち悪いと感じていたようで、ブランデーを振る舞って宥めるまでプンプンと怒っていた。
そんなことを思い出していると、これまた多数の鷲獅子が、今度は焼け焦げて死んでいるのが見えてきた。
強力な火属性魔法を操る鷲獅子を、これだけ大量に焼死させるとすれば、〈火炎の勇者〉の能力か、もしくは、火とは異なる原理での熱量が要因だろう。
じつは魔力が回復した後、オリヴァーさんの要望で巨骸兵の手のひらに乗せて高いところからの風景を見せた時に少し失敗してしまったことがある。
遠くを見渡して子供のようにはしゃぐオリヴァーさんをさらに喜ばせようと、グロムに命じて水のレンズを造ってみたのだが、このときにうっかりと、オリヴァーさんのローブの裾を陽光の焦点で焦がしてしまったのだ。
さいわい、火傷こそしなかったが、お気に入りのローブに焦げ目をつけられたオリヴァーさんは、しばらくの間、それらの出来事を元に作戦案を練る一方で、俺には口もきいてくれなかった。
ただ、時々、何かを催促するような目線で俺を見たのは、ひょっとしたら、V・S・O・Pブランデーを暗に要求していたのかもしれない。
たまに〈使い魔〉に振る舞う時は、ばれないように気をつけているつもりだが、トゥーラさんなんかは知っているようだしなあ。
だが、酒豪揃いのアンベルク女性陣にかかれば、あっという間に飲み尽くされてしまうに違いない。
(うん、これ以上酒量が増えるのは、オリヴァーさん達の身体のためにもよろしくない)
その決意も新たにして、さらに探査の範囲を広げると、遙か遠くに、バスルに向かった諸国連合軍と魔物の軍勢が戦っている様子が見えてきた。
きわめて強力な魔物で構成された、信じられないような数の軍勢を相手に、しかし、諸国連合軍は優勢な戦いを展開していた。
「つか、さすがは〈七大の勇者〉だな。圧倒的じゃないか。うん、麗香達も元気そうだ」
相変わらずのチートぶりを発揮する、久方ぶりに見る同郷の面々を見ていると、何となく孤独感がこみ上げてきた。
郷田はともかく、相沢や由美にさえ懐かしさを覚えるのだから、我ながらどうかしている。
あの小鬼討伐時に、もう少し上手く立ち回ることができれば、あそこで義妹達と肩を並べて戦うと言う状況もあり得ただろうか。
いや、足を引っ張ることになるから、結果として、この方が良かったのかも知れない。
元々から、家族とは言え、凡庸な俺と非凡な彼女達とでは距離を置いた関係だったのだ。
この世界に召喚されるという、とんでもない状況となっても、それが変わらない現実だということが今更のように感じられた。
そんなホームシックにも似た、言いようのない思いにさいなまれていると、不意に柔らかく暖かいものが背中にあたり、そして後ろから優しく抱きしめられた。
「私達がいるよ、コウイチ」
耳元でオリヴァーさんの心地よい声が囁く。
いまだに近くで魔物達と繰り広げられている戦いの喧噪を圧して、それは俺の中で深く響いた。
「……はい」
俺はそう応えるのが精一杯で、後ろを振り向くことができなかった。
ややあって、俺が精神的な再建を果たした頃に、規律正しい複数の足音が近づくのが聞こえてきた。
「この付近にいた魔物どもの掃討が終わりました、陛下」
きびきびしたトゥーラさんの声が、そう報告してくる。
どういう事情かしらないが、ブラーシュ騎士団の女性達は俺を「陛下」呼ばわりするようになっており、いくら言ってもやめてくれないのだ。
ちなみに、本来の主である筈のブラーシュ男爵夫人への呼称は「クラウディア様」や「閣下」である。
本来であればアンベルク国王を「陛下」と呼ぶべきだろうが、昔から独立貴族に仕える騎士からすると、国王は領主の上役程度の感覚で、直接の忠誠心は乏しいそうだ。
「その陛下は止めて下さいよ」
そう言いながら振り向いた俺は、慌てて手のひらで視界の下半分を遮った。
半人半馬ならぬ半人半龍である〈鋼龍の騎士〉は、武装状態において、上半身は人で下半身が地を奔る龍という、極めて異形の騎士だ。
俺の灰色装備とは違って、武装する前に穿いていたズボンやパンツは容積の関係で吹き飛んだままなので、つまり、武装を解除すると、どういう状況になるかは言わなくてもわかるだろう。
ローラ嬢の手によるベルトは、人身のままである上半身を覆う鎧や兜の装着や収納のギミックを組み込んでいるが、鋼の鱗に覆われた龍身となる下半身には何もフォローしていなかった。
武装解除時に何も『穿いてない』のは大問題だと、多忙を極めるローラ嬢に無理に頼みこみ、個別に対応するとの確約をもらったのだが、どうも意思疎通に齟齬があったようだ。
オリヴァーさんが、興味深そうな声を出した。
「ふむ、ブーツ、ハイヒールに、ガーター付きのストッキングか」
要するに現状を一言でいうと、俺の前に整列している女性達は、上半身は騎士服で、下半身は個別のものを『履いている』だけなのだ。
素裸よりもとんでもない格好だと思うのだが、脳筋のせいか、感覚が一般と異なる龍種の末裔である為か、特に恥ずかしそうな素振りもみせず、堂々と背筋を伸ばしている。
「それで、コウイチはどれが好みだ?」
羞恥心に関しては同レベルのオリヴァーさんがそんなことを言ってくるが、俺はそれどころではない。
何とか適当な布を腰にまいてもらって、ようやく落ち着いたところで、いまだに顔面蒼白なマルタとカーヤと共に、もう一台の馬車に乗っていた面々も、口元をおさえつつ、よろけそうになりながらも近づいてきた。
「うっぷ。いまだに揺れている感覚がぬけなくて、内臓まで吐きそうな気分だよ」
「パトリック兄様は、昔から馬車が苦手だったからな」
半病人のようなパトリックさんへ、オリヴァーさんは肩をすくめてそう言っただけである。
その、なかなかにドライでシビアな反応に、俺は義妹を持つ兄の立場として同情を禁じ得ない。
「苦手とかなんとか、そんな話で済むレベルじゃねえぞ、ありゃあ」
そう言ったのは、もう少しマシな状態のミロンだった。
〈闘奴の武王〉の異名を取る、この元カブルーン兵士は、アナベラ陛下直々にプレニツァへの亡命が認められ、今ではプレニツァの生き残った兵士で再編された〈月光騎士団〉の団長という地位を与えられている。
ただし、元の所属を公然とするわけにもいかないので、どこかの大佐みたいに仮面で素顔を隠さざるを得ない。
そんな外見でも、日頃の雰囲気が穏やかなせいか、プレニツァ王都の子供からは人気があり、「月光仮面のおじさん」などと呼ばれている。
ネットで古い特撮動画を見た俺としては、そのたびに微妙な気分になるのだが、当人は子供好きらしく、けっこうよろこんでいた。
つか、ガイナス導師のところの従業員もそうだったが、カブルーンの闘奴には子供好きが多いようだ。
それはともかく、今回の物資移送ではプレニツァ軍籍の武人が同伴する必要性からいっしょに来たわけだが、魔物との戦いは覚悟していても、あんな目にあうのは想定外だっただろう。
「結局、プレニツァからバスルまでを四日か。元々の予定だった六日ですらとんでもない日程だったんだが、移動速度一つとっても、凄まじいものだな」
ようやく落ち着いたのか、顔色が戻りつつあるパトリックさんは、巨骸兵と〈鋼龍の騎士〉を、そう評価した。
「だが、あんなに揺れてはねえ。割れ物なんかは後で調べてみないと……」
パトリックさんからすると、予定を大幅に短縮した点はともかく、荷駄の保全という面では評価を辛くせざえるを得ないようだ。
ただ、巨骸兵が背負っている行李の中身は、大半をこっそりと〈亜空間〉に移してあるので、その意味ではパトリックさんの懸念も的外れである。
手続き上の諸々で、パトリックさんを始めとする数人を連れてきたし、移動中の人数分の食料なんかも必要だったから、その分は運んだわけだが、つまるところ、本来の物資移送に限って言えば、俺一人が移動するだけで充分だったのだ。
パトリックさんに手の内を全て見せないようにとの、オリヴァーさんからの指示であり、まあ、確かに、こんなことが知られると補給関連を全て押しつけられそうな気もする。
「ええと、受け取り側の立ち会いが……あー、エレオノーラ卿は、まだ意識が戻らないか。しょうがない、引き継ぎ先を父上、いや、ジークベルト将軍として、息子の立場で、ぼくが代行しよう。引き渡し側はミロン卿に頼む」
「ああ、了解した」
正式な軍需物資の補給である旨を記した文書――これは魔法的な仕掛けが施された証明書で、そこにアンベルクとプレニツァの、各々の代表者として、パトリックさんとミロンが署名する。
略奪や横流しなどを防ぐ仕組みの一つだそうだが、そういった対策を取っても戦時の混乱に伴う不正行為は無くならないそうだ。
「まあ、やらないよりはマシじゃない?」
つい、先日にプレニツァへ侵攻したカブルーン軍を見たマルタなどは冷ややかな視線を向けているが、オリヴァーさんが言うには、こうしたことは建前が大事なのだそうだ。
ともあれ、必要な手続きが済んだので、巨骸兵に下ろさせた行李の中に亜空間を開き、機人に命じて、預かっていた物資を盾の城塞に運び込んだ。
行李の大きさと物資の量の辻褄が合わないとパトリックさんは訝しんでいるが、書類上では一致しているので、とりあえず深く突っ込むのは止めているようだ。
物資の搬入を完了したところで、再び武装した〈鋼龍の騎士〉達と共に、俺達は盾の城塞を後にすることにした。
残るのはパトリックさんとミロン騎士団長、そして、もう一人である。
「こんな目立つシロモノを押しつけられたまま、放置されても困るぞ」
巨骸兵〈ズュード〉を見上げながら、オリヴァーさんの弟であるヨハンが面白くなさそうに言った。
闇属性魔法の使い手であるせいか、目立つことをとことん嫌っているようだが、管理者の適性がこいつしかなかったのだから、しょうがない。
もっとも、ヨハン本人はともかくとして、巨骸兵の存在自体は〈七大の騎士団〉に周知してもらいたいのが、オリヴァーさんの要望であるようだ。
「プレニツァ麾下に『黒い巨人』あり、と他国も知れば、カブルーンの真似をするようなところは無くなる筈さ」
不満そうなヨハンを諭すように、オリヴァーさんが柔らかな口調で言う。
「そのついでに、黒い巨人の腰にあるベルトは、プレニツァが召喚し、管理下にあることの証明であると知られれば、なお有り難いね」
異形の武装形態を持つ〈鋼龍の騎士〉もその範疇に入るわけで、誤解に基づく無用な衝突を回避する意味では絶好の広告塔と言えよう。
ちなみに、機人にも似たようなベルトをつけさせており、狂戦士化猪鬼に至っては機人そっくりな鎧で覆った上で、同様のベルトをつけさせている。
さすがに腐肉の塊のような呪屍には無理だったけれども。
オリヴァーさんは「木を隠すなら森の中」などと俺を見ながら呟いていたわけだが、まあ、深く考えるのはやめにしよう。
ヨハンはなおも不満を口にしようとしたようだが、オリヴァーさんの意味ありげな笑顔を見て、言葉を飲み込んだようだ。
まあ、オムツを替えたり、おねしょの後始末などの、幼少期の諸々を持ち出されるのは、俺だってごめんである。
「父上の言うことしか聞かない、あのヨハンがねえ」
「年少者の子守はしておくものだぞ、兄様」
そんな会話の後、俺達は目的地に向かって出発した。
ローグの視界には、魔物達を壊滅させて凱旋する〈七大の騎士団〉が見えたわけだが、諸々の事情で、義妹達とは当分は別行動だ。
◇◆◇
俺達がバスルを訪れたのは、プレニツァが供出する物資の移送以外に、もう一つの理由があった。
あのカブルーンの召喚術師と彼が召喚した猪鬼達によって、滅茶苦茶にされたプレニツァの宝物庫。
プレニツァ国王が発見した術式を始めとして、貴重な資料が数多く失われ、損壊してしまった、その後片付けをする中で、バスルに関する文書が見つかったのだ。
保存状態が悪い上、猪鬼達の暴虐に晒された為、詳しいところは判別できない状態だったが、どうやら過去において〈禍神の使徒〉と戦った時の、砦に関する文書だと思われたのだ。
「ひょっとしたら、〈禍神の使徒〉に関わる資料が見つかるかもしれない。どのみち、物資の移送もあるし、一度はバスルを訪れなければ」
というオリヴァーさんの判断はアナベラ王太后とブラーシュ男爵夫人の賛同を受け、かくして、この探索――文書に記された〈拳の砦〉の探索は決定されたのである。
感想欄でご指摘のあった通り、複数の黒い巨人はアーマードなゾンビもどきでした。
ちなみに「ギガゾンビ」なるルビも検討しましたが、未来から来た猫型ロボットの作品で使われておりまして。
最近ではメガだとあんまり大きくない感じだし、テラだと語感が今一つだし。
次回
『第75話 蝗の王(仮題)』
諸事情により、5/13 を予定しています。
世の中にはGWなんてものもあるんですよねえ(遠い目)
→ すいません、諸事情が長引いて、更新は 5/20 となります。
→ 放置して本当にすいません。なんとか、その諸事情が収集しました。
次回更新は7/1になります。




